第3章. 電子カルテと病院情報システムの現状

現在普及が進んでいる電子カルテシステムは,理想的なものなのでしょうか.

 ここで,近年利用されるようになった電子カルテでの状況はどうでしょうか. 病院情報システムと電子カルテについてお話します.

3-1.病院情報システムと電子カルテの現状

 現在、病院にはコンピュータシステムが導入されています。診療所(クリニック)、 及び病院では、通常、医事会計システムが導入されています。医事会計システムとは、 医療行為、薬品、材料に関する複雑な医療費の計算を行うためのコンピュータで、1台の パソコンか、数台のパソコンと小規模のサーバからなります。

 また,、250床以上の病院の一部では、医事会計システムに加え、オーダリングシ ステムが稼動しています。オーダリングシステムとは、処方箋や検査箋等のいわゆる伝票 をシステム化したもので、医師や病院のスタッフが医療上の処置情報を直接入力します. このオーダリングシステムにより、医師の指示は瞬時に電子的に各部署(薬局・検査室・ 放射線撮影室等)に送られるようになりました.医師の達筆(?)な字の解読、書き写し などの行為が必要なくなりました.さらにオーダリングシステムと医事会計システムとを 連結することによって、処方から調剤、会計処理までが連続的に処理され,患者さんの 待ち時間が短縮されました.加えて、薬の過量投与に対する警告等が自動的に表示される など、リスク回避機能も実現しました.

 このように大変便利なオーダリングシステムですが、医事会計システム単体と比較し、 システム規模が大きくなります。大学病院程度の規模になると、年間数億円の運用費が必要となり、この運用費の捻出が問題となってきています。

 さて,次に現在実現されている電子カルテですが,主に病院内専用,もしくは関連 病院間で利用されています。電子カルテとは、医師の所見等、医師診療録に記載すべき情 報を記録するシステムのことですが、現在は、医師が書いた記録だけでなく、看護記録、 X線写真、検査レポートなどを含め、患者さんに関わるさまざまな情報を電子媒体に記録、 保存し運用するシステムの総称となっています。電子カルテを導入している病院では、先 に説明したオーダリングシステムや医事システムと連動させている場合が多いようです。

3-2.電子カルテの今までと今から

 本来,カルテは紙に記載されていなくてはならなかったのですが,1999年4月、 厚生省の3局長(健康政策局長、医薬安全局長、保険局長)通達により、真正性 (虚偽入力や書き換えができないこと)、見読性(データが容易に見られること)、 保存性(法令で決まった期間は保存と復元ができること)を保証することを条件に、 診療録を紙に記載することなく電子的に保存することが認められました。 さらに、平成13年12月26日、厚生労働省より出された保健医療分野の情報化に むけてのグランドデザインの策定の中で、医療情報システム構築のための達成目標の 設定として、平成16年度まで全国の二次医療圏毎に少なくとも一施設は電子カルテ システムの普及を図り、平成18年度まで全国の400床以上の病院の6割以上に普 及させることが謳われています。併せて,厚生労働省は、電子カルテシステムの研究 補助金制度を設立し、さらに電子カルテシステムを導入する病院に補助金を出してい ます。これが電子カルテシステムが急激にが広まるきっかけとなりました。

 電子カルテにより実現が望まれているものは、患者の生涯カルテ、医療ネットワ ークによる医療連携(遠隔診断も含む)、大規模治験、症例データベースの構築による 医学の発展、医療コストの算出、ASP型システムによる病院情報システム運用費の 圧縮等があげられます。これらはネットワークが大規模になるほどメリットが大きくなります。

 ただし、医師法の規定、個人情報保護の観点より、 診療に直接従事した医師のみが患者の個人情報を扱えるように設計しなければなりません。 現在の電子カルテシステムでは厳密かつ実用的なアクセス権の管理が実現されておらず、 病院単位、もしくはグループ単位のネットワークとして実装されている例がほとんどです。 したがって、現在は主に、システム間の連携方法として、共通フォーマットを用いて、 カルテ情報を丸ごと、もしくは一部を他施設のシステムに転送する方法が研究されている ようです。

 2003年3月7日の日経新聞によると“政府は、情報技術(IT)にかかわる国の政 策の指針となる「IT基本戦略」の見直しに着手した。......病院を電子ネット ワークで結び、患者のカルテを共有する仕組みをつくるなどの目標を打ち出す。....... 医療分野では、病院がネットワークを通じて別の病院からカルテを転送してもらえる 体制を2005年から2010年の間に整えることを目標とする。”とあります. 電子カルテの最大のメリットはデータの共有ですから,病院を電子ネットワークで結 び、患者のカルテを共有することは,すばらしいことと思われます. しかし,病院から病院へカルテを転送する方法では,転送された先で新たにデータの 追加が行われるため,事実上,どの電子カルテがオリジナルであるか分からない状況 になるかもしれません. 未来の医療現場で,そのデータがどのような経緯で作成されたものかを調べなくては由来がわからないようなデータを含むシステムは避けたいものです. やはり、データの共有は,単一のカルテで行われるべきではないでしょうか.

 また、電子カルテの情報共有は基本的に医療従事者間のみで行われている例が 多いようです。一部のシステムでは、患者さんに「カルテ開示」するようなデザインとなっていますが、患者さんが主体となり、生涯カルテとして管理できるようなものは実現されていません。

3-3.電子カルテ運用の経済的基盤は?

 現状では,電子カルテシステムの運用費は、従来の病院情報システムと同様、 病院の運営経費として計上され、直接的には患者負担ではありません。しかし、病院 の運営経費は、患者診療による収益で賄われる訳で、間接的には国民の負担とも考え られます.問題点は,医療費削減が進められる現在、システム運用費を病院が経費と して捻出するのは年々困難になって行くだろうと予測されることです。もっとも,現 在の電子カルテシステムには,厚生労働省からの研究費が投入されている場合が多く, 完全に独立採算できているとは言い難い面があります.少し専門的になりますが,医 療費の保険請求に際して,電子カルテ利用施設には,電子カルテ運用加算を国が認め るなどの優遇措置を行えば,病院の経営サイドにはメリットがありますが,電子カル テの利用料を患者さんに求めるならば,患者さんにも明瞭なメリットがなくてはなら ないと考えられます.

 電子カルテは、患者さんにとって明瞭な メリットを提供できるでしょうか.病気の診断においては、家族や本人の 病歴の聴取が重要です.しかし,前述したように、患者さんの医用データは、年々、 捨てられています。せっかく高額な費用を負担して受けた人間ドックの結果も、出生 時の記録や子供のころに罹患した病歴も、患者さん、もしくはその家族の記憶にのみ に頼っているというのが現状です。ほとんど情報の無い患者さんに対しては、医師の 経験や教科書的な確率を参考に病状を推測するしかないのです。もし、以前の写真や データがあれば、とても役に立つでしょう.

 つまり、患者さんやその家族が主体的に、医用データを管理可能とするような機能を電子カルテが持つようにできれば,患者さんはある程度のコストを払っても,そ のサービスによるメリットを享受するための費用として納得できるのではないでしょうか.


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