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21世紀に生きる |
| 自分へ与えられた今の環境の中で、その環境を受け入れ、受け止め、それを感謝へ自分の心が変えられたら、自分という命は、命の意味をつかみ、命の役目を果たせることができるのではないでしょうか。この世で生きて、生きる訳は、この命の意味を知り、この命の役目を果たす為でもあります。今の環境の中で生きることで、その命の意味が知れるはずなのです。自分のわがままにより、本当の自分というもの、自分へ与えられた命というものが見えなくなることが、一番の人にとっての哀れな姿であるのかもしれません。自分のわがままさとは、与えられた中でその形を変え自らが作ってしまったものであります。本当はそうではなかったはずの形であります。そして、今に生きる今の自分の姿が、もしわがままな形を見せているとするならば、本当はそうではない、こうではないということに気づかねばなりません。今の自分の命の意味もわからず、命の尊さにも気づけずにいる自分であるならば、その自分は本当の自分ではないはずなのです。本当の自分というものを、早くつかみ見つけだす自分とならなければなりません。そのためには、まず自分へ与えられたその環境を心から認め、それを冷静な心で見つめられる自分へとなることです。何があっても何が起きようとも、心がそれらを認め冷静な心で見れることがとても大事なことなのです。 この宇宙の中で生きるすべては神の想い(宇宙の法則)の中でしか生きることはできません。そして今、与えられたその環境こそが、神の想い(宇宙の法則)を知る場所であるということなのです。そこにすべてがある、宇宙がある、神がある、ということなのです。深い心となればなるほど、深い人となればなるほど、宇宙が見えてくる、神が見えてくるということであります。それが見えない内はまだまだその場と向き合っていない証拠であります。生きるとはとてもすばらしい学びであることを、その場にてつかめる人であってほしいと思います。生きるその場所は、その人にとっての人生の学び場であり、命の意味を知り、命の役目を果たせる場であります。どうかその場所を大事に、そして深く見つめ、神の想いをつかみ取って下さいませ。誰にとってもそれは同じであります。形は違っても答えは同じなのです。神の想いはただひとつであります。どんな闇の中にも必ず光り輝いている。このひとつの真実に気づける人となってください。そんな人生となるよう人生の時を刻んで行ってください。 |