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自閉症はいつ始まるのか?

2000年4月,伊地知信二・奈緒美

***脆弱X症候群などの染色体異常に関連するいくつかの症候群などで自閉症と同一の行動上の特徴がみられることがありますが,ここでは議論を単純化する目的で,医学的な病態を合併していないケース(診断名が自閉症だけの場合)を自閉症として話を進めます***


1.「他の子と違う」とはっきり言えるのは2歳以後のことが多いが,問題行動が表面化する時が自閉症の始まりではない

自閉症を1歳半で診断するのは,専門家でも難しい場合があり(文献1),その特徴的行動パターンや問題行動は通常2歳前後に表面化します.他の子より扱いやすい赤ちゃんである場合や言語の初期発達が早かったり,早くから記憶能力が優れていて周りの人をびっくりさせる場合もあります.大人と子供の関係では自閉症の特徴は表面化しにくいので,友達と遊ぶ機会(同じ年齢層の相手との人間関係)が増えてくるころに「他の子と違う」と気づかれる場合がかなりあります.親の後追いをしないとか,人見知りをしないとか,アイコンタクトが少ないなどの行動パターンは,健常児でも(数%)みられることがあるため,このような傾向があったとしても自閉症ではないことがあります.そもそも自閉症者と健常者を間に境界線を引いて区別することはできず(文献2−4),自閉症者というのは,いくつかの行動特性の極端例として位置づけることもできます.「心の理論」や「中心性統合・統合的一貫性」や「管理統合能力」などの障害が自閉症の本質として議論されていますが,このような機能を十分に獲得していないこと自体が子供の特徴であるわけですから,集団行動が強要される年齢(幼稚園・小学1年生)まで問題行動が表面化しないこともあります.行動や能力の到達点における退行現象があることが一部の自閉症児で言われておりますが(文献5,6),この現象も能力が減退するのではなく,自閉症的発達過程のひとつ(防衛的反応)と考えることもできます.

つまり,自閉症児の発達過程は,2歳頃までは正常な発達の個人差からはっきり区別することが困難な場合があり,2歳前後で自閉症が始まる(自閉症になる)と勘違いしてしまうこともあるわけです(文献7).


2.遺伝性から考えると自閉症は性格のようなもの

前述しましたように,自閉症者と健常者の間に境界線を引いて両者を区別できないため,ボーダーゾーンにいる人たちは,境界線がどこに引かれるかで自閉症と言われたり自閉症でないと言われたりすることになります.仮に境界線を決めることができたとしても,一見健常者に見える自閉症者や,いかにも自閉症っぽい健常者が,引かれた境界線を中心にたくさん存在しています.

専門医が診断する自閉症者は最近では1000人に一人(0.1%:一般の頻度)存在すると言われていますが(文献8),自閉症への遺伝素因の関与を考えるためには,自閉症者の家族における自閉症の頻度がどうなっているかを検討する必要があります.自閉症者の兄弟における頻度は3〜7%と言われ(文献9),一般の頻度の50倍です.2親等3親等の親戚(おじいさん,おばあさん,おじさん,おばさんなど)では0.05〜0.4%で一般の頻度とさほど変わりません(文献10,11).双生児研究の結果は,非常に重要で,遺伝素因が完全に同一である一卵性双生児で不一致例(一人が自閉症でもう一人は健常者)が報告されていれば,遺伝子が全てを決定しているのではないことが明確に示されます.そこで文献をみてみますと,一卵性双生児の一致率は60%から90%以上と報告により幅がありますが,二卵性双生児の一致率はだいたい10%以下と報告されています(文献9,11,12).注目の一卵性双生児に関するコンセンサスは,一致率は100%ではないという結論です(文献9,11).つまり,一人が明らかな自閉症であるのに,もう一人は自閉症の診断基準をみたさない一卵性双生児の兄弟例が存在するわけです(文献13).ここで当然,自閉症と健常の境界線のボーダーゾーンにいる人々は自閉症の家系に多いのかという命題がたいへん重要になります.実際は,こういう人たちは自閉症者の家族には多く,一卵性双生児の一致率のデータのばらつき幅が30ポイント以上もあるのもこのためです.一卵性双生児の不一致例の場合でも,自閉症でないと判断される非発端者は自閉症的キャラクターを少なからず持っているようです(文献13).自閉症者の家族では,親に自閉症的キャラクターが多いことが報告されており(文献10,14),特に父親で強調されています(文献15).兄弟に2人以上の自閉症がいる家系での研究では,自閉症でない他の兄弟や(文献16),親,親戚で自閉症的キャラクターの存在が指摘され(文献17),やはり母親よりも父親で強調されています(文献17,18).

自閉症の遺伝素因についてまとめると以下のようになります:

  1. 双生児研究では一卵性一致率が二卵性一致率をはるかに上回る(遺伝性が高い).
  2. 一卵性一致率は100%ではない(遺伝子は到達点の全てを決定しない).
  3. 兄弟における頻度は一般の頻度の50倍.
  4. 二親等・三親等親族での頻度は一般の頻度とさほど変わらない.

このような遺伝のパターンを説明するためには,関連する遺伝子が複数存在しなければなりません.最近の論文のひとつは15個以上を想定しています(文献19).さらに,兄弟内に2名以上の自閉症者がいる家系を対象とした最近のゲノムスクリーニング研究では,LODスコアが3を越えるような遺伝子部位は報告されておらず(文献19-21),このことは,それぞれの関連遺伝子は,絶対的な影響(必ず自閉症を発現せしめる影響)ではなく,相対的に自閉症になりやすくするような形で加算的に遺伝素因を形成していることを示唆しています.つまり,ある関連遺伝子があっても自閉症でない場合もあり,逆にその関連遺伝子がなくても自閉症であることがあるわけです(このような関与の仕方でも,この遺伝子は自閉症に関連しているのです).このような関連遺伝子の顔ぶれは,人種や地域性で異なってくる可能性があり,実際,アメリカで関連遺伝子として報告されたものが(文献22),ドイツでは否定されたりしています(文献23).第7染色体長腕の候補部位は2つの論文が肯定し(文献20,21),一つの論文が否定しました(文献19).また,第15染色体長腕の候補部位は2つの論文が肯定し(文献21,24),2つの論文が否定しています(文献20,25).

遺伝素因がもたらす結果としての表現型が,二者択一的なものである場合を質的な特質,連続する分布として発現する場合を量的な特質と呼びます.量的な特質は,身長や体重などの個人差に加え性格などが知られており,複数の遺伝子が絶対性を持たずに関与していることが知られています(QTL:quantitative trait loci:文献12).複数の遺伝子(QTL)が関与する量的な特質は,環境の影響を受けてその到達点が変化することをその特徴としています.男性の自閉症者と女性の自閉症者の比は,2.5〜4対1と言われておりますが(文献9),自閉症を男性に多い性格のひとつであるとする考えは,自閉症がいくつかの行動特性の極端例であるとするとらえかたからそれほど飛躍してはいないように思います.また,自閉症を性格のようなものとすれば,自閉症は卵子に一個の精子が入った瞬間にその素因が始まり,環境が到達点の範囲に影響し,経験が最終的な到達点を決めるということになります.


3.サリドマイドが教えてくれること

有名なサリドマイド禍の原因となったサリドマイドは,我が国でも1958年から1962年まで催眠鎮静剤や胃腸薬として発売されました.世界的には1957年から市販され,妊婦が妊娠初期に服用した場合に,胎児に種々の奇形を生じます.妊娠20日目までに妊婦がサリドマイドを内服する(暴露)と,子供の奇形は親指に生じ,20日から33日目までに暴露すると耳の変形,25日から35日目に暴露すると手足の変形が起こると言われています(文献26).

1994年にStromlandらは,スウェーデンにおける100人のサリドマイド被害者の中に4人の自閉症者がいることを報告し(4%),これが意味のある高頻度と解釈し,その臨床所見(耳の外側部に異常があり手足は正常)からこの4人におけるサリドマイドの暴露は妊娠20日から24日目までの間であると予測しました(文献27).そして,この4人においてサリドマイドが自閉症を誘発したのであれば,この時期(妊娠初期)が自閉症の始まる(決まる)時期であることを提唱しました.また,この4人は眼科的異常も合併していることから,妊娠初期の脳幹のダメージが自閉症の原因である可能性をも示唆したのです(文献28).この仮説は,その後Rodierらが引き継ぎ発展させていますが(文献26),この種の環境因子の(有効)作用時期が妊娠初期であると解釈することもできます.Rodierらは,神経系の発達の一時期に脳の一部で局所的に発現し,その部位の発達に不可欠な働きをする遺伝子が自閉症に関与しているのではとも考えましたが,これまでのところ一部の自閉症での関与が示唆されただけです(文献26,29).


4.自閉症者の脳の病理所見が示すこと

サリドマイド被害者の例から自閉症のオンセット時期を妊娠20日から24日目の間と推測しているRodierらは,サリドマイドとは関係のない自閉症者の脳を詳しく検討して報告しています(文献29).その結果,顔面神経核と上オリーブ核に神経細胞の減少が同定され,この症例における脳の組織学的変化は神経管が閉じる直後(妊娠初期)に起こったのだと考察しています.

Kemperらは,9例の自閉症者の脳を検討し(文献30),全例で小脳のプルキンエ細胞の種々の程度の減少を報告しています.次の2点からこの変化は先天性のものであると仮説しています.

  1. プルキンエ細胞の減少は膠細胞の反応性増加を伴っていない.
  2. 出生後や成長後に小脳病変が起こった場合に通常出現する下オリーブ核での逆行性神経細胞減少が起こっていない.
この2点(特にその2)から,小脳での変化が起こったのが下オリーブ核の神経細胞の上行軸索が小脳のプルキンエ細胞の樹状突起に達する時期よりも以前(妊娠30週以前)か,あるいはもともとプルキンエ細胞の数が少なかったかのどちらかであると考察しています.


5.おわりに

いろいろな仮説や議論があり,最近の論文でも周産期の外因によって自閉症になるのではと仮説しているものまであります(文献31).しかし一般的には,「自閉症が始まるのは妊娠早期より後であることはない」という点ではほとんどの考えが一致しています.自閉症の遺伝的素因は受精の瞬間に始まりますが,それが全てを決定してしまうのではなく,その後のいろいろな環境因子(外因)や出生後の発達環境(経験)が到達点に影響すると考えて.大きな間違いはないように思います.


文献
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