水銀と自閉症(6)

:「自閉症児にもピグマリオン効果がある」


2004年3月,伊地知信二・奈緒美・由貴奈

紹介すべきコンテンツが,水銀についてもたまっているのですが,アップが遅れております(申し訳ございません).水銀と自閉症に関しては,テレビ報道がきっかけで日本でもキレート剤の効果がかなり話題になっておりますので,取り急ぎ重要な点だけ指摘したいと思います.テトラハイドロバイオプテリンやセクレチン騒動,さらには軽度三角頭蓋手術,舌の針治療の問題など,自閉症児に関連する全ての治療の有効性評価に関わる非常に重要な背景です.このような問題は,自閉症に関しては同じことが繰り返されてきており,過去の騒動がまったく活かされずに次の騒動が起こっております.これまでにあった騒ぎが証明している以下のような基本的な背景を知らない,あるいは故意に無視する医師やジャーナリストが一人でも減ることを期待しておりますが,なかなか難しいようです.自閉症の場合は厳密な無作為化比較試験が困難な場合がありますので,オープントライアル(逸話的治験)の評価においては以下の点を抜きにして議論をすることはできません.

1.「自閉症児にも発達がある」

発達障害児には発達がないと思っている人は少ないと信じたいのですが,自閉症児を含む発達障害児に発達があることをうっかり忘れている医師やジャーナリストが残念なことに世界中に非常にたくさん存在しています.また,初めての子供として自閉症児を育てている親の方でも,発達がないのではと悲観する時期があったり,何かの治療後の行動変化の中に本人の自然な発達が含まれていることに気づいていない場合があります.確かにわかりにくいケースはありますが,実際は全ての自閉症児に本人の経験に基づく発達や変容があります.自閉症に関してコクランレビューがその有効性を否定しない唯一の介入法は,(早期応用)行動療法ですが(文献1),自閉症児が発達しやすい子育て法と私どもは理解しております.健常児の子育ての原則も陽性強化と陰性強化の使い分けですので,本質的な差はないと考えております.発達の速度は,健常児と同様に個人差があります.また発達のドメイン差が表面化し易かったり,キャッチアップ現象と呼ばれる苦手な部分が急速に発達する場合ももちろんあり得ます.専門医の中には,自閉症児の療育による発達は年の単位で評価にひっかかる(1年以上間隔を開けて評価しないと差がでてこない)と考えておられる方がおられますが,実際はセクレチンの二重盲検法ではプラセボ群において4週間後に統計学的に有意な改善が証明されています(文献2).また,行動の変容は,ネガティブな環境や経験の本人の受け取り方によっては,問題行動が増加したり発達に逆行する場合もあり得ます.私どもは,自閉症児における退行現象が圧倒的な勢いで入ってくる言語情報からの逃避行動である可能性を考えております(文献3).もちろん,退行現象があるケースでもその後にはまた発達があり得るわけです.

2.「自閉症児にもピグマリオン効果がある」

ギリシア神話に登場する彫刻の名人ピグマリオンは,自分が彫った理想の女性像に恋をしました.その思いを美の女神ビーナスがかなえてあげた結果,彫刻の女性は生命を吹き込まれ,ピグマリオンの妻になったという伝説があります.心理学者ロバート・ローゼンタールは,教師の熱心な期待が生徒にどのような効果をもたらすか,という「予測の自己実現」という実験を行い,生徒の資質に関係なく,教師が「この子は伸びるんだ」と期待して接した生徒の方が期待していなかった生徒よりも成績が良くなることを報告しました.この実験は後に方法論においていくつかの批判をあびたようですが,まず教師に伸びる子供が予測できると信じこませ,資質に関係なく無作為に選んだ生徒をその教師に「この子らが伸びる子供です」と告知します.その後,伸びると告知した生徒と,そうでない生徒の到達点を比較する実験です.結果は,教師が伸びると信じていた生徒の成績が実際に伸び,そうでない子の成績はあまり伸びず,教師の予測が教師の行動に影響したものと考えられています.教育学や発達心理学においては,この現象を前述のピグマリオンの名前をとって,ピグマリオン効果と呼んでいます.このピグマリオン効果は,間接的プラセボ効果に関連します.プラセボ効果は,偽薬をのんだ場合でも,本物と思うと効果が出現する現象ですが,評価者が有効と信じていることで,評価者が被験者に場合によっては無自覚にポジティブな働きかけを行い,その働きかけを良質な環境として体験した被験者が変容することが起こりえるのです.親や担当医師やスタッフがみんなで作り得るこのような状況は自閉症児にとっては,行動療法の陽性強化的な経験の背景となります.場合によっては健常児よりももっとはっきりと,自閉症児にピグマリオン効果が出現し得ると私どもは考えております(文献4).

3.評価におけるバイアス

オープントライアルの評価結果には,無作為化比較試験に比べ,より多くのバイアスが混入します.自閉症の治療評価バイアスに関しては上記の2つに常に配慮する必要があり,この特殊性があまり知られていないのが現実です.通常の自然な発達を含む場合でも治療効果以外には考えられないと親や評価者が盲信する状況もこの評価者側のバイアスに含んで考えなければなりません.ピグマリオン効果は,評価者をとおして被験者が影響を受けるため,被験者側のバイアスとも言えます.ある治療法のオープントライアルを受けた家族クループと,何らかの事情から受けなかった家族グループを比較する場合は,治療を受けたグループの方に治療に関連するピグマリオン効果が強く出現するため,結果に当然大きなバイアスが含まれてしまいます.このようなバイアスを考えずに評価すると間違った結論や過剰評価になってしまいます.

 

文献

1. Diggle T, et al. Parent-mediated early intervention for young children with autism spectrum disorder (Cochrane Review). Cochrane Database Syst Rev, issue 1, 2003.

2. Sandler AD, et al. Lack of benefit of a single dose of synthetic human secretin in the treatment of a utism and pervasive developmental disorder. N Engl J Med 341: 1801-1806, 1999.

3. Ijichi S and Ijichi N. The prenatal autistic imprinting hypothesis: developmental maladaptation to the environmental changes between womb and the social world. Medical Hypotheses 62: 188-194, 2004.

4. Ijichi S and Ijichi N. Beyond negative data in autism randomized trials. Autism, in press.

 


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