水銀と自閉症(4)

2003年6月,伊地知信二・奈緒美

ワクチン中に使用されたエチル水銀含有防腐剤をアメリカではthimerosal,オーストラリアなどではthiomersalと呼んでおり,まったく同じものです.直接的な自閉症の話題はほとんど含まれていませんが,水銀含有ワクチン接種後の血中濃度のピークについて議論されています.こういう議論からすると,自閉症には関連がないとしても,エチル水銀入りのワクチンは現時点で使用すべきでないと思いますが,日本ではまだワクチン中にthimerosalが含まれています.

(Thiomersal含有ワクチンを接種した幼児における水銀濃度と代謝:文献1)

(背景)Thiomersalはエチル水銀を少量含有する防腐剤で,幼児や小児に通常接種されるワクチンに使用されている.Thiomersal含有ワクチンの幼児血液水銀濃度への影響は厳密には評価されたことがなく,幼児におけるエチル水銀の代謝は検討されたことがない.我々は今回,そのようなワクチンを接種した幼児の血液,尿,便中の水銀濃度を測定した.(方法)6ヶ月未満の年齢で満期産の幼児40人は,thiomersal含有ワクチン(ジフテリア・破傷風・百日咳ワクチン,B型肝炎ウイルスワクチン,そして何人かの児ではヘモフィルスインフルエンザタイプBワクチン)の接種を受けた.一方21人のコントロール幼児はthiomersalの入っていないワクチンを受けた.ワクチン接種後3日から28日の間に,血液,尿,および便を採取した.サンプル中の総水銀(有機および無機)は,冷却上記原子吸着法により測定した.(所見)Thiomersal暴露のあった幼児では,平均暴露水銀量は2ヶ月児で45.6マイクログラム(37.5-62.5),6ヶ月児で111.3マイクログラム(87.5-175.0)であった.Thiomersal暴露幼児における血中水銀値は,2ヶ月児で3.75から20.55nmol/L(parts per billion)で,6ヶ月児で7.50nmol/L以下であった.コントロールからの血液15サンプルにおいては,1人のみが計測可能な水銀値を呈した.予防接種後の尿中水銀値は低かったが,thiomersal暴露児の便においては高く,2ヶ月児で平均82ng/g(dry weight),6ヶ月児で平均58ng/gであった.エチル水銀の推定血液半減期は7日であった(95%信頼区間4−10日).(解釈)Thiomersal含有ワクチンの投与は,幼児における安全値以上に血液中の水銀濃度を増加させないようである.エチル水銀はワクチン中のthiomersalが注射された後,血液から急速に便へ移行するようである.

(Lancetのコメンタリー:文献2)

マスメディアと代替医療雑誌は,水銀への暴露および体内水銀量の増加が慢性病,特に筋痛性脳症のような状態に関与していると報告することが多くなっている.水銀は環境に広く存在し,岩や土やそして植物に,また空気,水そして食物の汚染物質として自然界に見出せる.水源元素は電気工業において多く使用され,塗料,殺虫剤,繊維柔軟材,ワックス,そしてニスなどを含む家庭用製品の多くにも含まれている.水銀はしばしば,ワクチン,スキンクリーム,化粧品,そしてその他の薬品の中の防腐剤としてもしばしば使用される.水銀はまた歯科用のアマルガムの主要成分であり,その使用に関しては反対意見が増えつつある.全ての人が,歯科用アマルガムからの金属粉や,魚介類・ワクチン中の有機水銀として少量の水銀元素に暴露しており,あるいはその他の食物,水,空気からの無機塩に暴露している.便中への排出は無機または有機水銀の主な排除ルートである.

アマルガムからの水銀元素は脂溶性で細胞膜を自由に通過する.対照的に,食物やその他の物からの有機および無機水銀は電位を有しており,細胞膜を通過するためには他のイオンまたは低分子量のリン酸化合物と結合していなければならない.水銀を含む金属が結合しやすい蛋白の中の主なターゲットとしては,システインのsulphydryl群,およびヒスチジンのiminonitrogenがある.核酸塩基の芳香環窒素は水銀と複合体を形成する.この際,シトシンやグアニンやアデニンに比べ,チミジンとウラシルとの複合体が作られ易い.最も豊富な反応媒体は抗酸化glutathioneであり,典型的には細胞,血清,そして胆汁中に5mmol/Lの濃度で存在する.Glutathioneは,水銀元素の酸化や有機水銀および無機水銀に由来するイオン化水銀をくっつけて集める.細胞内glutathione濃度と水銀毒性の間には逆相関があるであろう.Glutathioneにいったんくっつくと,水銀は細胞を離れることができ,自由に血清中やリンパ液中を循環し,そこから他の器官や組織に沈着可能となる.Glutathioneに結合した水銀は,最終的には腎から尿中へ排出されるか,または胆汁中へ分泌され腸管に出てそこから便中へ排出される.組織から水銀が放出された後は,便中への排出が主なルートとなる.

Michael Pichicheroらは,thiomersal(エチル水銀)を含むワクチンの接種を受けた幼児において,水銀レベルと排出を検討した.幼小児に対する水銀の有害作用についてはほとんど知られておらず,どの水銀濃度からそのような効果が起こるのかも不明である.1回のワクチンで12.5から25mgの間の水銀が接種されるとして,6ヶ月までの間に100mg以上のエチル水銀に暴露する可能性がある.Pichicheroらは血液中の水銀レベルが制限値をはるかに下回り,ほとんどのエチル水銀が便中に急速に排出されることを示した.この結果は小児のワクチン中の防腐剤としてのエチル水銀の安全性を支持する.

(胎児や幼児の暴露は避けるべき:文献3)

1999年7月,アメリカ小児科学会は水銀を含むワクチン防腐剤thiomersalへの暴露を最小限にするための意見書を公表した.この意見書の主な主旨は水銀を12.5マイクログラム含むB型肝炎ワクチンの接種を出生時から6ヶ月に変更すべきというものであった.Thiomersalの注射後,血中水銀濃度と体重が逆相関するため,この意見書が出された.

こういう関係からすると,Michael Pichicheroらが2ヶ月と6ヶ月児の採血だけをして,接種後72時間以内の血液サンプルを採取しなかったことは驚きである.彼らの論文の図1に示されているように,2ヶ月児が一番血中水銀濃度が高く,また注射後5-7日後のサンプルが最高値を示している.これらの結果は1990年代にアメリカにおいて多くの児が受けたように,出生時thiomersal含有ワクチンを接種された児の何人かは,接種後3日以内に血中水銀濃度が,Pichicheroらが記載した安全閾値である29nmol/Lを越えている可能性を示唆する.

医学研究所の予防接種安全総括委員会が「生物学的にはもっともらしい」という見解を出したように,thiomersalが神経発達障害のリスクを増加させるかとういう疑問は,小児の予防接種の問題を超えて拡大している.最近まで,Rh陰性の妊婦に妊娠中と(and/or)出生後ただちに投与する免疫グロブリン(RhoGAM)もthiomersalを含んでいた.有機水銀は容易に胎盤や血液脳関門を通過し,また母乳中にも分泌される.

ワクチンやそのほかの生物学的製品に60年以上もの間防腐剤として使用されてきたにもかかわらず,幼児におけるthiomersalの安全性は体系的に研究されたことがない.今後の臨床前および臨床研究は,最もリスクの高いポピュレーションである新生児や胎児におけるthiomersalの薬理学的特徴や神経毒性能について行われなければならない.そのような研究の結果が出るまでは,この水銀混合物に胎児や幼児が暴露しないように最善が尽くされるべきである.

(水銀濃度の血中安全レベルについて:文献4)

Michael Pichicheroらはthiomersal暴露後の血液中水銀濃度に関する重要な新データを提供した.

エチル水銀半減期は推定で7日で,メチル水銀より短く,thiomersalの反復暴露によりエチル水銀が蓄積する証拠はなかった.Pichicheroらと,Hendersonは,血中水銀濃度がアメリカ国立科学アカデミーが推奨するメチル水銀安全レベルである29nmol/Lを超えないことを報告している.しかし,著者らは注射後数時間以内に起こる血中濃度のピークを測定していない.もし,エチル水銀の真の半減期が7日であれば暴露後7日目に測定した血中水銀濃度はピーク濃度の約半分のはずである.また暴露後21日目に測った血中濃度はピーク濃度の約8分の1である.

Pichicheroらは,B型肝炎ワクチンの出生時投与後の暴露と62.5マイクログラムに及ぶエチル水銀を接種される6−8週時の暴露モデルを設定すべきである.これらのモデルは体重が5パーセンタイルから50パーセンタイルである幼児における血中水銀濃度を推定すべきである.例えば,62.5マイクログラムの水銀を接種された2.5kgの6週児における推計濃度はどの程度になるのであろうか?

彼らの研究において,1人の児に関しては日付けが記載されている.ワクチン接種後5日後に血中水銀濃度が20.55nmol/Lであった2ヶ月の児についてである.もし,そのエチル水銀半減期が7日であれば,血中水銀濃度のピークは29.4nmol/Lでほぼ安全レベルに達している.つまりこれはこれ以上の水銀暴露が許されないことを意味しており,著者らの「血中水銀濃度が29nmol/Lを超えるケースはない」という主張は間違っていることになる.この児は37.5マイクログラムの水銀に暴露したことが記載されており,もし62.5マイクログラムの量であれば,血中水銀濃度のピークは48.3nmol/Lになり得る.彼らの図1は,21日目に血中水銀濃度が7nmol/Lの2ヶ月児が含まれていることを示しているが,もし半減期が本当に7日であれば,血中水銀濃度のピークは42nmol/Lであったことになる.

Pichicheroらによる幼児での研究は,メチル水銀暴露に関しては低い背景を持つポピュレーションに関してのものと思われる.魚を食べる母親から生まれた児の場合,母親の血液水銀濃度はメチル水銀のために高いため,そのような児でのthiomersal暴露による血中水銀濃度の計測は,エチル水銀の効果が母親由来のメチル水銀の影響に付加的であるかを検討しなければならない.アメリカ国立リサーチ会議は,毎年アメリカでは,血中にメチル水銀が存在する母親から約6万人の子供が生まれており,このような幼児は有害効果を受けているリスクがある.理想的には,エチル水銀への暴露がメチル水銀暴露に付加的であるかどうかを動物実験で明らかにすべきである.

出生後3ヶ月以内に暴露したthiomersalの量が異なるグループでの神経発達検査を行い,速やかにデータを追加すべきであろう.ひとつの論文化されていない研究は,thiomersal暴露量が多いほど発達遅滞のリスクが増すことを示唆した.しかし,次に行われたより小規模の研究ではこの効果を確認できなかった.本研究の著者らは,診断を正当化するために個々のカルテをレビューする必要があることと,thomersal暴露量の異なる児における慎重な神経心理テストが行われるべきことを主張しており,その後にこれらの暴露による有害効果の可能性について最終的な結論がでるであろうとしている.

(安全な代替品を:文献5)

Michael Pichicheroらは,thiomersal含有ワクチンを接種した幼児40人においては,血中水銀濃度が安全域を超えないと結論している.Thiomersalの毒性効果が水銀あるいはエチル水銀に限られたものであれば,この結論は認容できる.しかし,thiomersalは水銀つまりエチル水銀による毒性以外の毒性も有しており,状況はもっと複雑である.

短期間のテストでは矛盾した結果が出たため,我々は人リンパ球を使った生体外の微小核テスト(micronucleus test)においてthiomersalの遺伝子毒性効果を再検討した.遺伝子毒性検査の結果は使った細胞の代謝能力に依存しているので,我々は人リンパ球を使った微小核テストの結果にglutathione S transferaseの遺伝子多型(GSTM1,GSTT1,またはGSTP1)が影響するかどうかの検討を追加した.我々は,いろいろなglutathione S transferase遺伝子多型を持つ6人の健常者から16回採血し検査した結果,14回の実験で0.05から0.50mg/Lの間の濃度で微小核がかなり誘導されることを見出した.注射部位で容易に起こり得る濃度での遺伝子毒性効果がみられた.毒性および毒性に関連した微小核のぞ科は0.6mg/L以上のthiomersalで観察された.

以下のような結論が可能である.水銀またはエチル水銀単独の安全限界濃度は血液中の水銀濃度に基づくことができる.これらの濃度は一般的に経口あるいは吸入暴露の結果であり,通常は一定状態で測定される.加えて,水銀の毒性効果は可逆的である.この可逆性は「観察可能な効果レベルがないこと」と水銀あるいはエチル水銀暴露後の急性あるいは慢性毒性効果に注目した安全暴露限度の推測を可能にする.しかし,我々のデータからは,少なくとも注射部位では,thiomersalは非可逆的遺伝子毒性効果を有していることが推測される.血中の結果的水銀濃度に比べ局所の量は非常に高い.さらに,thiomersalは筋肉内注射で投与された場合,沈着し得る.筋肉内注射で投与されたthiomersalの体内動態に関しては,詳細な情報は存在しない.我々の意見としては,thiomersalの遺伝子毒性効果あるいは可能性のある発癌性に関するデータは,真に安全な暴露限度を推定するには不適切である.

我々のデータはthiomersal使用の普及に懸念を付加する.従って,新生児に使われる場合は特別な注意が必要であろう.それゆえ,安全な代替品の発見が急務である.

(Pichicheroらの返答:文献6)

我々が研究を行った当時は,アメリカ小児科学会(AAP),アメリカ公共健康サービス(FHS),およびFDAによって,母親がB型肝炎ウイルス表面抗原陽性であることが知られているか,母親のB型肝炎ウイルス感染状態が不明でない限り,B型肝炎ウイルスワクチンの出生時注射は行わないとする勧告が既に出されていた.従って,我々は,満期産または早産低体重出産児におけるB型肝炎ワクチンの出生時投与に関する研究は行わなかった.

AAP, FHS,FDA,そして我々の研究グループは,tiomersal由来のエチル水銀の代謝半減期は,魚を食べた時に起こるようなメチル水銀の摂取後の代謝半減期と同等であろうと考えている.ゆえに,ワクチン摂取後2−3日での血液サンプルを確保することは必要ないと考えた.さらに,魚を食べた時のメチル水銀の摂取後に平衡状態が起こるが,そのレベルは脳内レベルとは相関しない.3番目に,メチル水銀暴露のデータは,総暴露期間が神経認知毒性との相関において最も重要であることを示唆している.メチル水銀の摂取後の血中水銀値の急上昇やエチル水銀の注射後の血中水銀値の上昇が毒性効果に関連することを示すデータはない.我々が検討した全ての幼児の水銀濃度は医原性と自然暴露を反映している.アルゼンチンのブエノスアイレスにおいて,我々はB型肝炎ワクチンの出生時接種後1日目の血液中エチル水銀濃度,および出生時体重2000グラム以下の早期産例におけるワクチン接種について検討する予定である.

我々は,thiomersal注射部位の遺伝子毒性効果については検討していない.そしてこの注射部位での効果が臨床的にどういった意味を持つのか不明である.


文献
1. Pichichero ME, et al. Mercury concentrations and metabolism in infants receiving vaccines containing thiomersal: a descriptive study.
Lancet 360: 1737-1741, 2002.

2. Henderson DC. Mercury in vaccines: reassuring news. Lancet 360: 1711-1712, 2002.

3. Colman E. Mercury in infants given vaccines containing thiomersal. Lancet 361: 698, 2003.

4. Halsey NA, Goldman LR. Lancet 361: 698-699, 2003.

5. Westphal G, Hallier E. Lancet 361: 699, 2003.

6. Pichichero ME, Treanor J. Lancet 361: 699, 2003.


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