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セクレチン・自閉症(4)
カナダからのネガティブデータ

2001年4月,伊地知信二・奈緒美

無作為コントロール研究で,カナダから報告された論文(文献1) を紹介します.まとめ,イントロ,考察の部分の概訳です.

ぶたのセクレチンの注射(静脈注射)が2歳から7歳の自閉症的行動に有効かどうかを検証する.検討されたのは,(1)標準化された言語計測値の成績.(2)親および小児発達の専門家による自閉症的行動の評価,の2点である.無作為,二重盲検,プラセボコントロールデザインを使い,95人の対象者を二つのグループに分け,セクレチンかあるいはプラセボを1回投与した.フォローアップ評価は注射の3週間後に行い,グループ間に評価値の有意差はみとめられなかった.また,言語評価がフォローアップ期間中に6ポイント以上改善したケースの比率にも有意な差はなかった.この結果はセクレチンが自閉症児に何の有意な効果も持たないことを示している.我々の結果は自閉症児におけるセクレチンの効果を評価したこれまでの無作為コントロールトライアルの体系的な見解に矛盾しない.

(イントロ) 自閉症は,機能のほとんど全ての側面,特に社会的ドメイン,コミュニケーションドメイン,行動ドメインに影響する,シビアで生涯続く発達障害である.診断は,DSMーIVに記載されているように,一連の基準を基盤とした行動評価によってなされる.罹患率は自閉症スペクルについては1000人に5人と言われており,これまでのところ,その原因は不明である.予後は一般的に良くなく,治癒例は知られていない.科学的に効果が立証された治療法は高価で特殊な方法である(行動療法など).

精神薬理学的薬剤は,行動および評価成績を改善する目的で試みられてきたが,いまだに十分な結果は得られていない.その結果,多くの親は代替療法(dimethylglycine,magnesium,megavitamin B6,食事制限など)に助けを求めているが,科学的にはその効果は立証されていない.このような背景とは対照的に,メディアは消化管検査の時に前処置として行われたセクレチンの注射が劇的に自閉症に有効であったとテレビやインターネットで報じた.その後,アメリカで行われたたくさんのオープントライアルのケース報告は,セクレチンの1回あるいは2回の静脈投与で75%の自閉症児の行動に何らかの効果があることを示唆した.Horvathらは内視鏡検査を受けた3人の自閉症児において,セクレチン静注の後,社会的および言語スキルに明らかな改善がみられたことを報告した.自閉症コミュニティーにおいては,この事件は幅広い注目を集め自閉症の新治療としての需要が劇的に増加した.

セクレチンは27個のアミノ酸からなるポリペプチドで,十二指腸のS細胞から胃酸増加に反応して分泌される.セクレチンは膵臓からのbicarbonateや酵素の分泌を刺激し,また肝臓からの胆汁産生を促進する.胃小腸連結部の機能における役割に加え,動物での研究では中枢神経におけるセクレチンの作用も知られている.中枢神経系での作用のメカニズムの詳細は不明であるが,セクレチンは生理的効果と行動上の効果の両方を有することが示されている.生理学的には,中枢神経系において活性を持つのはセクレチンではなく,セクレチンーグルカゴンファミリーに属するほかのペプチドであり,セクレチンの効果はレセプターレベルでの交差反応性によることが示唆されている.セクレチンは膵機能検査における検査手段として最も一般的に使われており,北アメリカにおいては,これまでの検査における使用は1回投与に限られており,反復・長期使用に関しては安全性に対する懸念が存在する.しかし世界の他の地域では,消化性潰瘍の一次治療としてセクレチンの反復投与の実例が存在する.

セクレチンの自閉症に対する効果を説明するために,いくつかのモデルが提案された.最近のオープントライアルでは,セクレチンの活性の半減期が数分にすぎないにもかかわらず,セクレチンが何人かの自閉症児における慢性の下痢症に数週間有効であることが示唆されている.直接的な中枢神経系効果の可能性は,セクレチンの免疫反応性がラットや豚の脳内に存在し,またラットにおけるセクレチンの脳室内投与がラットの行動に変化を与えることが示されたことなどから示唆されている.また,セクレチンはラットの頚部神経節において2日間ドーパミンとノルアドレナリン合成を増加させる作用を持つことも観察されており,このことは,コントロールトライアルで自閉症において有効性が示されたclomipramineに類似する効果があることを示唆する.

最近の4歳男児の症例報告では,セクレチンの1回投与で行動上の効果が存在しないことが示された.加えて,最近数ヶ月で,3つの無作為プラセボコントロール研究が,セクレチンの1回注射後の有意な効果がないことを報告している.自閉症児20人に関するOwleyらの報告は,数多くの表価値をクロスオーバーデザインで用い,豚のセクレチンの効果が存在しないことを示した.Sandlerらもプラセボと合成人セクレチンの間に効果に関する有意差がないと報告した(60例の自閉症および広汎性発達障害).しかし,効果がないという結論にもかかわらず,たくさんの親たちがセクレチン治療に注目していることも記載されている.またChezらは,最初のオープントライアル研究が示唆した胃腸症状および言語・社会的相互作用の有意な改善の可能性にもかかわらず,続いておこなわれた二重盲検クロスオーバー研究(25例)は,セクレチンが投与された後の臨床的に意味のある変化がないことを明らかにした.これらの研究のそれぞれの著者らは研究の多彩な限界をはっきりと認識している.VolkmarとAhmadは,自閉症にセクレチンを使うかについての証拠に基づく結論を家族や専門家が出すためには,結果の再現性を確認する必要があるとしている.

我々は,豚セクレチンの1回投与の効果を自閉症児における社会的相互関係,行動スキル,およびコミュニケーションスキルに関して検証するために無作為,二重盲検,プラセボコントロールトライアルをデザインした.

方法と結果:省略

考察
セクレチンが自閉症児の言語発達および行動において,高頻度にまた時に劇的な改善効果を有するとした逸話的報告とは対照的に,我々の研究結果は豚セクレチンの1回投与の効果を検証することができなかった.経過中の機能改善はセクレチンおよびプラセボの両群でみられた.この結果は,参加者が不慣れな,場合によっては恐怖を感じるような環境の中で,より快適に過ごせるようになる「慣れ効果」によるものかもしれない.あるいは,臨床トライアルに参加したことに関連する親の感受性の変化の可能性も考えられる.複数の無作為コントロールトライアルをまとめて解析するメタ解析でもまた,改善した児の数に,プラセボとセクレチン群で有意な差はみられなかった.メタ解析の結果は,対象者を決める基準の差に加え,使われた評価法や対象群にそれぞれの研究で統一性がないことによる限界があることに注意すべきである.10%の効果は注目に値すると言えるが,10%の変化が臨床的に意義があるのか,あるいは持続する変化なのかなどの疑問には結論がでない.

我々の研究結果にはいくつかの限界がある.まず,1回投与の研究デザインであり,セクレチンの効果がでるためには複数回投与が必要かどうかの結論が出ていない.にもかかわらず,逸話的な報告や正式な報告でない症例情報は,1回投与で効果があることを示唆している.このようなケースはメディアが報道したほぼ全ての症例である.2番目に,我々の対象者は自閉症と明らかに診断された児であり,軽症例(PDD-NOS)における効果の可能性を否定するものではない.しかし,Sandlerらの検討では,自閉症もPDD-NOSも含まれており,それでもセクレチンの有効性は示されていない.3番目に,我々は豚のセクレチンの効果を検討し,合成人セクレチンの効果を否定するものではない.しかし,劇的に有効と報告されているほとんどの場合が,豚セクレチンの1回投与である.4番目に,セクレチンは腸のホルモンであるので,胃腸症状のある子供でより効果がある可能性が示唆されていた.我々の研究のサブグループ解析では,胃腸症状のあるケースが少ないものの,そのようなケースでも必ずしも有効という結果は出ていない.さらに,Rimlandなど他の報告では,効果が予測できる,あるいは効果のないことを予測できる投与前の因子がないことが示唆されていた.最後に,我々の研究で使われたレーティングスケールは,難解な変化を検出できない可能性があり,統計的有意差がでないようなマスクされたセクレチン効果が存在する可能性も残る.しかし,より感度の高いスケール評価はプラセボにおける効果の方も同時に大きくするであろう.いずれにしても一般紙で報道されたような著明な結果が存在するのであれば,我々の方法の感度は十分なはずである.

今回は副作用は何もなかったが,セクレチン投与後の過敏反応の報告もある.セクレチンは消化性潰瘍の治療として主にアジアで複数回投与されているが,自閉症において考えられる数ヶ月とか年の単位で投与されたことはこれまでにはない.従って,副作用発現の可能性,または効果の消失の可能性なども不明である.セクレチンの複数回投与の安全性には結論がでていない.

自閉症には効果的で入手可能な治療法がないために,親は治療薬であるとする行き過ぎた主張に弱い.セクレチンの場合は,さわぎを大きくする多くの因子が存在した.それらは,しろうとの親が気が付いたこと,生体内に存在する物質であること,副作用のリスクが少ないこと,および基礎的な既存の研究結果がその効果のメカニズムを示唆したことなどである.インターネットと,奇跡を報道したがっている一般メディアがいっしょになって親を動かし,たくさんの親が1回分が数百ドルから数千ドルするセクレチンにどっと群がるという結果を招いた.

セクレチン騒動は,提案された治療には,効果の証拠として,逸話的な報告とは対照的な科学的な吟味が重要であることの実例である.自閉症は非常に複雑な発達障害であり,病因や治療における数多くの未解決な問題を考慮すると,なぜ多くの親が支援への道として,あるいは治療として代替治療を追い求めるのかを理解することができる.適切な判断が可能になるのは,コントロール研究による臨床トライアルが完了した時のみである.


文献
1.Dunn-Geier J,et al. Effect of secretin on children with autism: a randomized controlled trial. Developmental Medicine & Child Neurology 42: 796-802, 2000.
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