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セクレチン・自閉症(2)

2000年5月,伊地知信二・奈緒美

臨床医学雑誌N Engl J Medでの議論を紹介します.

セクレチン騒ぎのきっかけを提供したHorvath K.からのレター(文献1)

我々は,1997年から,自閉症児の消化管異常について評価を始め,1998年に最初の論文発表を行った.内視鏡検査実施中に,セクレチン静注負荷後の膵液/胆汁排出量が有意に増加しており,36人の自閉症児の75%でこの所見がみられた.ほとんどの児で,セクレチンを1回注射した後に消化管症状に変化があり,多くの例では,繰り返し注射することにより社会的なスキルや行動スキルが徐々に改善した.もちろん,セクレチンが自閉症に有効であるかを科学的に証明するためには,無作為,二重盲検,プラセボ-コントロール研究が行われるべきである.

Sandlerらは,セクレチンの1回注射では自閉症に改善効果がないことを報告したが(論文2),これは当然であろう.慢性的な病態が,1回の治療で完全に良くなることは少なく,また,彼らの研究の対象年齢,診断基準,消化管症状がないことなどからは,無効結果を予測することができる.我々の研究は,年齢がより若く,発語のない自閉症群で,消化管症状を伴った,機能レベルの低いグループにおいて行われた.下痢を呈していた多くのケースでは,1回目の注射で下痢が改善したが,行動面に関しては明らかな効果はまれであった.

Sandlerらの結果が無効であることが判った後も,63%もの親たちがセクレチン静注治療を続けることを希望したことは注目に値する.彼らも使用した自閉症児に行われる診断的行動評価テストは感度が低く,これらの評価法は診断のためであり,治療による変化を評価するためのものではない.

我々の最初の症例研究において,セクレチン静注は内視鏡検査施行中に負荷検査(空腹時検査)のために行われた.食事を摂ると,いくつかの消化管ホルモンの分泌が起こり,これらのホルモンのいくつかは,セクレチンの効果に拮抗する可能性がある.Sandlerらは,セクレチンの注射が空腹時に行われたのかどうかを明らかにしていない.


自閉症者の親で,自閉症研究所の所長であるRimland Bからのレター(文献3)

自閉症者の父親として,Sandlerらの論文を支持する.彼らの研究におけるいくつかの主な問題点に関する率直な認識と,研究結果が無効と出た後も多くの親たちがセクレチン治療の継続に興味を示した事実を提示した率直さに感銘を受けた.この研究に参加したたくさんの親たちが,研究の後も児のセクレチン療法を続けており,注目すべき効果が得られているようである.

適度に謙虚なSandlerらの立場とは異なり,Volkmarはeditorialとして,セクレチン療法を否定するための不適切な熱心さを表明してしまった.彼は,自閉症における治療効果を評価するための評価法が欠如していることを見落としている.Volkmarは,自閉症のモノグラフである「Handbook of Autism and Pervasive Developmental Disorders」の共編集者であり,この本にはSandlerらが使ったような診断チェックリストは治療評価には不十分であることが書かれている.Sandlerらは,この点を認めているが,Volkmarのeditorial中には触れられていない.

まだ,無効と結論する段階ではなく,自閉症におけるセクレチンの効果に関する詳細な研究は続けるべきである.


セクレチン製造会社の一つRepligen社の社長Herlihy WCからのレター(文献4)

Sandlerらの研究は,数多くの重要な問題点を含んでいる.著者らも記載しているように,1回投与で1ヶ月間評価しただけであり,慢性の病態においては非現実的に短い評価期間である.2番目の問題点は,診断基準の不徹底と,症候の程度のばらつきである.33%の児が自閉症の診断基準を満たしていない.

3番目の問題点は,自閉症症候の変化を評価する方法として自閉症行動チェックリストを用いた点である.このチェックリストは,自閉症児を精神遅滞や情緒障害児から区別するために開発されたスクリーニング手段であり,57の症候に関して,あるかないかを記載する評価法である.それぞれの症候には,全体のスコアを算出するために,1点から4点の配点が決められている.例えば,「1回の指示ではきかない(座りなさいなど)」は1点で,「単調なリズムのない話し方」は4点とされる.単調なしゃべり方は,他の障害から自閉症を区別するのに有用であるため点数が高いのである.このような方法は,変化を評価するには不適切である.

加えて,自閉症行動チェックリストはいろいろなレベルの症候を評価し,比較的高機能例においてのみ評価すべきものもたくさん含まれている.「一人称が逆になる(私と言う代わりにあなたと言う)」などは,発語のない児の評価には不適切である.言語セクションの13項目のうち,たった2つが意味のある言語の出現であり,また,治療経過とは無関係の既往歴に関する項目も含まれている.

1回投与で,対象が単一でなく,評価方法に問題があり,たくさんの親たちとSandler先生自身がセクレチン投与の継続に興味を示すことは当然であろう.


Said SIとBodanszky Mからのレター

多くは症例報告であるが,1回のセクレチン注射で劇的に自閉症症候が改善したとするたくさんの報告を無視することは困難であろう.あきらかな改善であってもプラセボ効果である可能性は否定できないが,Sandlerらと(無効),他の研究者の(有効)見解の解離はセクレチン製造法の違いにあると思われる.有効としている研究では,セクレチンは豚の腸管から抽出され,無効としている研究では合成人セクレチンを使用している.

人のセクレチンと豚のセクレチンの遺伝子配列の違いによるアミノ酸配列の相違(27個のうちの2個)が結果を分けた可能性もある(そうではないと思うが).抽出物質は不純物を含んでおり,例えば,他のペプチドなどが混入することがあり,このような場合は,血管に対する作用を持つ腸管ペプチドが最も考えられる.このようなペプチドはセクレチンに密接に関連しており,腸管抽出物から純化するプロセスで同じフラクションに混入してしまう.血管作用性のある腸管ペプチドとその受容体は,多くの臓器に分布しており,神経細胞を保護する作用もあるため特に脳には多く存在する.

人セクレチンを合成する過程で,セクレチンが活性のないものに変化してしまう可能性もある.Sandlerらは,使用したセクレチンの純度,アミノ酸組成・配列,活性度などに関して記載していない.


Sandlerの返事

私は,共同研究者たちと共に,自閉症のセクレチン治療が無効であるとした我々の報告によせられた意見や興味に,驚きまた満足した.我々の報告は,ひとつの研究結果に過ぎず,他の研究者からの結果が報告されることを渇望する.いろいろな問題点はあるものの,我々の報告した方法や所見は確固たるものであると信じる.

Horvath先生は,我々の報告結果を,1回投与であるから効かなかったのだと解釈している.しかし,症例報告では1回投与で有効であったケースがあり,実際,Horvath先生の患者であるParker Beckは,1回目の投与で劇的な改善があったと報じられている.1回の治療だけで「慢性疾患が完全に治ってしまう」と予想することは非現実的であるという意見に我々も同意する.他の研究グループによるコントロール研究が,現在行われており,複数回投与が検討されている.

Horvath先生はまた,対象年齢の差,診断の問題,そして対象者の中に消化管症状を有するものがいない点を指摘した.我々の患者は,3歳〜14歳であり,全員が自閉症か広汎性発達障害の診断基準を満たしており,その他(otherwise specified)は含まれていない.機能レベルと重症度はいろいろであり,何人かは低機能や発語のない例が含まれている.セクレチン投与を受けた30例のうち,7例は消化管症状を持っていた.我々の検討では,消化管症状の存在はセクレチンの効果に何の影響も及ぼしていない.Horvath先生の報告とは異なり,我々は,消化管症状を伴っていない症例も検討しており,故に我々の結果には結論の一般化を制限するような紹介によるバイアスがかかっていない.

Said先生とBodanszky先生は,人セクレチンの合成過程に関して質問したが,我々の使用したセクレチンは,生物学的活性が豚セクレチンに等しいことを確認済みである.他の研究者たちも人および豚のセクレチンを使用中である.

Horvath先生,Rimland先生,Herlihy先生は,三人とも我々の治療効果評価法における問題点を指摘した.しかし,我々は,この問題点を我々の論文の中で認めてはいるが,自閉症行動チェックリストと臨床全般印象スケールの2つは,自閉症の中心症候における変化の方向性を検出する感度を有しており,薬効評価の目的にそぐわないものではないと認識している.実際,我々の結果では,これらの評価法は対象者の変化を反映しており,時間と共に有意な改善が見られている(この改善はセクレチン群とプラセボ群で有意差はない).


ランセットのEditorialを書いたVolkmarの返答

Horvathは,Sandlerらの報告にいくつかの問題点がある可能性を指摘した.もちろん,繰り返し注射をすれば結果が違ったかもしれないし,消化管症状が存在することとか,空腹時であることとか,あるいはその両方が存在することが治療効果に影響するかもしれない.しかし,これらの可能性は今後の研究課題である.我々は皆,自閉症の治療効果評価法がより進歩する必要があることに同意する.しかし,現在使用可能な評価法でも,他の治療法においては有意な改善効果を検出することができるのも事実である.

私の文章(Editorial)中の,この治療法に対する悲観的見解は,Sandlerらの報告が二つ目のネガティブデータであったことを反映している.2つ共,セクレチンが自閉症に著効すると報じられ熱狂的な騒ぎが起こった後に行われた研究である.Horvathの主張するセクレチンの効果がなぜ起こるのかが不明であり,子供の発達と行動に関連した下痢の改善という観察所見が持つ重要性も吟味すべきであろう.

HorvathとRimlandは,治療効果がないという結果がでたセクレチン療法を継続してほしいとする親の希望についてコメントしている.人気が科学的メリットの判断材料となることもあるが,セクレチンの場合は残念ながら違う.私はまた,Sandlerらの報告の問題点にも触れ,全てのネガティブデータに必要な追加研究の必要性を指摘した.セクレチン騒ぎから学ぶべきポイントは,自閉症治療に関する研究がまだまだ不足しているという事実であろう.


(コメント)セクレチンと自閉症に関しても,今後も論文が公表されそうですので,しばらくはシリーズ化してフォローします.


文献
1. Horvath K. Secretin treatment for autism. N Engl J Med 342: 1216, 2000.
2. Sandler AD, et al. N Engl J Med 341: 1801-1806, 1999.
3. Rimland B. N Engl J Med 342: 1216-1217, 2000.
4. Herlihy WC. N Engl J Med 342: 1217, 2000.


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