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PANDAS(2)
(強迫性障害・トウレット障害・溶連菌感染症)


2000年5月,伊地知信二・奈緒美

以前,西浦 博(宮崎医科大学医学部学生)さんがレビューしてくださった話題の続報です.

(PANDASを提唱したSwedoらの新しい論文:文献1)
小児においては,チックや強迫性症候がA群ベータ溶血連鎖球菌の感染後に悪化することがある.この現象の原因が連鎖球菌感染後の自己免疫機序であるならば,そのようなケースでは血漿交換や免疫グロブリン静注療法などの免疫調節療法が有効であるはずである.我々はこのような症例の神経精神症候の重症度を,血漿交換や免疫グロブリン静注療法が軽減するかどうかをプラセボ療法(偽-免疫グロブリン静注療法)と比較して検討した.感染により悪化した重症の強迫性障害やチック障害(トウレット症候群を含む)の児を,無作為に振り分け,血漿交換(2週間で5回),免疫グロブリン静注療法(1g/kg/dayを2日連続),あるいはプラセボ療法(グロブリンを生理食塩水にした偽療法)を行った.症候重症度は開始前値の%で表し,1ヶ月後と12ヶ月後に,強迫性障害,チック,不安症,うつ状態,全般機能に関して標準評価スケールで評価した.30人がエントリーし,29人がトライアルを完結した.10人が血漿交換を受け,9人が免疫グロブリン静注療法を,そして10人がプラセボ療法を受けた.1ヶ月後,免疫グロブリン静注療法群では,Yale-Brown強迫性障害スケールで12スコア(45%)の改善を示し,血漿交換療法では13スコア(58%)改善した.NIMH不安スケールでは,免疫グロブリン静注療法で2.1(31%),血漿交換で3.0(47%)改善した.また,NIMH全般スケールでは,免疫グロブリン静注療法で2.9(33%),血漿交換で2.8(35%)改善した.トウレット症候群統一スケールでの平均変化は,血漿交換群で49%であった.治療効果は1年続き,17人中14人が(82%)治療前値よりも明らかに(much)あるいは著明に(very much)改善した.血漿交換と免疫グロブリン静注療法は,共に,感染がきっかけとなった強迫性障害とチック障害において,その症候の重症度を軽減するために有効であった.これらの治療法の効果メカニズムを決定するためには,さらなる研究が必要であり,強迫性障害やチック障害の患者の中でどの児が免疫調節療法を受けるべきかについても,今後の課題である.

(上の論文を掲載した医学雑誌の編者コメント:文献2)
Perlmutter LSらは,PANDAS(post-infectious autoimmune neuropsychiatric disorders associated with streptococcal infection:以前はpediatric・・・)の患児における免疫グロブリン静注療法と血漿交換療法を報告した.PANDASは,A群ベータ溶血連鎖球菌感染症後に神経組織に対する自己抗体ができることによると言われている.この報告をどのように考えるべきであろうか?

チックや強迫性障害のような神経精神疾患の発現や悪化に,環境因子特に感染が有している役割に関する指摘は以前から存在する.小児の副鼻腔炎あるいはA群ベータ溶血連鎖球菌とチック症候およびトウレット症候群の発現あるいは悪化との関連についての症例報告は,1929年からみられる.さらに,強迫性障害やチックの発現は,シデナム小舞踏病との関連も報告されている.最近,Swedoらは,A群ベータ溶血連鎖球菌感染における中枢神経系合併症として,チック障害,強迫性障害,そしてADHDを含む神経行動症候を有する一群の症例をまとめPANDASと名付けた.全国から50症例をあつめて作成された診断基準は,強迫性障害あるいはチック障害あるいはその両方の存在,思春期以前の発病,突然の症状発現あるいは突然の悪化と緩解あるいは両方,先行するA群ベータ溶血連鎖球菌感染,多動や舞踏病様運動などの神経異常の存在,である.

しかし,PANDASの疾患概念には異論もあり,チック障害や強迫性障害の発現あるいは悪化にA群ベータ溶血連鎖球菌感染症が特異的に関連しているかどうかは,疫学調査では確認されておらず,今後の課題である.また,PANDASの診断基準は,チック障害に共通して関連するいろいろな状態と区別することができない.このような状態には,症候の頻度や程度の通常の変動,ストレスや不安や疲労や他の病気によるチックの悪化,A群ベータ溶血連鎖球菌感染症と無関係の症候発現や再発,薬物治療による症候変動などがあり,診断基準の最後の舞踏病様運動の正確な定義も定かでない.さらに,1回の咽頭培養や1回の抗ストレプトリシンO抗体や抗deoxyribonuclease B抗体測定だけで,先行するA群ベータ溶血連鎖球菌感染を確定することはできない.

病態生理学的には,シデナム舞踏病をモデルとした,分子レベルの共通抗原性を含む免疫機序がPANDASの原因として提案されている.これにはA群ベータ溶血連鎖球菌に対する抗体が,脳の特別な場所に対する自己抗体として作用するとする説も含まれる.この概念に関する証拠は,ほとんどが状況証拠である.さらに,シデナム舞踏病の抗神経抗体仮説の証拠としてしばしば引用されるデータは,あまり正確でない免疫蛍光抗体法のデータである.神経行動障害や不随意運動を持つ児においてこのような抗体が神経組織で高値であると報告されているが,検査方法の感度や特異性に関しては議論が続いている.ELISA法で測定した,ヒト被殻に対する血清抗体価(尾状核や淡蒼球には反応しない)は,コントロールに比べ,トウレット症候群において有意に増加しており,Western-blot解析では,83kDa,67kDa,60kDaの大きさの線状体成分に対する特異抗体がトウレット症候群児においてより高頻度に報告されている.また,トウレット症候群患者から抽出したIgGをネズミの線状体に注射すると,ジスキネジア(ひっかいたり床を蹴ったり,頭部や足のふるえ)や鳴き声異常が起こることが報告されている.

Perlmutterらは,免疫調節療法の難しいプロトコールを完結している.彼らも指摘しているように,いくつかのキーポイントが強調されるべきである.対象選択は非常に厳密で,全国から対象者を集めても,最初集まったのはたったの10例である.故に,トウレット症候群や強迫性障害の全体の何%が,免疫機序による病態なのかが不明のままで,通常の薬物療法が効くのかも不明である.免疫(調整)療法は,危険性がないわけではなく,3分の2のケースで何らかの副作用が報告されている.コントロールの設定にも問題があり,プラセボ群は免疫グロブリン静注療法のみのコントロールである.血漿交換のプラセボである偽血漿交換はリスクの問題で行われていない.コントロールは1ヶ月後の評価のみで使われており,その後はプラセボ群もオープントライアルに移行している.従って,いくつかの神経精神症候は,特にチックは,1年後の改善は自然の経過によるものである可能性が残り,最も一貫した免疫療法による改善は,強迫性障害,不安症,うつ状態,そして全般機能において示されている.1回の治療でも効果が持続することが報告されているが,患者の半数でのみ抗精神薬の減量や中止が可能になっただけである.血漿交換だけが,チックに効果があるが,このグループは治療前の重症度が最も高い.加えて,プラセボグループは,結局血漿交換のオープントライアルを受け,わずかにチックが改善している.最後に,次の点について説明が必要である.治療効果と抗体除去率との相関がないのはなぜか?末梢血への治療で脳-血管-関門の内側にある脳に効果があるのか?これらの治療の治療効果の機序は?Perlmutterらも指摘しているように,たとえこのように厳密に選ばれた患者において効果が期待できるとしても,このような治療法は通常の治療としての適応があるわけではない.


(コメント)
この話題もしばらく続きそうですので,シリーズ化します.


文献
1. Perlmutter SJ, et al. Therapeutic plasma exchange and intravenous immunoglobulin for obsessive-compulsive disorder and tic disorders in childhood. Lancet 354: 1153-1158, 1999.
2. Singer HS. PANDAS and immunomodulatory therapy. Lancet 354: 1137-1138, 1999.


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