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Rapin先生の総説論文に対する反応

1997年12月、伊地知信二/奈緒美

論文紹介のコーナーの「N Engl J Medに載った総説」(1)について論評が出ていました(2)ので話題としてご紹介します.この論文(1)は,自閉症の多彩な側面を比較的包括的に記載している点で評価すべき総説ですが,二人の専門家から以下のような意見があり,それに対してRapin先生が答えています.


(エール大学の先生方からのコメント):
この総説では,神経伝達物質の一つであるセロトニンに関する最新の知見に対する注目度が不足している.中枢神経系のセロトニン機能の異常が自閉症の病態の主な役割を担っていることを示すいくつかの評価すべき証拠が集積しつつある.自閉症者の多くは,血液中および血小板中のセロトニン濃度が増加していることが知られており,血小板のセロトニン輸送率が増加している.加えて,遺伝子レベルの研究により,セロトニン輸送遺伝子(transporter gene)のプロモーター部の変異と自閉症との関連が明らかになりつつある.このことは,一部の自閉症者でセロトニン輸送蛋白の抑制剤が臨床的に有効であることと矛盾しない.また,最近報告された二重盲検,偽薬コントロールでの臨床実験では,薬剤を投与されていない成人の自閉症者において,トリプトファン(セロトニンの前駆物質)の少ない食事は短期間でも65%の被験者が行動の悪化を呈した.


(ジョージワシントン医科大学の先生からのコメント):
最近の報告では,多くの自閉症児が幸せや楽しみや親しみを感じていることが証明されており,また,感覚処理の過程・感覚調節の過程・運動の計画性・感情の相互性への集中などに配慮した療育により,たくさんの自閉症児が共感や抽象化などだけでなく,多彩な感情を表に出せるようになることが知られている.加えて,Rapinの総論は,最新の診断基準であるDSM-Wに対する多くの批判をレビューすべきであった.DSM-Wは,カナーが指摘し自閉症に特異的な「相互関係を形成したり維持する能力における障害」についての特別な評価を含んでいないなどの問題点を抱えている.


(Rapin先生の返答):
特異的なセロトニン再吸収阻害薬は,成人自閉症例の50%にしか効かないとの報告もあり,また,安全性や小児例における有効性の結論が完全にはでていない.また,セロトニンによる神経ネットワークのみの問題ではなく,その他の神経伝達物質によるネットワークの関与も想定されており,さらに研究を進める必要がある.

療育の効果については,確かに特に高機能自閉症児においては多彩な効果があることが知られているが,例えば「ごっこ遊び」における創造性などはなかなか発達しない.自閉症者に欠けているものは社会性を学ぶ能力であって,自閉症者は対人関係を充分に深めることができない.自閉症児は「愛情や感情を持たない」のではなく,自閉症者で学者のテンプル・グランディンが言うように,「個人的な関係が理解できない」のである.自閉症児は笑うことも楽しむことも,もちろん可能であるが,他人の楽しみや喜びを把握することができない.高機能自閉症者は,高度な抽象化などが可能な場合もあるが,日々の社会状況における最も基礎的な常識を欠いている.改善は回復とは異なるものである.

私のレビューは,DSM-Wに対する多くの議論を載せるためのものではない.そもそも定量的な診断基準をもってしても,行動の分類は、各状態の間や正常者との間に境界線を引くことはできないのである.


(感想)「改善は回復とは異なるものである−improvement is not synonymous with recovery」というコメントは,「自閉症児には外面(そとづら)を持たせることが目標」と日頃思っております私たちにとっては,むしろはげましに感じました.本当の自分自身を変えることは,我々ができないのと同じように,自閉症児にも当然できないわけです.また,自閉症者と健常者の間に境界線を引くことはできないとする考え方が定着しつつありますが,Rapin先生も同じお考えのようです.


文献
1. Rapin I. Autism. N Engl J Med 337: 97-104, 1997.
2. Longhurst JG, et al.; Greenspan SI.; Rapin I. Autism. N Engl J Med 337:1555-1557, 1997.


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