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自閉症傾向・多動傾向の脳外科手術の問題点(8)
(軽度の三角頭蓋に対する形成術)
:専門誌「脳と発達」論文に関して


2002年4月16日,伊地知信二・奈緒美

このコンテンツはそのまま,沖縄県立那覇病院の関連する先生方宛にそれぞれ一通ずつ郵便で発送しました(平成14年4月16日).

 

沖縄県立那覇病院

脳外科 S先生

小児科 SS先生

N院長先生

先日(4月8日)は電話にてS先生より現在の手術例数が約130例と教えていただきました.たび重なる失礼も,発達障害児のためとなにとぞご容赦くださりお付き合いくださいますようよろしくお願いいたします.また,島袋先生と落合靖男先生(沖縄小児発達センター)が論文をだされたと教えていただきました.今回は島袋先生の論文に関してコメントさせていただきたいと思います.

はじめに,繰り返しになりますが,私どもの立場は,先生方の臨床的な印象を全否定するものではなく,先生方が気づいておられないあるいは意図的に無視しておられる問題点を改善し,少しでも良い方向に向かうにはどうすべきかを,先生方といっしょに考えていければと思っております.「意味がないからやめろ」と言っているのではなく,研究であることを認めて,臨床研究のルールにのっとって手順をふんでくださいとお願いしているわけです.倫理委員会の開催や文書によるインフォームド・コンセントがないことを指摘させていただき,これに先生方が対応し実行されたことも,私どもの大きな功績と自負しております.

これも繰り返しになりますが,私どもが2000年5月から先生方にお願いしておりますことをまとめますと(一部加筆してあります),

(1)真に患者利益を優先させるためには,ルールに従い,まず治療の正当性をエビデンスで示すべきである(疫学的検討,これまでのデータの比較解析).

(2)上記に基づく倫理的再検討と対象病態の再吟味を行うべきである.

(3)さらなる臨床比較研究の正当性が(特定の一群に対して)示された場合は(効かない例をできるだけ対象から外す),親の理解と医師の見解の解離をなくすべき(研究としてのインフォームド・コンセント).

(4)臨床研究はできるだけ科学的であるための努力を(クロスオーバー法,録画盲検法,他の手術症例との比較)

の4点であります.また,以上に加えて,以下の(5)もお願い項目にさせていただきたく考えております.

(5)術後支援体制の確立(特に効果のなかったケースについて)

島袋先生の論文(文献1)は,(1)の「これまでのデータの比較解析」にあたるわけで,論文中でも認めておられるように手術をしなかった例との比較で厳密な意味でのエビデンスを得ることはできませんが,できるだけ科学的な検討を志す先生方のご姿勢に感謝いたします.

島袋先生の論文(文献1)の要点をまとめますと,

意義 1.軽度三角頭蓋形成術に関する初めての比較データ論文

2.客観的評価への努力

3.自然経過との有意差を報告

4.結論にそれほど言い過ぎがない:「手術による効果の可能性が示唆された」,「手術による一定の効果は否定できない」

これまでの見解からの軌道修正 1.nonsyndromic typeには臨床症状はみられず・・・というのが今日のconsensusとされている----->前者(non syndromic or isolated type)では特別な臨床症状を呈することは少ないとされてきたが・・・

2.健常児の中には手術例のような軽度三角頭蓋は存在しない/(ヘリカルCTでは)「正常な例とは明らかに区別がつきます」----->「症状を持たない群を考慮に入れると・・・」/「三角頭蓋の診断は顔貌と3DCTの所見を中心として行われ,比較的診断は容易であるが中には判断に迷うような軽症例もあり・・・」

3.PubMed Medline上では,Publication TypeをClinical Trialとしている

手術前後の変化 ・CBCL(3-4ヶ月後)の引きこもり尺度の改善とやや改善が53%(自然経過群では11%)

・CBCL(3-4ヶ月後)の発達尺度の改善とやや改善が42%(自然経過群では14%)

・CBCL(3-4ヶ月後)の注意集中尺度の改善とやや改善が88%(自然経過群では25%)

・有意語がなかったケースでは自然経過群と大きな差はない

・表出言語に関する単語レベル以上での変化は,数字的には大きな差はないが,内容的には明らかな相違(自然経過群に比べ)

・言語理解については「指示の疎通性の改善」が共通した著明な変化としてみられ,自然経過群との差は明らか

・自傷行為・いらいら・パニックの改善は92%で改善(自然経過群では11%)

・DQ値が術後上昇する例も少なからず認められた(一般的知能障害児の自然経過とは「差があるように思われた」)

臨床レベルでの適応症例に関するコメント 「臨床症状からは多動や対人的な関わりの障害,著明な自傷行為やパニックによる日常生活の著しい障害,言語面では特に理解面を中心とした著しい遅れがある場合等を適応と考えているが,集団への参加や療育活動により児に改善がみられ始めている場合は慎重に考えるべきであろう.」
著者らが指摘した課題 1.SPECT所見と臨床症状との相関

2.SPECT所見のSPM解析による頭蓋形態の補正下での検討

3.顔貌と3DCTの所見での診断で判断に迷うような軽症例もある

4.SPECTに関する現行の方法は絶対的な基準ではない.

5.臨床症状とSPECT所見との対応が不明

6.適応の明確な基準の確立

7.手術効果の評価法の確立

その他の課題など 1.著者らも認めておられるように,このデザインでは自然経過との有意差は示せても,手術による真の効果と入院環境・手術環境による非特異的反応を区別できないため,「手術による効果の可能性が示唆された」,「手術による一定の効果は否定できない」と同時に,手術による効果でない可能性が残り,手術以外の効果である可能性を否定していません.手術による効果でない可能性を否定するためのデザインを考えるべきです.

2.「充分なinformed consentのもとに行うという条件下で手術が認められた」と記載されていますが,下に述べますように,研究としての説明がなされていないことが一番問題です.

3.考察中で,「しかし上記の報告はいずれも手術による発達障害の予防効果についての議論であり,術前・術後の症状の変化についてではない」とあります.私も以前,「これまでの報告では,cosmeticな目的で行われた頭蓋形成術がその後の発達遅滞などの症候発現に予防的効果をもつのかという趣旨でretrospectiveな検討がなされ・・・」として同じ3つの文献を考察すべき重要な資料としてご紹介しました.しかし,さらに重要なことは,2000年5月に自閉症傾向・多動傾向の脳外科手術の問題点(1)に引用しましたように,Collmannらのコンセンサスでは「nonsyndromic typeの12%(8/73)に精神遅滞があり,術前に症候のあるこのようなケースの術後の症候改善が期待できない」と明記してあることです.つまり症候の改善を目的とする軽度三角頭蓋手術がコンセンサスを否定するかもしれない研究の段階であるという私どもの意見の根拠として,Collmannらの論文をご紹介したわけです.Collmannらの見解のこの部分は,予防効果についてではなく,術後の症状の変化に関する否定的な見解ですので,先生方がやっておられることは,「新しい手術適応(論文中)」であるだけでなく,以前より指摘しておりますように「コンセンサスから逸脱するもの」で,まさに研究のレベルなわけです.既にS先生も,「Collmannのconsensusとちょっと違うのではないかというのが論文の趣旨です」としてこの点を認めておられますが,「研究とは思っていません」と言い続けておられます.

私どもが,これまでにお願いしてきました具体的な内容は以下の点です(一部加筆).

(a)軽度三角頭蓋の疫学的調査:健常児の何%に視診・触診で軽度三角頭蓋があるのか?軽度三角頭蓋の何%に発達障害を伴うのか?(受診例の検討ではなく地域的な検討)

(b)これまでの手術例のさらなる解析:術後に著明に改善するケースに臨床的術前特徴があるか?効果のないケースに臨床的術前特徴があるか?

(c)疫学的調査,手術の効果による臨床的サブグループ化の結果を基に,倫理的再検討と手術を試みるべき対象サブグループのしぼりこみ

(d)手術を試みるべき対象サブグループをしぼりこむことができ,手術の正当性が倫理的に妥当であれば,研究としてのインフォームド・コンセントを得る

(e)臨床研究の研究デザインはできるだけ科学的なデザインを設定する(クロスオーバー法,録画盲検法,他の手術例との比較)

これらは非現実的なお願いではなく,電話でもお話ししましたが,特に(e)については,検査入院と手術入院をクロスオーバーで無作為割り付けする方法や,術前か術後かがわからないようにビデオを撮り(遊戯室などの特定の環境),その評価をブラインドで評価者に評価させる方法などがあり,かなり説得力のあるデータを得ることができる有益な方法と考えます.また,外傷入院や,虫垂炎の手術など,軽度三角頭蓋のある発達障害児が入院,麻酔,手術などを経験した前後の行動評価データと比較するという手法も一考の価値があると思います.

(a)については,島袋先生の論文では,「本報告で三角頭蓋と発達障害との疫学的な関連性を論議することはできないが,・・・」と記載しておられますが,疫学的調査の予定については触れておられません(進行中?).

(b)については,考察の最後で「手術が有効な症例が存在することから」として,現在手術が済んでいるケースのなかに無効例が含まれていることを認められ,「適応の明確な基準の確立」が必要と結んでおられます.また,SPECTに関しては,「臨床症状とSPECT所見との対応」を課題として記載されておられます.まさにこのような有効例と無効例の解析を大急ぎでやっていただき,効かないことが予想されるケースを術前の臨床症状やSPECT所見から判断できるようにしていただきたいのです.そして当然効かないことが強く予想されるケースは絶対に手術しないでほしいのです.これによって,(c)の適応がある可能性が高いケースのしぼりこみが可能になるわけです.

最後に,(d)の中にあります「研究としてのインフォームド・コンセント」に関して述べさせていただきます.上の“その他の課題”の2と3に書きましたが,先生方が,この130例にも及んでいる発達障害の改善を目的とした軽度三角頭蓋形成術が研究ではないと主張されておられる点が一番の問題であることに,2000年5月からほとんど進展がありません.

自閉症傾向・多動傾向の脳外科手術の問題点(6)に示しましたように,S先生は,以下の質問5に対して,

5.インフォームドコンセントのための親への説明書には研究と書いてあるのですか?
 今回のご返答(小児の脳神経)で,S先生は生物医学的研究であることを否定せずに,Collmannらのコンセンサスからは逸脱する医療行為であることをはっきりと認めておられます.また,論文中では「多動傾向や自閉傾向も(手術後)改善していると著者らは確信している」と記載されており,この点も関連学会のコンセンサスから逸脱しております.従って,インフォームドコンセントのための説明文には研究であると明記する必要があると思います(既に明記してあればごめんなさい).
(質問5に対する返答)研究とは思っていませんので明記はしていません、しかし、先生のメイルアドレスを入れて実験とまでいう批判があることは入っています。論調は、手術の評価を積極的アピールしているわけではありません。

とお答えになっておられます.確かに研究でなければ,ヘルシンキ宣言などの医学研究のためのルールに縛られることがないわけですが,今回の島袋先生の論文では,PubMed上のPublication TypeはClinical Trialと記載されております(“これまでの見解からの軌道修正”の3).Trialの辞書的な意味は「価値・有効性などを確かめるための試行」となっており,これによって,先生方は臨床研究であることを公的に文書で認めたことになると思います.また,前記の“著者らが指摘した課題”にまとめた島袋先生の考察自体が,研究であることを明確に示しております.

何度も申し上げておりますように,臨床研究であれば,「患者の権利の章典」の中にあります「人体実験の計画を知る権利」が守られなければなりません(文献2).「患者の権利の章典」が言う人体実験という言葉は,介入的研究を指して一般的に使われており,内服薬の通常の臨床治験なども全て実験と表現されています(文献2).外科的介入研究も実験なのです.

また,確かに,ヘルシンキ宣言の32では,

「患者治療の際に,証明された予防,診断及び治療方法が存在しないときまたは効果がないとされているときに,その患者からインフォームド・コンセントを得た医師は,まだ証明されていないまたは新しい予防,診断及び治療方法が,生命を救い,健康を回復し,あるいは苦痛を緩和する望みがあると判断した場合には,それらの方法を利用する自由があるというべきである.」

として,医療行為における医師の裁量権を保証しております(文献3).しかし同じくヘルシンキ宣言の32には,

「効果に関するエビデンスに乏しい新しい治療法は,可能な限り研究の対象とすべき.」

と明記してあり(文献3),ヘルシンキ宣言28には,

「医学研究を医療行為と結びつけるためには,正当な根拠が必要.」

となっております(文献3).つまり,130例という大規模な「専門分野で公認されたものではない治療法(文献4)」は,臨床研究にすべきなのであって,そのためには正当な根拠(エビデンス)が必要で,さらに臨床研究として既存のルールを厳密に守らなければならないわけです.こういった厳密なルールは,真に患者の利益を守るための知恵であり,無視することは許されないと思います.これまでの「研究とは思っていません」というご見解を「Clinical Trial」と修正されたわけですので,是非守るべきルールに従ってください.よろしくお願いいたします.

現時点で,インフォームド・コンセントの文書には「脳が発達しやすい条件を整える手術(文献4)」と記載されているのかもしれませんが,裏表のない情報提供が医学倫理の原則である患者の決定権を守る唯一の手段であります.Clinical Trialであると認めた事実を親の皆さんに隠さないようによろしくお願いいたします.患者家族への説明と専門誌への報告が異なっている場合は,当然院内倫理委員会の責任も問われることとなります(親への説明文には,研究とは書いてないと同時に「手術による効果の可能性が示唆された」とか「手術による一定の効果は否定できない」などとは書いてないのではないでしょうか).

896-1411

鹿児島県薩摩郡下甑村長浜8-3

長浜診療所

伊地知信二

 


文献
1. 島袋智志,下地武義,洲鎌盛一.三角頭蓋を伴う発達障害:isolated typeに対する頭蓋形成術の臨床的意義.脳と発達 33: 487-493, 2001.

2. 縣俊彦 編.EBMのための新GCPと臨床研究.中外医学社,1999.

3. 世界医師会(WMA)ヘルシンキ宣言:ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則.日医雑誌 125: 364-367, 2001.

4. 沖縄タイムス 平成12年7月13日


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