自閉症傾向・多動傾向の脳外科手術の問題点(7)
(軽度の三角頭蓋に対する形成術)
:軽症三角頭蓋が発達障害児に多い可能性について

図あり
2001年5月12日,伊地知信二・奈緒美

このコンテンツはそのまま,沖縄県立那覇病院の関連する先生方宛にそれぞれ一通ずつ郵便で発送しました(平成13年5月12日)

沖縄県立那覇病院
脳外科 S先生
小児科 SS先生
N院長先生

軽症三角頭蓋手術に関しまして,いつもお時間をいただいております伊地知です.今回も既にご存知の内容かとは思いましたが,確認しておく必要のある重要な情報と思いましたので,ご専門の先生方への失礼を省みず最近のいくつかの論文(下記文献4−6)が意味することについての私どもの考えを述べさせていただきます.

「発達障害児に軽症三角頭蓋が多いのか?」という私どもの疑問に対し,S先生がたは,「発達障害で紹介された児のほとんどが軽症三角頭蓋(8割以上)」(文献1,2)であるとお答えになっておられます.紹介患者というバイアスのかかった集団での話ではありますが,軽症三角頭蓋のことは親もその児を以前に診察しているはずの検診医(通常の検診)も気にしていない場合が多いようですので,「発達障害児には気づかれていない軽症三角頭蓋が多い」というのがS先生がたのお考えであると推察いたします.ご存知のようにかなりはっきりとした三角頭蓋例(nonsyndromic)の中での統計では,発達障害の合併率は21%(文献3)ですので,この場合「三角頭蓋に発達障害が多い」のではなく,やはり「発達障害児には(軽症)三角頭蓋が多い」ということになります.軽症三角頭蓋例での発達障害合併率は21%より低いはずですので,発達障害例での軽症三角頭蓋合併率をS先生がおっしゃるように80%ぐらいとして図示しますと,

ということが予想され,「かなりの発達障害児は軽症三角頭蓋を合併する」という医学的新発見をS先生は主張されているわけです.もちろんこの場合,健常児の中にはS先生の基準での軽症三角頭蓋は存在しないというご見解(文献1,2)には大きな矛盾が生じることになります(このことは繰り返し指摘させていただいております).

しかし,このことから軽症三角頭蓋が発達障害の原因であると結論することができないことは,S先生がたもよくご存知のことと思います.因果関係の可能性と同時に,単なる合併関係の可能性を考えなければなりません.この単なる合併関係の可能性に関して非常に重要な2つのトピックスがあります.

ひとつは,RodierらがHoxa1遺伝子バリアントと自閉症の関係を示唆した報告です(文献4).人のHox遺伝子は13番目まで4種類(A, B, C, D)あり,Hoxa1やHoxb1は,神経系の発達を含む頭部の分化・発達に関与します.Hox遺伝子の組み合わせは,Hoxコードと呼ばれ,転写因子遺伝子カスケードの各体節における頂点をなし,形態的形質を規定していることがよく知られています.Hox遺伝子産物はhomeobox構造を持つ蛋白ですが,同じhomeobox遺伝子の中には家族性狭頭症の原因遺伝子バリアントで有名なMsx2が含まれております(文献5).Msx2はHoxコードを頂点とするカスケードの下流に位置するhomeobox遺伝子の一つということになりますが,これらの報告は共通する遺伝素因を背景として自閉症と狭頭症が合併する可能性を示唆しています.そういった合併がもし存在するとしたら,特別な場合を除き,狭頭症が自閉症の原因になっているのではなく,遺伝的背景を共有して両者が単に合併しているにすぎない可能性が高いわけです.

2つ目のトピックスは頭蓋の発達が出生後減衰することで知られるRett症候群に関する最近の知見です.Rett症候群は転写抑制因子をコードしているMECP2の変異で起こることがほぼ確定しており(文献6),この遺伝子異常は頭蓋の発達に影響すると共に,自閉症と同じ範疇(広汎性発達障害)にRett症候群(Rett障害)を位置付けているいくつかの特徴的行動異常の原因となっています.

Hoxa1,Hoxb1およびMECP2は,脳の発達に関与しますので,自閉症に限らず,いろいろな発達障害が共通する遺伝素因を背景に頭蓋形状の偏りと合併する可能性が再示唆されたことになります.「狭頭症と発達障害が共通する遺伝素因を背景に合併する」という考え方は,狭頭症の手術適応に関する従来のコンセンサスのひとつに過ぎませんが(文献7:これも繰り返し指摘させていただいております),S先生がたが指摘されている発達障害と軽症三角頭蓋の関連が,因果関係ではなく単なる合併関係である可能性をさらに示唆する論文の発表が相次いだことになります.

上記のような内容は,頭の形状と発達障害に関する疫学的研究の必要性が非常に高いことを支持しているわけですが,こういった論文に関してどのようなお考えを持っておられるのか教えていただければ幸いです.

メールまたは郵便でのご返答をお待ち申し上げております.


shinji@po.synapse.ne.jp
896-1411
鹿児島県薩摩郡下甑村長浜8-3長浜診療所
伊地知信二


文献
1. 下地武義.著者からの回答.小児の脳神経 25: 412-413, 2000.
2. 自閉症傾向・多動傾向の脳外科手術の問題点(6)(軽度の三角頭蓋に対する形成術):S先生からの返答メールの内容(じゃじゃ丸トンネル迷路話題コンテンツ)
3. 伊地知信二,伊地知奈緒美.臨床症状を伴う三角頭蓋の手術適応.小児の脳神経 25: 411-412, 2000.
4. Ingram JL, Stodgell CJ, Hyman SL, Figlewicz DA, Weitkamp LR, Rodier PM: Discovery of allelic variants of HOXA1 and HOXB1: genetic susceptibility to autism spectrum disorders. Teratology 62: 393-405, 2000.
5. Muller U, Steinberger D, Kunze S: Molecular genetics of craniosynostotic syndromes. Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol 235: 545-550, 1997.
6. Carter AR, Segal RA: Rett syndrome model suggests MECP2 gives neurons the quiet they need to think. Nat Neurosci 4: 342-343, 2001.
7. Collmann H, Sorensen N, Krau J: Censensus: trigonocephaly. Child’s Nerv Syst 12: 664-668, 1996.


表紙にもどる。


ご意見やご質問のある方はメールください。

E-mail: shinji@po.synapse.ne.jp