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自閉症傾向・多動傾向の脳外科手術の問題点(4)
(軽度の三角頭蓋に対する形成術)
:「画期的な治療法」という報道に対して


2000年7月22日,伊地知信二・奈緒美

前回掲載のコンテンツで,沖縄タイムスの記事をご紹介しましたが,7月12日の沖縄県立那覇病院での軽度三角頭蓋手術に関する倫理委員会開催を受けたメディアの反応は,沖縄タイムス以外にも,NHK沖縄と琉球新報の報道があったことを,日本自閉症協会の方々や沖縄タイムスの担当者の方から教えていただきました.NHK沖縄の報道も琉球新報の7月14日の記事も,問題点や既に行われてしまった倫理的な過ちについてはふれていないようで,「画期的な治療法と注目されている(琉球新報記事より)」というふうに報道してしまったようです.おそらく,琉球新報の方は,単なる不十分な取材によるものと思いますが,NHK沖縄は,以前私に担当者が電話をくださった時に,問題点も多く批判もあることをお伝えし,「S先生らの主張と,問題点に対する批判の両方を報道してください」とお願いしたのですが,どうやら担当者の方にはご理解いただけなかったようです.

この「画期的な治療法」と呼ばれているものは,もちろん将来的には画期的と呼ばれる可能性もありますが,現時点では「単なる実験的臨床研究」であって,治療法になるのかならないのかを検討する研究のひとつに過ぎません.

我々は,手術の効果について全否定しているわけでもありませんし,術後の改善のすべてを「ただの自然経過」と決め付けて疑わない立場でもありません.

有効と判断するにも科学的な証拠が必要であるのと同様に,無効と判断するのにも科学的な証拠が必要であると考えており,有効なのか無効なのかを医学的・科学的に判断する証拠が提示されないままに,「画期的な治療法」という宣伝がなされ,単なる実験的臨床研究が治療として行われている(琉球新報では90例と報じています)ことが一番問題だと考えます.

「画期的な治療法」と呼ぶことは,現時点ではできない根拠をもう一度下にまとめてみます.


治療法がまだ専門分野で公認されたものではない(これまでは専門医のコンセンサスとしては軽度の三角頭蓋には手術適応はない)−−−−−治療法となり得るかどうかを検討する段階

沖縄タイムスが7月13日に伝えたところによりますと,12日の県立那覇病院での倫理委員会は,手術再開の条件の1番目として,インフォームドコンセント用の文書に「治療法がまだ専門分野で公認されたものではないこと,三角頭蓋に伴う多動や発達障害を治すものではなく,脳が発達しやすい条件を整える手術であることを明記」することを挙げています.そこで,これまでの専門医の見解では,(1)軽度の三角頭蓋に対する手術や(2)脳が発達しやすい条件を整える手術は,どのように考えられているかを簡単にまとめます.

(1)軽度の三角頭蓋に対する手術:S先生らによって強調される以前から,三角頭蓋のnonsyndromic type(頭蓋以外の奇形や染色体異常を合併していないタイプ:別名isolated type)では,報告により差はありますが,12−64%(平均21%)の頻度で発達遅滞やADHDや学習障害が合併することが知られております(文献1−3).ところが専門医のコンセンサスとしては,効果が期待できないという理由から合併する発達障害は手術の根拠になり得ないことがCollmannらの論文(文献1)には明記されています.多くの専門医のコンセンサスが全て正しいとは限りませんが,明らかな三角頭蓋症例でのコンセンサスが「三角頭蓋に伴う発達障害は手術理由にならない」であるのですから,S先生の90例(沖縄タイムスでは約70例)の中に多く含まれている軽度の症例(通常の健診では頭蓋に異常なしとされている症例)では,コスメティックな手術適応はもちろんのこと,発達障害を治療対象とした形成手術は前例がほとんどありません.つまり専門医の中には,合併する発達障害には手術は無効であろうと考えている先生方が多く,軽度の三角頭蓋に合併する発達障害に手術が有効かどうかは結論がでていないどころか,軽度の三角頭蓋の形成手術はこれまでのコンセンサスからは逸脱する医療行為ということになります.

(2)脳が発達しやすい条件を整える手術:S先生らの論文(文献4)では,SPECT検査の結果が,一見手術を正統化しているデータのように付記されていますが,このデータは同じ条件でのコントロールがなく,定量的な解析の試みもありません.発達障害を伴う軽度三角頭蓋例での形成手術が,脳が発達するために必要な条件であるのかどうかの結論もでていないのです.

ここで強調したいのは,「無効である可能性が高い」ではなく,「治療法として行われる段階ではなくて,治療となるかどうかを検討する研究の段階である」ということです.


軽度三角頭蓋の形成手術は,合併する発達障害に効いたのか?−−−−−結論は科学的な検討を待つ必要がある

次に,S先生らが90例(70例?)の子供達に行った手術は,はたして効果があったと言い切れるのかを検討してみます.琉球新報は,手術の成功率(有効率?)は90%強と報じており,発達障害を持つ親にとっては,「自分の子供にもこの手術を」と考えてしまう魅力的なデータのようにみえますが,本当に90%の子供たちで有効だったと言えるのでしょうか.

(例1)1994年の6月25日のNHKプライムイレブンでも自閉症治療薬として取り上げられ,その後二重盲検コントロール研究で効果が証明されなかったテトラハイドロバイオプテリンの有効率を検証してみましょう(文献5).

オープントライアル(S先生らの手術と同じで厳密なコントロールを設定しない研究方法)の集計(293例)

著効中等度有効軽度有効有効の合計変化なし悪化
19.1%33.1%33.1%85.3%13.7%1.0%

二重盲検コントロール研究(コントロールを含んで210人)

投与薬物著効中等度有効軽度有効有効の合計変化なし悪化
プラセボ2.9%24.6%40.6%68.1%30.4%1.4%
少量投与群5.5%26.0%46.6%78.1%16.4%5.5%
多量投与群2.9%23.5%41.2%67.7%27.9%4.4%

つまり,オープントライアルでは,有効率が85.3%もあり,また,二重盲検法では,プラセボ(偽薬:投与薬剤と外見上変わりのない薬効のないニセ薬)投与群で68.1%が有効と判断されています.オープントライアルにおける有効率が非常に高いことで,この方法では特に評価者(親や医師)の判断に強いバイアスがかかることがわかります(有効と判断しやすい).繰り返しになりますが,治療後85.3%の対象者に改善がみられたとしても,有効な治療法と断言することはできないわけです.

(例2)次に最近アメリカで大騒ぎになりました自閉症のセクレチン静注療法について検証してみます.発端となったHorvathの論文(文献6)では,3例中3例が,注射後5週間以内にドラマティックな行動上の改善がみられたと報告され注目されましたが,その後2つの二重盲検コントロール研究がプラセボとの有意差なしと報告しております(文献7,8).この内,Sandlerらの論文(文献8)は,プラセボでも観察期間中(4週間)に有意な改善がみられた評価法が16検査の中に6つあったと報告しています(投与群でもプラセボでも統計的に有意な改善).

評価法危険率
Autism Behavior Checklist total scorep<0.001
Autism Behavior Checklist sensory-function scorep<0.001
Autism Behavior Checklist social-relatedness scorep<0.001
Autism Behavior Checklist language scorep=0.05
Autism Behavior Checklist socialization scorep<0.001
Clinical Global Impression Scale speech scorep=0.02

つまり,評価法によってはプラセボ群でもたった4週間の間に自閉症に関連する症候が改善するわけです.また,この例でも,比較研究で効果が証明できないような治療法(つまりあるとしても効果はわずかな治療法)が,ドラマティックな効果を持つ画期的な治療法として発表され,大騒ぎを起こしてしまうことが教訓的に示されてます.

このような現象の原因は,観察期間の間の子供の発達による改善や,検査に対する慣れ,環境変化の影響,評価者におけるバイアスなどが考えられますが,いずれにしても,ある期間をおいて評価すれば,その前と後では,治療していない発達障害児においても,前よりも後の方が問題行動が改善したり,評価成績が良くなったりするのが当然というわけです.従って,90%強で有効と報道されても,科学的な比較評価(コントロール研究)の結果でなければ,手術による改善と結論することはできないわけです.


(最後に)

最後にもう一度繰り返しますが,沖縄県立那覇病院で行われているのは,報道されているような「画期的な治療法」ではありません.現段階では「治療法になり得るかどうかを検討する実験的臨床研究」のひとつに過ぎません.画期的治療法かどうかは,結果の科学的な評価のみが証明してくれるのです.

(このコメントは,7月22日に,関連する先生方宛に郵便で発送しました.また,琉球新報およびNHK沖縄のホームページにありました連絡用メールアドレスにも紹介メールを送りました.)


(文献)

1. Collmann H, et al. Consensus: trigonocephaly. Child's Nerv Syst 12: 664-668, 1996.
2. Kapp-Simon KA. Mental development and learning disorders in children with single suture craniosynostosis. Cleft Palate-Craniofacial J 35: 197-203, 1998.
3. Bottero L, et al. Functional outcome after surgery for trigonocephaly. Plast Reconstr Surg 102: 952-958, 1998.
4. 下地武義ら.臨床症状を伴う三角頭蓋: nonsyndromic typeを中心に.小児の脳神経 25: 43-48, 2000.
5. Nakane Y. Pharmacotherapy of mental disorders in childhood and adolescence. Korean J Psycopharmacol 6: 111-125, 1995.
6. Horvath K, et al. Improved social and language skills after secretin administration in patients with autistic spectrum disorders. J Assoc Acad Minor Phys 9: 9-15, 1998.
7. Owley T, et al. A double-blind, placebo-controlled trial of secretin for the treatment of autistic disorder. Medscape General Medicine (Internet), 1999.
8. Sandler AD, et al. Lack of benefit of a single dose of synthetic human secretin in the treatment of a utism and pervasive developmental disorder. N Engl J Med 341: 1801-1806, 1999.


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