Sorry, so far only available in Japanese.
自閉症傾向・多動傾向の脳外科手術の問題点(2)
(三角頭蓋形成術)


2000年5月12日,伊地知信二・奈緒美

平成12年4月22日に,「小児の脳神経」(日本小児神経外科学会)に問題の論文に対する投稿質問レターを発送しました.また,5月10日に,その著者らに自閉症傾向・多動傾向に対する本手術治療(軽度三角頭蓋形成術)の当面中止のお願い(手紙)を発送しました.

子供の社会適応を願っている親は,それが可能となるような手段(補助的な方法〜特効薬)の新たな発見や開発を待ち望んでいます.ほとんどの親は,そのための治験(治療研究)などに参加することはやぶさかではありません.以下に,今回の三角頭蓋形成術の話題に関連して,多動を伴った自閉症児の一親としての私見を述べます.

医学研究をそのデザインから分類すると,観察的研究と実験(介入)的研究に分類されます(文献1).スタンダードな方法である比較対照試験(コントロール研究)も,実験的研究に含まれており,医学の進歩のかなりの部分が実験的研究に依存していることは言うまでもありません.この重要な実験的研究に被験者として参加する人たちがその計画内容を知る権利として,「人体実験の計画を知る権利」が患者の権利の章典のなかで提唱されています(文献2).つまり,比較対照試験を含む全ての実験的研究において,実験計画が「人体実験」として患者にわかりやすく説明されていなければインフォームドコンセントがなされたとは言えないのです.無対照試験としてのオープントライアルなどでも実験的研究ですので当然こういった手続きがなされるべきです.

一般的には,治療に関する実験的研究とは,議論の余地がある,あるいは結果が証明されていない治療の効果を判定するための研究です.私たち親が納得できる実験的臨床研究とは,少なくとも以下の4点をクリアできていることが理想と考えます(厚生省が認可する薬物療法の治験は全て以下のような条件を満たしていると思われます).

  1. 実験的臨床研究が行われるための十分な根拠がそろっていること
  2. 必要な倫理的議論が尽くされていること
  3. 被験者(親)の認識と研究者(医師)の認識の間にずれがないこと(厳密でわかりやすいインフォームドコンセント)
  4. 科学的な評価への努力(医学的な証拠となるような研究でなければ意味がありません)

1は,実験的臨床研究という人体実験に移行する機が熟しているかどうかです.人体実験に踏み切る前にできる基礎的研究が済んでいるかが問題になります.薬剤の場合は臨床試験の前に動物実験を含む副作用のチェックなどが要求されますが,今回のように三角頭蓋の手術が問題行動や発達遅滞に効くかどうかというような命題では,三角頭蓋と症候(自閉症的傾向・多動傾向・発達遅滞)の因果関係の信憑性が疫学的研究などで可能な限り高めてある必要があると思います.治療手段が体に与えるダメージ(侵襲)が大きければ大きいほど人体実験に踏み切るには慎重でなければなりません.

2に関しては,副作用の少ない飲み薬などでは,あまり必要性がないかもしれませんが,副作用のある薬剤や,本人(自閉症児)にストレスがかかるような治療法(注射や手術など)は,効果の可能性とマイナス面をてんびんにかける十分な議論を実験的臨床研究の前に行うべきと考えます.治療手段によっては,医療施設内倫理委員会での検討や,患者・家族を含むオープンな議論が必要です.

3については,医師がいくら実験的臨床研究であることを説明したり文書で伝えても,親が実験的臨床研究であると認識していなければ意味がありません.自閉症傾向や多動傾向の治療だと誤解して研究に参加したケースが存在すれば,場合によっては訴訟問題になりかねません.また,その発端となった傍証(症例報告や疫学研究)の意味を,親がかんちがいなく認識し,医師の認識との間にギャップがないことも重要です.

4の科学的な評価への努力は,書くまでもないほど当然のことなのですが,治療期間中にも子供たちには自然の成長があり,治療ストレスがある場合などはストレスに反応して問題行動が改善することも考えられます.十分な科学的評価計画を立てていなければ,まったく無効な治療が有効と判断される可能性もあります(これまでにもいくつか実例があります:自閉症傾向・多動傾向の脳外科手術の問題点(1)に紹介しました).親が協力したいと思う実験的研究は,その治療法が効くのか効かないのかを明らかにできる研究であることが最低条件であり,結果が医学的・科学的価値のない研究(研究結果がでても相変わらずたくさんの議論が残るような研究)に,そのことを知っていて参加しようと思う親は少ないと思います.


文献
1. 臨床研究とは.In: EBMのための新GCPと臨床研究.中外医学社 1999, p1-16.
2. インフォームドコンセント.In:EBMのための新GCPと臨床研究.中外医学社 1999, p30-49.


表紙にもどる。


ご意見やご質問のある方はメールください。

E-mail: shinji@po.synapse.ne.jp