自閉症傾向・多動傾向の脳外科手術の問題点(15)
(軽度の三角頭蓋に対する形成術)

:頭蓋内圧の測定について



2003年9月,伊地知信二

昨年の10月に京都で行われました第30回国際小児脳神経外科学会で,S先生は学会発表をされておられます.その抄録を日本語に訳して以下にご紹介します.

http://www.ispn.org/database/ViewAbstractProgram.asp?AbstractID=210

軽度三角頭蓋における頭蓋内圧の硬膜外からの計測
S先生ら
我々は,臨床症候を有する軽度三角頭蓋における減圧頭蓋形成術で,発達遅滞の劇的改善を得られることを最近報告した.手術中,頭蓋内圧の上昇を示唆する硬膜の緊張(a thight dura matter)が観察された.ゆえに,本疾患のさらなる理解を得るためと,その治療が一般にコスメティックな目的のためだけと認識されていた三角頭蓋において,臨床症候を伴う経度三角頭蓋では治療のチャンスがあることを強調するために,それぞれのケースにおいて頭蓋内圧測定を行った.

(対象と方法)全部で52名の児(男児39人,女児13人)において,手術中の頭蓋内圧測定を行った.年齢はばは,2歳から8歳で平均5歳.頭蓋内圧は,挿管後の全身麻酔下で,バーホール(頭蓋骨に開ける穴:これだけでは硬膜は破っていない)を開けて計測した.センサーはCaminoのモニタリングシステムを使い,右の冠状縫合線の前側において硬膜外から前頭葉に導入した(硬膜を破って実施).2つの異なる状況を選択し,神経麻酔下の動脈血二酸化炭素分圧が約30mmHgである過換気状態と,動脈血二酸化炭素分圧が約40mmHgである正常炭酸ガス状態で検討した.

(結果)過換気状態では,動脈血中の二酸化炭素分圧平均が28.8mmHgで,頭蓋内圧値の平均は13.5mmHgであった.正常炭酸ガス状態(平均動脈血二酸化炭素分圧が37.9mmHg)では,頭蓋内圧の平均値は20.1mmHgまで有意に増加した.正常炭酸ガス状態で,10例だけが正常の頭蓋内圧を示し(15mmHg以下),42例で頭蓋内圧が増加していた(16mmHg以上).脈圧平均はそれぞれ7.3mmHgと8.2mmHgであった.臨床的には52例中28例で術後明らかな改善があり,19例でわずかに改善し,5例においては変化はなかった.

(考察)対象患者全ては,単一縫合線の早期癒合で,他に先天的合併症のない狭頭症に分類され,そのようなタイプでは頭蓋内圧は正常範囲であると考えられていた.しかし,我々の患者の多くは頭蓋内圧が増加していた.また,頭蓋内圧が正常でも平均脈圧は高いと思われる.これらの結果は手術した経度三角頭蓋例の頭蓋内コンプライアンスが小さいことを示している.

(結論)頭蓋内圧の測定結果は,臨床症候を伴う経度三角頭蓋例が減圧頭蓋形成手術で治療されるべきことを支持している.

問題点

1.術式に必要のない頭蓋内圧のモニタリングは明らかに研究であり,研究としてのインフォームド・コンセントと研究としての院内倫理委員会の審査が必要.

臨床研究の倫理的規範であるヘルシンキ宣言は,メディカル・ケアと結びついた医学研究のための原則についても明確に規定しています.31項に「医師はケアのどの部分が研究に関連しているかを患者に十分説明しなければならない」とあり,28項では,「医学研究がメディカル・ケアと結びつく場合には,被験者である患者を守るためにさらなる基準が適用される」とあります.この頭蓋内圧の測定の目的は,「本疾患のさらなる理解を得るためと,その治療が一般にコスメティックな目的のためだけと認識されていた三角頭蓋において,臨床症候を伴う経度三角頭蓋では治療のチャンスがあることを強調するために」とあり,手術を受けている児に直接利益のない手技であり,合併症の可能性を増やす手技であります.こういうことを続けながら,S先生は,「研究ではないので研究としてのインフォームド・コンセントは必要なく,また研究としての院内倫理委員会による審査も必要ない」と主張し続けておられます.

2.52例中10例もの症例が頭蓋内圧正常.5例においては術前後で頭蓋内圧に変化なし.

このようなデータは,明らかに,減圧頭蓋形成手術をする必要のなかったケースが,手術例の中に10%から20%も含まれていることを示唆する貴重なエビデンスと思われます.このような例での臨床症状の改善度などの検討を早急に行い,手術すべき症例と手術すべきでない症例を区別する作業も行われていない実験的研究であることを素直に認めるべきと考えます.

3.コントロールを設定していない.

子供ですの頭蓋内の大きさは小さく,コンプライアンスは大人に比べて小さいに決まっていますので,正常値を15mmHgと設定しているだけではだめで,同じ年齢層のコントロールを示さなければなりません.

4.手術をしながら手術の根拠を集めるという手法.

こういった手法を,人を対象とした脳外科手術で使うことは,絶対に許されるべきことではないと考えます.


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