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自閉症傾向・多動傾向の脳外科手術の問題点(13)
(軽度の三角頭蓋に対する形成術)


:解消されていない問題点


2003年9月,伊地知信ニ

この問題をご存知の多くの方が驚かれたと思いますが,S先生の本件に関する英文論文(文献1)は,日本小児神経外科学会から最優秀論文として表彰されました(2003年8月).この手術の問題点は,同学会の学会誌上でもアピールしてきたのですが(文献2-5),問題があることを承知で学会が表彰することはないはずですので,S先生本人と同様に学会自体が倫理的な問題点を認識することができないか,あるいは倫理的なことに関心がないかのどちらかということになります.学会に対しては今後もいろいろな形でお願いをしていこうと考えております.以下に,改めて問題点の整理をしてみようと思います.各問題点は複雑に相互に関連しているため,内容が重複しております.最後に,まとめとして問題点を整理します.

 
問題点1:治療と説明,研究として論文発表

(手術目的や効果の表現に一貫性がない)

・私どもや親の方々にはS先生は治療と説明し,論文発表は,Clinical Trial(文献6)やStudy(文献7)と表現し研究として行っています

・新聞発表では,「8歳以下でしか効果はない」と8歳以下で有効であると明言し(沖縄タイムス2003年7月8日夕刊),論文では,「it can be postulated that mild trigonocephaly is frequently associated with developmental delays and that these symptoms can be improved to a certain degree by decompressive cranioplasty(有効であると仮定することができる)」(文献1)とか,「手術による効果の可能性が示唆された」(文献6)とかなり表現に温度差があります.

治療として行うには(特に保険医療として行うためには),専門家の中でのコンセンサスや,誰もが納得できる効果に関するエビデンスが要求されます.治療効果に関する臨床研究であれば,現在では研究としての厳密な規則に従わなければなりません(文献4).いずれにしても,治療なら治療,研究なら研究と一貫した立場でなければなりません.また,手術の効果についても相手によって表現が変わることは許されません.ところが,インフォームド・コンセントは,親の方々の承諾を得やすいように治療として実施し,専門誌へ投稿する時は,コンセンサスが得られていないので研究として発表し,論文中では効果についても言い過ぎないよう配慮しています.有効な治療法かどうかに関してはコンセンサスが得られていないことを認めながら効果は実証されていると説明し(問題点2),専門誌上では,研究に要求される厳密な倫理的規則をクリアしているかのような記載をしています(問題点3).そもそも研究であるのであれば,研究としてインフォームド・コンセントを得て,研究として院内倫理委員会の審査を受けなければならないのですが,全て治療だから必要ないと説明されます.一方,研究として論文発表していますので,研究デザインのことを専門誌上で指摘すると,「我々は,我々が日本の病院において一般的に可能な最善の研究デザインに従っていると信じる」と述べ(文献7),まるで研究デザインを検討し最適化したかのような書き方をされますが,相手が変わると「治療だから研究デザインの検討などは必要ない」と主張しているわけです.

 
問題点2:コンセンサスは得られていないが,効果は実証されていると主張

(個人の経験的判断がゆるぎない実証であると考えている)

・インフォームド・コンセント用の説明文や新聞発表(沖縄タイムス2003年7月8日夕刊)ではコンセンサスが得られていない治療であることを認めている

・効果は実証されていると主張(電話)

誰もが納得できる効果に関するエビデンスがなくても,有効と経験的に判断できればそれで効果は実証されたとする経験主義的お考えです.ところが,熟練した非常に多くの臨床家が有効と経験的に判断して使っていた治療法で,厳密な評価では有効性が検出されずに,中には副作用や増悪作用があることが証明されたものが既にいくつか存在するのです(文献8).小児の胃-食道逆流に対するcisaprideは10年も世界的に使われた後,副作用が指摘されただけでなくほとんど効いていないことが判明しています.同様に,心不全に対するTNF拮抗薬や,自閉症に対するセクレチン静注やtetrahydrobiopterinなどでも無作為化比較試験をするまでは,多くの人がその有効性を信じていたわけですが,効果は検出できませんでした.個人の経験的判断はゆるぎない実証ではあり得ないのです.エビデンスは厳密な研究でしか得ることができないのです.そのことに早く気づいて,可能な限り厳密な研究体制を取ってくださることを,最初からお願いしております(問題点4).治療だからと言い張って厳密な研究体制を取らない現状のままでは(問題点1参照),いつまでたってもこの治療法の効果は証明されません.

 
問題点3:専門誌上で倫理的規則をクリアしているかのように記載

(意図的な誤記?)

・「ゆえに我々の方法はヘルシンキ宣言に基づく患者の権利を侵害しているとは思えない」と明記(文献7)

そもそも,ヘルシンキ宣言の無視に関して,私どもがLancet誌上で指摘しましたのは,2002年9月で(文献9),院内倫理委員会が2000年7月に行われた後の問題点を指摘したものでした.ところが,「ヘルシンキ宣言の無視についての指摘を受けた後,我々は手術を一旦中止し,現況評価のために倫理委員会を招集した」とか,「助言を受けてから,インフォームド・コンセントを改善した」と事実と異なる記載をしています(文献7).この誤記は,インフォームド・コンセントは研究として行われ,院内倫理委員会の審査も研究としてクリアされたかのような印象を与えますが,実際はインフォームド・コンセントは依然として治療として行われており,院内倫理委員会は研究としてではなく治療としてレビューしています.従って,ヘルシンキ宣言に書いてある,研究としてのインフォームド・コンセント,研究としての院内倫理委員会のレビューのことを意図的に無視し,あるいは知らないふりをして,「ヘルシンキ宣言に基づく患者の権利を侵害しているとは思えない」と強引に主張しているわけです.

 
問題点4:効果が証明されていない治療を研究として行わない

(ヘルシンキ宣言の無視@)

「治療だから,研究としての説明はしない」,「治療だから院内倫理委員会は治療としてレビューする」と主張しておられるわけですが,最も深刻なルール違反は,実は「効果が証明されていない方法は可及的速やかに厳密な研究体制でその効果を検証すべき」点を無視していることです(文献4).この点に関しては,「効果は実証されているから」と結局問題点2にもどってしまい,これまで議論が進展しておりません.やはり,効果が実証されていないことを,どうやってS先生に気づかせるかが優先すべき課題なのかもしれません.厳密な研究としてやっていないために,前頭葉症候などの臨床評価やSEPなどの経過観察もなく,SPECTの評価時期や評価方法も検討が不十分で,行動学的臨床評価はDSM-IVなどを使っていません.

 
問題点5:臨床研究の必要性を支持する学際的傍証の重要性を無視

(ヘルシンキ宣言の無視A)

そもそも,効果が実証されていて(問題点2),研究の必要がないという考え(問題点4)なので,ヘルシンキ宣言が指摘している,人を使った臨床研究の必要性を支持する学際的傍証(動物実験を含む)の必要性も完全に無視しています.疫学的傍証については,「疫学的研究努力に関しては,我々は臨床家であり,我々の使命は受診する患者を治療することにある.従って,伊地知らが指摘しているように,我々は疫学的研究は行ってこなかった」と記載し(文献7),共同研究などで可能なことを無視しています.

 


まとめ

上記のように問題点を列記してみますと,2000年5月に,自閉症傾向・多動傾向の脳外科手術の問題点(2)でまとめた次の4項目が結局全く解消されていないことになります.
1.実験的臨床研究が行われるための十分な根拠がそろっていない(疫学的データなど)

2.必要な倫理的配慮がなされていない(研究としての説明・審査,効果の証明のためには厳密な研究が必須)

3.親の認識と研究者(医師)の認識の間にずれがある(治療として説明,研究として発表)

4.科学的な評価への努力が不十分(研究デザインの検討は不要と主張,クロスオーバー法などを無視)

また,S先生の主張と,S先生が無視している原則についてまとめます.
S先生の主張 S先生が無視し続けている基本的な原則
「治療経験で気づいたことを研究として発表しているだけ」 効果の判定など,治療の存在価値に直結するテーマは厳密な研究で行わなければならないこと
「経験的に有効であればそれだけで実証されたことになる」 ・臨床上の経験的判断には限界があること(経験的判断は誤っている場合があること)(文献8)

・厳密な研究体制で行わない限り効果は証明されないこと(文献8)

・特に発達障害の治療では評価バイアスや非特異的反応が大きいこと(文献8,10,11)

「研究の必要はない」 厳密な研究の対象となったことのない新しい治療は,厳密な研究の対象とすべきとしているヘルシンキ宣言の趣旨

 


文献
1. Shimoji T, et al. Mild trigonocephaly with clinical symptoms: analysis of surgical results in 65 patients. Child's Nerv Syst 18: 215-224, 2002.

2. 伊地知信二,伊地知奈緒美.臨床症状を伴う三角頭蓋の手術適応.小児の脳神経 25: 411-412, 2000.

3. 伊地知信二,伊地知奈緒美.軽度の三角頭蓋に対する手術適応と治療効果.小児の脳神経 27: 34-36, 2002.

4. 伊地知信二,伊地知奈緒美.発達障害における臨床研究のための倫理的要件.小児の脳神経 27: 397-400, 2002.

5. 伊地知信二,伊地知奈緒美.軽度の三角頭蓋に対する手術適応と治療効果:研究デザインを含む今後の問題.小児の脳神経 27: 401-403, 2002.

6. 島袋智志ら.三角頭蓋を伴う発達障害:isolated typeに対する頭蓋形成術の臨床的意義.脳と発達 33: 487-493, 2001.

7. Shimoji T. Reply to "Mild trigonocephaly with clinical symptoms". Child's Nerv Syst 18: 661-662, 2002.

8. Ijichi S, Ijichi N. The scientific establishment of a new therapeutic intervention for developmental conditions: practical and ethical principles. Child's Nerv Syst, in press.

9. Ijichi S, Ijichi N. Ignorance of Helsinki Declaration. Lancet 360: 415, 2002. 

10. 伊地知信二,伊地知奈緒美.医事刻々:セクレチン騒動から学ぶべきこと.Medical ASAHI 2003 Jul, 60-62.

11. Ijichi S, Ijichi N. Beyond negative data in autism randomized trials. Autism, in press.


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