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自閉症傾向・多動傾向の脳外科手術の問題点(12)
(軽度の三角頭蓋に対する形成術)


専門誌上では研究であることを再び認める


2003年1月,伊地知信ニ

「Childs Nerv Syst」 誌上での議論をご紹介します.私どもがLetter to the editorの形で送りました質問状(文献1)と,それに対するS先生のご返答(文献2),およびその返答の問題点を,各質問項目ごとにまとめてみます.丁寧にお答えいただき,その真摯なご姿勢は評価すべきと考えます.しかし,各 問題点に述べますように,研究としてのほとんどの問題点が解消されていないことを返答中で自ら認めており,また研究であることを再び明言して下さっています(S先生の文章より:We believe that we have followed the best study design generally available in hospitals in Japan.). S先生は,私たち臨床家が臨床研究をする際に落ち込んでしまいやすいピットホールのほとんどをわかり易く明示してくださり,私どもにとりましても自省すべき点を多々気づかせてくれます.

(質問・指摘1)発達障害の治療(発達のための環境補正)として行われている軽度三角頭蓋に対する形成術は,医学研究の倫理的原則であるヘルシンキ宣言を無視したままで現在も行われている.親に研究として説明していない点,院内倫理委員会が治療としてレビューし研究としてはレビューしていない点,手術研究を行う前に済ませておくべき疫学的傍証を得る努力がなされていない点,一貫して経験的な研究デザインである点などが,ヘルシンキ宣言を遵守していない.

質問・指摘1に対するS先生の返答

ヘルシンキ宣言の無視についての指摘を受けた後,我々は手術を一旦中止し,現況評価のために倫理委員会を招集した.この倫理委員会は2000年7月に開催され,弁護士などの院外からの学識経験者2人を招いて行われた.その結果,手術は以下の条件付で認可された.第一に,我々の経験に基づいてみられた軽度三角頭蓋と発達遅滞の関連について保護者に説明した後,保護者から文書によるインフォームド・コンセントを得た場合にのみ手術が行われる.第二に手術の前に,術中および術後に起こり得る合併症に関する情報を含み,手術に関する十分な説明を保護者に行うこととした.現在は,手術が行われるべきかどうかを最終的に判断しているのは親または保護者であり,その判断は親と我々による徹底的で率直な話し合いに基づいてなされている.

我々が治療期間中の発達障害と三角頭蓋の間に関係があると言及したのは,軽度三角頭蓋の ほぼ完全な典型例においてである.我々はまた,同様の患者の数が増えることによって,この関係が確認される可能性が高まると考え,学会に発表し,また日本語および英語で論文発表を行った.ヘルシンキ宣言の序文では,医師の使命は患者の健康を守ることとして記載されている.手術後の結果は,論文に記載したように,患者にとっては有益であるようである.助言を受けてから,インフォームド・コンセントを改善した.ゆえに我々の方法はヘルシンキ宣言に基づく患者の権利を侵害しているとは思えない.

疫学的研究努力に関しては,我々は臨床家であり,我々の使命は受診する患者を治療することにある.従って,伊地知らが指摘しているように,我々は疫学的研究は行ってこなかった.我々は,我々が日本の病院において一般的に可能な最善の研究デザインに従っていると信じる.

(返答の問題点)

1-1.「ヘルシンキ宣言に基づく患者の権利を侵害しているとは思えない」と述べており,指摘されたヘルシンキ宣言の内容を理解していないことを自ら認めている:私どもが指摘した点は,親に研究として説明していないこと,院内倫理委員会が治療としてしかレビューしなかったこと,手術研究の前に済ませておくべき疫学的傍証がないこと,研究デザインが最善のものでないこと,などです.これらの点は,2000年7月に私どものお願いをきっかけに行われた院内倫理委員会後も改善されないままに続いており,委員会後の現状を「ヘルシンキ宣言の無視」と表現して私どもが2002年に指摘しました.ところがこれを,2000年7月の倫理委員会前に「ヘルシンキ宣言の無視」と指摘されそれを検討したかのように誤った記載をしております.

1-2.研究であることを文中で明言しながら,「臨床家であるので疫学的な検討までは使命に含まれない」,「現行の研究デザインはできる範囲で最善のもの」と述べ,ヘルシンキ宣言に則った臨床研究 はできない ことを自ら公言している:ヘルシンキ宣言は臨床研究において患者の利益を守るために必要な要件をまとめたものです.この要件が満たされなければ患者の利益を損なう可能性があることをS先生らは 完全に無視しております.研究であれば,ヘルシンキ宣言に従い,臨床研究の前に疫学的傍証をそろえたり,研究デザインを至適なものにしなければならないことを最初からお願いしているのですが,ご理解いただけないようです. 疫学的研究については,自分たちでできないのであれば専門家を研究グループの中に入れて行うだけでいいのですが,共同研究体制は取らないおつもりのようです.研究デザインについては,臨床病院で も応用可能な方法で,かなり客観性のあるものをいくつかご紹介させていただきましたが,ここでは完全に聞いていないふりをされておられます.

 

(質問・指摘2)本研究のSPECTを担当した琉球大学医学部放射線医学教室のK先生が,2001年10月に金沢で行われた第41回日本核医学会総会において,本研究の対象者8例を使ったファントムシミュレーション研究を発表し,術後7ヶ月までは手術による骨量減少がSPECTの結果に影響し,見かけ上だけの脳血流増加 の部分があることを指摘した.しかし,本研究で術後の脳血流改善を強調しているSPECTは全て術後6ヶ月以内のものであり,骨除去による見かけ上の脳血流改善を考察するか,あるいはSPECT結果から差し引いて解釈しなければならない.本研究はこの点を完全に無視している.

質問・指摘2に対するS先生の返答

このファントムシミュレーション研究のことは,2002年4月まで知らなかった.それからK先生に2002年7月3日に連絡を取り,最近の患者はしばしば術後1年でSPECT検査を受け,その結果骨が形成された下方部分においても脳血流が増加しつつあることを教えてもらった(learned that).術後のSPECT評価については,我々の解析が手術による骨の欠損を無視していることは事実である.今後はこの点を考慮していくことが必要であると考える.

(返答の問題点)

2-1.SPECT所見の吟味・考察が不十分なままに150例手術:このような重要な所見が,S先生の症例8例を使って2001年10月に発表され,そのことをS先生が2002年4月まで知らなかったということは,本研究におけるSPECT結果の吟味・考察が不完全なものであったことを明らかにしています.こういう基本的で重要な問題は,実際の手術研究に入る前に検討して術後SPECTの時期などが決められているべきです.150例を手術してしまってから,気がつくのでは あまりにも遅すぎます.SPM解析が未だに行われていないことの背景に,このように研究グループとしての密接な連携を構築していないことがあるのかもしれません.

2-2.術後の脳血流の変化も未だ科学的には示されていない:手術による脳血流の変化に関しては,科学的なデータはまだ示されておらず,今後の検討課題であることを認めておられます.

 

(質問・指摘3)軽度三角頭蓋の診断のための最も重要な特徴として,前頭縫合部の骨の盛り上がり(bone ridge)の存在が本研究では強調されている.ゆえに,骨の盛り上がりが術前SPECT結果に与える影響(脳血流の見かけ上の減少)もまた非特異的効果として考察されるべきである.

質問・指摘3に対するS先生の返答

オリジナル論文の図に示したように,SPECTで脳血流が減少している部位は前頭縫合部の骨の盛り上がりの直下に限局していない.

(返答の問題点)

3.術前のSPECT所見への骨の影響について著者らが始めてのコメント:このような基礎的なことを考察・議論することなく,手術研究が150例も行われているわけです.S先生のコメントは結論ではなく,K先生に電話でお話をうかがったところ,骨の盛り上がりが術前のSPECT結果に影響する可能性はあるとのご見解でした.盛り上がり部分だけでなく,もっと広い部分の骨の厚さや骨密度なども(手術研究の前に)計測・吟味する必要があると考えます.

 

(質問・指摘4)転写関連遺伝子と発達障害の間の関連が最近示唆されており,行動学的状態のいくつかが頭蓋の発達に重要な役割を有する遺伝子に関連している可能性が示唆されている.ゆえに軽度三角頭蓋と発達障害が関連するとした場合,因果関係と同様に同じ遺伝的背景を持つだけの単なる合併関係も考慮する必要がある.

質問・指摘3に対するS先生の返答

伊地知らが提唱した憶測には留意しているが,この分野に関しては知識がなくコメントすることができない.

(返答の問題点)

4.軽度三角頭蓋と発達障害の関係が,因果関係のない単なる合併関係である可能性を否定する意図がない:手術研究の前に証明されているべき因果関係の傍証でもある“単なる合併関係の否定”を,知識がないからコメントできないで済ましておられます.

 

(質問・指摘5)症例の行動学的特徴は,既知の診断基準にそって明確に分類されるべきである.今後の建設的かつ科学的議論を進めるためには,DSM-IVかICD-10を使って行動学的表現型を記載しなければならない.

質問・指摘5に対するS先生の返答

この点を指摘していただいたことに我々は感謝し,この指摘に対応するつもりである.

(返答の問題点)

5.現行の研究姿勢に関する反省がない:S先生らは, 最初の論文では,「多動傾向や自閉傾向も改善していると著者らは確信している」と記載した後,自閉症協会からの質問状などを受け,対象児の行動学的特徴に関して自閉症という言葉を使わないようにしていると公言されてきました.対象児の中にかなりの割合で自閉症児が含まれているようですが,そういう姿勢自体が,厳密な研究の場合とは全く異なるもので,今後改められることを期待したいと思います.

 

(質問・指摘 あとがき)医学研究において,患者の権利と尊厳を守るための最初のステップは,研究(実験)に関する詳細を適切かつ十分に患者に説明することである.これまで治療法がなかった疾患においては,証明されていないあるいは全く新しい治療法を患者に適応するかどうかは ,インフォームド・コンセントを得た医師の裁量にまかされているけれども,これらの新しい治療が医学の進歩に貢献し最終的に同じ病態の患者の利益につながるためには,厳密なルールに則ったリサーチの対象にされなければならない(ヘルシンキ宣言より).臨床研究者と患者の間のこのよ うな不平等関係を修正するためには,世界的な倫理的議論が直ちに行われるべきである.

S先生の返答のあとがき

伊地知らは,発達遅滞と軽度三角頭蓋の関連は科学的な基盤を持っておらず,倫理的な問題が存在すると主張している.しかし,我々のケースを熟考することは,読者がなぜ我々がそのような関係があるであろうと信じているのかを理解することの補助になるであろう.

たとえば,以下は我々の考えに強く影響した症例である.3歳の少女がベビーカーに乗って受診した.彼女は歩くことができず,彼女の言語をまわりの人が理解することはできなかった.心理学者と小児科医は自閉症的傾向があると診断した.しかし,画像診断では軽度三角頭蓋があり,除圧頭蓋形成術が行われた.術後2週間で,この小さな少女は歩き始めはっきりとしゃべりだした.MRIと標準的CT検査では,前頭葉の拡大が明らかになり,3D−CTでは前頭蓋窩が広がったことが示された.彼女は現在小学校に通っており,普通クラスで統合教育を受けている.この患者における改善が手術の結果であることを否定することがいったいできるであろうか?

他の軽度三角頭蓋患者においては,言語発達遅滞や多動の改善が術後家族によって指摘された.我々は,手術と臨床的改善の間の関係を小児科医と協力して確認し,学会でその結果を発表した.

治療に関するコンセンサスが,結果的に逆転したり変更された例はこれまでにたくさん存在する.我々は,我々の論文の中に記載した患者において経験したことを,医学コミュニティーと共有したい.我々の患者は,約10%が本州から来た患者である.このことから,軽度三角頭蓋は本来沖縄だけの問題ではないであろう.我々は発達障害を治療している医師や小児神経外科医がこの問題を認識し,さらに多くの軽度三角頭蓋の子供たちが手術を受けることを期待する.

(返答あとがきの問題点)

6.150例を手術した後も相変わらず考慮すべき手術以外のファクターを無視:“小児の脳神経”誌上でも指摘させていただきましたが,セクレチン騒動によって,治療後の顕著な改善が効果のない治療によっても観察されることは既に専門家の常識になっています.何度指摘しても同じ発想の展開を繰り返しておられ,セクレチン騒動に関してコメントしようとされません.自閉症児の場合,運動機能の発達が明らかに遅れているケースでも,多くの場合その原因は運動に対する興味・ 意志がないところから生ずると考えられております.従って何かエピソードをきっかけに歩き始めるケースがあったとしても自閉症の専門家はそのエピソードが単なるきっかけに過ぎなかった可能性が高いことを熟知しております.自閉症に関するこのような重要な臨床的特徴についてもS先生らは何もご存知ないのか,知らないふりをされているようです.前頭蓋が狭いことで歩けなかったと主張するのであれば,SEPや電気生理学的検査 の所見をまず示し,前頭葉の機能評価を厳密に臨床的に行い客観的な指標を示すべきと考えます.S先生の論文には前頭葉性運動失調の有無や,前頭葉性の病的反射の所見さえも 不思議なことに全く記載されておりません.


文献
1.
Ijichi S & Ijichi N. Mild trigonocephaly with clinical symptoms. Childs Nerv Syst 18: 659-660, 2002.

2. Shimoji T. Reply to "Mild trigonocephaly with clinical symptoms". Childs Nerv Syst 18: 661-662, 2002.


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