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自閉症傾向・多動傾向の脳外科手術の問題点(11)
(軽度の三角頭蓋に対する形成術)


:「小児の脳神経」 誌上の議論について


2002年10月,伊地知信ニ

このコンテンツは,下記宛名の先生方に一通ずつ,文献2と5のコピーを同封して郵送で発送しました(平成14年10月23日).

沖縄県立那覇病院

脳外科 S先生

小児科 SS先生

N院長先生

沖縄小児発達センター O先生

「小児の脳神経」 2002年8月号(Vol.27 No.4)のS先生のご意見(文献1)に引用された患者さんの母親の手記は,同じ障害児の親として感慨深く読ませていただきました.治療による子供の変化を,一番敏感に気づくことができるのは私たち親であり,また治療までの経過と治療後の経過に変化があった場合,それを同定できるのは出生後から治療前までの経過を知っている私たち親だけであります.このことについては,私どもも先生方と同じ認識を持っております.

1.そこで,今回,「小児の脳神経」に掲載いただいた私どもの拙文(文献2)の中に,セクレチン騒動の時に,セクレチンの注射後に見られた劇的な症候の改善を示す親の手記のひとつを例示させていただきました.セクレチン騒動では,このような手記が多数インターネット上(掲示板やメーリングリスト)に出現し,大騒ぎになりました.セクレチン静注の効果が多くのコントロール研究により否定されている現時点では,このような行動の改善は,環境の変化やたくさんのスタッフとの触れ合いなどに対する児の発達の加速現象としてとらえることができます.発達障害におけるこのような非特異的発達の加速は,ストレス,事故,手術,環境変化などいろいろなことがきっかけとなって起こる可能性があります.重要なことに,セクレチン騒動のおかげで,この非特異的な発達の加速が,実際に起こることが明示されたわけで,その程度もかなり劇的なものであることが数多くのオープントライアルから示唆されているわけです.

(S先生が引用された自閉症児の親の手記では)

・多動の改善

・落ち着いて聞き分けが良くなった/遊びでの集中力が高まった/絵本の読み聞かせが長時間可能になった

・文字に対する集中力が高まって書ける文字がどんどん増えた/言葉も増え3語文に

・爪切りの時のパニックがなくなり,まるで人が変わったように爪を切らせてくれる

「術後の成長ぶりは急激な変化と言える部分も確かにあったし,その成長・発達は,今までの1−2年分が術後の2−3ヶ月の間に起こったかのように思えたのも大袈裟ではありませんでした」と印象を述べておられます.

(私どもが引用しましたセクレチン静注に関する親の手記では)
・信じられないほどアイコンタクトが可能に

・集中力の劇的改善

・学習能力も驚くほど向上

・指示に従うようになった

・親に好意を示すようになった

・兄弟や友達と遊ぶようになった

・トイレに連れて行くとおしっこができるようになった

・癇癪もほとんどおこさなくなった

「第7日目までに,息子の行動には非常にはっきりとした改善がみられた」としています.

このように,むしろ,先生方が行っておられる軽度三角頭蓋の形成手術よりも,セクレチンの静注の方が発達をうながす脳の環境作りとしてはどうやら劇的に有効のようにさえ見えます.しかし,ご存知のようにこのセクレチンの静注は行動の改善や発達の促進には直接的には意味のないものであるとされているわけです.もう2年半の間,繰り返して申し上げておりますが,先生方の軽度三角頭蓋手術による発達の環境作りにおいて,このセクレチン騒動で示された非特異的な発達のキャッチアップ現象を差し引いて,その特異的な有効性が残るのかが証明されていないですよと私どもは申し上げているわけです.

2.先生方は,最初の論文(文献3)では,「多動傾向の9例,および,自閉傾向の3例についても,両親,保育園や学校の先生,および,われわれの観察ではかなりの程度の改善がみられた」とはっきりと記載され,その考察中では,「多動傾向や自閉傾向も改善していると著者らは確信している・・・」と述べておられます.

また,日本自閉症協会への返答としては,「当院の脳神経外科で施行されている三角頭蓋の手術は,自閉症の治療ではないということをまず申し上げておきたいと思います.私たちは,三角頭蓋の所見を示す患児が言語発達遅滞,多動傾向さらに自閉傾向を症状として持っており,これらの症状が手術により,ある程度改善していますよとのことです.決して自閉症の治療であると誤解なさらないで下さい・・・」と述べられ(文献4),

今回の,文章(文献1)でも,「自閉症とか多動症の治療ではなく,我々が主張しているのは”軽度三角頭蓋に伴っている発達障害が三角頭蓋の減圧的頭蓋形成術で軽減する”ということです.あくまでも臨床症状を伴う三角頭蓋の治療で,自閉症とか多動症の治療ではないのです」とされております.

当然ご存知のように,自閉症や多動症の標準的診断基準は,DSM-IVやICD-10が普及しております.また,これらの行動評価は多軸評価法を取っており,身体的な異常がもしあれば,併記します.従って,軽度三角頭蓋に伴っている自閉傾向や多動傾向も,DSM-IVに従って,行動学的診断と軽度三角頭蓋の両方を併記して診断名とすることが常識的です.先生方が手術されているケースの中には,自閉症あるいは自閉症スペクトルと呼ばれる子供たちが間違いなく入っているようですし,またADHDと診断される子供たちも含まれているようです(発達障害の診断は行動評価から行われます.軽度三角頭蓋の有無は行動学的診断に全く影響しません).早急に,DSM-IVによる診断名を公表し,広汎性発達障害やADHDが何%含まれているのかはっきりさせてください.

また,自閉症も発達障害ですので,障害をかかえているそれぞれの行動ドメインにおいて発達がみられれば,問題行動が減り社会適応が可能になってきます.このことは応用行動分析療法やTEACCHの有効性などから明らかです.脳の環境に,化学的な環境や物理的な環境だけでなく行動のための外的環境まで含んで考えますと,先生方が言われる「療育を受けやすくする脳の環境作り」が自閉症の治療そのものなのです.

3.以下に,細かいことで恐縮ですが,上記以外で先生方が勘違いしておられる点を敢えて指摘させていただきます.

@先生方は,「これまでも何度も二重盲検をと忠告を受けましたが,私にはできませんと断ってきました・・・」と書いておられます(文献1)が,これはS先生の完全な記憶違いです.私どもは,最初から,「偽手術は倫理的に不可能であるから,それに代わる研究デザインを工夫しなければならない」と主張し続けております.使えそうな研究デザインについては,既に電話でS先生にお話しましたが,今回,小児の脳神経のVoice(文献5)にも書きましたので参考にしてください.

A「・・・など,バイアスとはとても考えられない現象の数々です・・・・・・単語しかしゃべれなかった児が2−3語文を話し出し,会話ができるようになったりしたらどうでしょうか,これらもバイアスでしょうか.」と書いておられます(文献1).私どもは,通常の発達(セクレチンのプラセボ群では1ヶ月後の評価で改善が証明されています),手術環境の影響(発達の加速現象など),評価者のバイアスなど全てを考慮すべきと最初からお願いしております(バイアスだけを問題にしているのではありません).先生方が書かれているこのような児の変化は,集中的で前向きな児との関わり合いの結果としてよく耳にしますし,下線部の会話の発達の部分は,正常の発達過程を述べておられるようにさえ思えます.頭蓋形成術に特異的な結果であるのかが示されていないことが問題なのです.

B「健常者の中に軽度の三角頭蓋がいないと私が書いているように指摘していますが,それは明らかに先生方の読み違えです・・・」と書いておられます(文献1).この点については,文献6では,私どもが「軽度三角頭蓋というのは健常児にもみられる頭蓋形状の個人差を含んでいる可能性があります」と指摘したのに対し,「三角頭蓋と診断したのは画像,特にヘリカルCTで得られる情報が,われわれが知っている限りこの病態にあてはまるからです.正常な例とは明らかに区別はつきます」と明記されておられます.つまり,頭の形状は病的な状態を極端例とする量的分布を示すものであるという私どもの考えを否定され,軽度三角頭蓋が質的に分離して同定できると返答されておられます.また,先生から平成12年12月にいただいたメールには,手術した軽度三角頭蓋例とは異なるもので,健常児に見られる三角頭蓋傾向について記載されておられます(ridgeが低く部分的).つまり,健常児にはridgeが低く部分的な三角頭蓋傾向は存在するものの,手術したような軽度三角頭蓋は存在しないと主張されておられたわけです.

S先生からのメールより:「一般の児ではどうかというのが質問の要旨かと思いますが,触診で眉間の部一部に骨のridgeを触れることはよくあります.私たちの治療を受ける児はそれが大泉門のあった部の近くまでそれを触れます.正常な児はそこまで触れません,触れたら上記の軽度三角頭蓋ではと思います.画像は,これまで頭部外傷や頭痛で来院した児達のを撮り比較してきたので間違いないでしょう.ridgeは無く,またあっても低く,最も違うのは前頭蓋窩が大きく(治療例に比し),前頭葉が大きく見えることです」

最後に2000年5月から先生方にお願いしております内容(2002年4月に5を追加)をもう一度繰り返します.

1.真に患者利益を優先させるためには,ルールに従い,まず治療の正当性をエビデンスで示すべきである(疫学的検討,これまでのデータの詳細な比較解析).

2.上記に基づく倫理的再検討と対象病態の再吟味を行うべきである.

3.さらなる臨床比較研究の正当性が(特定の一群に対して)示された場合は(効かない例をできるだけ対象から外す),親の理解と医師の見解の解離をなくすべき(研究としてのインフォームド・コンセント).

4.臨床研究はできるだけ科学的であるための努力を(クロスオーバー法,録画盲検法,他の手術症例との比較).

5.術後支援体制の確立(特に効果のなかったケースについて).

 

896-1411 鹿児島県薩摩郡下甑村長浜8−3

EGT研究所・長浜診療所

伊地知信二,伊地知奈緒美


文献
1.
下地武義.軽度の三角頭蓋に対する手術適応と治療効果:手術の意義は手術そのものにての改善というより,術後の療育を受けやすくする脳の環境作りとの認識.小児の脳神経 27: 331-333, 2002.

2. 伊地知信二,伊地知奈緒美.軽度の三角頭蓋に対する手術適応と治療効果:研究デザインを含む今後の課題.小児の脳神経 27: 401-403, 2002.

3. 下地武義,他.臨床症状を伴う三角頭蓋:Nonsyndromic typeを中心に.小児の脳神経 25: 43-48, 2000.

4. いとしご.平成12年11月8日(日本自閉症協会)

5. 伊地知信二,伊地知奈緒美.発達障害における臨床研究のための倫理的要件.小児の脳神経 27: 397-400, 2002.

6. 下地武義.著者からの回答.小児の脳神経 25: 412-413, 2000.


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