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MMR・自閉症・腸炎(9)
腸管でのウイルス同定に対する疑義など

2000年7月,伊地知信二・奈緒美

ランセット誌のEditorial(文献1)をきっかけとしていくつかのレターが投稿されています.最初のレターは,Wakefield先生とO'Leary先生がアメリカ上院議会調査委員会(2000年4月6日)で発表した「自閉症児の腸管組織から麻疹ウイルスを検出」(MMR・自閉症・腸炎(7)で紹介ずみ)に関する意見です.最後にコメントを付けます.


ウイルス同定に対する疑義(文献2):
Wakefieldらは,自閉症に関する仮説を発表する前に,持続性の麻疹ウイルス感染あるいは麻疹ワクチン接種と炎症性腸疾患との間に因果関係があることを主張している.これは,主に疫学的データと免疫組織化学的研究結果に基づいた主張である.我々は,一連の研究の結果,Wakefieldらが免疫組織化学に使った抗麻疹ウイルスモノクローナル抗体は,人の蛋白(麻疹関連人抗原)と交叉反応を起こすことを証明した.この麻疹関連人抗原は炎症性腸疾患患者の腸組織やいろいろなタイプの腸炎患者の炎症腸組織に存在するタンパク質である.さらに,麻疹のnucleocapsid遺伝子をRT-PCRで検出するためのプライマーで人の腸管組織から増幅される遺伝子部分は,長さは麻疹ウイルスで増幅されるものと同じであるが,実際は人の遺伝子であることを発見した.これらの結果は,人に由来する抗原や遺伝子を麻疹のものであると間違ってしまう可能性を意味している.この点からすると,25人の自閉症児のうち24例で腸生検組織に麻疹ウイルスが陽性で,コントロール15例では一人だけ陽性であったとしているO'Learyらの未発表データの信頼性は疑問である.もし彼らが,抗麻疹モノクローナル抗体を使った免疫組織化学検査で腸管の麻疹ウイルスを検討したのであれば,彼らがautistic enterocolitisと呼んでいる腸管の炎症のために自閉症児の検体で疑陽性が増加した可能性がある.同様に,彼らがRT-PCRを使い,(シークエンスをしないで)バンドの大きさだけで陽性を判断したのであれば,これも疑陽性である可能性が残る.RT-PCRの結果を確認するためには,増幅された遺伝子部分の配列を調べ麻疹ウイルスの遺伝子配列と比較しなければならない.サンプル数を増やしたさらなる検討が必要であろう.麻疹ウイルスと炎症性腸疾患については,我々の検討では,患者の腸組織からは麻疹ウイルスの遺伝子も抗原も検出されなかった.しかし,我々はこれまでの報告で,麻疹ウイルスがクローン病のオンセットに関わっている可能性を指摘した.これは,クローン病が麻疹ウイルスと人腸管の蛋白との分子レベルの類似性に起因する病態である可能性であり,実際麻疹関連人抗原は前述したように麻疹ウイルスと共通エピトープを有する.そのような可能性を確認するために,15人のクローン病患者と15人の潰瘍性大腸炎の患者と15人の健常コントロールの血清を検査し,麻疹関連抗原に対する抗原が存在しないかをWestern blot法で調べた.その結果,そのような自己抗体は存在しなかった.この結果からも,麻疹ウイルスが,持続感染や分子レベルの類似性を介して炎症性腸疾患の原因となっている可能性はわずかであると我々は考える.


MMRが自閉症者の増加に関連するとしている疫学者のレター(文献3):
ランセットのEditorial(文献1)は,麻疹ウイルス・MMR・自閉症の混乱を整理したというよりも,「科学的な証拠がMMRワクチンと自閉症の関連を否定した」という神話をごり押しした.編集者はTaylorらの論文を,「この疑わしい関係に合わない疫学的証拠」として引用した.2000年3月28日に,私は英国王立統計協会で講演し,その中で,Taylorらが使ったデータを含む最近だされたデータが,MMRワクチン接種がトリッガーとなったと考えると矛盾のない自閉症症例数の変化を含んでいることを発表した.端的に言えば,自閉症のようにオンセットが慢性である病態とワクチン接種との関連を検出するためには,Taylorらの研究デザインには問題があったのである.従来のケース・コントロールアプローチを使わずに,彼らはケース・シリーズデザインを採用したのである.このケース・シリーズアプローチは,熱性けいれんなどの急性の副作用を検討するためには適切であるが,接種の長期効果を検討するためには不適切である.自閉症の発症として3つの代理イベントが評価された.これらは,診断された時,親が最初に問題行動に気づいた時(懸念),退行現象があった時の3つである.退行現象は症例の3分の1以下でしか報告されておらず,典型的には親の最初の懸念の6ヶ月後に起こることが知られている.一方診断は,典型的には最初の親の懸念から2年後になされる.Wakefieldらが提唱した自閉症の胃腸モデルは,ワクチン接種と自閉症症候の始まりの間に,数ヶ月ほどの症例によって異なる潜伏期間を想定している.最初の親の懸念が,自閉症の最初の症候に先行していると予想できるかどうかは議論の余地がある.また,Taylorらの検討で,接種後1年あるいは2年以内に自閉症と診断されているケースの集積がないことは驚きに値しない.なぜなら,診断は通常発症から2年後になされるからである.親の最初の懸念の時と,退行現象の時は,年齢が1歳と1歳半と2歳に3分してグループ化している.このグループ化は,自閉症のオンセットの緩徐進行性と親がオンセットを決定するのが困難であることを反映している.接種後きわめて短期間(典型的には6ヶ月)で,真の関連を見きわめることができるかというとそうではない.最初の親の懸念は,接種後6ヶ月で有意に増加している(p=0.03).我々がTaylorらの研究から言えることは,MMRがトリッガーとなっている自閉症がまれであるか,あるいはWakefieldらのモデルが示唆したようにMMRが自閉症症候の慢性型オンセットに先行しているかのどちらかである.私は,O'Learyらの研究データができるだけ早く論文に記載されることを望む.しかし,我々は,最近の疫学的証拠がMMRと自閉症の関連を完全に否定したわけではないことを認識せねばならない.


混乱する訴訟問題に関するコメント(文献4):
Editorial(文献1)のタイトルは,MMRワクチンと自閉症の関連を示す証拠が存在しないような誤解を与える.MMRワクチンの安全性についてはたくさんの証拠がある.しかし英国においては,多くの自閉症児が,MMRによって自閉症になったと申請し,それによって法的な援助を受けている.法的な援助を受けるには,リーゾナブルな理由で裏付けられた,法で定められた要求項目が満たされなければならない.昨年の9月,最高裁判所は「関連は今のところ確定されていない」と表明した.これによって,通常申請者の弁護士のアドバイスに基づき法的な援助を提供している法的援助機構に関して,深刻な疑問が投げかけられることになる.弁護士は,そのメリットに無関係に話を進めることに直接的な経済的興味をもっているので,そのような弁護士のアドバイスは自立的なものには成り得ない.そこには明らかな興味(目的)の葛藤が生じる.英国における薬品関係の訴訟で法的に援助がなされた成功率は,法的援助料金に占める公的なお金の莫大な出費にも関わらず,非常に低いことは驚きに値しない.この注目されている訴訟は,この立証されていない健康不安(MMRと自閉症の関連)が存在することを支持することになる.従って,法的援助機構は,自閉症の病態とMMRの関連を示唆している単なる仮説を,因果関係を示す適切な科学的証拠であると必然的に勘違いしてしまって,子供達の健康を危うくしている.


ワクチン接種後に発症したとする自閉症児の親のレター(文献5):
Editorial(文献1)は,答えを出したと言うよりも,さらに多くの疑問点を提示した.ここに,この議論に対して,いくつかの新しい疑問点を追加し,また,いくつかの深刻で憂慮すべき事実を提示する.私は麻疹(単体)ワクチンおよびMMRワクチン接種後に自閉症になった子供の親であることを最初に記す.私の息子のような子供は典型的な自閉症なのか?私はそうではないと信じる.私の息子やその他の同じ状況の子供たちは,孤立化行動や自傷傾向がない.彼らはまた,急性の複数抗原型の食物アレルギーと多動を有している.このアレルギーと多動もワクチン接種後すぐに出現した.これは自閉症なのか?それとも部分的に自閉症に類似した脳のダメージなのか?また,私の息子のような場合やWakefieldらが記載した子供たちでそうであるように,脳のダメージは消化管の透過性と直接的に関係しているのか?さらに,最初に腸にダメージを与えるのは何なのか?もし,MMRと関連があるのであれば,公的な統計データによって示される新しい変異型自閉症なのかもしれない.なぜ,英国の東Surreyの一部で,過去3年の間に,3歳の男児の69人に一人が自閉症であるのか?なぜ,英国東YorkshireのWakefieldの教育専門家が,1992年にはたった5人の自閉症生徒を担当していたのに,1999年までに111人もの自閉症生徒を担当するようになったのか?たった7年の間の22倍の増加は,単なる診断技術の進歩で本当に説明できるのか?スコットランドのShetlandsや西部諸島に住む自閉症児は,13歳から19歳のケースが一人もおらず,全て12歳以下なのはなぜなのか?MMRが1988年に導入されたことの意味はないのか?なぜアメリカでは,自閉症者が急増しているのか?(例えば,New Jerseyで8年間に876%,Illinoisで6年間に627%,Coloradoで6年間に13倍,MiamiのBrowardで10年間に1200%:アメリカ合衆国教育データより).親から得られた解釈の多くが一致している.私の息子は,14ヶ月のよちよち歩きの頃は完全に正常であった.そして,麻疹ワクチン接種後の16ヶ月の時には精神的にハンディキャップを背負った子供になってしまった.これは非常に印象的な間近で起こった経験である.14ヶ月の時は,彼は,四角の積み木を四角の穴に通す遊びができたのに,現在13歳になってもできないのである.英国BSE調査に提示された証拠の中で,MMRが認可された1988年当時の医療担当科は無秩序でスタッフ不足の状態であったことが報告されている.このことは無関係な偶然であろうか?それとも英国におけるMMRの導入の背景(問題があった可能性)を示唆しているのであろうか?報告された副反応がほとんどないので,MMRは安全であると言われている.未だに,自閉症に至る病態は,副反応とみなされてはいない.そのために,MMR接種後の自閉症の発症はモニターされていないのである.これは,これまでにほとんどの医療システムが認識していない新しい症候群なのであり,無視されているのか?MMRワクチンと自閉症に関連するこのような全ての情報それぞれは,WakefieldとO'Learyらの報告も含め,一つの結論を示唆しているようである.そして私の息子は,WakefieldとO'Learyの説のとおりのケースなのである.


自閉症児の親で自閉症自己免疫プロジェクトの代表のコメント(文献6):
15歳の自閉症男児の父親として,そして自閉症自己免疫プロジェクト(USA)の責任者として,Editorial(文献1)に興味を持った.Dan Burton議長が開催した2000年4月6日の自閉症とワクチンに関する公聴会には私も出席した.公聴会は,自閉症児を持つ我々にとってはきわめて興味ある内容で,WakefieldとO'Learyの未発表データや,Singhらの報告のような免疫学的な研究がもっと行われることが望まれる.現時点で自閉症とMMRワクチンの関係を否定している研究結果は,公衆衛生に関する権威者によるものであるためバイアスがかかっているか,Taylorらの研究のように不完全な疫学データを使っている.また,公聴会でTaylorらの研究のデータを提出することができるかと質問された時,彼は上司に確認する必要があると返答した.WakefieldとSinghとO'Learyは,データの提出を,上司への確認なしで承諾した.1999年の4月,私はAtlantic Cityでの自閉症生物医学学会に参加し,CDCのJacquiline Bertrandの講演を聞いた.それによるとNew JerseyのBrick Townshipでは,自閉症の発症率が増加しているとのことであった.その後,私は彼女にワクチン接種との関連を聞いてみたが,彼女は関連はないと述べた.しかし,Brick Townshipはワクチン摂取率の高い地域なのである.また,私は彼女にCDCは抗体価に関する血液テストを行ったか,あるいは行う予定があるかと質問した.これに対しても,彼女の返事はノーであった.CDCはBrickにおける自閉症発症率の増加の原因は不明であり,MMRワクチンが原因ではないと表明している.CDCの主張には論理性も科学性もないように思われる.私の息子のEricは,抗体価の血液検査を受け,麻疹に対する抗体が増加していることが判明した.また,Ericは結腸に炎症がある.たくさんの親たちが,これと同じ結果を報告している.我々の疑念を払拭してくれるような,独立性があり長期にわたる安全性研究はない.我々の子供たちは,知らされずに安全性研究のモルモットにされているのであろうか?自閉症者が増えていることを示す証拠は,特にワクチン摂取率が高い国においてはっきりしている.カリフォルニアでは,1987−1998に自閉症児の数は273%増加した.Brickにおいては,CDCの発表では149人に一人が自閉症ということになる.英国の東Surreyでは,3歳児の69人に一人が自閉症である.Erickは自閉症児のための特別な学校へ通っており,そこでは1992年に20人の生徒がいたが,現在は100人以上である.この自閉症児数の増加を診断技術の向上の結果で説明することは,自分の子供のことを知っている親や,彼らの教育と長期のケアをゆだねられている教育専門家にとっては,説得力がない.我々は,すぐにでも研究費のついた包括的な研究が行われることを望む.我々は,5人に一人が自閉症と言われるまで待ちたいとは思わない.我々の社会は,犠牲者の増加と差し迫る経済的結末を許容できるのか?WakefieldとSinghとO'Learyが公聴会で提示した研究結果を無視することは,我々のジレンマを増強させるだけである.


(コメント)

おそらく,ランセット誌は,この議論に関しては,一番の場所を提供しようという思惑を持っているようです.確認しようのない複雑な背景を含む疫学データが,たくさん引用され,いささか科学的議論から逸脱している印象がありますが,親の投稿レターまで採用してくださる医学雑誌はあまり例がなく,議論の場所としては大変貴重です.訴訟問題は,日本ではまだ実例を聞いたことがありません.

MMRと自閉症との関係を否定するいくつかの科学的データも,既にご紹介したのですが,この議論はなかなか尽きないようです.


文献
1. Editorial. Measles, MMR, and autism: the confusion continues. Lancet 355: 1379, 2000.
2. Izuka M, et al. The MMR question. Lancet 356: 160, 2000.
3. Roger JH. Lancet 356: 160-161, 2000.
4. Elphinstone P. Lancet 356: 161, 2000.
5. Trower D. Lancet 356: 161, 2000.
6. Gallup R. Lancet 356: 161-162, 2000.


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