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MMR・自閉症・腸炎(8)
末梢血からの麻疹ウイルスワクチン株の分離?

2000年6月,伊地知信二・奈緒美
(Up:6月8日,Revised:6月9日)

Wakefield先生と東京医科大学の小児科(河島先生)との共同研究の結果が論文になりました(文献1).前回のMMR・自閉症・腸炎(7)で紹介しました本年4月6日のアメリカ上院議会調査委員会(ワシントン)でWakefield先生とO'Leary先生が発表した内容(文献2)に関連したものです.Wakefield先生らのいう自閉症腸炎(autistic enterocolitis)の症例から分離された麻疹ウイルスはワクチン型としています.以下にまず概訳を示します.


タイトル:炎症性腸疾患および自閉症患者の末梢血単核細胞からの麻疹ウイルスの検出とDNA解析

まとめ:麻疹ウイルスが,クローン病の患者の腸に存在することが示唆されている.加えて,発達退行と消化管症状を伴った自閉症児(自閉症腸炎:autistic enterocolitis)が,新しい疾患概念として報告された.このような症例(autistic enterocolitis)の中には,MMRワクチンの接種直後に発症した例が存在する.このような患者から麻疹ウイルスが検出された場合,それが野生株であるのか,それともワクチン株であるのかはこれまで検討されていない.我々は,クローン病の患者8人,潰瘍性大腸炎の患者3人,発達退行と消化管症状を伴う自閉症児9人の末梢血単核細胞から麻疹のゲノムRNAの検出を試み,野生株なのかワクチン株なのかを検討した.コントロールとしては,健常児とSSPE患者(変異麻疹ウイルスによる),SLE患者,HIV-1感染者など計8例を同じように検討した.末梢血単核細胞よりFicoll-paque法によりRNAを抽出し,逆転写酵素によりcDNAを得,nested PCR法にて麻疹ウイルスのH(hemagglutinin)領域と,F(fusion)領域を特異的に増やした.陽性サンプルは直接法でsequencingした.クローン病では8例中1人,潰瘍性大腸炎では3人中1人,自閉症児では9例中3人が陽性で,コントロールは全て陰性であった.クローン病患者の麻疹ウイルスsequenceは野生株に一致し,潰瘍性大腸炎と自閉症児から得られたsequenceはワクチン株に一致した.この結果はそれぞれの患者の麻疹ウイルス暴露歴に矛盾しないものであり,慢性の腸炎の一部の患者では,麻疹ウイルスの持続性感染が確認されたことになる.

イントロ:最近,クローン病の患者の腸組織に,麻疹ウイルスが存在することが報告され,非典型的な麻疹ウイルス感染と炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎を含む)の関連が示唆された.加えて,自閉症にいたる発達退行と慢性腸炎および免疫不全を特徴とする新しい疾患概念が提唱されている.そのような自閉症児の多くでは,行動上の問題はMMRワクチン接種直後に出現している.これまでに報告されたRT-PCR法による検討では,クローン病患者の腸組織からは麻疹ウイルスRNAは検出されていない.我々は以前,自己免疫性肝炎の成人および小児の末梢血リンパ球から,麻疹ウイルスゲノムRNAを検出し,H遺伝子部位においてはワクチン株と野生株で遺伝子配列が異なることを報告した.同じ方法を応用し,クローン病,潰瘍性大腸炎,発達退行と消化管症状を伴った自閉症児(autistic enterocolitis)の患者の末梢血単核細胞中の麻疹ウイルスゲノムのHおよびF領域の遺伝子配列を検討した.

対象:炎症性腸疾患の患者は,クローン病が8例で,そのうち3例は日本人で5例はイギリスの症例,潰瘍性大腸炎が3例で,そのうち1例は日本人で2例はイギリスの症例であった(15−31歳).発達退行と消化管症状を伴った自閉症児(autistic enterocolitis)は9例で,回腸結腸カメラと組織所見で診断されたイギリスからの症例である(3−10歳).自閉症児9人は他の論文で報告された症例であり,回腸のリンパ様結節性過形成と非特異的腸炎の所見を有している.22人の健常コントロールと,HIV-1感染者2名,SLE患者4人も同様に検討した.

結果:H領域については,クローン病で1例(31歳日本人男性で8歳の時麻疹罹患),潰瘍性大腸炎で同じく1例(24歳日本人女性,1歳時にワクチン接種)が陽性であった.自閉症児では3人が陽性であった.SSPE患者については,4例のイギリス人症例と2例の日本人症例全例の脳組織サンプルで陽性であったが,他のSSPE患者の末梢血単核細胞での検討では陰性であった.健常コントロールとその他の疾患コントロールでは,全て陰性.クローン病患者から検出されたH領域遺伝子配列は野生株の特徴を示した.潰瘍性大腸炎と自閉症例から検出された遺伝子配列(H領域)はワクチン株の特徴により一致していた.これらの結果は,患者の暴露歴に一致する.クローン病患者からのF領域遺伝子配列によると,この株は1985年以後に日本で流行した孤発発症株に分類される.

H領域については,炎症性腸炎とSSPEの両者に共通する特徴は見いだせなかった.F領域に存在する開始コドンは,ワクチン株とSSPE検出株では二つとも存在するが(フレームは同じ),クローン病株では一つが点変異により開始コドンでなくなっていた.

考察:今回の研究で,慢性腸炎の患者の何人かにおいて,末梢血における麻疹ウイルスの持続性感染が確認された.ワクチン株でも孤発(野生)株でもこの持続感染は起こり得る.これまでの報告では,クローン病においてはRT-PCR法で麻疹ウイルスは検出れていない.これらの多くは,麻疹ウイルスのN領域を検討しており,我々もN領域も検討したが,全ての検体で陰性であった(データーは省略).この理由は不明であるが,SSPEで報告されているように,たくさんの異なる変異ウイルスが持続感染を起こしている可能性がある.

我々は以前自己免疫性肝炎と難治性のてんかん患者の末梢血単核球から麻疹ゲノムRNAを,持続感染として検出した.他の自己免疫疾患においても末梢血単核細胞に麻疹ウイルスが検出されたことが報告されている.我々のデータからは,麻疹ウイルスが炎症性腸炎の原因であるかどうかは結論できないが,in vitroでの研究では,麻疹ウイルスの持続感染がMHCクラスIの表出を増強することが報告されており,持続感染細胞が自己免疫現象の標的となる可能性が示唆されている.加えて,人の培養細胞における麻疹ウイルスの持続感染はIL-6およびIFN-betaの産生を増加させることが報告されている.

本研究では,SSPE症例を含み,全ての持続感染株に共通する特異領域を検出することはできなかった.F領域は持続感染のプロセスに重要であることが示唆されており,我々はF領域のnoncoding部位からcoding部位を検討した.ワクチン株においては,この領域には二つの開始コドンみられ(同一フレーム),多くの野生株は一つだけであった.このことは,ワクチン株が野生株よりもDNA複製能が高いことを示唆する.しかし,クローン病患者から検出されたsequenceは,開始コドン一つのタイプであった.明らかに,慢性腸炎の患者における麻疹ウイルスの持続感染のメカニズムは複雑であり,今後の研究が待たれる.


(コメント)

Wakefield先生とO'Leary先生は,4月6日のアメリカ上院議会調査委員会では,25例の自閉症児中,24例に麻疹ウイルスが同定されたと公表しましたが(前回の話題7:文献2),その時は腸管生検組織からという発表でした.今回のこの論文は,末梢血(単核細胞)での検討で,9例中3例で麻疹ウイルスワクチン株を検出したという結果です.

自閉症腸炎(autistic enterocolitis)と呼ばれている症例と麻疹ウイルスの関連について重要なことは:

  1. 因果関係を示すデータであるか?
  2. 自閉症腸炎患者から分離された麻疹ウイルスはワクチン型か?
の2点ですが,以下にそれぞれについて考えてみます.

1.因果関係を示すデータであるか?
これは,著者らもはっきりと考察の中に「我々のデータからは,麻疹ウイルスが炎症性腸炎の原因であるかどうかは結論できない」と明記しており,この論文は自閉症腸炎(autistic enterocolitis)と麻疹ウイルスの因果関係を示すための論文ではないことははっきりしております.因果関係を示すには,MMRワクチン接種歴がはっきりしている健常児がコントロールとして含まれていなければなりません.この論文の末梢血単核細胞RT-PCR法では健常コントロールは全て陰性と記載してありますが,コントロールにおけるMMRワクチン接種歴の有無や国籍が不明です.Wakefield先生がアメリカ上院議会調査委員会で発表した内容では,腸管生検組織のコントロール検体からのウイルス分離は15例中1例のみとなっていたようですが(文献2),末梢血での正確なコントロール研究のデータも知りたいところです.

2.ワクチン型か,野生型か?
これについては,論文では自閉症腸炎(autistic enterocolitis)から分離された麻疹ウイルスはワクチン型に一致すると記載していますが,この結論には異論もあると思います.下の表からもわかりますが,麻疹ウイルスゲノムのH領域では野生株なのかワクチン株なのかを判断することがかなり困難です.クローン病患者の麻疹ウイルスは1985年以後の野生株であるとしていますが,下の表のようなH領域の検討をしますと,むしろこのクローン病患者株はワクチン株に類似しています.H領域だけの検討で「自閉症株はワクチン株の特徴に一致」としていますが,下表ではその傾向はあるものの説得力はあまりありません.H領域だけでは結論的なことは言えないようです.また,麻疹ウイルスは他のRNAウイルス同様,易変異性と一人の感染者体内にたくさんの変異株が存在すること(quasispecies)をその特徴としております.直接sequencing法ではmajorな株のみが検出され,また,quasispeciesが激しい場合は,sequenceデータの信頼性が低下します(sequenceの判定が困難になる).他の方法としては,クローニングのステップを入れて一人の感染者からたくさん(10個以上)のクローンをとり,それぞれの遺伝子配列を検討する方法がありますが,かなり手間がかかります.

分離株名検討したsequence(表2)ワクチン株と異なる塩基数野生株1960と異なる塩基数野生株-1985と異なる塩基数野生株1985-89と異なる塩基数野生株1990-と異なる塩基数
ワクチン株H領域284塩基
野生1960H領域284塩基
野生-1985H領域284塩基
野生1985-89H領域284塩基
野生1990-H領域284塩基
クローン病H領域284塩基
潰瘍性大腸炎H領域284塩基
自閉症H領域284塩基
自閉症H領域284塩基
自閉症H領域284塩基

以下に疑問点をまとめてみます.

蛇足1:SSPEは麻疹の自然感染から6〜7年の潜伏期を経て発症する変異ウイルスによる脳炎で,一般には8〜12歳の男児に多いとされています(文献3).この論文のSSPE患者が現在8〜12歳であれば,麻疹ウイルスの感染は1993年頃となります.過去の症例のサンプルを何らかの方法で保存していたのであれば,(1993−保存年数)が感染時期ということになります.例えば5年間保存していたサンプルであれば感染時期は1988年頃です.この論文の結果(F領域)ではSSPEの2例はほとんどワクチン型と同じですので,もし最近の症例であれば,F領域だけから判断するとワクチン型ということになってしまいます(この論文の著者である河島先生にメールでお聞きしたところ,この2例は自然麻疹感染の既往があり,ワクチン接種歴はないとのことでした).やはり,比較する部位がH領域だけでは不十分のようです.

蛇足2:ワクチン株は,最近の日本ではSchwarz FF-8ですが,イギリスでのワクチン株は何なのか知りたいところです.


文献
1. Kawashima H, et al. Detection and sequencing of measles virus from peripheral mononuclear cells from patients with inflammatory bowel disease and autism. Digestive Diseases and Science 45: 723-729, 2000.
2. Editorial. Measles, MMR, and autism: the confusion continues. Lancet 355: 1379, 2000.
3. 廣瀬源二郎.遅発性ウイルス感染症(亜急性硬化性全脳炎).最新内科学大系第67巻(神経・筋疾患3)「神経感染症と脱髄疾患」.中山書店.138-146, 1996.


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