MMR・自閉症・腸炎(23)

水銀と自閉症(3)



2003年5月,伊地知信二・奈緒美

MMR・自閉症・腸炎の(22)で下記のMadsenらの論文を紹介しましたが,その内容に関して公開議論がありましたので紹介します.Wakefield先生が,水銀がワクチンに含まれていることで感染(麻疹ワクチン株)に対する免疫機能に異常をきたした可能性を初めて指摘しています.また,Wakefield先生がイギリスのMMR集団訴訟に専門家として関与していることが紹介されています.今回問題になっているデンマークの研究では,研究時期のワクチンに水銀が含まれておらず,このデータでは水銀と自閉症の関係は最初からあり得ないことが返答中に指摘されています.
(Madsenら:文献1)デンマークでの大規模コホート研究(MMR・自閉症・腸炎の22で紹介ずみ)

(背景)MMRワクチン接種は自閉症の原因のひとつであることが示唆されている.(方法)我々は,1991年1月から1998年12月の間にデンマークで生まれた全ての小児の後ろ向きコホート研究を行った.このコホートはデンマーク市民登録システムからのデータを基盤にして集められた.この登録システムはデンマークにおける全ての出生児と転入者に対しIDナンバーを割り当てるものである.MMRワクチン接種状況は,デンマーク国立健康局から得られた.自閉症に関する情報はデンマーク精神科センター登録から得られた.デンマーク精神科センター登録はデンマーク内の精神科病院および外来診療所で患者が受けた全ての診断情報を含んでいる.重複情報に関しては,デンマーク医学出生登録,国立病院登録,デンマーク統計局から情報を得た.(結果)537303人のコホートのうち(2129864 person-years),440655人(82.0%)がMMRワクチンを接種していた.我々は自閉性障害と診断された小児を316人,自閉症スペクトルと診断された小児を422人同定した.重複症例の可能性を調整した後,ワクチン接種を受けた子供のグループにおける自閉性障害の相対リスクは,ワクチン非接種群に比べ,0.92であった(95%信頼区間は0.68から1.24).他の自閉症スペクトルの相対リスクは0.83であった(95%信頼区間は0.65から1.07).接種年齢,接種後経過時間,接種日時などと自閉性障害との関連はなかった.

(Spitzer:文献2)

このMMRワクチンと自閉症に関するコントロール疫学研究の発表は,ひとつの大きな進歩である.インターネット上に溢れているMMRワクチンと自閉症の関連に関するコンテンツでも,この研究のデザインの強固さを揺るがすことはできない.しかし,この研究はいくつかの方法論的問題をかかえている.自閉性障害児316人中,たった40人しか臨床記録を調査していないことは不適切である.この点は自閉症的症候を有する自己申告例493人(イギリス)に関する他のレビューでもあきらかであり,生涯にわたる記録の学際的レビューがなければ,深刻なエラーを避けることができないであろう.困難な作業ではあるが,臨床基準を使えば多くの児においてサブグループを同定することは可能で,特に退行現象を持つサブグループを同定することができる.

Madsenらの研究は,相対危険率1.5を80%検出する感度の高さであるが,誤解がある.例えば仮に,自閉症児の10%がMMRが誘導する疾患への脆弱性を持っているとする.さらに,自閉症群全体の80%,脆弱群の95%がMMRを接種したとする.デンマークのコホートにおける重複(nested)ケース・コントロールデザインでは,MMRに関するサブグループの尤度比(odds ratio)は4.17で,全ての自閉症児については尤度比が0.97になり,小さなサブグループにおける関連が成立する.しかし,控えめな推計でも,この10%が年間12億5千万ドルの負担を必要とし,イギリスの5万人の子供の代表と考えることもできる.この可能性が否定されることを望む.

(Mullins:文献3)

Madsenらによるこの立派な試みは,複数の不備をかかえており,関連がないと結論されやすくするバイアスを増強している.第一に,単なる人数ではなくパーソン・イヤー単位を使うことは,自閉症の有病率が比較的低い低年齢ケースのウェイトを増し,有病率が5倍の遅発性ケースのウェイトを最小にしてしまう.第二に,自閉症の診断平均年齢は51ヶ月で,その他の自閉症スペクトルでは63ヶ月であった.研究期間の早い時期に生まれた子供は,研究期間の遅い時期に生まれた子供よりも,診断を受ける尤度がより高かった.最後に,ワクチン接種を受けていない子供は平均5年間フォローされ,一方ワクチンを受けた子供は3.7年間フォローされている.この違いもまた,自閉症が非接種児にくらべ接種児で検出される場合の尤度を減ずる.

著者らはアブストラクトで,「本研究はMMRワクチン接種が自閉症の原因であるとする仮説を否定する強力なエビデンスを提供する」と述べているが,言い過ぎである.もし,本研究が上記の不備をかかえていなかったとしても,結論は,「本研究はMMRと自閉症の関連を検出しなかった」とすべきである.

(Wakefield:文献4)

適切でない疫学研究は,検査データによる研究とは対照的に,MMRワクチン接種と自閉症の間の関連を発見していない.Madsenらは自閉症ポピュレーション全体から関連サブグループを区別することに失敗している.

私の仮説は,ポピュレーションレベルでは検証されていないが,胃腸炎と2型ヘルパーT細胞(Th2)優位の粘膜免疫および全身免疫に関連した退行性自閉症というサブグループを想定している.1999年に共同研究者と私は,「新生児は病原体に対してTh2反応で反応する傾向があり,徐々に年齢と共にTh1反応にシフトしていく.もしこの移行が適切に起こらなければ,小児はその後の人生における異常な免疫反応を増長するより大きなリスクを持つであろう」と記載した.リスクのある小児においてはTh2からTh1への移行に干渉するかもしれないコファクターを検証する必要がある.水銀暴露は感染への易罹患性を変化させる.ねずみのLeishmania majorへの易感染性は遺伝的に規定されたTh2反応に反映される.感染に抵抗性のある動物では,Leishmania majorに対するTh1反応が存在し,Th2を介する自己免疫症候群を発症するが,水銀暴露後は感染を排除できない.

ポピュレーションレベルでの仮説検証はMMRに対する反応に影響するかもしれないコファクターに配慮しなければならない.この課題は,ワクチン中の水銀への暴露が小児において増加しているとすれば,おそらく不可能であろう.答えはそれぞれの子供の詳細な検査でのみ見つかるであろう.

記:Dr. Wakefieldは,現行のMMR集団訴訟において専門家としてイギリス法廷に立っている.

(NobleとMiyasaka:文献5)

視点欄にCampionが記したワクチンの安全性に関する疑いは,日本で増加しつつある麻疹クライシスに寄与している.1995年,日本政府は予防接種を任意化する法律を制定した.ワクチンに関連したまれな脳症に対する親の恐怖,一部の臨床家の医療法上の懸念,そして政府による介入の制限が理由となり,麻疹ワクチン接種率は低い.日本における麻疹の患者は現在年間10万人以上であり,年間50人から100人が死亡していると想定される.この問題の影響は国境を越えつつある.2000年におけるアメリカでの麻疹ケース86人のうち,62%は輸入感染に関連している.86例のうち26人は(30%)輸入感染で,日本は単一の国としては26人のうち7人を占めており最も多い.

麻疹は罹患率,致死率がかなりある可能性があり,発展途上国のみでなく先進国でも問題となる.公衆衛生専門家は,臨床家が児に接種するのを支援し,ワクチンプログラムを改善することにおいて,医師および一般人の両方にワクチンに関する客観的な啓蒙をするための重要な役割を持っている.麻疹の様なワクチンで予防できる病気の広がりを予防するためには,世界的協力が重要であろう.

(Dr. Madsenの返答:文献6)

仮説の検証を行えるかどうかは,結局いかなるレベルにおいても議論が異なる.しかし仮説は我々が行ったようなポピュレーションを基盤とする厳密な評価の対象とすることができる.我々はMMRワクチン接種が自閉症の原因であるとする仮説を確証する証拠はなにも発見しなかった.

Dr. Wakefieldは,ワクチンからの水銀暴露に関するコントロールを設定すべきと主張している.しかし,水銀,正確にはワクチンの防腐剤でありエチル水銀を含むthimerosalは,デンマークでは1992年から使用されておらず,従って問題にならない.

Dr. Spitzerは,おそらく我々の課題が提唱された暴露と疾患の因果関係を証明するためのものではなく検証するためのものであることに同意するであろう.我々は,少なくとも,1人の小児がワクチン接種を受けなかったから自閉症にならなかったという可能性を除外することはできない.その点だけは因果関係を言うのに十分であるかもしれない.残念なことに,もしそれがより特定されなければ,この推定を厳密な検証の対象とすることはできない.我々はもしこの因果関係が存在するとしたら,それが頻回にあることではないと言うことができる.自閉症の発生率が増加しているとして,我々はMMRワクチン接種が自閉症の発生率の増加を説明しないと言うことはできる.我々はまた,MMRワクチン接種が自閉症の一般的な原因の1つではないということもできる.しかし,我々は何も証明したわけではなく,特に既無仮説については何も証明していない.

全ての効果測定値は一連の信頼区間を持っており,研究のサイズや質により巾と信憑性が異なる.我々は,MMRワクチン接種が決して自閉症の原因となり得ないと主張しているのではない.我々は我々のデータの中には,MMRが自閉症の原因であるとする仮説を支持するものを何も発見できないと言うことができるだけである.我々は,もしワクチン接種を受けた場合に自閉症のリスクが増加するような易罹患性サブグループが存在する可能性を否定することはできない.しかし,そのようなサブグループは小さいグループであるはずである.

我々は,我々のコホートの全ての自閉症ケースのために診断評価を行っているところである,そしてこれまでのところ,信頼性の評価は変わっていない.自閉症の診断は小児および青年期精神科の専門家だけが行っているので予想できたことである.

Dr. Mullinsのコメントに関しては,解析においてン年齢と研究期間の両方を調整したことを指摘することは重要である.ワクチン接種は時間に依存する変数として扱われ,予防接種を受けた児は,受けていない児がワクチンを接種されるまでのリスク時間に寄与した.従って,フォローアップの平均年齢をDr. Mullinsが示唆する方法で計算することは不可能である.


文献
1. Madsen KM, et al. A population-based study of measles, mumps, and rubella vaccination and autism. N Engl J Med 347: 1477-1482, 2002.

2. Spitzer WO. Measles, mumps, and rubella vaccination and autism. N Engl J Med 348: 951-952, 2003.

3. Mullins ME. N Engl J Med 348: 952, 2003.

4. Wakefield AJ. N Engl J Med 348: 952, 2003.

5. Noble KK & Miyasaka K. N Engl J Med 348: 952-953, 2003.

6. Madsen KM. N Engl J Med 348: 953, 2003.


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