MMR・自閉症・腸炎(22)

2002年11月,伊地知信二・奈緒美

最近の関連する重要な論文を,I.否定する論文.II.肯定する論文など.III.その他の順で概要だけご紹介します.この他にもインターネット上の意見など多数見つけましたが,全部訳しているときりがないので,以下にご紹介するのは主なものだけです.注目すべきは,当のWakefield先生の新しい論文(文献3)です.自閉症で多くみられるとしている消化管病変の原因として提唱してきた肝心のMMRワクチン接種や消化管からの麻疹ウイルス同定についてほとんど触れておらず,「免疫が仲介した胃腸病態」と記載して,従来のオピオイド過剰説と融合させてさらに仮説を展開しております.文献4と文献5に関しては,現時点では結果を信じることができませんので,他の施設からの再現性に関するデータを待つ必要があります.

I.否定する論文

(Blackら:文献1)消化管症状の既往と自閉症診断

(目的)自閉症児は,自閉症でない小児と比べ,胃腸症状の既往をより多く持っているかどうかを評価する.(デザイン)Nestedケース・コントロール研究.(セッティング)英国臨床研究データベース.(対象)1988年1月以後に生まれた小児で臨床研究データベースに生後6ヶ月以内に登録したもの.(アウトカム評価)消化管の慢性炎症,セリアック病,食物不耐症,および臨床医に記録された再発性胃腸症状.(結果)96人の自閉症ケースの中の9例(9%),および449人の自閉症でない適合コントロールの中の41例(9%)が,胃腸障害の病歴をインデックス年齢前に持っていた(インデックス年齢とは,自閉症という診断が最初に記録された年齢で,コントロール群においてはそれと同じ年齢).自閉症のない小児と比較して,自閉症児の中で胃腸障害の病歴についての推定オッズ比は,1.0(95%信頼区間は0.5から2.2).(結論)自閉症児が自閉症でない小児よりもより胃腸障害を持つことを示すエビデンスは,自閉症の診断以前のいかなる時期でも見いだせない.

(Madsenら:文献2)デンマークでの大規模コホート研究

(背景)MMRワクチン接種は自閉症の原因のひとつであることが示唆されている.(方法)我々は,1991年1月から1998年12月の間にデンマークで生まれた全ての小児の後ろ向きコホート研究を行った.このコホートはデンマーク市民登録システムからのデータを基盤にして集められた.この登録システムはデンマークにおける全ての出生児と転入者に対しIDナンバーを割り当てるものである.MMRワクチン接種状況は,デンマーク国立健康局から得られた.自閉症に関する情報はデンマーク精神科センター登録から得られた.デンマーク精神科センター登録はデンマーク内の精神科病院および外来診療所で患者が受けた全ての診断情報を含んでいる.重複情報に関しては,デンマーク医学出生登録,国立病院登録,デンマーク統計局から情報を得た.(結果)537303人のコホートのうち(2129864 person-years),440655人(82.0%)がMMRワクチンを接種していた.我々は自閉性障害と診断された小児を316人,自閉症スペクトルと診断された小児を422人同定した.重複症例の可能性を調整した後,ワクチン接種を受けた子供のグループにおける自閉性障害の相対リスクは,ワクチン非接種群に比べ,0.92であった(95%信頼区間は0.68から1.24).他の自閉症スペクトルの相対リスクは0.83であった(95%信頼区間は0.65から1.07).接種年齢,接種後経過時間,接種日時などと自閉性障害との関連はなかった.

II.肯定する論文など

(Wakefieldら:文献3)自閉症は消化管脳症:オピオイド過剰説との融合

一次的な消化管病態が,自閉症を含むいくつかの小児発達障害の開始および臨床的発現に重要な役割を持つという認識が普及しつつある.胃腸症候が多いことに加え,自閉症児はしばしば複雑な生化学的および免疫学的異常を呈している.腸-脳アキシスは,頭蓋外オリジンのある種の脳症の中心的概念であり,肝性脳症が最も特徴的である.肝性脳症と,正常であった児における発達退行に関連し免疫を介する胃腸病態を伴う自閉症の一形態との臨床的特長における共有点は,肝障害患者におけるトキシック脳症と何例かの自閉症児の類似メカニズムが存在するかもしれないことを示唆する.これらの二つの状態に,オピオイドの生化学的異常は共通しており,オピオイドペプチドがある種の反復性症候の原因となるかもしれないことを示すエビデンスが存在する.この領域で可能性があり検証できる仮説を立てることは,頭蓋外オリジンの脳症の新しい治療オプションを作る補助になるかもしれない.この自閉症表現型のための治療ターゲットは,トキシンの基質を減らし栄養状態を改善し粘膜の免疫状態を変えるための食事療法や消化管微生物環境の調整,抗炎症/免疫調節療法,そして例えば腸における局所のオピオイド活性の薬理に注目した特異的な治療などである.

(Singhら:文献4)麻疹HA蛋白とMBPに反応する抗体

中枢神経系に対する自己免疫,特にmyelin basic protein(MBP)に対する自己免疫は,ひとつの神経発達障害である自閉症において原因的役割をはたしているかもしれない.多くの自閉症児は麻疹に対する抗体価のレベルが増加しているので,我々は麻疹-おたふくかぜ-風疹(MMR)に対する抗体とMBPに対する自己抗体に関する血清学的研究を行った.血清サンプルは125例の自閉症児と92例のコントロール児から得,抗体はELISAまたは免疫ブロッティング法で解析した.ELISA解析ではMMRに対する抗体のレベルが自閉症児で有意に増加していることが示された.免疫ブロッティング解析では,125例の自閉症血清中から75例に普通でないMMR抗体が存在し,コントロール血清にはそのような抗体はなかった.この抗体はMMRの73-75 kDの蛋白に特異的に結合した.この蛋白のバンドはモノクローナル抗体での解析では,麻疹のhemaglutinin(HA)蛋白に対する抗体で陽性であったが,麻疹nucleoproteinや風疹またはおたふくかぜのウイルス蛋白に対する抗体では陰性であった.従って,自閉症血清中に同定されたMMRに対する抗体は,麻疹のHA蛋白と反応する.麻疹のHA蛋白はワクチンの麻疹サブユニットに特異的な蛋白である.さらに,MMRに対する抗体陽性の自閉症児血清の90%以上が,また,MBP自己抗体陽性であった.このことは自閉症においてMMRと中枢神経系自己免疫の関連が強いことを示唆する.このエビデンスに由来して,我々はMMRに対する不適切な抗体反応が,特に麻疹成分に対する抗体反応が,自閉症の病態に関連している可能性を示唆する.

(Jyonouchiら:文献5)食事中の蛋白に対する免疫反応が自閉症の原因?:腸内細菌叢由来のエンドトキシンの関与

(目的)自閉症スペクトル児は高頻度にいろいろな胃腸症候を呈する.胃腸症候は制限食により改善しまた行動学的症候のいくつかも明らかに改善する.エビデンスによると,自閉症スペクトルには炎症性固有免疫反応の異常がみられることが示唆されている.免疫反応の異常が自閉症スペクトル児を一般的な食事中の蛋白質に対して感作されやすくし,胃腸の炎症を惹起し,さらにいくつかの行動学的症候の悪化につながるのかもしれない.(方法)我々は,自閉症スペクトル児とコントロール児から末梢血単核細胞を取り出し,代表的な食事性蛋白(gliadin,牛ミルク蛋白,まめ蛋白)に対して産生されるIFNガンマ,IL-5,そしてTNFアルファを検討した.コントロール群は食事性蛋白不耐症児,自閉症スペクル児の兄弟,そして健常児を含む.結果は消化管細菌叢の微生物産生物であるエンドトキシン(LPS)や固有免疫反応のための代用刺激などでのproinflammatoryサイトカインや抑制性サイトカインの産生との関連において検討した.(結果)自閉症スペクトル児の末梢血単核細胞は,食事性蛋白不耐症児の末梢血単核細胞で観察されるのと同様の高頻度で,一般的な食事性蛋白に対してIFNガンマとTNFアルファを高濃度産生したが,IL-5は産生しなかった.自閉症スペクトル児の末梢血単核細胞は高頻度にエンドトキシン(LPS)に対するproinflammatoryサイトカインの産生が増加しており,LPSに対するproinflammatoryサイトカインの産生増加は食事性蛋白に対するIFNガンマとTNFアルファの産生増加と陽性に相関していた.そのような相関は,食事性蛋白不耐症児の末梢血単核細胞ではあまりはっきりしていなかった.(結論)食事性蛋白に対する免疫反応が,明らかな食事性蛋白不耐症および自閉症スペクトル児に見られる胃腸の炎症と関連しているかもしれない.自閉症スペクトル児に見られる胃腸の炎症は腸内細菌叢の産物であるエンドトキシンに対する固有免疫反応の異常と部分的には関連しているかもしれない.

III.その他

(Krauseら:文献6)批判的レビュー

広汎性発達障害は,一群の神経発達障害で,発達早期に出現する.自閉性障害は広汎性発達障害の中で最も多く,幅広い臨床像の一群を指し示す.自己免疫や免疫細胞の異なるサブセットの減少などを含み,いろいろな免疫システムの異常が自閉性障害で報告されており,免疫因子が自閉症の発症に役割をはたしている可能性を示唆している.逸話的な観察に基づき,ワクチン接種が自閉症の原因となる可能性が提唱されたが,いくつかのコントロール研究はこの主張を支持するにことができなかった.免疫グロブリンの静脈内注射療法が自閉症の免疫療法として検証されたが,予備的な結果では結論が出ず,血液由来の病原体の致死的伝播の可能性もある.この問題を検証するためには,集中的でよくコントロールされた疫学的研究が,自閉症の細胞学的および分子生物学的基盤を確立するために対象を吟味し慎重にコントロールして,行われる必要がある.


文献
1. Black C, et al. Relation of childhood gastrointestinal disorders to autism: nested case-control study using data from the UK General Practice Research Database. BMJ 325: 419-421, 2002.

2. Madsen KM, et al. A population-based study of measles, mumps, and rubella vaccination and autism. N Engl J Med 347: 1477-1482, 2002.

3. Wakefield AJ, et al. Review article: the concept of entero-colonic encephalopathy, autism and opioid receptor ligands. Aliment Pharmacol Ther 16: 663-674, 2002.

4. Singh VK, et al. Abnormal measles-mumps-rubella antibodies and CNS autoimmunity in children with autism. J Biomed Sci 9: 359-364, 2002.

5. Jyonouchi H, et al. Innate immunity associated with inflammatory responses and cytokine production against common dietary proteins in patients with autism spectrum disorder. Neuropsychobiology 46: 76-84, 2002.


6. Krause I, et al. Brief report: immune factors in autism: a critical review. J Autism Dev Disord 32: 337-345, 2002.


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