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MMR・自閉症・腸炎(11)
腸管でのウイルス同定に対する疑義に対して,など

2000年11月,伊地知信二・奈緒美

MMR・自閉症・腸炎(9)でご紹介したIizukaらのレター(文献1)は,「ウイルス同定に対する疑義」としてアップしました.このレターは,Wakefieldらが自閉症に関する仮説を発表する前に公表していた主張「持続性の麻疹ウイルス感染あるいは麻疹ワクチン接種と炎症性腸疾患との間に因果関係がある」に批判的な内容で,抗体の非特異的反応の問題と,PCRプライマーの非特異的増幅の問題を指摘しています.「この点からすると,25人の自閉症児のうち24例で腸生検組織に麻疹ウイルスが陽性で,コントロール15例では一人だけ陽性であったとしているO'Learyらの未発表データの信頼性は疑問である」としています.これに対するWaefield氏とO'Leary氏のレスポンスです.

(文献2:O'Leary, Uhlmann, Wakefieldのレター)
Iizukaらの想定に反して,自閉症と腸炎を有する児における麻疹ウイルスの役割を分子ウイルス学的に検討した我々のデータは,同分野の研究者のレビューをパスして4つの国際科学学会で発表され出版された.依頼があれば,我々は我々の情報をIizuka氏に提供する.我々の使った抗体はIizukaらが使ったものとは異なっている.結論をはっきりさせるために,我々の研究は,in-situ hybridisation(組織切片でのプローベ反応),細胞内での逆転写酵素反応,相補的RNAスタンダードを用いた定量的リアルタイムPCR,増幅物のシークエンス決定などを網羅している.加えて,麻疹ウイルスのN,F,およびH遺伝子を検討しており,また,分子生物学的にも矛盾のない麻疹ウイルスの細胞内局在データまで得ている.

上記のようにIizuka氏に対して反論し,自分たちの3つの論文を引用しておりますが,2つは学会抄録で3つ目は,以前から予告しているLab Invest誌の論文で印刷中とあります.従って,この件に関しても細かいデータは以前として公表されていない状態ですが,Wakefield先生らはかなり強気のようです(しかし,相変わらずデータの提示が不十分です).

次にAm J Gastroenterol誌に掲載されたWakefield先生らの論文です.

(文献3:Wakefieldら)
(目的)発達障害児における消化管病理所見を明らかにする(回腸・結腸リンパ様結節性過形成と粘膜の炎症所見).この研究は発達障害児の対象グループに特異的な内視鏡的および病理学的所見のいくつかを記載する.その所見は行動学的退行現象や消化管症状に関連しており,検討は小児コントロール群との比較で行う.(方法)回腸・結腸内視鏡検査と生検は,60人の発達障害児(中間値6歳,3−16歳,男児が53人)に行った.50人が自閉症,5人がアスペルガー症候群,2人が崩壊性障害,1人がADHD,分裂病が1人,読書障害(dyslexia)が1人.回腸のリンパ様結節性過形成の程度は3グレードに分類し,炎症性腸疾患が疑われて検査した37人の発達正常コントロール(中間値11歳,2−13歳)と比較した.組織切片は3人の病理学者が検討し,22例の組織学的に正常なコントロールと潰瘍性大腸炎20例とも比較した.消化管病原体も通常の方法で検索した.(結果)回腸のリンパ様結節性過形成は発達障害児の93%(54/58)に存在し,コントロール群では14.3%(5/35)であった(p<0.001).結腸のリンパ様結節性過形成は発達障害児の30%(18/60),コントロール群の5.4%(2/37)であった(p<0.01).組織学的には反応性の小胞過形成が発達障害児の回腸に88.5%(46/52)みられ,潰瘍性大腸炎例では29%(4/14)で,正常コントロールではみられなかった(p<0.01).活動性のある回腸炎は発達障害児の8%(4/51)にみられ,コントロールではみられなかった.慢性結腸炎は発達障害児の88%(53/60)でみられ,コントロール群の4.5%(1/22),潰瘍性大腸炎の20例全員にみられた.発達障害児群と潰瘍性大腸炎群で,コントロール群より有意に炎症頻度と程度が高スコアであった(p<0.001).(結論)発達障害児には,炎症性腸疾患のニューバリアントが存在する.

60人の発達障害児の中で,59人は消化管症状を訴えて検査を受けております(1人は親の希望).消化管症状のある発達障害児と,同じく消化管症状のある正常発達児を比較したことになります.次にAm J Gastroenterol誌にEditorialとして載りました論文を紹介します.

(文献4:QuigleyによるEditorial)
自閉症の病因は解明されていない.最近の研究は遺伝素因の関与を示唆しており,脳幹における発達異常を示す証拠も報告されている.環境毒や食物の内容,いろいろな感染症などの出生後因子による影響も可能性として強調されている.これらのうち,カゼインやグルテン不耐症と,麻疹およびMMRワクチンの2つが特に注目されている.カゼインやグルテン不耐症の結果,もともと好き嫌いが激しく栄養摂取が制限されているような自閉症児の多くが,カゼインやグルテンの入っていない制限食を食べさせられており,もともと心もとない栄養摂取をさらに減少させることになっている.自閉症と麻疹ウイルスあるいは麻疹ワクチンとの関連については,一般誌だけでなく議会の公聴会で取り上げられるような大きな議論となっている.

自閉症児はしばしば,便秘,下痢,腹部不快感,ガス腹,腹部膨満などを含む消化管症状を呈する.Horvathらは,上部消化管内視鏡検査とその際の生検で,36人の自閉症児の69%に組織学的食道炎を,58%に腸管disaccheridase欠損を報告している.膵臓機能異常もまた自閉症児で示唆されている.しかし,最も注目を集めているのは,自閉症と回腸・結腸の病気との関連である.Wakefieldらは,コントロール研究ではないが,12人の自閉症児で著明な回腸リンパ様結節性過形成と回・結腸炎を報告し,MMRワクチンとの関連を示唆した.同研究グループは,以前成人において麻疹,MMR,そして炎症性腸疾患の同様な関連の存在を仮説している.Am J Gastroenterol誌に,Wakefieldらは発達障害(主に自閉症)児60人に関する報告を発表しており(文献3),このデータは22人のコントロール群と20人の潰瘍性大腸炎群との比較データで,回腸・結腸の内視鏡所見を肉眼レベルと顕微鏡レベルで検討している.結果として,発達障害児群の93%,コントロール群の29%でリンパ様結節性過形成がみられ,発達障害児群の88%およびコントロール群の5%に慢性腸炎の所見が観察されている.著者らは発達障害児が頻回に炎症性腸疾患の新しい異型(バリアント)を伴っていると結論し,この状態を「自閉症腸炎(autistic enterocolitis)」と呼んでいる.

腸と脳の間に関連があることは,現在では生理学および医学における基礎的見解として認識されており,その例としては,いろいろな神経学的疾患における消化管病変の存在が知られている.中枢神経系に関連した消化管病変出現の病態生理は不明であるが,おそらく同じ疾患プロセスが腸と脳に平行して存在する可能性や,どちらかの一次病変がもう片方の病変を結果として生じさせる可能性などが考えられる.自閉症における消化管機能異常の存在は,上記の理由で突拍子もない考えというわけではない.実際,これらの児でみられる症候のいくつかは,パーキンソン病のような中枢神経系の変性疾患の成人例で報告されている症候に非常に類似している.特に興味を引くのは,発達障害が炎症性腸疾患に関連しているかもしれないという示唆である.このような関連はどの程度密接な関連なのであろうか?この質問に的確に答えるには,この研究報告の情報だけでは不十分である.リンパ様結節性過形成との関連に関しては,この所見が真の異常を反映しているのかどうかさえ明らかでなく,発達障害児群とコントロール群の間の年齢の中間値における差も存在している.また,真のコントロール集団を選んでいるのかという小児科研究において偏在する問題に直面している.コントロール群は,実際炎症性腸疾患でないと結論されたわけであるが,検査に至る理由としての腸症候を呈した集団であり,完全な比較対照ではない.また,リンパ様結節性過形成は感染や免疫不全や便秘に付随した2次的な現象である可能性もある.報告された回腸生検における組織学的所見は,臨床情報などをブラインドにして3人の病理学者が検討しており,反応性小胞過形成,リンパ組織の著明拡大,急性腺窩炎などの所見が共通して挙げられ,回腸炎,好酸球浸潤,上皮内リンパ球の増加などの所見は例外的である.腸においては,生検所見は潰瘍性大腸炎に罹患している児にみられるような所見であるが,その程度は軽い.おそらくこの所見は,成人にみられるリンパ球性腸炎を連想させるような所見であろう.自閉症とグルテン不耐症との関連が示唆されているが,面白いことに,成人例のセリアック病でも結腸の炎症が報告されている.

これらの所見はまた,用心して解釈する必要がある.特に,この症例は高度に選別されたシリーズであることを念頭に置くべきである.対象児は高度に専門化されたセンターに紹介されており,消化管症候が存在することを基盤にして精密検査のために選別された集団である.その他の発達障害児はもちろん腸の症候がない自閉症児を含んだ適切な研究が行われるまでは,これらの所見が一般の自閉症児にも共通してみられると推論することはできない.実際,イギリスの医学研究会議の研究戦略開発部会は最近,「autistic enterocolitis」の存在は証明されていないと結論している.とにかくこれらの消化管所見と神経発達障害である自閉症の関連の質を同定するための十分な証拠は存在しないのである.現時点では,特に,自閉症において炎症を起こしている腸と脳の間の直接的な関連も間接的な関連(消化管透過性変化と脳の関連など)も確定する証拠は不十分である.我々は,特に,必要な証拠なしに因果関係を予想する誘惑に負けてはならない.証拠を伴わない予測は,偽りの希望とさらなる重荷を既にかなりの重荷を背負っている家族に負わせることになる.さらに,現時点では,このような所見の有無がこの悲惨な障害の表出や進行に影響を与えることを示唆する証拠も存在しない.また,このような所見に基づく治療が,この発達障害や関連する消化管症候を改善させ得るかどうかも示唆されたわけではない.ゆえに,その他に適応となる状態が合併しないかぎり,回腸・結腸内視鏡検査は自閉症においては研究目的の手段にすぎない.

Wakefieldらが,腸-脳関連の広範なスペクトルにもう一つのウインドウを開けた功績は称えられるべきである.彼らの所見はたくさんの魅力的な難問を生みだし,その難問はこの分野においてさらに慎重な研究の必要性を生じせしめるであろう.

「我々は,特に,必要な証拠なしに因果関係を予想する誘惑に負けてはならない.証拠を伴わない予測は,偽りの希望とさらなる重荷を既にかなりの重荷を背負っている家族に負わせることになる」と述べられておりますが,まさにそのような状況であると考えます.


文献
1. Iizuka M, et al. The MMR question. Lancet 356: 160, 2000.
2. O'Leary JJ, Uhlmann V, Wakefield AJ. Measles virus and autism. Lancet 356: 772, 2000.
3. Wakefield AJ, Anthony A, Murch SH, et al. Enterocolitis in children with developmental disorders. Am J Gastroenterol 95: 2285-2295, 2000.
4. Quigley EMM. Autism and the gastrointestinal tract. Am J Gastroenterol 95: 2154-2156, 2000.


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