Detection and sequencing of measles virus from peripheral mononuclear cells from patients with inflammatory bowel disease and autism

Kawashima H, et al. Digestive Diseases and Science 45: 723-729, 2000

 

炎症性腸疾患と自閉症を持つ患者の末梢血単核細胞からの麻疹ウイルスの検出と塩基配列解析

 

麻疹ウイルスが,クローン病の患者の腸に存在することが示唆されている.加えて,発達退行と消化管症状を伴った自閉症児(自閉症腸炎:autistic enterocolitis)が,新しい疾患概念として報告された.このような症例(autistic enterocolitis)の中には,MMRワクチンの接種直後に発症した例が存在する.このような患者から麻疹ウイルスが検出された場合,それが野生株であるのか,それともワクチン株であるのかはこれまで検討されていない.我々は,クローン病の患者8人,潰瘍性大腸炎の患者3人,発達退行と消化管症状を伴う自閉症児9人の末梢血単核細胞から麻疹のゲノムRNAの検出を試み,野生株なのかワクチン株なのかを検討した.コントロールとしては,健常児とSSPE患者,SLE患者,HIV-1感染者など計8例を同じように検討した.末梢血単核細胞よりFicoll-paque法によりRNAを抽出し,逆転写酵素によりcDNAを得,nested PCR法にて麻疹ウイルスのH(hemagglutinin)領域と,F(fusion)領域を特異的に増やした.陽性サンプルは直接法で塩基配列解析を行った.クローン病では8例中1人,潰瘍性大腸炎では3人中1人,自閉症児では9例中3人が陽性で,コントロールは全て陰性であった.クローン病患者の麻疹ウイルスsequenceは野生株に一致し,潰瘍性大腸炎と自閉症児から得られたsequenceはワクチン株に一致した.この結果はそれぞれの患者の麻疹ウイルス暴露歴に矛盾しないものであり,慢性の腸炎の一部の患者において,麻疹ウイルスの持続性感染が確認されたことになる.

 

nested PCR:最初に外側のプライマーペアでPCRをし,その後内側のプライマーペアで2回目のPCRをする方法.非常に感度が高い.

直接法:塩基配列解析には,クローニング後に検査する関節法と,クローニングのステップを必要としない直説法がある.

 

最近,クローン病の患者の腸組織から,麻疹ウイルスが検出される可能性が報告され,非典型的な麻疹ウイルス感染とその後の炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎を含む)の関連が提案された.加えて,自閉症にいたる発達退行と慢性腸炎および免疫不全を特徴とする新しい疾患概念が提唱されている.そのような自閉症児の多くでは,行動上の問題はMMRワクチン接種直後に出現している.

以前に報告されたRT-PCR法による検討では,クローン病患者の腸組織からは麻疹ウイルスRNAは検出されていない.我々は以前,自己免疫性肝炎の成人および小児の末梢血リンパ球から,麻疹ウイルスゲノムRNAを検出し,H遺伝子部位においてはワクチン株と野生株で遺伝子配列が異なることを報告した.同じ方法を応用し,クローン病,潰瘍性大腸炎,発達退行と消化管症状を伴った自閉症児(autistic enterocolitis)の患者の末梢血単核細胞中の麻疹ウイルスゲノムのHおよびF領域の遺伝子配列を検討した.

 

autistic enterocolitis:Wakefieldらが提唱した疾患概念.

対象と方法

炎症性腸疾患の患者は,クローン病が8例(18−34歳)で,そのうち3例は日本人で5例はイギリスの症例,潰瘍性大腸炎が3例(15−31歳)で,そのうち1例は日本人で2例はイギリスの症例であった.発達退行と消化管症状を伴った自閉症児(autistic enterocolitis)は9例で,回腸結腸カメラと組織所見で診断されたイギリスからの症例である(3−10歳).自閉症児9人は他の論文で報告された症例であり,回腸のリンパ結節性過形成と非特異的腸炎の所見を有している.22人の健常コントロールと,HIV-1感染者2名,SLE患者4人も同様に検討した.

RT-PCRと直接塩基配列検査は以下のように行った.患者および健常コントロールからの末梢血単核細胞は,Ficoll-paque濃度差遠心法にて5mlの血液から分離された.洗浄後,Chomczynskiらが報告したように,guanidinium-thiocyanate-phenol-chloroform法でRNAが抽出された.RT-PCRと直接塩基配列検査はNakayamaらが報告した方法と同様に行われた.AMV逆転写酵素によるF領域とH領域のcDNA合成は,MF1と呼ばれる特異的なアダプタープライマーを使用した.nested PCRの第一および第二増幅反応は,以前報告したように行った.オリゴヌクレオチドプライマーのデザインは図1に示す.全てのオリゴヌクレオチドプライマーは,Moriが報告したAIKC株の塩基配列を参考にして合成した.cDNAのPCRによる増幅はPerkin-Elmer社のDNAサーマルサイクラーで行った.増幅産物はNuSeiveの3:1アガロースを使い,電気泳動で分離し,ethidium bromideで染色した.特異性を確認し,分離できた株の特徴を同定するために,Taq Dye Primer Cycle Sequencing Kitを使って直接法でPCR産物の塩基配列検査を行い,model 373 sequencer(自動塩基配列解析装置)で解析した.

 

末梢血単核細胞:主にリンパ球.単球も含まれる.

cDNA:RNAをテンプレートにして逆転者酵素で合成したDNA鎖.

オリゴヌクレオチドプライマー:単鎖の塩基配列で,PCRなどのプライマーの場合は長さがだいたい20個程度.特異的なプローブにする場合は10個程度.通常は自動合成装置で作る.

ethidium bromide:DNAと反応すると紫外線を当てたときに蛍光を発する.発癌性のある物質.

 

図1.RT-PCR用のプリマーのデザイン.

 

結果

末梢血単核細胞から得られた(麻疹ウイルス)H遺伝子の塩基配列は表1に示す.H領域についてはRT-PCRで,クローン病で1例(31歳日本人男性で8歳の時麻疹罹患),潰瘍性大腸炎で同じく1例(24歳日本人女性,1歳時にワクチン接種)が陽性であった.自閉症児では3人が陽性であった.SSPE患者については,4例のイギリス人症例と2例の日本人症例からの全脳組織サンプルで陽性であったが(表4,原文では表1となっている),他のSSPE患者の末梢血単核細胞での検討では陰性であった.健常コントロールとその他の疾患コントロールでは,全て陰性.野生株の塩基配列はNakayamaらの報告したデータを使った.クローン病患者から検出されたH領域遺伝子配列は野生株の特徴を示した.潰瘍性大腸炎と自閉症例から検出された遺伝子配列(H領域)はワクチン株の特徴により一致していた(表1).これらの結果は,患者の暴露歴に一致する.クローン病患者からのF領域遺伝子配列によると,この株は1985年以後に日本で流行した孤発発症株に分類される.

SSPEからの分離株の塩基配列との,H療育に関する比較は表4に示す.H領域については,炎症性腸炎とSSPEの両者に共通する特徴的差異は見いだせなかった.炎症性腸疾患から得られた第一コーディング領域と,SSPEの同領域の比較は表5に示す.F領域の第一コーディング領域には,二つの開始コドン(ATG)が存在する.我々はクローン病の患者から得られた塩基配列データのこの領域を,ワクチン株,野生株,SSPE株のそれと比較した.F領域に存在する開始コドンは,ワクチン株とSSPE検出株では二つとも存在するが(フレームは同じ),クローン病株では一つが点変異により開始コドンでなくなっていた.

表1.炎症性腸疾患患者から得られた陽性サンプルの塩基配列データ

麻疹ウイルスH領域のMCS:majority consequences sequence(より多くの分離株で共通する配列)は,全ての野生株とワクチン株の配列を使用(GenEMBL).

 

表2.炎症性腸疾患患者の陽性サンプルからの塩基配列データと,ワクチン株および孤発発症株との比較.

麻疹ウイルスH領域のMCS:majority consequences sequence(より多くの分離株で共通する配列)は,全ての野生株とワクチン株の配列を使用(GenEMBL).

 

表3.クローン病患者からのF領域塩基配列データと,ワクチン株および孤発発症株との比較.

 

表4.炎症性腸疾患患者の陽性サンプルから得られた塩基配列データと,SSPE株との比較

麻疹ウイルスH領域のMCS:majority consequences sequence(より多くの分離株で共通する配列)は,全ての野生株とワクチン株の配列を使用(GenEMBL).

 

表5.クローン病患者から得られたF遺伝子コーディング領域塩基配列と,ワクチン株,孤発発症野生株,そしてSSPE株との比較

 

考察

今回の研究で,慢性腸炎の患者の何人かにおいて,末梢血における麻疹ウイルスの持続性感染が確認された.ワクチン株でも孤発(野生)株でもこの持続感染は起こり得る.これまでの報告では,クローン病においてはRT-PCR法で麻疹ウイルスは検出れていない.これらの多くは,麻疹ウイルスのN領域を検討しており,我々もN領域も検討したが,全ての検体で陰性であった(データーは省略).この理由は不明であるが,SSPEで報告されているように,たくさんの異なる変異ウイルスが持続感染を起こしている可能性がある.

我々は以前自己免疫性肝炎と難治性のてんかん患者の末梢血単核球から麻疹ゲノムRNAを,持続感染として検出した.他の自己免疫疾患においても末梢血単核細胞に麻疹ウイルスが検出されたことが報告されている.我々のデータからは,麻疹ウイルスが炎症性腸炎の原因であるかどうかは結論できないが,in vitroでの研究では,麻疹ウイルスの持続感染がMHCクラスIの表出を増強することが報告されており,持続感染細胞が自己免疫現象の標的となる可能性が示唆されている.加えて,人の培養細胞における麻疹ウイルスの持続感染はIL-6およびIFN-betaの産生を増加させることが報告されている.

本研究では,SSPE症例を含み,全ての持続感染株に共通する特異領域を検出することはできなかった.F領域は持続感染のプロセスに重要であることが示唆されており,我々はF領域の非コーディング部位からコーディング部位を検討した.ワクチン株においては,この領域には二つの開始コドンがみられ(同一フレーム),多くの野生株は一つだけであった.このことは,ワクチン株が野生株よりもDNA複製能が高いことを示唆する.しかし,クローン病患者から検出された塩基配列は,開始コドン一つのタイプであった.明らかに,慢性腸炎の患者における麻疹ウイルスの持続感染のメカニズムは複雑であり,今後の研究が待たれる.