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「腸炎に関連した後天性の自閉症?」に関する議論(1)
MMR・自閉症・腸炎(1)
1998年3月(追記4月)、伊地知信二/奈緒美

論文のコーナーに紹介しました報告(文献1)に,予想していたことですが,たくさんの意見が寄せられました(文献2).

(Lee J.W.らの意見)自閉症を含む発達障害と消化管疾患およびMMRワクチン(特に麻疹ワクチン)との関連を示唆したこの報告は,MMRワクチンの接種率を低下させる原因となることが危惧される.この12例からの結論には,母集団の選択やコントロールの設定や盲検法などのステップがなく,ワクチン接種の後にこれらの疾患が関連して起こったと結論する根拠が存在しない.引用文献に関しても,誤解を招く解釈が加えられている.

(Black D.らの意見)マスメディアは,この報告をこぞって取り上げたようであるが,この報告では医学的な証拠としての根拠が何も含まれていないにもかかわらず,社会的な影響が多大であること(ワクチン接種率が下がること)が問題である.このような臨床研究報告はなされるべきでない.

(Beale A.J.の意見)ランセット誌は,専門家やジャーナリストや患者から高く評価されており,そこに掲載される内容の信憑性は高いと信じられている.以前,百日咳ワクチンの副作用が話題となった時,親たちは子どものワクチン接種を拒否し,百日咳が流行し死亡者が増加した.また,多くのワクチン会社が,百日咳ワクチンの開発/製造に躊躇した.今回のランセット誌上のMMRワクチンの副作用の報告が同じような結果に結びつくようであれば,同誌は重い責任を負うべきである.

(O'Brien S.J.らの意見)麻疹ワクチンと炎症性腸疾患(クローン病/潰瘍大腸炎)の関係は,炎症性消化管疾患研究グループが話題にした後は,否定的な評価結果のみが報告されている.自閉症との関係についても,疫学的には,既に否定的な見解が出ている.にもかかわらず,この症例報告がMMRワクチンの副作用に対して過剰な不安を持つ親の増加に拍車をかけるのは明らかである.メディアはセンセーショナルな話題を競って報道し,その話題に対する正当で否定的な見解はあまり取り上げられない.従って,親はワクチンの副作用に関する議論の一方(副作用があるとする意見)だけを聞かされることになる.従って,研究者はメディアのこういった傾向に配慮し,波及する社会的な影響にも大きな責任を負うべきである.

(Payne C.とMason B.の意見)我々は,MMRワクチンと自閉症の関連が最初に話題になった後,スワンシー(イギリス)において1997年の夏に地域調査を行った.1990年以後に生まれた全ての子どものワクチン接種状況と自閉症との関連を検討した結果,この地区には18人の自閉症児がおり,その内16人(88.9%)がMMRワクチンを接種しており,対象者全員の接種率(95.3%)よりもむしろ低く,統計的な有意差はなかった.この論文で提示された可能性を早急に確認するには,同様の調査を大規模に行う必要がある.

(Bedford H.らの意見)ランセット誌がこの科学的根拠を欠く論文を掲載したことは実に驚きであり,憂慮すべき事態である.

(Lindley K.J.とMilla P.の意見)この論文は,症例の母集団に明らかな偏りがあり,適切なコントロールスタディーを伴っていない.著者らが,MMRワクチンとこれらの疾患の関連を証明できるのであれば,早急に証明すべきである.また,著者らが証明できないのであれば,この論文の影響で子どもたちがさらされる健康被害(ワクチン接種率の低下と感染の増加)に対して責任を負うべきである.


著者の回答(Wakefield A.J.):我々の報告とそれに対する反響は,臨床医学と公衆衛生(public health)の相違をきわだたせた.臨床家は,自分の患者に対する責任があり,臨床研究者の責務は,患者や患者の親から提示された病歴から,病因に関する仮説を立てそれを検証することにある.この症例を重視する考え方は,明らかに公衆衛生の課題ではない.我々は,現時点で,親が「子どもは腸の症状があり,自閉症と関係しているのでは?」と訴える自閉症児を48例検討しており,このような訴えはこれまで取り上げられていなかった.この親たちの訴えのおかげで,我々は,発達障害に関連していると思われる新しい炎症性腸疾患を同定することができたのである.これらの症例で,多くの親がMMRワクチンの影響ではないかと心配しており,臨床家としてはこの示唆を無視することはできない.MMRワクチンの製品認可のための安全性検討は,わずかに3週間しか行われておらず不十分なのである.百日咳ワクチンの副作用の報告が,同ワクチンの接種率を下げたという事例については,その副作用が神経学的障害を残し,現在もなお,重い障害に苦しみ補償を受けている子どもが900人も存在することにもっと注目し反省すべきであって,不適切な安全性データや定説に基づいてワクチンが安全だと仮説することの方がワクチンに対する信頼を損なう原因になっているのである.

著者の回答(Murch S.ら):我々が論文の中で,共通する腸管粘膜の異常を持つ自閉症児の存在を明らかにした点は,議論の中では触れられていない.我々は,さらに新しい知見が得られない限り,予防接種に関する現在の方針に反対するものではない.メディアの反応は実際はかなり偏りのないもので,一方的に予防接種を否定するような報道はみられていない.我々は,この論文は報告すべきであったと現在でも確信している.その第一の理由は,自閉症児50人中47人(90%以上)が腸管粘膜の異常を呈しているという事実である.多くの症例でみられる類リンパ過形成の所見では,免疫抑制状態の児にみられる同病変よりも著明なKi67陽性細胞の増殖がその胚中心に出現している.通常は免疫抑制状態が軽微な子どもでは,このような所見はみられない.第二の理由は,報告した症例の中の数人で,消化管症状(難治性便秘)に対する治療で行動上の改善がみられたという事実である.

ランセット誌編集者の回答(Horton R.):ランセット誌は,これまで,大衆の不安をむやみに煽るような記事に関しては批判的であった.今回,本誌は,批判的コメント(文献3)と共にこの症例報告を掲載し,研究者と編集者と公衆衛生にかかわる人々が,科学的に偏りのない慎重な方法で新しい知見を提示するために,いかに協力できるかということの例を提供したことになる.本論文をコメント付きで掲載すべきと考えた根拠に今でも疑問は全くなく,オリジナリティーも話題性も共に高い.もし掲載しなかったならば,親はMMRワクチンの副作用に配慮しなくなってしまう.最近の新型クロイツフェルト-ヤコブ病の話題も,完全な情報の開示がより理想的であることを示している.我々は,この記事をジャーナリストへの週報には含まないことを選択し,ロイヤルフリー病院での2月26日の記者会見での,本論文の簡単な内容発表の援助だけは行った.MMRワクチンが安全であるとする反対意見も,この席で同時に発表された.メディアの反応は次のとおりである.イギリスでの報道は読者に慎重な解釈を勧め,タイム誌は麻疹ワクチンの利点をまとめた表を掲載し,インディペンデント誌は予防接種を継続するようにフロントページで親に呼びかけた.ガーディアン誌は,「報告しても非難され,報告しなくても非難される」とヘッドラインに記載している.いずれにしても,接種率への影響や結果は今後の問題であり,また,他の施設での,あるいはより大きい規模での検討が至急行われるべきである.


追記(Fombonne E.のレター/文献4):Maudsley病院(London)青少年精神科サービスの1973年から1991年のデータベース(8889人)では,Crohn病が2人いて,2人とも自閉症ではなかった.MMRワクチンを接種した自閉症児(201人)には腸疾患はみとめられなかった.潰瘍性大腸炎の患者はゼロ.フランスでの325347人の児童の中に174人の自閉症児がおり,Crohn病と潰瘍性大腸炎が一人づついたが,2人とも自閉症ではなかった.これらの結果は,自閉症と炎症性腸疾患の関連を支持しない.


文献
1. Wakefield AJ, et al. Ileal-lymphoid-nodular hyperplasia, nonspecific colitis, and pervasive developmental disorder in children. Lancet 351: 637-641, 1998.
2. Correspondence. Autism, inflammatory bowel disease, and MMR vaccine. Lancet 351: 905-909, 1998.
3. Chen RT and DeStefano F. Vaccine adverse events: causal or coincidental? Lancet 351: 611-612, 1998.
4. Fombonne E. Inflammatory bowel disease and autism. Lancet 351: 955, 1998.


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