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Baron-Cohen先生の極端男性脳説

2001年10月,伊地知信二・奈緒美

Baron-Cohen先生の「自閉症極端男性脳説」を紹介します.ここで紹介するのは,1999年MITから出版された「Neurodevelopmental Disorders」という本の中に載せられたものです(文献1).最初の発表は1997年で,その後Baron-Cohen先生は学会やいろいろなメディアを通じてこの説を精力的に発表しておられるようです.既にインターネット上では日本でも話題となっておりご存知の方もおられると思います(掲載が遅れましてごめんなさい).「男女の認知能力の差異研究をもとに,folk physics(現象の物理的把握)が優位な脳を男性脳,folk psychology(現象の心理的把握)が優位な脳を女性脳と定義したとき,自閉症はfolk physicsがfolk psychologyに比べてかけ離れて優位である極端男性脳である」という説を多くのエビデンスをレビューして論証しています.この説は,すべての個人は女性脳から男性脳の連続体上にあり自閉症がその極端なところに位置する,つまり自閉症者は健常者と同じ連続体上にあるという重要なスタンスを基盤としています.自閉症者の苦手な面だけでなく,才能を説明する上でも非常に興味深い理論です.関連する論文のひとつ(文献2)は,「自閉症者のこだわり」として論文のコーナーに掲載済みです.

 (以下はBaron-Cohen先生の文章:文献1の後半の概訳です) 

自閉症の男性脳理論

脳発達の新しいモデルは,我々が自閉症に関して理解してきたこととかなり関連を持っている.このモデルは,(精神測定的に定義される)“男性脳”の存在に依存している.この主張の関連背景は,認知における性差研究の長い歴史に基づいている.

(男性と女性の認知の違い)
キーとなる発見のいくつかは,女性が次の領域で男性に優っているとしている.  

対照的に,男性は次の領域で女性に優っている. (出生前の男性脳と女性脳の決定)
受精後,胎児においては細胞分化が進んでいく.男性胎児では,XY遺伝子型が睾丸の発達をコントロールし,およそ胎生8週では,睾丸が形成されるだけでなく,テストステロンの放出を誘導する.テストステロンは,胎児の脳発達に影響し,そのために生まれつき男女の違いは明白なのだとされている.ラットでは,“雄性化”効果の時期は,テストステロン放出の決定的あるいはセンシティブな期間である胎生およそ17日と出生後8日から10日に限られている.生まれた時,人の女の赤ちゃんは,顔,声のような社会的な刺激に,より長く注意を向け,一方,男の赤ちゃんは,動くもの(mobiles)のような社会的でない空間的刺激に注意をより長く向ける.出生前のテストステロンのレベル(羊水穿刺による)から,7歳時の空間能力を予測することができる(Grimshaw et al.,1995).一つ示唆されることは,胎生期のこの時期のテストステロンの放出が脳発達の局面を決定し,その結果,男性脳タイプか女性脳タイプかが決まるという可能性である.

(男性脳と女性脳を定義する)
前述のエビデンスにより,胎生期に内分泌因子が,脳を“男性脳タイプ”か“女性脳タイプ”かに形成するという見解を示した.女性脳タイプは,“folk psychology(現象の心理的把握)”に関してより多く発達していて,“folk physics(現象の物理的把握)”に関しての発達がより少ない.

Folk psychologyは,概して“心を読むこと”であり,folk physicsは,概して物理的対象物を理解すること(これには,機械,建設,数学,空間のスキルが含まれる)である.我々のモデルでは便宜上,男性脳タイプをfolk physicsスキルが社会的folk psychologyスキルよりも優っている人たちと定義する.つまり,彼らは,folk physicsの方がfolk psychologyよりも優位である解離を示す(folk physics>folk psychology).これは,染色体による性別には関係しない.同様に,我々は,女性脳タイプをfolk psychologyスキルが空間的folk physicsスキルよりも優っている人たち(彼らは,folk psychology>folk physics 解離を示す)と定義し,そして,これもその人の性別には関係しない.明らかに,このことは,他の人たちの中にはには,男性脳タイプでも女性脳タイプでもない人たち,つまりfolk psychologyスキルと folk physicsスキルがだいたい同じ人たちがいるであろうことを示唆する.われわれは,この第三の可能性を認知的にバランスのとれた脳タイプと呼ぶ.自閉症とアスペルガー症候群は,ほぼ間違いなく,男性脳タイプの極端型である.つまりfolk physics>folk psychology 解離が普通の男性脳タイプよりもさらに大きいのである.これらの脳タイプを表にまとめる. 

脳タイプ 認知プロフィール
認知的バランスのとれた脳

正常女性脳

正常男性脳

アスペルガー症候群

自閉症

Folk physics=folk psychology

Folk physics<folk psychology

Folk physics>folk psychology

Folk physics>>folk psychology

Folk physics>>>folk psychology

(男性脳と女性脳の神経物質)
正確にどの構造がこの二つの脳のタイプを区別しているのかは,依然論議を呼んでいる.Kimura(1992)は,大脳の左右機能分化に違いがあるというエビデンスをレビューした.特に,生まれる時,人間の男胎児の右大脳半球皮質は,左半球皮質より厚いというエビデンスをレビューしている.いくつかの報告はまた,女性では脳梁がより大きいことを示しているが,これには異論もある.Hines(1990)は,13の研究をレビューし,女性の脳梁は男性より大きく,このことが,(よりよい半球間情報移送機能として)女性の言葉の流暢さでの優位の原因になっているであろうと結論している.

最後に,folk physicsの空間能力などの局面は,ホルモンの変化によって影響を受けているとエビデンスは示唆している.例えば,出生前のアンドロゲンへの暴露は,人間の女性や他の種のメスの空間的課題の成績を上げるし,ラットの去勢は,空間的能力を減じる.神経内分泌のエビデンスは,男性脳タイプか女性脳タイプかは,神経発達の重要な期間に循環している男性ホルモンか女性ホルモンのレベルの作用の結果であるという概念と矛盾はないであろう.

神経認知的性差の考察には,大脳の左右機能分化についての多数の文献を調べなければならない.GeschwindとGalaburd(1987)のよく知られたモデルでは,“標準的優位パターン”の存在を仮定している(言語と利き手への強い左半球優位,視空間能力のような非言語的機能への強い右半球優位).彼らのモデルからは,胎生期のテストステロンのレベル上昇が優位脳のこの標準パターンを押し退けて,“変則”パターンにしていくことが予測される.彼らのモデルは,多くの見地で批評されているが,確かに,大脳の左右機能分化と性と利き手の間に重要な関連性があることは明らかになりつつある.

健常ポピュレーションにおいて,右利きの人の95%は左半球に言語機能があり(dichotic listening taskにより評価),右脳にあるのは稀(約5%)である.左利きの人では,右半球に言語機能があることが右利きに比べると多い(約25%).Bryden(1988)は,広大なレビュー論文の中で,左利きの人では脳の左右機能分化が減じられていると結論している(例えば,彼らは,右利きの人たちに比べて,右か左かの耳や視野への刺激に対する反応速度において,左右の違いがより小さかった).つまり,dichotic listening (verbal) tasksにおいて,右利きの人の82%が右耳優位だったのに対し,左利きの人は62%だけが右耳優位を示した.男性対象者の左利きの率は,女性対象者よりもずっと高い.Brydenが同じデータを性により分析したところ,男性の81%,女性は74%だけが,右耳優位を示すことを見出した。彼は,一般的に,女性対象者は,男性対象者に比して,認知能力の両側構造を持つことがより多いのだと結論している.Hines(1990)は,同じ考えを異なった表現で表した:左半球優位の度合いは,女性対象者に比して,男性でより大きい.

左右脳機能分化とfolk physics(現象の物理的把握)との関連については,Benbow(1986)が,子供で,左利きの子達が,数学的才能に恵まれている率が高いと報告している.HasslerとGupta(1993)は,左利きの人達は,音楽的才能の測定でより高い点を取ることを発見し,また(追加実験で)右耳優位である場合は少なくなっていることを示した.加えて,CranbergとAlbert(1988)は,ハイレベルな男性のチェスプレイヤーには,右利きでない人が高率であることを報告している.RosenblattとWinner(1988)は,卓越した絵画能力を持つ子供達には,左利きや両手利きが,非常に高率であることを見出している.KimuraとD’Amico(1989)は,右利きでない大学の科学の学生達は,右利きのコントロール群に比して,より高い空間能力を持つことを見出した.Sandersらは,(1982)家族研究において,左利きの男性群は,右利きの男性群よりも,空間課題における得点がより高いことを見出した(左利き女性群は,右利き女性群よりも得点が低かったが).実際,左利きが高率に見られるのは,視空間的芸術,建築,エンジニアリングなどの仕事においてであり,それらは,folk physics のすべての面を含んでいる.利き手がどちらかについては,強い家族性があると報告されている.

従って,前述のレビューは,男性脳タイプは,性と左右脳機能分化の間の複雑な相互作用を要因としているであろうことを示唆する.Halpern(1992)は,このことのいくつかのエビデンスをまとめている.右利きの男性対象者は,左利き男性対象者に比して,空間のテストにおいてより成績が良く,言葉のテストでより成績が悪い.右利きの女性対象者は,左利き女性に比して,空間のテストでより成績が悪く,言葉のテストでより成績が良い.このエビデンスは,これらの二つの変数の重要性を指摘するが,これらの異なる脳タイプの脳の基本についての最終的な結論を困難にもしている. 

極端男性脳説に関して自閉症が示すエビデンス 

自閉症の極端男性脳理論に関し,自閉症からのエビデンスのいくつかを列挙する.以下に見られるように,このエビデンスは,大部分は極端男性脳説に矛盾しないが,少なくとも一つのエビデンスは,これに問題を投げかけている. 

(男性脳理論に矛盾しない点)
自閉症からのあるエビデンスは,男性脳理論に矛盾しない.例えば,健常男性対象者は,健常女性対象者に比して,空間課題において優れているし,自閉症やアスペルガー症候群の人たちは,隠し絵課題などのような空間課題において,さらにより優れている.自閉症やアスペルガー症候群の性比は,圧倒的に男性が多く.また,健常男性対象者は,健常女性対象者よりも言葉の発達が遅いが,自閉症児では,言葉の発達がさらにより遅れている.

健常男性は,健常女性よりも社会的な発達が遅いが,自閉症者は,社会的発達がさらに遅れている.加えて,健常女性対象者は,男性対象者よりも,心を読む課題で優れているが,自閉症やアスペルガー症候群の人たちは,心を読むことに関して,シビアに損なわれている.

自閉症やアスペルガー症候群の子供達の親(彼らの子供の遺伝子型を共有すると想定することができる)たちもまた,優れた空間能力を示し,心を読むことにおいては比較的劣っている(つまり明らかな男性脳タイプである).健常男性は,健常女性に比して,より小さい脳梁をもつ.そして,自閉症やアスペルガー症候群の人たちにおいては,脳梁はさらに小さい.

左利きは,男性対象者で女性よりもよくみられ,自閉症やアスペルガー症候群の人たちにおいては,左利きの率が上がっている.Feinらは(1984),自閉症者では左利きの率は18%としている.Satzら(1985)やSoperら(1986)も,とても類似した所見を見出し,彼らの自閉症対象者の22%は左利きであった.

健常ポピュレーションにおいて男性脳は女性脳よりも重いが,自閉症者の脳は健常男性対象者の脳よりもさらに重い.健常ポピュレーションにおいて,数学的,機械的,空間的職業では,男性が女性よりも多く見られる.自閉症やアスペルガー症候群の子供たちの親は,そういった職業についている人たちがとても多い.これらの職業はすべて優れたfolk physics(現象の物理的把握)を必要とするが,同程度に発達したfolk psychological skills(現象の心理的把握スキル)は必ずしも必要でない.

(男性脳説との矛盾)
自閉症からのいくつかのエビデンスは,男性脳理論との矛盾を生ずる.男性は女性よりも強く大脳左右機能分化されているので,自閉症者は強い左右機能分化を示すべきである. dichotic listening tasksや聴覚誘発電位を用いた左右機能分化を見る研究では,自閉症は異常を呈するが,男性脳説から予測される結果とは逆である.PriorとBradshaw (1979)は,自閉症児は,健常コントロールとは違って,dichotic listening tasksで,はっきりした右耳優位を示さないことを見出した.また,Dawsonらは(1986),健常コントロールと違って,自閉症児はauditory speech(聴覚会話)への誘発反応(脳波)が非対称を示さないことを見出した.最近の関連研究では,SPECT神経画像検査で,自閉症は,健常者に見られる半球非対称性を欠いていると報告されている.Statzらは(1985),自閉症児は健常児に比べて,左右機能分化(偏在)は弱いと結論している.このことは,自閉症の極端男性脳理論と矛盾する.しかしながら,この矛盾は,これらの研究が,自閉症に著しい言語遅滞のある子供たちの言語についての左右脳機能偏在を見ているから生じているのかもしれない.“pureな”自閉症やアスペルガー症候群の症例で,極端男性脳理論をさらにテストするために,空間能力の大脳左右機能偏在を調べることは興味深い研究である.

結語:男性脳タイプと女性脳タイプの連続体

前述のモデルが含む重要な仮説は,すべての個人は,男性脳タイプと女性脳タイプと見なされる連続体上にあるということである.前述したように,個々人の中には,folk physicsとfolk psychologyが同等の人たちがいて,認知的にバランスがとれている(cognitively balanced)と我々は呼んでいる.彼らは,folk physicsとfolk psychologyの解離を見せない.他の人たちの中には,folk psychologyよりもfolk physicsが得意な人たちがいる;これは,男性脳タイプに該当する.男性脳タイプの中で,この解離をわずかに示すのを健常男性脳タイプ,これより少し大きく解離している場合をアスペルガー症候群傾向,著しく解離している場合が明らかなアスペルガー症候群,また極端に解離している場合が古典的自閉症なのであろう.このようなモデルは,Wing(1998)の健常ポピュレーションを含む連続体の極端例が自閉症であるとする重要な見解を網羅している.ここでレビューした仕事は,予備段階ではあるが,計量心理学的に定義された男性脳,女性脳の概念のための示唆的なエビデンスである.前述の心理学的研究は,自閉症は(アスペルガー症候群を含めて),男性脳の極端な形式であるという主張に矛盾しない.現時点で,このようなモデルの神経生物学的基盤は,依然として不明確である. 


文献 

1. Baron-Cohen S. The extreme male-brain theory of autism. In "Neurodevelopmental Disorders" ed. by Tager-Flusberg H. The MIT Press, Cambridge, 1999, pp402-429.

2. Baron-Cohen S & Wheelwright S. 'Obsessions' in children with autism or Asperger syndrome: content analysis in terms of core domains of cognition. Br J Psychiat 175: 484-490, 1999.


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