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遺伝性・家族歴・親の性格など

1997年6月、伊地知信二/奈緒美

最近,遺伝性についてのご質問が多いので,基本的なことと最近の報告をまとめてみようと思います.自閉症と健常者の間に,はっきり境界線をひくことはできないのですから(文献1,2),以下は全てある診断基準を満たしたケースについての報告です.また,自閉症の病因が単一でないことで,多くの疑問を説明しようとする傾向がありますが,ここではあえて特殊なケースについては触れずに一般的な考え方について述べます.

ある統計では,自閉症者を兄弟に持つ人が自閉症である確率は,通常の50倍になると言われています(文献3).双子(双生児)についての検討では,一卵性双生児例の60%が二人とも自閉症児であるのに対し,二卵性の例では二人とも自閉症であることは少ないという結果がでています(文献4).これらの事実が,自閉症の遺伝素因の存在を強く示唆しているわけですが,逆に考えると,遺伝素因が全く同じであるはずの一卵性双生児例の場合,その40%は片方が自閉症でないということは,「遺伝素因が全てを決定しているのではない」ということの決定的な証拠でもあります.また,自閉症者が一万人あたり5人から10人いるとすると,自閉症発端者の兄弟一万人の中には250人から500人の自閉症者がいるわけですが(50倍),ひとつの家族で考えれば20人子供が生まれた場合やっと二人目の自閉症者がいるかいないかというレベルの話です.

(家族歴について)
自閉症児の親で自閉症者(あるいはアスペルガー症候群)という人の話はたまに耳にしますが,少ないようで統計的データもほとんどありません.自閉症児の兄弟が自閉症である率は先に述べました程度で%にしますと3%から5%というのが一般的のようです(通常の頻度の約50倍).親や兄弟に,不安障害や情緒障害やアルコール依存などが多い傾向があるという指摘もありますが(文献5),はっきりしたものではないようです(文献6).自閉症者のおじいさん・おばあさん・おじ・おば・いとこに関する家族歴調査では,母親側の家系内に0.4%の自閉症の特徴を持つ親族が存在することが報告されています(通常の頻度の約10倍)(文献6).また,母親側の家系内に発語が遅かった人が多い傾向が指摘されています(文献6).

(家族の性格)
自閉症の診断基準を満たさないまでも,何らかの自閉症的傾向が家系内に存在するかどうかの検討も最近行われています.親の場合は,親密な友達が持てない(文献6),打ち解けない性格,機転がきかない,内気だ(文献7)などの傾向がみられるようです.また,自閉症児の親には,計画性に乏しく,集中力に柔軟性がない人が多いとも言われており,この傾向は特に父親でよりはっきりしているとのことです(文献8).逆に,自閉症者の家系内では,読み書きや算数が不得意だった人がコントロール群に比べて少ない傾向や,養護学校をでた人がむしろ少ないという報告もあります(文献6).記憶力に関しては,自閉症や学習障害児の親の方が健常児の親よりも優れているという報告もあり(文献8),カナーが最初に報告したケースのほとんどの親が知識人であったことの背景を示唆しているようにも思えます.自閉症女児例の家族における言語能力の検討では,ダウン症の家族と比較して,男の兄弟において低いスコアがでる傾向があるとのことです(文献9).

(家族内重複例における検討)
遺伝的背景に関する情報を少しでもはっきりとした形で得ようとする努力の中に,家族内に2人以上の自閉症者が存在する家系だけを集めた研究があります.兄弟で自閉症の場合,その障害の程度は,重症である兄弟は二人とも重症で軽症である兄弟は二人とも軽症である傾向が指摘されていますが,自閉症でない兄弟のIQや適応性は兄または弟である自閉症児の障害の程度との相関は低いとのことです(文献10).一方,家族内重複例では,自閉症の診断基準を満たさない子供でも儀式的行動や相手の表情を読み取る能力において自閉症的傾向が見られたとする報告もあります(文献11).兄弟例家族では,その両親も祖父母もいとこやおじさんおばさんも社会性やこだわりに関して自閉症的傾向があり,社会性に関しては父親でより自閉症的傾向が強いという指摘もみられます(文献12).

(まとめ)
自閉症の遺伝素因については,X染色体上の遺伝子(母親からの遺伝)が注目されていますが,父親の自閉症的傾向の指摘がいくつかみられることも注目すべき事実であると思います.このように難解な遺伝に関する議論の解決案として,異なる複数の遺伝形式の存在,多遺伝子性,遺伝素因と外因の両者の二重支配性,多病因性,素因発現のいき値説などの見解を耳にしますが,結論はでていないようです.男の子の方が3-5倍多いことも通常の遺伝形態では説明することができません(文献13).性格(パーソナリティ)の40%は遺伝に60%は環境により支配されているという指摘があります(文献14).通常の持続的な環境からの影響を頑固に拒絶するのが自閉症児の特徴のひとつですので,外因は子供の発達を自閉症の方向に向けてしまうエピソードには成りえても,自閉症児の数を増加させる持続的経験としての環境は存在しません.「自閉症とは男の子に多い特殊な性格のひとつである」と考えると,遺伝性に関する上記の事実のかなりの部分を説明することができるのかもしれません.


(文献)
1. Wing L: Autistic spectrum disorders: no evidence for or against an increase in prevalence. BMJ 312: 327-328, 1996.
2. Frith U: Social communication and its disorder in autism and Asperger syndrome. J Phsychopharmacol 10: 48-53, 1996.
3. Smalley SL, et al: Autism and genetics: a decade of research. Archives of General Psychiatry 45: 953-961, 1988.
4. Rutter M, et al: Autism: syndrome definition and possible genetic mechanisms, In: Nature, Nurture, and Psychology, ed. Plomin R and McClearn GE (Washington, DC: American Psychological Association, 1993): 269-284.
5. Abramson RK, et al: Biological liability in families with autism. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry 31: 370-371, 1992.
6. Szatmari P, et al: Parents and collateral relatives of children with pervasive developmental disorders: a family history study. Am J Med Genet 60: 282-289, 1995.
7. Piven J, et al: Personality characteristics of the parents of autistic individuals. Psychological Medicine: 24: 783-795, 1994.
8. Hughes C, et al: Executive function in parents of children with autism. Psychological Medicine 27: 209-220, 1997.
9. Plumet M-H, et al: Verbal skills in relatives of autistic females. Cortex 31, 723-733, 1995.
10. Szatmari P, et al: High phenotypic correlations among siblings with autism and pervasive developmental disorders. Am J Med Genet 67: 354-360, 1996.
11. Spiker D, et al: Genetics of autism: characteristics of affected and unaffected children from 37 multiplex families. Am J Med Genet 54: 27-35, 1994.
12. Piven J, et al: Broader autism phenotype: evidence from a family history study of multiple-incidence autism families. Am J Psychiatry 154: 185-190, 1997.
13. Jones MB, et al: Nonfamiliality of the sex ratio in autism. Am J Med Genetic 67: 499-500, 1996.
14. Steen RG: DNA and Destiny: Nature & Nurture in human behavior. Plenum, New York, 1996.


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