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暴かれた密室の錬金術
(自閉症者が分裂病と診断されていないか?)


1997年1月(1/28一部改正)、伊地知信二/奈緒美

NHK総合テレビのクローズアップ現代で,「暴かれた密室の錬金術」(追跡・精神病院巨額脱税事件)という番組がありました(平成9年1月21日夜9時30分).この番組では,院長が脱税で逮捕された長野県の栗田病院(精神科)の中で行われていた信じられないような事実が報道されました.患者に対する著しい人権侵害と不正医療がその内容です.ゲストの精神科で作家のなだいなだ氏は,30年前にはこのような精神病院がたくさんあったことを指摘し,また,最近見られる精神病院の開放化や患者支持組織のことを挙げて,このケースの背景には,法的な不正行為に加え医師の不勉強と患者家族への情報不足があると述べておられました.保健所が行う年に一度の監査では,この病院の不正は指摘されておらず,行政サイドの問題点も示唆されていましたが,同じようなひどい精神病院が全国的に存在しているのかとか,そこで行われていた診断や医療行為に問題があったかどうかは言及されておりませんでした.

長野県に前時代的なひどい精神病院がひとつあって,犯罪的な不正医療が行われていたという事実を,例外的な特殊なケースとして考えていいのでしょうか?なだいなだ氏が番組の中で言われたような患者の社会復帰のための職業訓練施設などは日本ではまだ少なく(大学の精神科の先生に聞きましたが,ここ鹿児島にはありません),そういう理想的な環境のほうがまだまだ例外的という見解も存在します.この問題の病院から退院した患者の中に,家族に受け入れられなかったり,社会復帰できなかったりして,再びもどって来ている患者がいることも放映されました.このことからも,患者排除の社会的な背景と中間施設的な患者の行き場が日本に絶対的に不足している現実を容易に想像することができます.

この番組を見て,以前から心配していたことを再び痛感しました.つまり,日本では,精神科患者の診断や医療行為にも不適切な場合が可能であり,例外的だとは思いますが,それが外部からは全く知りえない「密室」の中で未だに存在しているのではないかという心配です.

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日本の医療は,その高度な医療水準と,医療費の個人負担が比較的少ないことが長所として評価されています.しかし、医療システムの運営・管理上の問題点に加え,医療の質を監視するしくみの欠如や患者に対する配慮に欠けるという批判は,海外からばかりでなく,臨床に携わる私たち自身の日々の反省内容でもあります(文献1).近年,老人医療や障害者福祉および障害児教育の現場において「共に生きる」という理念が定着しつつありますが,日本の医療システムが持つひずみは,日本人社会が以前から持つ特有の問題点(患者排除の姿勢)とも絡み合って,患者や障害者の人権が踏みにじられ,患者が社会から排除されていても,健康で障害を持たない人々がそのことになかなか目をむけれないという現実の一因にもなっているようです.

近年話題になりました日本らい学会における改革は,この点における前進の先駆的例とも言えます.らい学会は,らい患者の強制隔離のためのらい予防法の主旨が,間違いであったことを認め,らい予防法は平成8年4月1日に廃止されたのです.1953年に現行法ができた時には,既に国際的にはらい患者の隔離が必要ないことは常識であったとのことです.つまり,隔離の必要がない患者を強制的に施設に閉じ込めて,社会から排除してしまうという構造的な犯罪とも言える行為が,当時のらい学会の専門医たちの無知と偏見により立法化され,実に半世紀の間是正されずに行われてきたのです.これは,私を含む日本の医師全員の過失と考えるべきで,我々日本の医師は国際的な視野の欠如を反省し,常識や既存の概念にとらわれてしまう体質を改善していかなければなりません.らい予防法は廃止されましたが,一番の問題点である,医療の質や現状を見直し監視するしくみが日本にはほとんどないことは,結局指摘さえされませんでした.一部の大御所たちが注目を集めている薬害エイズ問題も,医療に関する誤りや不正を指摘し是正する監視システムのような体制や,広い視野から医療をチェックし議論する気運がほんの少しでも私たち医師の間にあったなら回避できたのかもしれません.

アメリカとイギリスでは,1970年代から精神分裂病の誤診・過剰診断が話題となり,診断が的確であるかを常に審査する気運が存在しているようです(文献2).過去においてイギリスで行われた診断の再評価では,分裂病と誤診されていた患者の多くは,情緒障害や人格障害であったとの記述が見られます(文献2).ところで日本の場合はどうでしょう? 日本では,欧米であったような分裂病患者の診断の再評価のような動きが客観的に,あるいは,中立的な立場から行われたことは,少なくとも全国的な規模では無いようです.また,精神病院が持つ閉鎖性と不透明性は,程度の差はあれどの国でも共通する体質のように思えます(アメリカは例外かもしれません).患者の人権を尊重する姿勢が日本よりも具体化している国々でさえ,かなりの例の誤診や過剰診断が報告されているのに,日本だけが例外的ということはあり得ないはずです.つまり,誤診や過剰診断が日本の精神病院でも存在しているはずなのですが(頻度は不明です),それが潜在してしまって,チェックするシステムが存在しないという現状なのです.

次に,日本では発達障害者が容易に精神病院に強制隔離されてしまうことを示す,確認されている貴重な例を記載します.現行の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律は,昭和25年5月1日から施行されていますので,この事例は現在の法律が施行された年の7月8日に起こりました.山下清氏は,天才画家として知られる発達障害者ですが,単純記憶力に優れ,いろいろなことにこだわる性格や決まり文句を繰り返すことなど自閉症的な側面を持っており,少なくとも小児期にはDSM-IVの自閉症の診断基準を満たしております(参照:本のご紹介と読んで思ったこと/「山下清の放浪日記」:文献3).ある駅で,「大人になると,どしてきんたまに沢山毛が生えるのですか?」と質問しながら陰部を露出していた山下清氏は,警察を経て精神病院に強制的に入院させられています.日記によりますと,11月2日に精神病院から逃げ出す(脱走)まで約4ケ月の間,病院からは山下清氏の自宅への連絡もなされていなかったようです(文献3).法律によりますと,精神病院への入院は,本人の同意に基づく任意入院と,強制入院にあたる都道府県知事による入院措置の二つがあります(文献4).入院措置の場合は,診察した二人の指定医が,入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めた時だけですが,山下清氏の場合は,入院時の医師の診察もなかったようです(文献3).また,彼の場合は,軽犯罪法違反であることの説明を受けさえすれば,二度と同じようなことはしなかったでしょうからこの入院は違法であったと考えられます.この山下清氏のケースを,昔話として考えていいのでしょうか?社会的な背景や法的な環境は変わっていないのですし,テレビで報道されたような病院はいぜんとして存在しているわけですから,山下清氏が経験したような事例は現在でも起こりえると考える方が無理がないように思えるのです.

自閉症という概念は,その解釈の歴史的な変遷の中で,小児の分裂病として扱われた時期があるようですが,その場にそぐわない言動や独特なイマジネーションの世界などは,分裂病の幻覚症状や支離滅裂思考と外見的には判別が困難な場合が想定されます.また,恥ずかしいとか怖いとかの感情の発達が他の健常者と比べると遅れていたり過度に表面化したりする上に,利害関係や物理的な位置関係などの把握が独特で現実にそぐわない場合がありますので,山下清氏のように軽犯罪法違反を犯したり,周りの人にとって危険な行為を知らず知らずに行っていたりする可能性があります.従って,周囲の人や社会の,自閉症に対する理解が欠如していれば,自閉症者の一部が精神病院に隔離されてしまわないかという心配は容易に現実のものとなるのです.

情緒障害者や人格障害者と呼ばれる社会生活が苦手な人々のための居場所は,現在の日本では非常に少ないとすれば,そういう人々を分裂病と故意に誤診して入院させ,不必要な治療をしたり,そういう人々の家族関係や自殺企図などへのnegativeな配慮から分裂病という診断を使って措置入院(強制入院)させているようなケースが,現在の日本に一例もないと考えることは不可能です.

九州・山口地区自閉症研究協議会第19回福岡大会(平成6年)では,福岡大学医学部精神医学教室の本田啓二先生らにより,小児期より精神分裂病の診断(誤診)を受け,26年間の長期にわたり分裂病として入院生活を送らされてきた37歳の自閉症女性のケースが報告されました.彼女は10歳の時(昭和42年)から,分裂病の薬物療法や電気ショック療法を受けており,なんと平成5年9月まで分裂病という誤診のままで治療を受けていたのです.このような信じられない悲惨なケースが,今もどこかの精神病院に現存する可能性がまちがいなくあるのです.


(文献)
1. Ikegami N, Campbell JC. Medical care in Japan. N Engl J Med 333: 1295-1299, 1995.
2. Cohen SI. Overdiagnosis of schizophrenia: role of alcohol and drug misuse. Lancet 346: 1541-1542, 1995.
3. 池内紀編・解説.山下清の放浪日記.五月書房.
4. 厚生省健康政策局監修.健康政策六法.平成8年版.中央法規.


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