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Dyslexiaの遺伝性

2001年1月,伊地知信二・奈緒美

Dyslexia(読書障害)はDSM-IVやICD-10ではreading disorder(読字障害)として分類されていますが,遺伝素因が以前から知られており,人の行動異常としては初めてQTLs(quantitative trait loci:量的特質関連遺伝子座)が報告されたことで有名です(文献1と2).これらの報告では第6染色体が注目され,第15染色体上のQTLも示唆されました.ここにその後の論文をsummary部分の概訳でご紹介します.否定的な論文が1つの研究グループから報告されていますが(論文4と論文8),民族差や診断基準の問題が考えられます.第6染色体短腕に関しては今のところ肯定的な報告が多いようです.
(文献3)特異的読字障害の遺伝子解析のための分子レベルのアプローチ by Smith SD, et al. 1998.
特異的読字障害は複雑な形質であり,遺伝素因と環境の両者の影響を受ける.パラメトリック連鎖解析により検出できる少なくとも一つの主要遺伝子が存在することを示すエビデンスがあるが,その他の量的形質関連遺伝子座(QTLs)の検出のためには非パラメトリック法が必要であろう.形質(phenotype)としての定義もまた,読字プロセスの異なる構成成分に影響する遺伝子を同定するためには不可欠である.2つの異なる研究グループから最近報告された研究は,読字障害に影響する一つの遺伝子が第6染色体短腕の組織適合性領域に存在することを支持した.また,その他の関連遺伝子が第15染色体上にあることを示唆した.これらの遺伝子および同様の遺伝子の実際の同定は簡単にはいかない.その理由は家族内での浸透(penetrance)が低いことや環境の影響(phenocopies)があるからであり,crossover解析を使った重要遺伝子領域の描出には問題がある.このような困難性のために,複数の候補遺伝子が同定されたとしても,関連解析(association analysis),機能解析,変異解析(mutation assays)などと組み合わせて評価する必要がある.
(文献4)Dyslexiaと染色体6p23-p21.3の関連証明されず by Field LL and Kaplan BJ. 1998.(文献8と同じ研究グループ)
過去の論文は特異的読字障害(dyslexia)の易罹患性遺伝子座のひとつが第6染色体上の6p23-p21.3にあることを示唆した.我々は,読字障害者が少なくとも兄弟内に2人いる79家系を調査し(617人の遺伝子型を検討,294人が読字障害),過去の研究において読字障害に連鎖すると報告された遺伝子マーカーについて検討した.LODスコア解析および患者-健常兄弟ペア法(affected-sib-pair method)では連鎖の証拠は見いだせなかった.しかし,患者-親族法(affected-pedigree member method)では,よりまれな遺伝子座に重点を置き報告されている遺伝子座頻度を使った場合は,いくつかのマーカーとの連鎖および/あるいは関連の有意な証拠を見いだすことができた.この結果は,親から算出されたマーカー遺伝子座頻度を使うと有意でない.さらに,報告されたマーカー頻度あるいは親のマーカー頻度のどちらかを使うより強力なSIMIBD法でも有意ではなかった.最後に,AFBACプログラムを使った家族を基盤とした関連解析では,どのマーカーに関しても関連の証拠は得られなかった.患者-親族法は,偽陽性結果の原因となることが明らかなので,その使用にあたっては厳重な注意が必要であると我々は結論する.まとめると,連鎖を検出するためには強力である大規模なデータを使うとdyslexiaと第6染色体短腕マーカーとの間の連鎖も関連も証明することはできない.
(文献5)Dyslexiaの異なる側面に影響する第6染色体短腕上QTL by Fisher SE, et al. 1999.
読字障害における非パラメトリック連鎖解析の適用により第6染色体短腕上に一つのQTLが最近推定された.今回我々は,QTL法を用い,dyslexiaの発端者が一人いる82家系(核家族)から181組の兄弟ペア(ひとりがdyslexia,もうひとりは健常)を対象サンプルとして,6p25-21.3とdyslexiaとの連鎖を評価した.連鎖は直接的にいくつかの量的測定値において評価された.使用した測定値は,単一の要素としての測定値を使ったり,サブタイプのカテゴリー上の定義を取り入れるというよりも,その形質の異なる構成成分との相関という形で評価した.計測値としては,古典的IQと読字能力の間の乖離スコアを,単語認識テスト,不規則単語の読み,でたらめ単語の読みなどに加えた.兄弟ペアの特質差異を用いた点解析(pointwise analysis)では6p21.3においてdyslexiaの複数の要素に影響している一つのQTLの存在が示唆された.特に,不規則単語の読みにおいてはp=0.0016,でたらめ単語の読みではp=0.0024と有意であった.変異要素の評価を含む相補的統計アプローチでも,これらの所見が支持された(不規則単語の読みでp=0.007,でたらめ単語の読みでp=0.0004).複数点解析(multipoint analysis)では,D6S422-D6S291の範囲内にQTLが存在し,ピークはマーカーD6S276とD6S105のあたりであり,特質差においても変異要素のどちらのアプローチでも結果は一致していた.我々の結果は,以前から示唆されているように,音韻学的および正字法的(orthographic)スキルの両者に影響するが,音索(phoneme)認識には特異的でないQTLを示している.このQTLのより正確な位置決定のためにはさらなる研究が必要であり,正確な位置が判明すれば発達性dyslexiaに関連する遺伝子の一つを同定することができるであろう.
(文献6)第6染色体短腕上にある特異的言語および読字障害のQTL by Gayan J, et al. 1999.
読字障害あるいはdyslexiaは複雑な認知障害であり,その他の認知能力については正常の児において読み学習が障害される.読字障害の児は,いくつかの読みスキルと言語スキルが障害されている.これまでの報告では,第6染色体短腕に読字障害のQTLが存在することが示唆されている.今回我々は,単語認知および,正字法的コーディング(orthographic coding),音韻学的コード解析(phonological decoding),音索(phoneme)認知の各要素スキルを測定値として,読字障害児の成績をQTL解析した.対象は126ペアの兄弟ペア(一人が読字障害もう一人は健常)で,複数ポイントマッピング解析を第6染色体上のこれまでに報告のある8つのマーカーに関して行った(D6S461, D6S276, D6S105, D6S306, D6S258, D6s439, D6S291, D6S1019).結果は,有意な連鎖が少なくとも5cMの部位において,正字法的スキルの障害についてLODスコア3.10,音韻学的スキルの障害においてLODスコア2.42であり,以前の報告結果を再確認した.
(文献7)読字およびスペリング障害(発達性dyslexia)に関連するQTL同定のためのゲノムワイドな戦略 by Fisher SE. et al. 1999.
発達性dyslexiaの家族研究および双生児研究の結果は,コンスタントに遺伝素因の存在を示している.しかし,この形質の遺伝的基盤は複雑であり,浸透率(penetrance)は低く,環境の影響も存在し,遺伝性も単一性がなく複数遺伝子性(oligogenic)であるようである.このような複雑性のために,従来のパラメトリック連鎖解析のパワーは低く,正確な遺伝モデルの明確化が重要である.一つの戦略は,重症者が多発していたり,単純なメンデルの法則に従っている大家系の研究であり,これまでにも会話や言語の障害において成果を上げている.このようなアプローチはそのような大家系が少ないという制限がある.もう一つの選択肢が最近高い効率の遺伝子型決定技術の開発のおかげで実現可能となった.それは,対立遺伝子共有法を使った大規模データでの兄弟ペア解析である.この論文はイギリスの兄弟ペア解析(一人がdyslexiaで一人が健常の兄弟)を大量のデータで系統的かつゲノムワイドに行うために,この戦略を概説する.我々は一連の精神計測的テストを用い,読字障害における異なる量的計測値を設定する.それらの量的計測値はdyslexia形質の異なる構成成分(音韻学的認知や正字法的コード化能など)と相関しているはずである.このような方法により,我々は読字とスペリングの障害に寄与している可能性のある遺伝子の部位を同定するための強力な手段としてQTLマッピングを使うことができる.
(文献8)音韻学的コード化におけるdyslexiaと6p23-21.3の間にやはり有意な連鎖なし by Petryshen TL, et al. 2000.(文献4と同じ研究グループ)
我々は最近,音韻学的コード化におけるdyslexiaの検討で,79家系の複数発症家系においては6p23-p21.3との間の有意な連鎖が存在しないことを報告した.しかし,その他の4つの別の研究結果ではこの連鎖があることが報告されている.前回の報告では,我々は音韻学的コード化におけるdyslexiaを質的に評価し,罹患しているか,罹患していないか,あるいは不明かの3者に分類して検討した.今回,我々は4つの量的計測値を使って評価して検討した(音韻学的認知,音韻学的コード化,スペリング,迅速自動的名前つけスピード).音韻学的コード化とスペリングの計測値は高度に相互相関しており,それぞれが質的形質に相関していた.一方音韻学的認知と迅速自動的名前つけスピードは,その他の計測値と穏やかに相関しているのみであった.2点および複数ポイント量的特質兄弟ペア連鎖解析および多様性要素解析を用いた結果,これらの量的読字能力計測値に影響する部位が6p23-p21.3に存在することを示す有意な証拠は得られなかった.この結果は前回の我々の質的評価の結果と同じであった.Dyslexiaとこの遺伝子領域の間の連鎖が検出できないことの考えられる理由は,この領域に連鎖するdyslexiaのサブタイプを持つ家族が我々のサンプルの中に少ない可能性がある(診断基準の問題?).
(文献9)Dyslexiaに関連する異なる認知プロセスに影響する第6染色体短腕上の遺伝素因を再確認 by Grigorenko EL, et al. 2000.
我々は,以前報告した研究を継続し拡張した結果をここに報告する.新しく2家系31人を追加し,過去に報告した家系からは新たにデータを集め56人を集計した.本研究に含まれる8家系の複数発症家系(N=171)は成人の発端者を含みその子供時代の読字能力に関する記録が入手可能であった.Dyslexia関連認知プロセスの構成成分として6つの形質を設定した.これらの形質は,(1)話し言葉の音索認知(phonemic awareness)(2)印刷されたでたらめ単語の音韻学的解読(phonological decoding)(3)色のついた四角または対象描写における迅速な自動的名前つけ(automatized naming)(4)印刷された一つの実際の単語を声にだして読む(5)ボキャブラリー(6)耳から聞いた単語のスペリングである.6p22.3-6p21.3領域の9つの十分に多型なマーカーを検討した.2点および複数ポイントでの家系同一性(identity-by-descent)解析および状態同一性(identity-by-state)解析の結果,D6S464-D6S273領域内にdyslexia関連認知障害の多くにとって重要な部分があることが支持された.


文献
1. Cardon LR, et al. Quantitative trait locus for reading disability on chromosome 6. Science 266: 276-279, 1994.
2. Grigorenko EL, et al. Susceptibility loci for distinct components of dyslexia on chromosomes 6 and 15. Am J Hum Genet 60: 27-39, 1997.
3. Smith SD, et al. Molecular approaches to the genetic analysis of specific reading disability. Human Biology 70: 239-256, 1998.
4. Field LL & Kaplan BJ. Absence of linkage of phonological coding dyslexia to chromosome 6p23-p21.3 in a large family data set. Am J Hum Genet 63: 1448-1456, 1998.
5. Fisher SE, et al. A quantitative-trait locus on chromosome 6p influences different aspects of developmental dyslexia. Am J Hum Genet 64: 146-156, 1999.
6. Gayan J, et al. Quantitative-trait locus for specific language and reading deficits on chromosome 6p. Am J Hum Genet 64: 157-164, 1999.
7. Fisher SE, et al. A genome-wide search strategy for identifying quantitative trait loci involved in reading and spelling disability (developmental dyslexia). Europiean Child & Adolescent Psychiatry 8: Suppl.3, III/47-III/51, 1999.
8. Petryshen TL, et al. Absence of significant linkage between phonological coding dyslexia and chromosome 6p23-21.3, as determined by use of quantitative-trait methods: confirmation of qualitative analyses. Am J Hum Genet 66: 708-714, 2000.
9. Grigorenko EL, et al. Chromosome 6p influences on different dyslexia-related cognitive processes: further confirmation. Am J Hum Genet 66: 715-723, 2000.


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