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全ての男性が持つ自閉症になりやすい遺伝素因
(genetic imprintingによる一素因):
社会的適応能力は父親からもらったX染色体のおかげで女性の方が優れている


1997年6月、伊地知信二/奈緒美

自閉症や注意欠陥/多動性障害(ADHD)や学習障害が,男の子に多いことに関するこれまでの説明はいまいちしっくりこないものでしたが,このgenetic imprintingについての新知見は重視すべき内容を含んでいます.

「社会性における男女差の中で女性に優位な部分は父親から遺伝する」ことを示唆するこの報告はNatureの6月12日号に掲載されました(文献1).要点を以下にまとめます.

(ターナー症候群とは):通常の性染色体は,XXで女性,XYで男性です.女性の場合は母親と父親の両方からX染色体をもらいますが,男性の場合は母親からXを父親からY遺伝子をもらいます.ターナー症候群の女性はX染色体を一つだけしか持っておらず,しばしば社会適応性に問題があることで知られています.そのX染色体は母親からもらった場合と父親からもらった場合の両方があり,X染色体上の遺伝素因に関して,母親からもらった場合と父親からもらった場合を比較することが理論的に可能です.

(文献1の内容):ターナー症候群の女性80人について,そのX染色体は母親からのものか父親からのものかを同定し(55人が母親から25人が父親から),全員の社会適応性を評価しています.その結果X染色体を父親からもらったグループの方が有意に適応能力があり,言語能力および管理者的能力に優れているという結果でした.この結果から,X染色体上に想定される社会適応能力に関連する遺伝子は,母親からもらったX染色体ではその情報が表出されていないことが示唆されました.この父親から遺伝する場合のみ活性化する社会性に関する遺伝子がX染色体上に存在することで,母親から受け継いだX染色体しかもたない男性の方が,父親からのX染色体も持っている女性に比べて,自閉症に代表される言語や社会性の発達障害にかかりやすいことを説明できるとしています.

(文献1の評価):Nature誌はNews & Viewsで,この論文の内容をとりあげ,家庭をまもる能力や近所づきあいの能力は男性よりも女性の方が優れている場合が多いことの遺伝子レベルでの根拠となることを考察しています(文献2).つまり,母親からもらったX染色体しかない男性は,そのX染色体上にある社会的能力に関する遺伝子を活用することができず(スイッチがオフになっている),社会適応障害や言語障害を伴う発達障害になりやすいのかもしれないとしています.またTime誌は,genetic imprintingを解説する図を掲載し,「女性の洞察力は父親から遺伝する」と題して,全ての男性の社会的不器用さは,X染色体を父親からもらわなかったことに起因するとする拡大解釈の見解を載せています(文献3).この拡大解釈は文献1の著者のコメントとして書かれており,「男性の社会的不器用さは遺伝的に決定されており,女性はX染色体を父親からもらっているおかげで社会的に器用なのである」としています.それでは,社会適応力に優れた男性や社会適応能力のない女性をどう説明するかについては,「遺伝子は土台を形成しているだけであって,その上になにができるかは環境因子が決定する」というコメントを付記しています.また,狩猟民族や戦闘民族において,女性が家に残り,男性が一人ででも外に出て活動していた社会では進化論的背景がこの遺伝素因形態に存在していた可能性が考察されています.

(genetic imprintingについて):ある遺伝子を母親からもらうか父親からもらうかで,その情報が発現するかどうかが決定される場合をgenetic imprintingといいます.ターナー症候群の話題では,X染色体上の社会性に関する遺伝子を,母親からもらった場合はそのスイッチがオフになり社会的能力が低下し,父親からもらった場合はスイッチがオンになり社会的能力に優れる子供ができるとしています.遺伝子の特殊な発現調節のひとつと言うこともできますが,X染色体上の社会性阻害遺伝子なるものまで想定しますと,逆に,母親から受け継ぐとスイッチがオンになり,父親から受け継ぐとスイッチがオフになることになります.従って,ターナー症候群での傾向をそのまま社会性に関する男女差や自閉症の男女比の背景にあてはめるのは状況証拠だけからの推論にすぎませんが,それでも非常に魅力的な仮説であると思います.

(この話題の位置づけ):この話題は,「このホームページでの自閉症の考え方」に記載しました障害と才能の三階層構造での階層1(体質的,器質的,機能的逸脱)に含まれる遺伝素因の一つがX染色体上に存在することの新たな傍証です.階層2の能力的逸脱や階層3のハンディキャップは,環境因子の影響を強く受けます.ここで想定されている社会性の遺伝的欠点については,46XYの遺伝子を持つ人全員(つまり男性です)に共通しており,社会適応能力の到達点は環境に大きく作用されるということになります.発達障害の場合に応用しますと,男の子はだれでも自閉症やADHDやLDになる素因のひとつをもともと持っており,診断基準を満たすか満たさないかは,他の因子の有無(多因子説)や環境による影響しだいであるということになります.自閉症やADHDやLDは,病気というよりも社会的な男女差が必要とされた進化の過程で,ある特定の率で出現することが運命づけられてしまった必然的状態のひとつと言えるのかもしれません.

このターナー症候群で明らかになったX染色体上の社会性の遺伝素因が,自閉症やADHDやLDの発症の決定的な因子というわけではないのですが,おそらく複数の必要因子(発症のための)の一つと考えることができます.この遺伝子の位置と遺伝子配列が解明された後,自閉症女性例などでこの遺伝子に点変異や欠損などの特異な異常があることが確認されれば,この遺伝子の情報が発現しないことが発達障害の背景として持つ意義が非常に大きいことが証明されることになります.


(文献)
1. Skuse DH, et al.: Evidence from Turner's syndrome of an imprinted X-linked locus affecting cognitive function. Nature 387: 705, 1997.
2. McGuffin P and Scourfield J: A father's imprint on his daughter's thinking. Nature 387: 652-653, 1997.
3. Lemonick MD: Daddy's little girl: is women's intuition inherited from the father? Time, June 23: 54, 1997.


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