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AD/HD総説(N Engl J Med 340: 40-46, 1999)に関する議論

1999年7月,伊地知信二・奈緒美

論文のコーナーに掲載しましたAD/HDに関する総説(文献1)に関して,同じ医学雑誌上で行われた議論を紹介します.
Diller LH(文献2)
Zametkinらの総説論文では,過去10年間にアメリカでの精神刺激剤(stimulants)の消費量が8倍に増加していることにはふれているが,国際的な消費状況については記載がない.アメリカ国内でのmethylphenidate(リタリン)消費量は世界の消費量の実に90%を占めているのである.また,リタリンの一人当たりの消費量は,州により最高6倍の格差があり,ひとつの州内でも地域格差は20倍にまでおよぶ(ZIPコード分析).このような薬剤消費量の地域格差を,患者数の違いや治療方針の違いで説明することは困難であり,おそらく,社会的,文化的,そして経済的な背景の地域格差を考える必要があると思われる.これには,薬に対する依存性の地域差,教育姿勢の地域差,地域あたりの専門医の数,親の教育に関する考え方の地域差なども含まれるであろう.このアメリカにおける子供の成績や行動上の問題に対する特異な薬物依存型アプローチ法が進歩を意味するのか,あるいは不適切な先走りなのかの結論を出すためには,アメリカに特異的な文化的因子に関するさらなる検討が不可欠である.
Chervin RD(文献3)
Zametkinらは,その総説論文の中で,ADHDの診断に際して,治療可能な合併疾患あるいは鑑別疾患として甲状腺ホルモンに対する全身的耐性状態やうつ状態などを考慮すべきと述べている.原発性睡眠障害も鑑別疾患に含むべきであろう.診断前の閉塞性睡眠時無呼吸の子供で,ADHDと診断され精神刺激剤の投与を長期に渡って受けている場合がしばしば見うけられる.そのようなケースでは,扁桃除去や経鼻持続陽圧法を行うとADHDの症状が改善し投薬の必要がなくなる.睡眠障害が必ずADHDを来すのかについては結論が出ているわけではないが,実験的に睡眠時間を短縮するとADHD類似の症候を来すことが報告されている.いくつかの睡眠障害の頻度は高く,閉塞性睡眠時無呼吸は0.7〜3%とされている.もし閉塞性睡眠時無呼吸が高率にADHDを来すとすれば,ADHDと診断されている子供のかなりの数が睡眠評価を必要としている可能性がある.我々の検討では,ADHDと診断されている子供の25%がいびきがひどく,こういうケースはADHDではなく,睡眠障害の治療を受けるべきかもしれない.
Robison LMら(文献4)
この総説でZametkinらは,ADHDは成人まで持続し,8〜66%が成人になっても全ての診断基準を満たすとしている.ADHDの成人例については情報がほとんどないが,増加傾向を示唆する報告がある.1990〜1995の間の全国外来診療統計によると,ADHDと診断された学童外来患者数は2.5倍に増加している.1995年と1996年のデータでは,ADHD成人例は,50万人前後で,その大半はリタリンの投与を受け,男性例が1995年で43.4%,1996年で64%である.ほとんど全てがスペイン系以外の白人で,1995年の80.2%,1996年の63.2%において,うつ病をはじめとする合併精神疾患が記載されている.ほとんどの報告は,精神科専門医によるものである.1996年には,ADHDと診断されたケースの18.4%が20歳以上であり,小児期の初期スクリーニングに加え,その後の医療サービスが一生継続されるべきことを,もっと強調すべきである.

Zametkin AJ & Ernst Mの返答(文献5)
(Dillerの意見に対して)アメリカでのリタリン消費量が世界の消費量の90%に及び,アメリカ国内での消費量の地域差が激しいとの指摘には賛成する.しかし,データの解釈については意義がある.まず,Dillerの引用したデータは地域の住民人口を考慮しておらず,人口密度の高い地域で消費量が多いという当然のことが除外されていない.2番目に,消費量の地域差は,専門医数の地域差に依存している.確かに治療方針における地域差というものも存在するであろうが,それが生物学的あるいは神経学的に確立している疾患概念の存在を揺るがすとは限らない.もしデータが本当に地域差を示したとしても,Dillerの論法には明らかに問題がある.彼は子育ての方針(parenting style)や子供の成績不振に対する恐怖感などが,親をかりたて,結果的に子供の社会的なあるいは文化的な問題に対する医学的治療が始まるとしている.ADHDに関する膨大な数の遺伝学的論文や50年に及ぶ生物学的な研究が,Dillerの解釈に反対の結論を出している.

(Chervinの意見に対して)睡眠障害についての指摘はもっともである.ADHD児の診察において,問診などの睡眠の評価を加えるべきであろう.


文献
1. Zametkin AJ & Ernst M. Problems in the management of attention-deficit-hyperactivity disorder. N Engl J Med 340: 40-46, 1999.
2. Diller LH. Attention-Deficit-Hyperactivity Disorder. N Engl J Med 340: 1766, 1999.
3. Chervin RD. N Engl J Med 340: 1766, 1999.
4. Robison LM, et al. N Engl J Med 340: 1767, 1999.
5. Zametkin AJ & Ernst M. The authors reply. N Engl J Med 340: 1767, 1999.


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