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ADHDの遺伝素因研究

2000年9月,伊地知信二・奈緒美

注意欠陥多動性障害(ADHD)は,疾患概念自体に議論が多く,臨床研究の評価を自閉症よりもさらに難しいものにしています.最近発表された,ADHDの遺伝素因に関する論文(Am J Med Genet)をいくつか下に簡単に紹介し,最後にコメントを付記します.


(文献1)分子遺伝学的研究の機は熟しているのか?
ADHDに関する関連研究や連鎖研究の結果が次々と報告されつつある.多くの他の神経精神疾患と同様に,陽性結果に引き続いて陰性結果が報告されることがしばしばである.ADHDの遺伝素因として報告される変異や対立遺伝子型の確認のためには,ADHD症候のどの形質エレメントが遺伝しているのかをさらに検討する必要があり,また遺伝的非単一性についてもさらに理解を深める必要がある.

(文献2)共同研究の可能性
ADHDに関する研究は,遺伝素因の関与を示唆している.現時点では不完全なデータであるが,分子遺伝学的研究は,既にADHDの易罹患性遺伝子のいくつかを指摘している.にもかかわらず,その遺伝モードは複雑なものが想定され,その解明のためには多くの研究が必要であると考えられる.そのためにはサンプルサイズを大きくし,共同研究の形式を取ることが必要なので,研究者たちは一連の学会を企画しADHDの評価法,一般的な評価法での可能性,研究者間のコミュニケーションを増やす方法,遺伝学的に有用な形質を定義する作戦などについて議論した.

(文献3)ドーパミンD4受容体遺伝子の関与
いくつかの研究結果がドーパミンD4受容体遺伝子の多型とADHDとの関連を示唆している.報告されている対立遺伝子は,第3エクソン内の48bpの繰り返し部分が7回の遺伝子型である.我々は,ドーパミンD4受容体遺伝子とADHDに関する連鎖研究を拡大し,ドーパミンD4受容体遺伝子内の別の2つの多型と,ドーパミンD4遺伝子に密接に関連するtyrosine hydroxylase遺伝子における多型を加えて検討した.また,以前報告された第1エクソンの2つの欠損(13bp欠損と21bp欠損)も検討した.D4受容体遺伝子の3つの多型のハプロタイプ解析とこれらのハプロタイプとのうち2つの伝搬(バイアスが報告されている)について検討した.結果はADHDにおけるドーパミンD4受容体遺伝子の関与を支持するものであった.

(文献4)アイルランド人では,ドーパミンD4受容体7回繰り返し型は無関係
ADHDは,世界的に児童の3%〜6%を占めると言われており,最も多い小児期発症の症候群の一つである.その生物学的基盤は,まだ解明されていないが,ドーパミン系の異常が存在することが以前より示唆されていた.ドーパミンD4受容体遺伝子(DRD4)は,染色体上の11p15.5に存在しADHDの遺伝素因に関連することが考えられてきた.いくつかの独立した遺伝的関連研究が,DRD4の7回繰り返し型の頻度がコントロールに比べてADHD例で高いことを報告しており,また,家族研究では親からADHD児へのDRD47回繰り返し型の伝搬が多いことが示されている.しかし,また,ネガティブデータも無いわけではない.今回我々は,78組の両親-発端者トリオと21ペアの親-発端者ペアをケースコントロールデザインでハプロタイプに基づくハプロタイプ相対危険率(HHRR)法で解析し,DRD4対立遺伝子の伝搬を評価した.結果は,有意差のないネガティブデータであった.従って,アイルランド人においては,DRD47回繰り返し型という対立遺伝子型はADHDには関係していないようである.

(文献5)成人例でドーパミンD4受容体7回繰り返し型は関係あり
ADHDは,最近多い小児精神科的状態であり,その22−33%の例で大人になってもその状態が持続することが知られている.ADHDの病態に遺伝素因が関与していることを示す有力な証拠があり,またADHDに有効な精神刺激薬とドーパミン系の相互作用の存在からドーパミンの病態への関与が示唆されている.ドーパミンD4受容体遺伝子の7回繰り返し型(48bpの反復)が,ADHD児と関連することが報告され,いくつかの報告がその結果を再現した.我々は,二つの独立した成人ADHDサンプルを用い,この関係を検討した.一つのサンプルは,民族的に同じコントロールを設定し,もう一つのサンプルは家族研究(核家族)で行った.症候は成人ADHD評価バッテリーを用いて評価した.66例のADHDケースと66例のコントロールの検討では,7回繰り返し型が成人ADHD群の方に統計的に有意に多くみられた(p=0.01).44家系の核家族研究では,伝搬不均衡テスト(TDT)にて,ドーパミンD4受容体遺伝子7回繰り返し型が伝搬しているケースが多い傾向があった(p=0.15).二つのサンプルを混ぜると,関連の有意度は増加した(p=0.003).今回の我々の結果では,ADHD成人例におけるドーパミンD4受容体7回繰り返し型の関与が示唆された.

(文献6)COMT遺伝子はアイルランド人では無関係
薬理学的研究や生化学的研究は,ドーパミン系神経伝達のバランスがおかしいことがADHDの病態に関与していることを示唆している.COMTはドーパミン,L-DOPA,アドレナリン,ノルアドレナリンなどのカテコラミンの分解に重要な役割を持つ酵素であり,ADHDの関連候補遺伝子部位である.我々は,ADHDの易罹患性遺伝子の一部はCOMT遺伝子であり,COMTの高活性(対立遺伝子1)に起因するシナプス間隙でのドーパミン枯渇の結果がADHDであると仮説した.ハプロタイプに基づくハプロタイプ相対危険率法により,94人のADHD児と親を検討し,結果は,COMT遺伝子の対立遺伝子型に関しては,伝搬頻度に有意な傾向はみられなかった.COMT遺伝子の対立遺伝子型とADHDとの間に関連がなかったことは,アイルランド人のADHDにおいては,この遺伝子座は優位な役割を果たしていないか,あるいは,少なくとも他の遺伝子から独立した役割は果たしていないことを示唆している.

(文献7)COMT遺伝子はトルコ人では無関係
生化学的および遺伝学的研究結果は,カテコラミン系の神経伝達物質の制御が,ADHDの病態の鍵となる役割を果たしている可能性を示唆している.特に,ドーパミンシステムの低活性がADHDに関与していることが予想されている.我々は今回,この仮説を検証するために,トルコ人のADHD混合型の子供を対象とし,COMT遺伝子の機能的対立遺伝子型である高活性型と低活性型に関してスクリーニング検査を行った.関連および連鎖の家系内テストを72例において行い,関連も連鎖も証明されなかった.我々は,この民族において,ADHDの病態にCOMT遺伝子多型によるカテコラミン制御異常は優位な効果を持たないと結論する.しかし,マイナーな効果や他の遺伝子や環境との相互作用に関しては結論が出ていない.

(文献8)MAO遺伝子領域は中国人では関係あり
ADHDは,最近多い子供の病気である.原因は不明で,遺伝学的研究結果は,ドーパミンD4受容体遺伝子とドーパミントランスポーター遺伝子(DAT1)の関与を示唆している.臨床研究では,MAO-B抑制剤がADHDに有効と報告されている.これらの所見は,MAO遺伝子がADHDの発症に関与している可能性を示唆している.この研究では,X染色体のDXS7(MAO遺伝子に密接に関連している遺伝子座)をマーカーとし,中国人ADHDケースにおいてMAO遺伝子の関与を検討した.ハプロタイプに基づくハプロタイプ相対危険率法(HHRR)と伝搬不均衡テスト(TDT)を用い,関連と連鎖不均衡をそれぞれ解析した.有意な関連(p<0.001)と連鎖(p<0.001)が,DXS7遺伝子座の157-bp対立遺伝子とADHDの間に証明された.このデータは,ADHDがDXS7部と関連および連鎖していることを示唆している.


(コメント)民族特異的な遺伝素因の可能性も配慮された報告になっていますが,文献1が指摘するように,臨床的な共通理解も不十分であり,遺伝学的にクリティカルな症候が何であるのかも結論が出ていないため,上記のようなデータがいくら報告されても説得力に欠ける状況と言えるのかもしれません.


文献
1. Todd RD. Genetics of attention deficit/hyperactivity disorder: are we ready for molecular genetics studies? Am J Med Genet 96: 241-243, 2000.
2. The ADHD Molecular Genetics Network. Collaborative posibilities for molecular genetic studies of attention deficit hyperacitivity disorder. Am J Med Genet 96: 251-257, 2000.
3. Barr CL, et al. Further evidence from haplotype analysis for linkage fo the dopamine D4 receptor gene and attention-deficit hyperactivity disorder. Am J Med Genet 96: 262-267, 2000.
4. Hawi Z, et al. No association of the dopamine DRD4 receptor (DRD4) gene polymorphism with attention deficit hyperactivity disorder (ADHD) in the Irish population. Am J Med Genet 96: 268-272, 2000.
5. Muglia P, et al. Adult attention deficit hyperactivity disorder and the dopamine D4 receptor gene. Am J Med Genet 96: 273-277, 2000.
6. Hawi Z, et al. No association between catechol-o-methyltransferase (COMT) gene polymorphism and attention deficit hyperactivity disorder (ADHD) in an Irish sample. Am J Med Genet 96: 282-284, 2000.
7. Tahir E, et al. No association between low- and high-activity catecholamine-methyl-transferase (COMT) and attention deficit hyperactivity disorder (ADHD) in a sample of Turkish children. Am J Med Genet 96: 285-288, 2000.
8. Jiang S, et al. Association between attention deficit hyperactivity disorder and the DXS7 locus. Am J Med Genet 96: 289-292, 2000.


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