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アメリカでのある自閉症者についての報道
(1996年9月29日)とその反響


1996年10月、伊地知信二/奈緒美

1996年9月29日、ニューヨークのCBSテレビは、「日曜夜の60分」という番組で、自閉症の話題をとりあげました。ロサンゼルスのある自閉症者のグループが紹介され、グループの中心になっているいわゆる高機能自閉症者である夫婦(GerryとMary)の経歴や現在の活動が放映されたようです。自閉症のメーリングリスト(SJU Autism and Developmental Disabilities List)では、この番組の直後から、番組の内容から派生した話題まで含めると一週間で100通を越えるメールがこの番組に関連して投稿されました。このメーリングリストには、自閉症者自身をはじめ、家族、教育者、施設の専門家、精神科医など、自閉症者を取り巻く多彩な人々が参加しています。いつも非常に活発なメーリングリストで、参加すると(参加方法)、一日に100通を越えるいろいろな内容のメールが届きますが、この番組に関する議論は、非常に白熱し、しばらくはなかなか収まりませんでした。

この番組に関する議論の中心は、いわゆる高機能自閉症と低機能自閉症に関するものでした。放送されたのは、ある二人の高機能自閉症者が、逆境の中で出会い、結婚して、現在いろいろな活動をしているというような内容だったようですが、この番組を見た自閉症者の家族の反応はきれいに二つに分かれました。一つは、このある意味での自閉症者のサクセスストーリーに感動し、励まされ、今後の希望を持つことができたとする反応です。幸せそうな二人を見たある家族からの手紙では、9歳のお姉ちゃんが、自閉症である弟の行く末を心配していたのでしょう、この番組を見ながら、弟に「見て!あの人達とっても幸せなのよ」と叫んだと記されていました。その手紙は、「そうよ、お姉ちゃん!、あなたの弟も、これからも大変かもしれないけど、きっと大丈夫よ」というお母さんの言葉で終わっていました。そして、もうひとつの反応は、対照的に、絶望に近い落胆と羨望のコメントでした。これは、いわゆる低機能自閉症者の家族の一部からよせられたもので、「自閉症者がみんな、ああいうふうだと思ってもらってはこまる」とか、「私の息子は、ああいうふうには絶対にいかないんだ」というような内容でした。また、この番組が、自閉症の予後に関する楽観的な見方を促進してしまって、自閉症者とその家族が必要としている社会的援助や療育のためのシステムへの公的資金が減ってしまうことを危惧する意見もみられました。

私にとっては、少し驚きでしたが、メーリングリストの参加者の中の一部の人は、“高機能自閉症と低機能自閉症は全く異なるものである”という揺るぎそうにない結論を持っているのです。こういう人々は、「高機能自閉症者は、自閉症の代表者としては不適当である」という意見を表明し、特殊な才能を持っている自閉症者を異端者として差別して考えているようにさえ思えます。この意見は、アスペルガー症候群の考え方にも及び、「自閉症とアスペルガー症候群は“移行し得ない病態”である」と述べられています。こういう意見に対し、重度の自閉症の親を含む参加者から、「高機能自閉症であれ、アスペルガー症候群であれ、自閉症であることに変わりはない」という意見もよせられていました。

こういう議論は、障害や才能をひとつの平面上でのみとらえてしまうと、論点がかみ合わず、いつまでたっても建設的な同意は望めません。自閉症者を包括的にかつ整理して把握するためには、障害や才能を三つの階層の中で考える必要がでてきます(参照:このホームページでの自閉症の考え方)。

三つの階層とは、
階層1.体質的、器質的、機能的逸脱
階層2.能力的逸脱
階層3.ハンディキャップ
です。ここでの逸脱とは正常範囲に入っていないという意味で、自閉症者の場合、劣っている点だけでなく優れている点も考慮しなければなりません。各階層の逸脱は、程度の差があったり、自閉症者によっては全く問題のない階層もあり得るので、自閉症者のある特質を考えるには、少なくともその特質がどの階層に属しているかを念頭においておかなければなりません。つまり、「日曜夜の60分」の自閉症の報道についての議論の中で対比して述べられている高機能自閉症者の能力的逸脱(優れている点)と重度の自閉症者の重いハンディキャップは、階層が違いますので、これをいっしょくたに議論すると混乱が生じるのは当然です。器質的な障害や代謝異常の有無にかかわらず、またハンディキャップの程度にかかわらず、自閉症者たちが共通して持っている特徴を自閉症と呼んでいるわけですから、高機能自閉症であれ、アスペルガー症候群であれ、階層2のある特質に関してはハンディキャップの大きい自閉症者と同じなのです。もちろん、階層2においても、各特質について程度の差はありますが、典型的な(狭義の)自閉症者と広義の自閉症者の間には、はっきりとした境界線が引けない(文献1)のと同じように、自閉症とアスペルガー症候群の関係も連続性のあるべきものですし(文献2)、また、低機能自閉症と高機能自閉症という分類も境界線を引きようのない分類なのです。実際に、階層1を共有している可能性のある同一の家族の中に、重度自閉症とアスペルガー症候群の人がいたり(階層2に属する特質の程度の差と考えることができます)、低機能自閉症と呼ばれていた人が成長してから高機能自閉症と呼ばれるようになった例が報告されているのです。


文献
1. Wing L. Autistic spectrum disorders: no evidence for or against an increase in prevalence. BMJ 312: 327-8, 1996.

2. Frith U. Social communication and its disorder in autism and Asperger syndrome. J Psychopharmacol 10: 48-53, 1996.


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