自閉症者は動く図形に心を感じることができない

Castelli F, et al. Autism, Asperger syndrome and brain mechanisms for the attribution of mental states to animated shapes. Brain 125: 1839-1849, 2002.

訳者コメント:

以前ご紹介しましたFrith先生の総説(文献1)の中で未発表データとして紹介されていた内容が論文になりました.検査に使ったアニメーション(三角形が動く動画)のサンプルはインターネット上に提供されています(http://www.icn.ucl.ac.uk/groups/UF/Research/animations.html).自閉症においては,側頭極および(and/or)正中前前頭皮質から上側頭溝(STS)へのポジティブフィードバックに不全状態があり,その結果V3とSTSの間の伝播障害が起こって,動いている三角形の社会的な意味を理解することができなかったのではと想定しています.

(概訳)

概要:身の回りのことが自分でできる自閉症あるいはアスペルガー症候群の10例と,健常ボランティア10例に関して,アニメーションを見ている間の脳の状態をPETスキャンで評価した.アニメーションは2個の三角形がスクリーン上で動き回るもので,ランダムに動き回るもの,ゴールに向かって動くもの(追いかけっこ,競い合い),そしてある意図をもって相互に動くもの(なだめて導く,だまして導く)の3種類である.3つ目のアニメーションを見る人は,しばしばその動く三角形が精神状態をもっているように感じる(mentalizing).自閉症群は,この最後のアニメーションに関しては正確な記述(動く三角形を擬人的に記載)をすることがより少ないが,他の2つのアニメーションに関してはコントロールと同じように正確に記述できる.mentalizingを引き出すアニメーションを見ている時は,ランダムに動いている図形とは対照的に,健常群は以前より同定されているmentalizingネットワーク(正中前頭前皮質,側頭頭頂ジャンクションと側頭極の位置の上側頭溝:STS)における神経活動が増加する.自閉症群は,これらの領域の全てで健常群に比べて神経活動がより少ない.しかし,mentalizingを引き出すアニメーションを見ている時に高度に活性化するもう一つの部位である外線状体皮質(extra-striate cortex)は,自閉症群でも健常群でも同じ程度活性化がみられる.自閉症群においては,この外線状体領域は,側頭-頭頂ジャンクション部位の上側頭溝(STS)との機能的な連結が減じていることが示された.上側頭溝はmentalizingとも関連しているが,生物学的動きの処理とも関連している領域である.この所見は自閉症においてmentalizing機能障害につながる生理学的原因が存在することを示唆する.この生理学的原因は知覚プロセスの高次段階と低次段階の間の相互関係における(ボトル)ネックにあたる部分にある.

イントロ:信じること,希望,目標(ゴール)などに関して,自分自身と他人の行動を説明する広汎な傾向は,「心の理論:Theory of Mind」または「mentalizing」という言葉で表される.ひとつの有力な理論は,自閉症は社会的な洞察力が欠如し,コミュニケーションが障害されることから,mentalizingの障害の結果であるとしている.この理論は最初にBaron-Cohenらによって1985年に提唱された.最近の実験的研究のレビューによると,オリジナルの所見は再確認され,この領域の研究は認知神経科学の中の非常に活発な一分野になった.mentalizing成分だけで違っているタスクを比較することにより,タスクの複雑性がより大きく,一般的な能力がより低いことでmentalizing障害が起こる可能性は実験により否定された.エビデンスは,高機能自閉症者で身の回りのことができる人であっても,異なった心の読み方をしていることを示唆している.研究室でのかんちがい特性の標準的テストは完ぺきにできるけれども,高機能自閉症者はそういう能力を獲得するのに長い発達遅滞の時期を経験しており,心の理論に関するより上位のテストはできない傾向がある.

自閉症の症候が,おそらく遺伝素因の結果としての脳の異常発達に由来することを示す圧倒的なエビデンスが存在する.しかし,自閉症における構造的な脳異常に関する情報は,現時点では,結果が一致していないだけでなく少ない.このことはおそらく,剖検研究が困難であることや,構造的画像データを定量化するために超えなければならない技術的な壁,そして,自閉症スペクトルの臨床的非単一性などを含む,たくさんのファクターがあるからであろう.最初の組織病理学的研究において,BaumanとKemperは細胞性異常を指摘し,特に海馬コンプレックス,海馬台(subiculum),嗅内皮質(entorhinal cortex),扁桃体(amygdala),乳頭体(mamillary body),正中中核核(medial septal nucleus),そして前帯状回(anterior cingulate gylus)におけるニューロンのサイズの減少と細胞密度(cell packing density)の増加を報告した.辺縁系以外では,小脳の後部と下部領域でプルキンエ細胞の数の減少がみつかった.さらにその後の別の神経病理学的研究では,辺縁系の異常はみられなかったが,小脳と脳幹を含むいろいろな皮質領域に病理変化が報告されている.この研究は自閉症における脳サイズの増加も指摘している.

これまでに検討された症例は自閉症だけではなく,精神発達遅滞やてんかんを有しており,従って所見の特異性ははっきりしないままである.予備的な神経解剖学的データは一例のアスペルガー症候群で得られている.神経細胞のサイズが小さく,細胞密度(cell packing density)が増加している所見が,扁桃体と嗅内皮質でみられ,辺縁系のその他の部分は正常であった.高機能自閉症者における構造的画像研究は現在,神経解剖学的異常の程度とタイプを明らかにし始めた段階である.再び,不一致性が確固たる結論を出しにくくしている.脳ボリュームに関する研究は,前頭葉皮質のボリュームが自閉症児の一群で増えていることを示唆し,この増加が小脳異常の程度と相関していると報告した.Abellらはボクセルレベル(解像できる最小単位)の研究で,傍帯状溝と下前頭回における灰白質の相対的減少と,扁桃体周囲野,中側頭回,下側頭回における灰白質の増加が指摘した.Howardらはまた,扁桃体周囲野のボリューム増加を,Aylwardらは異なるタイプの解析で扁桃体と海馬のボリューム減少を報告した.これらの構造的研究は,先天性左扁桃体異常とアスペルガー症候群の症例報告によって補完された.この症例は知的レベルは正常であるが,metalizingタスクにおいては重篤な障害を呈した.

自閉症の脳の解剖学的データが少なく,また結果が一致しない上に,自閉症の中核症候が社会的認知障害であるとすれば,一般的および特にmentalizingを伴う社会的認知に関連した脳活動を研究することに興味が集まる.これまでのところ,PETまたは機能的MRIを使い,健常ボランティアで行った6つの機能的画像研究が,明らかにmentalizingに関連した結果を報告している.これらの研究では,精神的状態は,歴史的知識,ストーリー,漫画,1コマ漫画,動く幾何学図形などに関連したものである.これらの全ての研究で,mentalizingに関連する(脳)活動は3つの脳領域で観察された.正中前前頭皮質の前領域/前帯状皮質,扁桃体に近接した側頭葉内の領域,そして側頭頭頂ジャンクションでの上側頭溝である.これらの研究で所見が一致したことは,脳におけるmentalizingネットワークの根幹が同定されたことを示唆する.

行動の結果が示唆するように,このネットワーク機能障害は自閉症のケースに存在するのであろうか.また,この機能障害の原因は何なのであろうか.これまでのところ,高機能自閉症(アスペルガー症候群を含む)に関する2つの機能的神経画像研究が,明解にmentalizingについて言及し,一方他の研究はmentalizingをはっきりとは必要としない顔面認知について研究している.顔は精神状態の属性の重要な手がかりの一つであるので,自閉症におけるこれらの2種類の研究の間の共通部分は明らかになるであろう.PET研究では,Happeらは,ベースラインとして関連のない文章を読ませ,自閉症者5人を6人のコントロールと比較し脳活動を検討した.mentalizingを必要とするストーリーでは,自閉症群はコントロールと同じネットワーク領域を活性化していた.しかし正中前前頭皮質における神経活動は有意に少なかった.機能的MRI研究において,Baron-Cohenらは6人の自閉症成人と12例のコントロールを比較した.対象者は顔の写真からその内面状態を判断するよう指示される.その顔の写真は眼だけが写っており,精神・感情状態をもっとも適切に表現している単語を,同時に提示された2つの単語から選ばなければならない.ベースライン状態は同じ眼の写真で男か女かを判断する課題であった.mentalizing課題を行っている間,前述した3つの領域を含むたくさんの脳領域に脳活動が観察された.自閉症者は扁桃体における活動が有意に少なかった.

顔認識に関する一つの研究において,Critchleyらは自閉症者9人とコントロール9人をスキャンした.課題は中立的な表情の顔の観察または,幸福あるいは怒りの表情の観察である.検査中対象者は,表情を読むか性別を判断した.他の研究では,Schultzらは自閉症スペクトル者14人と28人のコントロールを対象とし,無表情な顔の写真2枚,好きなものの写真2枚,またはパターンの写真2枚から一枚を選ぶ課題の間にスキャンが行われた.両方の研究で脳活動は,顔の認知に特異的な部位であると広く認識されている紡錘回(fusiform gyrus)領域にみられ,この脳活動はどちらの研究でも自閉症群において有意に低かった.自閉症群はコントロール群に比べ,側頭葉皮質の近傍領域においては脳活動が大きかったが,これらの領域の正確な位置は2つの研究で異なった結果であった.自閉症における紡錘回の顔面領域での脳活動の欠損はPierceらによっても示されている.

これらの全ての研究において,機能的異常が観察されいるにもかかわらず,結果の共通部分がはっきりしないことは驚きである.このことは,異常の正確な性状は行われたタスクに依存していることを示唆している.従って,自閉症に関連する異常脳活動は,他の部位に位置するプライマリーな病態の2次的結果であるのかもしれない.もしそうであれば,そのプライマリーな病態はいったい何なのであろうか.この研究の目的は,身の回りのことができる高機能自閉症者において,言語刺激も人間の視覚的描写もどちらもない状態での社会的相互関係の処理の間の脳の活動を検討することである.自閉症におけるmentalizingに関する過去の2つの研究とは異なり,本研究では精神状態に関する推論は幾何学図形の動きのパターンの認知に基づいているだけである.HeiderとSimmelは,単純な三角形とドットがまるで自分の意志を持って動いているアニメーションクリップを見ると,意図的な動きと目的に向かった相互関係の印象を強力に持つことを示した.HeiderとSimmelの使った刺激,および同様のアニメーションは,動いている単純な形にも精神状態の存在を感じる広汎な傾向を明らかにしており,いくつかの研究において自閉症者においても検討された.これらの研究全ては,標準的な誤解課題を正答することができる自閉症者でさえも,動くアニメーションテストではコントロールに比べて,精神状態の記載がより限られており,また適切でないことを示している.

本研究では,我々は高機能自閉症者とアスペルガー症候群の成人例で身の回りのことができるケース10例と,10人の健常者をスキャンした.参加者は3タイプの無声アニメーション(2個の三角形が動き回る)を見せられる.第一のタイプは,ToM(心の理論)アニメーションで,相互関係を持つ2つのキャラクターの動きは,ひとつの三角形がもう片方の三角形の「精神状態」を予見しあやつっているように見える(つまりひとつの三角形がもう片方の三角形をからかっているように見える).2番目のタイプはGD(goal-directed action:ゴールに向かった行動)アニメーションで,2つの三角形の間の相互関係は原則的には行動学的相互関係に関する表現を思い起こさせる(例えば,二つの三角形がいっしょにダンスしている).3番目のタイプは,Rd(ランダム)アニメーションで,2つの三角形の目的のない動きは,相互関係やゴールや意図などと無関係な表現を思い起こさせる(例えば,三角形たちが跳ね回る).スキャンしている間,対象者は受動的にこれらのビデオを見せられ,何もしゃべってはならない.しかし,スキャンの間に対象者はアニメーションにおいて何が起こったかを表現するよう指示される.

以前の行動学的研究,特にいくぶん異なる指示の下に同じアニメーション刺激を使ったAbellらの研究から,我々は今回の(身の回りのことが可能な)自閉症者たちは精神状態の表現をより不正確に使うであろうと予想した.同時に今回の対象グループは標準的心の理論課題はかなり正答できるであろうと予想された.問題はこれらの標準課題が「オフライン」状態であることであり,そのために論理的な推論により答えを導き出す余裕がある.さらに,これらの課題は現在ではしばしばトレーニングとして行われている.対照的にアニメーションは新しい刺激であり,これまでに経験しておらず,「オンライン」でのmentalizingを保証するかもしれない.これまでのmentalizing画像研究を基に,我々は自閉症者とコントロールグループ間の脳活動は異なっていることを予想した.我々はmentalizing課題と関連する同じネットワークが,以前の研究でそうであったように,同定されるであろうと予想した.mentalizingネットワークの信憑性が高いのであれば,その時は使われた課題様式や課題に無関係である必要がある.mentalizingに関する以前の研究に比較すると,使った素材も異なり,また分析技術もより厳密なものにしている(無作為化効果モデル).

方法

対象者

自閉症グループは,10人の成人ケース(平均年齢33歳,標準偏差7.6)で,発達歴を基に,DSM-IVでの自閉性障害またはアスペルガー障害と診断されている.彼らの機能レベルが高いことは,学歴,社会的独立性および職業に反映されている.全員が反独立生活をしており,7人は大学以上の学歴を有する.8人は定職に就いている.コントロールグループは10人からなり,大学生およびスタッフから集められた(平均25歳,標準偏差4.8).2つのグループは言語能力に関しては差がなかった.Peabodyテストと同様のもので成人用に標準化された迅速テストを行った.このテストは,難しい単語が指す物を4つの絵の中から選び出すテストである.自閉症グループとコントロールグループは,非言語性能力においても差は無かった.Raven標準進化マトリックステストを行った.標準誤解テストでも2群間に有意差はなかった.使われたテストは,サリーとアンテスト,スマ―ティーテスト,アイスクリームストーリー,そして誕生日パピーストーリーである.自閉症群の6人とコントロール群の8にんは,これらの4つのテスト全てを正答した.一人の自閉症者と2人のコントロール者は4つのテストのうち3つを正答した.そして3人の自閉症者は,サリーとアンテストとスマ―ティテストの二つのみ正答できた.従って,自閉症群は,少なくとも基本的な誤解テストは正答できると記載することができ,また少なくとも平均的な言語性能力と非言語性能力を持つと判断された.

本研究に関する倫理的認可は,全国神経および神経外科病院倫理委員会と放射線物質に関する英国助言委員会管理局から得られた.インフォームド・コンセントはそれぞれの対象者から得られた.

素材

12の無声アニメーションがコンピュータースクリーン上に提示され,34秒から45秒の長さのものであった.全て,大きな赤い三角形と小さな青い三角形が登場し,白色の四角い背景の上を動き回るアニメーションである.これらはhttp://www.icn.ucl.ac.uk/groups/UF/Research/animations.htmlで見ることができる.詳細な説明はCastelliらの2000年の論文の方法に記載されている.動き変化の刺激パラメーター,スクリーン上の囲いの有無は,コンディション間で均等にした.動きのタイプは定義により異なるが,視覚的興味を,形状変化や動きの方向における変化などの,コンディション間で一致させるために全ての努力が払われた.

方法

ToM(心の理論),GD(goal-directed action:ゴールに向かった行動),Rd(ランダム)の3タイプのアニメーションそれぞれの4つの異なるサンプルが,半無作為順の全部で12コースのスキャンにおいて提示された.対象者における反復計測デザインが使われた.それぞれのスキャンの後,対象者は,「このアニメーションでは何が起こりましたか?」と質問された.この質問に何と答えたかは記録され,3つの側面からコード化された.3つの側面は以下のとおりである.「強度」:精神状態があるように表現した程度,0から5まで,0は精神状態を表現する言葉がひとつもない場合,5は精神状態を示す言葉が巧みに使われている場合.「適切性」:0から3まで,0は不正確に表現,3は高度に適切.「長さ」:0から4,0は無言,4は4文節.既存のスコア基準を使うためのトレーニングを受けた2人の評価者には診断は伝えずに,各々,それぞれの言語表現を点数化した.データ解析の段階では,2人の評価者の結果の平均を使った.強度スコアに関しては2人の評価者の間の一致度は,グループ間でもアニメーションタイプ間でも良かった.ToMアニメーションでは,それぞれの対象群のk値は0.96であった.適切性スコアは他の2人の評価者の評価に基づいており,自閉症群における2例の表現を除き,完全な一致が得られた.このスコアでも平均スコアを採用した.

神経画像データ

対象者全員は同じ日にPETとMRIの両方のスキャンを受けた.Siemens VISION(2.0T)を使い,解剖学的チェックのための軸方向T1強調画像を得た.PETにおけるH2 15Oのプロトコールと解析法はFristonらが報告している方法である.部分的大脳血液流量(cCBF)は,15Oでラベルした水(H2 15O)を静注後,CTI SiemensのEcat HR+ PETスキャナーで放射性活性の分布を記録することにより測定した.対象者ごとに12スキャンが得られた.

神経画像統計解析

SPM99ソフトウェア(http//www.fil.ion.ucl.ac.uk/spm)を使いSPM解析(statistic parametric mapping:形態的に標準化した後ボクセルごとに加算し平均値で画像を再構築する方法)を行った.統計処理はMatlabに依頼し,標準的な方法で行われた(頭部の動き補正,Montreal神経研究所テンプレートへのTalairachとTournoux空間における空間的標準化,データのスムージング).コンディションと対象効果は,それぞれのボクセルで全般線状モデルに従い推定した.部分的に特異的なコンディション効果に関する仮説を検証するために,これらの推定値は線状compoundsまたはcontrastsを使って比較した.それぞれのcontrastのためのボクセルレベルの値が,t-検定によるSPMである.

3つのタイプのアニメーションの情報処理をしている間,自閉症群とコントロール群におけるレスポンスの共通部位および相違部位を評価するために,ランダム効果解析を行った.ランダム効果モデルにおいては,分散推定値は対象内というよりも対象間であり,自由度の程度はそれぞれの対象者におけるスキャン数というよりも対象者の数に関連している.そのため以下のような3つの主な解析を行った.(i)Rd(ランダムアニメーション)よりもToM(心の理論アニメーション)によってより活動する領域を同定するための主効果解析.(ii)主解析で明らかになった領域の中で,自閉症群とコントロール群間で有意に異なるものを同定するための結合解析.(iii)2つのグループ間での接続性の有意な違いを同定するための機能的接続性解析(固定効果モデルにおいてSPM99ソフトウェアで可能な指標を使う).

結果

行動学的データ

表1に示すように,両グループにおいて,ToMアニメーション(心の理論)は,GDアニメーション(ゴールに向かった行動)よりもより心の状態を表現する記載が多かった.その結果Rdアニメーション(ランダム)よりも,(ToMアニメーションにおいて)そのような表現がより誘発された.

Rdアニメーション(ランダム)とGDアニメーション(ゴールに向かった行動)でみられた記載においては,強度,適切性,長さの評価にグループ間の違いはなかった.しかし,ToMアニメーションにおいては,自閉症群はコントロール群に比べ,心の状態を表現する記載が,より少ないくまたより不適切であった.自閉症参加者は間違った精神状態の記載を使う傾向があり,例えば,なだめて導くアニメーションを,「二つの三角形が明らかにお互いを怒っている-----彼らはけんかしている」と記載したり,からかうアニメーションについては,「小さな三角形が大きな三角形を追っかけている-----大きな三角形は興味ががないようだ」などと記載した.そのような記載は,アニメーションのデザインの過程で使われた実際の脚本とはかけ離れた記載であり,一例を除き,健常コントロール群においてはみられなかった.印象的だったのは,自閉症群の中では2人だけが,4回のトライアルのなかでそれぞれ一度だけ,完全に適切な記載をすることができただけであった.

以下の記載例は,なだめて導くアニメーションを見た場合で,言語の複雑性が著明に多様であることを示している.強度または適切性の評価で高得点を得るために複雑な表現で記載する必要はないのである.自閉症群において,以下のようなサンプルに対して高得点が与えられた.「大きな三角形が小さな三角形を出て行かせようと試みていたが,小さな三角形は出て行きたくなかった」 「三角形たちは家の中で抱擁していた.大きな三角形は小さな三角形を出て行かせようと促したが,小さな三角形をそうしたくなかった.そして再び抱擁した」 自閉症群において,強度および適切性の両方で低い点数であったのは次のサンプルであった.「彼らは鼻をこすり合うほど親しく,お互いに愛撫し,最後に握手した」 自閉症群で適切性スコアは低く,強度スコアが高かった例は,「二つの三角形はお互いにけんかしていた.彼らは明らかにお互いに好きでなく・・・彼らは・・・一方は相手について行って何かを示唆しようとし・・・お互いにけんかし・・・そして時々彼らは・・・その後彼らは衝突した.それは全く・・・もう一つの三角は・・・彼らはあまり仲良くやっていなかった.彼らは明らかにお互い怒りあっていた」であった.

表1 対象者の記載表現の評価結果:平均値(標準偏差)
スコアタイプ(巾) ToMアニメーション(心の理論) GDアニメーション(ゴールに向かった行動) Rdアニメーション(ランダム)
強度(0-5)  自閉症群

         コントロール群

2.9(0.6)*

4.3(0.4)

2.4(0.7)

2.4(0.2)

0.8(0.7)

0.5(1.0)

適切性(0-3) 自閉症群

         コントロール群

0.5(0.2)*

1.7(0.2)

1.3(0.2)

1.7(0.3)

1.5(0.5)

1.8(0.4)

長さ(0-4)   自閉症群

         コントロール群

2.5(1.2)

2.8(1.1)

2.1(1.3)

1.9(0.9)

2.0(1.0)

1.6(0.8)

*p<0.001.

 

神経画像データ

Rdアニメーション(ランダム)に比較したToMアニメーション(心の理論)のランダム効果解析

全ての対象者を合わせると,一つの脳領域ネットワークが,Rdアニメーション(ランダム)に比べたToMアニメーション(心の理論)時に,より高い活動性を示した(表2).これらの領域は以下の部位からなる.基底側頭領域(前紡錘回と扁桃体に隣接する側頭極に広がる下側頭回),側頭-頭頂ジャンクションでの上側頭溝(STS),外線状皮質(extrastriate cortex:下後頭回),そして正中前前頭皮質(上前頭回SFG)である.

表2 Rdアニメーション(ランダム)に比較してToMアニメーション(心の理論)で,自閉症群とコントロール群に共通して脳血液流量活性が見られた領域
共通して活動している部分 Left/right/medial x座標 y座標 z座標 (z score)P<
基底側頭領域        ITG(BA 37)

                                     FuG(BA 20)

                                     TmP/AM(BA 38)

L

L

R

-46

138

42

-60

-14

6

-10

-30

-28

(5.5)0.002

(4.5)0.0001

(4.2)00001

側頭-頭頂ジャンクション    STS(BA 22)

                                     STS(BA 21/22)

R

L

64

-58

-48

-52

16

4

(5.6)0.001

(5.4)0.003

外線状皮質                     IOcG(BA 18; V3)

                                     IOcG(BA 18; V3)

                                     IOcG(BA18; LO)

                                     IOcG(BA18; LO)

R

L

R

L

22

-18

42

-26

-104

-106

-82

-94

-8

-10

-8

-12

(5.0)0.015

(5.0)0.02

(4.8)0.04

(4.8)0.03

前前頭領域                     SFG(BA 9) M 10 54 30 (3.4)0.0001
ITG=inferior temporal gyrus(下側頭回); FuG=fusiform gyrus紡錘回; TmP/AM=temporal pole adjacent to amygdala(扁桃体に隣接した側頭極); STS=superior temporal sulcus(上側頭溝); IOcG=inferior occipital gyrus(下後頭回); LO=lateral occipital complex(外側後頭複合体); SFG=superior frontal gyrus上前頭回

Rdアニメーション(ランダム)に比較して,ToMアニメーション(心の理論)を処理するために主効果として報告された活性領域は,ボクセル巾の服す比較相関(p<0.05)を満たすボクセルで構成されている.前前頭皮質における活性(p<0.0001,未補正)はこの厳密な基準を満たしてはいなんが,この部位は以前に報告されたmentalizingの研究結果を基盤にして特異的に予想された.GDアニメーション(ゴールに向かった行動)に関連した活性は,ToMアニメーションとRdアニメーションの間の中間値であった.

上に定義したネットワーク領域内で,グループ間の直接比較を行うと(表3),以下の領域で自閉症群で活性が低い.それは基底側頭領域,上側頭溝(STS),そして正中前前頭領域である.外線状領域は両群で同様に活性化していた.

表3 Rdアニメーション(ランダム)に比較してToMアニメーション(心の理論)の処理の過程で,コントロール群よりも自閉症群で活性が低かった部分
活性が低い部分 Left/right/medial x座標 y座標 z座標 (Z score) P<
基底側頭領域               FuG(BA 20)

                                  TmP/Am(BA 38)

L

R

-38

42

-14

6

-26

-28

(5.3)0.004

(6.2)0.0001

側頭-頭頂ジャンクション STS(BA 22/40)

                                  STS(BA 21)

R

L

52

-66

-46

-52

24

8

(4.8)0.04

(4.9)0.02

前前頭領域                  SFG(BA 9) M -4 56 22 (4.5)0.0001

接続性解析

我々は,Rdアニメーション(ランダム)に比較しToMアニメーション(心の理論)を見ているときにコントロール群と同様に自閉症群で活性化した外線状領域が,(自閉症群で)活性化が減じていた他のより広いmentalizingネットワーク領域と適切に相互作用できていないと仮説を立てた.ゆえに,我々は,この領域と脳の他の部分の接続性を,固定効果モデルのためのSPM(statistical parametric mapping)解析で得られる機能的接続性の計測値を使って検討した(表4).外線状領域は,自閉症群においてSTS(superior temporal sulcus:上側頭溝)との接続性で有意な低下を示した.

表4 接続性解析
有意な接続性のある部位(座標:x, y, z)

IOcG                             STS

(Z score) p <
24, -100, -10                  66, -46, 4

                                    68, -56, 18

                                   -68, -46, 0

(5.05)0.004 ボクセルレベル

(3.44)0.001 未補正

(3.29)0.001 未補正

右の外線状皮質(半径6mm)は,コントロール群に比較して自閉症群で,上側頭溝(STS)との接続性が減じていた.

考察

自閉症スペクトルである人々が,全般的知能に関係なく,精神状態を想定する(認識する)ことに障害をかかえているとする考えは,再び確認されたことになる.高機能自閉症者またはアスペルガー症候群の人は,mentalizingを引き出すようなアニメーションの正確な解釈が苦手であった.健常対象者は,表情とか人の場合の手がかりなしに,動きによるヒントだけから三角形の想定される心の状態を推定することにおいて高度に正確であった.これらのデータは,過去において行動学的研究で得られた結果に一致しており,また自閉症者において持続している障害がアニメーション化した図形に心の状態を想定することにおける特徴的な不正確性で明らかにすることが可能であることを示唆している.

いろいろな刺激を使った過去のmentalizingに関する研究結果と全く同様に,mentalizingの間により強く活性化するのは,正中前前頭皮質,側頭極,そして上側頭溝(STS)であった.これらの皮質領域の所見は,これまでの報告と一致しており,タスクやモダリティーを問わない,脳のmentalizingネットワークの基本と考えることができる.本研究で新しい点であり,またおそらくタスク特異的であることは,後頭皮質の外線状領域でmentalizing中に観察された脳活動である.これらの外線状領域のさらに正中かつ後方の部位は,おそらく視覚皮質におけるV3であると同定できるであろう.また,さらに概則の部位は外側後頭複合体の部分であるかもしれない.V3領域は,形や動きを担当しており,magnocellular processing streamにより支配されるインプットを受けている.一方LO領域は対象認識の早期段階に関連している.これらの領域のより大きな活動性は,コントロールしようとする我々の試みにかかわらず,また状況にかかわらず,ToMアニメーション(心の理論)がより視覚的に刺激の物理的特性を必要としていることを示唆する.しかし,ToMアニメーションは視覚運動領域であるV5/MTにおけるよりいっそうの活動を誘導しなかったので,基本的な運動パラメーターはよくコントロールされていたようである.

本研究の対象者は身の周りのことができる高機能自閉症者であったが,彼らは,このmentalizingネットワークの3つの構成脳領域において,コントロールよりも脳活動が低かったことが示された.この3つの構成脳領域は,側頭頭頂ジャンクション部位での両側上側頭溝,基底側頭領域(左の紡錘回と右の扁桃体に隣接する側頭極),そして正中前前頭皮質である.3つのうち最後の領域(正中前前頭皮質)はまた,Happeらによる初期の頃の研究においてToM(心の理論)ストーリーの理解に伴った脳活動が自閉症において減じていることが示された部位であり,また,視線の解釈に関与するmentalizingタスクをこなしている間の扁桃体の脳活動の欠如がBaron-Cohenらによって発見されている.扁桃体における脳活動の減少はまた,顔の表情の意味を暗黙のうちに読み取る過程で自閉症者において観察されている.

自閉症対象者が正確な精神状態認識に障害を持っているとしたら,精神状態シナリオに関連する脳活動において全般的に脳活動が減じていることが予測できるであろう.しかし,mentalizingに以前関連していた領域においては脳活動の減少は見られたが,我々は今回の研究で特異的にToMアニメーションに関連していた領域である外線状領域においては脳活動は減じていなかった.動きの認知や速度の同定の側面は無傷な外線状皮質に依存しているので,おそらく,これらの早期視覚処理領域における活動が大きければ大きいほど,精神状態シナリオの視覚的複雑性のより大きいことを反映しているのであろう.これらの早期視覚処理段階においては,今回の研究対象の自閉症者における脳活動は,コントロール群と同様に,精神状態シナリオにおいてより大きかった.しかし,自閉症群によるより大きな視覚的複雑性の検出にもかかわらず,この情報は課題に関係なく,mentalizingに関連するマルチモードの(multi-modal)脳システムに到達することはできなかった.特に,外線状領域と上側頭溝(STS)の間の連結は減じていた.上側頭溝(STS),基底側頭領域および,正中前前頭領域における脳活動の減少を我々は発見し,一方我々はそれらの間の連結がより弱いことを示せなかった.このことは,PETの感度が十分でなく,それぞれの検討に12例の観察だけが使われた結果である可能性がある.機能的MRIは,将来的に連結解析のためにはより適切な方法であるかもしれない.しかし,機能的MRIの利点をフルに得るためには,新しくてより短いアニメーション刺激を開発する必要があるであろう.

上側頭溝(STS)とV3領域の間の連結が自閉症において弱いという所見は,上側頭溝(STS)における活動性が低下していることに加えPETの感度が低いとしても,有意な所見として把握するべきである.上側頭溝(STS)のmentalizingにおける役割は,他の行為の主体の実際的動きまたは動きの可能性を処理することに特異的にリンクしているかもしれない.この領域はまた,多くの研究により,対象者が生物学的動きを監察したときに活性化されることが報告されている.おそらくこの領域はカニクイザルにおける上側頭多感覚領域(superior temporal polysensory area:STP)の類似領域であろう.上側頭多感覚領域(STP)は,生物学的動きにも反応する広い感受性フィールドを伴った細胞を含んでいる.上側頭溝(STS)のこの領域は外線状視覚領域の主なターゲット領域の一つであり,動き,空間そして対象物の情報を統合するためにユニークな役割を持っている.加えて,カニクイザルにおいては,上側頭溝(STS)はまた,基底外側扁桃体と側頭極の隣接領域との強力な相互連結を持っている.

自閉症で上側頭溝(STS)における脳活動が低下していること,また正常の活動を示したV3とSTSの関係をどう説明できるであろうか.今回の研究では,自閉症者はランダムアニメーションを見ているときに比べ意味のあるアニメーションを見ている間は,上側頭溝(STS)における脳活動がより小さかった.Schultzらの研究では,自閉症者は物体を見ているときに比べ顔を見ている時には,紡錘顔面領域(FFA)における脳活動がより小さいことが示された.我々の課題では,行為の主体の動きは上側頭溝(STS)に関連して処理されなければならない.また,Schultzらの課題である顔は,紡錘顔面領域(FFA)に関連して処理されなければならない.どうやら,これらのより特異的な領域が,物体と動きのより全体的な属性を処理する視覚処理ストリームにおけるより早い段階の領域からの情報を得ることに失敗しているようである.Schultzらは,自閉症においては,扁桃体から紡錘溝への弱いフィードバック連結のために,顔の情報処理が弱くなっているかもしれないと過程した.その結果,顔の情緒的重要性のためのシグナルが欠如していることの発達上の効果に起因するとした.我々の研究では,ToMアニメーション(心の理論)を理解する際に自閉症群によって経験された障害は,三角形の動きに関する重要な情報がV3から上側頭溝(STS)へ伝えられなかったために起こったのかもしれない.この伝達障害には2つの原因が考えられる.

第一の可能性は,V3から上側頭溝(STS)に到達するfeed-forward視覚シグナルの末梢から中枢向きの(bottom-up)障害である.しかし,そのような説明は,活性が低下し伝達障害が見つかったそれぞれの研究のための異なる生理学的理由をあらかじめ過程することになる.もう一つの可能性は,mentalizingシステムの前方構成成分から上側頭溝(STS)に到達するフィードバックシグナルの中枢から末梢への(top-down)障害である.中枢から末梢へ向かうフィードバックは連結性(connectivity)を変えることが知られている.扁桃体,側頭極あるいは正中前前頭皮質はこの問題の原因であり得る.これらの前方構成成分は正常では処理されつつあるシグナルに対する注意を増強し(例えば,視覚処理ストリームの中で上側頭溝とそれより早期の領域の間の連結性を増加させる),それによってそれらの社会的な意義を信号化できるようになる.このことは,突出した社会的刺激により誘発される上側頭溝(STS)の活性の注意拡大を,扁桃体フィードバックが誘導するとするAllisonらの示唆と同じライン上にある.ゆえに,我々は本研究において側頭極および(and/or)正中前前頭皮質から上側頭溝(STS)へのフィードバックの欠如のために,V3とSTSの間の伝播障害が起こり,そしてそれゆえに動いている三角形の社会的な意味を理解することができなかったのではと想定する.この中枢から末梢方向への(top-down)調節仮説は,他の研究結果をも説明することが可能な,共通した病態を示唆するので,都合がよい.

この仮説のもっともらしさは,単一細胞記録を使った研究からも支持されている.Sugaseらは,カニクイザルが顔または幾何学的図形を見ている間に,下側頭皮質にある細胞の活動性を記録した.この細胞における最初の活動は単純にサルが顔を見ているか形を見ているかで異なっていた.一方,後で起こった活動はまた,顔の表情で違っていた.著者らはこれらの経時的な処理モードの違いは,領域内の寄与とより高いレベルの処理領域からのフィードバックを反映していると示唆した.この高次レベルからのフィードバックは表情のより細かい解析のために必要なのであろう.同様に人において,頭蓋内イベント関連電位(ERPs)を使って示されたように,脈絡は視覚皮質における時間的により早期の活動の遅発性トップダウン調節によって視覚処理を増強することができる.

結論として,我々は自閉症におけるV3と上側頭溝(STS)の間の連結性が弱いことが,扁桃体や周辺の側頭極および(and/or)正中前前頭皮質のようなより前方の領域からのトップダウン調節の欠如の原因となるかもしれないと仮説する.このトップダウン調節は正常では,V3からの視覚刺激伝播の入力に対する注意を増強するであろう.未だ同定されていない理由から,そのようなトップダウン調節は自閉症においては起こらないようである.そしてその結果として動きの社会的意味を認知することがより困難になっているのであろう.


(文献)
1. Uta Frith. Mind blindness and the brain in autism. Neuron 32: 969-979, 2001.

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