家族性言語障害(KE家系)の原因変異遺伝子(SPCH1)はFOXP2


Lai CS, et al. A forkhead-domain gene is mutated in a severe speech and language disorder. Nature 413: 519-523, 2001.

訳者コメント:

第7染色体長腕にあることが知られておりました家族性の会話言語障害(KE家系)の原因遺伝子変異が同定されました.これまでだいたいの部位しか判明しておらず,SPCH1と呼ばれており,同部位あるいはその近くに自閉症の関連遺伝子が存在する可能性も多くの論文で議論されていました.つまり注目の遺伝子が同定されたわけです.しかも,発達のパターニングに関連するFOXファミリーに属する遺伝子とのことでさらに驚きでした.FOXファミリーは,形態異常に関連するhomeotic遺伝子で,現時点でFOXAからFOXPまで報告されています.以前取り上げましたHOXファミリーも同じくhomeotic遺伝子の中のマスターキー的な存在でしたが,このFOXファミリーは末梢での役割が知られております.転写調節能力を有するDNA結合蛋白が,発達障害に関連して最近次々と話題になっており,自閉症ではHOXA1(文献1)やEn2(文献2)の関連遺伝子としての可能性(あるいは連鎖不均衡)が示唆され,Rett症候群ではMECP2が原因遺伝子として同定されています(文献3).またパターニングに関連するWNT2も最近自閉症に関連する可能性(あるいは連鎖不均衡)が報告されました(文献4).おそらくFOXP2については,自閉症での検討が行われていることが予想され,近いうちに発表されると思います.この論文の重要性は,Rett症候群とMECP2の論文(文献3)より上かもしれません.

(概訳)

会話と言語の発達障害を持つ人々は,感覚障害や神経学的障害については重篤なものはなく,また相当な知性があり(教育の)機会にも恵まれているにもかかわらず,表出性および(and/or)受容性の言語を獲得することにかなりの困難がある.複数の双生児研究は一致して有意な遺伝素因の存在を示唆しているが,会話と言語の障害を持つ家族を有する多くの家系は,遺伝パターンについては複雑で,そのような障害の易罹患性遺伝子はこれまで同定されていなかった.我々は,三世代にわたるユニークな大家系KEを検討した.この家系においては重篤な会話および言語障害が,常染色体優性の単一遺伝子形質として伝播している.われわれはこれまでの研究で責任遺伝子座が,第7染色体上の7q31領域の5.6cMの巾の部位(SPCH1)にあることを突き止めていた.我々はまた,KE家系とは関係のないCSという患者を報告し,この患者では会話および言語障害がSPCH1部分を含む転座に関連していた.今回,我々はポリグルタミン部分とフォークヘッドDNA結合ドメインを持つ推定転写因子をコードしているFOXP2遺伝子が,患者CSにおける転座断端で直接遮断されていることを発見した.加えて,KE家系においても,有症候メンバーにおいて点変異がこのフォークヘッドドメインの不変アミノ酸残基を変化させていることを同定した.我々の発見は,FOXP2が会話と言語において重要な発達プロセスに関与していることを示唆する.

KE家系の検討は,言語能力の内的側面に関する議論にとっては重要な課題であった.KE家系の有症候メンバーは,はっきりした発音(有節化)に不可欠な微妙な口腔顔面運動の選択と流れにおける重篤な障害を有している(発達言語統合運動障害と呼ばれる).また,言語プロセシングのいくつかの側面(単語を構成音素に分解する能力など),文法的スキル(単語抑揚や統語的な構造を作り出す能力や理解)などにも障害がみられる.

有症候メンバーの非言語性IQの平均値は,健常メンバーの平均値より低いが,重篤な会話と言語の障害を持つにもかかわらず,非言語性能力が一般平均に近い有症候メンバーも含まれている.従って,非言語性障害はこの障害の特徴とは考えることができない.機能的および構造的脳画像研究は,KE家系の有症候メンバーにおいて,基底核の両側性病態がこの形質に関連していることを示唆している.この障害における中核となる欠失を表現型のどの側面が構成するのかについてはいくつかの議論も存在するが,全ての異なる研究結果において,KE家系で変異している遺伝子が,会話と言語の発達を仲介している神経メカニズムにとって重要であろうという点については一致した意見である.

我々は最初にこの原因遺伝子のだいたいの場所をSPCH1として7q31部分に決めた後,終わっているゲノム遺伝子配列のほぼ8メガベースを含む部分に由来する転写マップを作る目的で,生物情報アプローチを使用した.加えて,我々はKE家系とは無関係の患者CSの分子レベルの染色体研究を報告した.この患者CSは,KE家系の有症候者と驚くほど類似した会話言語障害を有しており,これまでに報告のなかったバランスの取れた相互転座であるt(5;7)(q22;q31.2)を有していた.KE家系の有症候メンバーで観察されるように,患者CSは早期授乳やおおまかな運動発達には問題ないにもかかわらず,重篤な口腔顔面統合運動障害を呈した.KE表現型とCS表現型の両方において,表出性および受容性の言語能力にかなりの障害がみとめられた.両方の場合で,全般的知能は比較的保たれており,IQが低い場合でも,言語ドメインにおける障害はそれ以上に深刻であった.

一連の細菌性人工染色体断片(BAC)クローンを使った蛍光in-situハイブリダイゼーション(FISH)は,患者CSの7q31.2転座断端点が,ある一つのクローンの位置と一致することを明らかにした.このクローンはNH0563005で,転座の近くには追加の関連ゲノム再配列がないことが明らかとなった.我々はNH0563005クローンがCAGH44などのいくつかのエクソンを含んでおり,CAGH44は長い連続ポリグルタミン配列をコードしており,脳で転写発現される.CAGH44に関するこれまでの研究は,遺伝子の部分的転写からコーディング配列の最初の869塩基ペアを同定していただけであり,インフレームのストップコドンまでは遺伝子配列が同定されていなかった.KE家系においては,オープンリーディングフレームの5プライム側の部分が検討され,会話言語の障害といっしょに分離される配列変異は発見されなかった.

この候補遺伝子の完全なコーディング部位を単離するために,我々はNH0563005のゲノム配列と隣接するBACクローンを得た.これらのデータから,データベースサーチと遺伝子予想プログラムを使ったコンピューター解析により,予想される2.5kbの転写部位の配列を予想することができた.この部位は17個のエクソンと約2.1kbの完全なオープンリーディングフレームを含んでいた.我々は,この予想された転写配列を実験的に立証し,この遺伝子のエクソン−イントロン構造を確認し,リーディングフレームの異なる5プライム側の2つのエクソン部分がスプライシングによって3プライム側とつながることを検討した全ての組織で同定した.予想される蛋白のアミノ酸配列のC末端部分は,84個のアミノ酸からなる部分を含み(エクソン12-14),この部分は転写因子のフォークヘッド-へリックス(FOX)ファミリーのDNA結合ドメインの特徴に非常に類似していた.この次々と発見される遺伝子ファミリーの標準的命名法に従い,この遺伝子はFOXP2と命名されている.

成人ヒトのいくつかの組織を使ったNorthern blot解析では,約6.5kbの転写の広汎な発現があることが示された.この転写はまた,胎児の組織でも見られ,脳に強く発現していた.同様にFOXP2のマウスの類似体に関しても検討されており,成人および胎児マウスのいくつかの組織での発現が確認されている.in situ hybridization法を使い,マウスのFOXP2は,マウスの胎児発生中の中枢神経系の領域に発現することも報告されており,この部位は新外套皮質や発達中の大脳半球を含む.

我々は,さらに転座のFOXP遺伝子座の関係を検討するために,FISH法と患者CSから得られたDNAのSouthern blot解析を追加した.それにより我々は転座断端の位置をエクソン3bとエクソン4の間のイントロンの200bpの部位であることを確認した.これらの結果はFOXP2の途絶がこの患者における会話と言語の障害の原因であることを示唆している.

我々は,FOXP2の新しく見つかったコーディング部位(エクソン1,3b,そして8-17)に,KE家系における遺伝子変異が存在しないかスクリーニングを行った.その結果,KE家系の有症候者においては,エクソン14の中に塩基GからAへの変異が同定され,この変異がKE家系において会話と言語の障害と完全にいっしょに分離されることが示された.制限酵素に基づく解析を使い,この変異が正常のCaucasianコントロールから採取した364検体の染色体にはないことも示された.このことはこの変異が自然に起こる多型ではないことを示している.この変異はFOXP2のフォークヘッドDNA結合ドメインにおけるアルギニンからヒスチジンへの変異(R553H)を意味している.フォークヘッド(あるいは翼状らせん:winged-helix)ドメインは特徴的な構造を持っており,二つの大きなループ(翼:wingsと呼ばれる)が次に続く,3つの両親媒性のアルファらせん構造からなり,3番目のアルファらせんは,ターゲットとなるDNAの主な溝構造と合わさる構造である.R553H変異はこの第三らせん部に起こっており,フォークヘッドドメインでは通常は最も変異の少ない部分であり,隣接するヒスチジン残基はターゲットDNAと直接の塩基接触をする部分である.

この変異部の元々のアルギニン(R553)は,現在知られているフォークヘッド蛋白ファミリーの全メンバーにおいて同じであり,酵母からヒトまで同一である.さらに,この部分がhomeodomain認識らせん構造の全てに共通する部分であることが提唱されている.ゆえに我々は,このアルギニン残基がフォークヘッドドメインの機能のために非常に重要であり,このKE家系の有症候者においてみられたヒスチジンへの変異がDNAとの結合を遮断し,あるいは(and/or)FOXP2のトランス活性能力を障害する可能性を示唆する.他の可能性としては,R553H変異が,近隣の原因変異と連鎖不均衡の関係にあり,転座患者における障害が他の遺伝子の失活の結果とする説もあり得るが,これはほとんど考えられない.

フォークヘッドファミリーに属するたくさんのメンバーは,胎児発生のキーとなる制御機能を持つことで知られている.FOX遺伝子における変異はヒトの特異的な疾患の原因として報告されており,これらの疾患には,先天性緑内障(FOXC1),甲状腺欠損(FOXE1),lymphedemadistichiasis症候群(FOXC2),blepharophimosis/ptosis/epicanthus inversus(BPES)症候群(FOXL2),そして白内障を伴ったanterior-segment dysgenesis(FOXE3)がある.マウスの表現型scurfyとヒトにおいて見つかったこれに類似の症候群は,共にFOXP3の遮断によるもので,FOXP3はFOXP2に密接に関与している.

FOX遺伝子に同定された有意な数の変異が,ミスセンス変化であり(アミノ酸配列の変化を伴う変異),これらの全てで,今回FOXP2で観察されたようなフォークヘッドドメインの塩基置換が起こっている.蛋白産物が切断されてしまうフレームのシフトやノンセンス変異(終止コドンが出現する変異)もまた報告されている.加えて,バランスのとれた転座で遺伝子の失活効果を持つものも,緑内障におけるFOXC1,lymphedema-distichiasisにおけるFOXC2,そしてBPESにおけるFOXL2で報告がある.これらの研究から得られるデータは,マウスモデルや実験による機能的解析から得られるデータと同様に,フォークヘッドドメインの失活あるいは欠損がヒトの疾患状態を誘導する可能性があるFOX遺伝子変異の一般的なメカニズムであることを示す.常染色体優性の形質に関連したフォークヘッドドメイン変異の検討は,結果として起こる疾患が,胎児発達における単一機能不全の結果であることを示唆する.FOXC1を含む重複染色体異常が眼の前室欠損の原因となり得ることを示す所見は,フォークヘッド転写因子の正確な遺伝子量が胎児発生において重要であることのさらなる証拠を提供する.

フォークヘッドドメインに加えて,FOXP2蛋白はまた,わずか10個のグルタミンの第2ストレッチ部分がその次に続いている,40個の保持されたグルタミンストレッチ部分をも含む.多様性のあるポリグルタミントラクト部分の異常延長は,重篤な遺伝性神経変性疾患の原因であることが知られている.FOXP2のポリグルタミン領域はCAGコドンとCAAコドンのが混ざってコードしており,健常者においては高度に保持された部分である.ポリグルタミントラクト部は多くの転写関連蛋白において報告されているが,FOXファミリーのメンバーでこのようなドメインを報告したのはこの論文が最初である.FOXP2のアミノ酸配列は,全体に渡ってFOXP1とかなり類似しており,このFOXP1はフォークヘッドファミリーのP系のもう一つのメンバーであり,ヒトでも同定された(68%一致,80%類似).しかし,この二つのヒト類似体の間の魅力的な違いは,FOXP2のポリグルタミントラクト部がFOXP1では著明に短くなっていることである.従って,この二つの蛋白の性質を比較することで,ポリグルタミン反復部の非病理的プロセスにおける役割を解明できるかもしれない.

加えて,我々は,FOXP2遺伝子が会話と言語の障害を持つ患者における転座異常により直接遮断されていることを明らかにした.また,転写因子であることが予想される蛋白のフォークヘッドドメインの重要な塩基に影響する変異が,KE家系において有症候状態と共に分離されることも示した.両方のケースで,我々は脳における胎児発生のキーステージでのFOXP2単一機能不全が,会話と言語に重要な神経構造の発達異常の原因になったことを提案する.我々の知りえる範囲では,この遺伝子はこのような過程の原因としては最初に報告された遺伝子であり,ヒトの形質をユニークに仲介する分子プロセスにおいて理解が広がることが約束される.


(文献)
1. Ingram JL, et al. Discovery of allelic variants of HOXA1 and HOXB1: genetic susceptibility to autism spectrum disorders. Teratology 62: 393-405.

2. Petit E, et al. Association study with two markers of a human homeogene in infantile autism. J Med Genet 1995 32: 269-274.

3. Amir RE, et al. Rett syndrome is caused by mutations in X-linked MECP2, endocing methy-CpG-binding protein 2. Nat Genet 23: 127-128, 1999.

4. Wassink TH, et al. Evidence supporting WNT2 as an autism susceptibility gene. Am J Med Genet 105: 406-413, 2001.


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