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社会性の遺伝
(図あり)

Scourfield J, et al. Heritability of social cognitive skills in children and adolescents. Br J Psychiat 175: 559-564, 1999.
(概訳)

(背景)社会的認知能力は社会的状況を把握するのに必要であり,自閉症,精神分裂病,子供の社交的行動における問題を含む多くの精神科的状態に関連している.

(目的)社会的認知能力の遺伝性を検討する.

(方法)5歳〜17歳の双生児を対象とし,社会的認知能力に対する遺伝的影響および環境による影響を検討した.

(結果)男性のスコアは女性のスコアより有意に高かった(P<0.001).このことは,男性において社会的認知能力が低いことを示している.遺伝性は0.68で,共有環境の影響は多様性の0.05%にすぎなかった.共有環境の影響はモデルから除外しても適合度に影響しないほど低かった.遺伝的影響に性差はなかったが,年齢に関連する変化がみられ若い双生児ほど社会的認知能力に対する遺伝的影響はより大きかった.

(結論)社会的認知能力は,遺伝的影響をかなり受けており,性差が有意にあることが明らかになった.スコアの多様性における遺伝的影響に性差はなかったが,年齢による影響は有意であった.


(イントロ)
「社会的認知(能力)」という用語は,人と人の間のキュー(合図)を理解・処理し,適切な反応をプランニングすることで可能となるスムーズな社会的相互関係に必要とされる高度な認知機能のこととして使われる.社会的認知能力の障害は,精神科領域においては自閉症と精神分裂病の病態に含まれると信じられており,この2つの疾患で最も頻回に検討されている.しかし,うつ病や小児における外向性障害などにも関連することが示唆されている.

社会的認知(能力)の遺伝学的研究は,幅広い精神科疾患と関連していることから,遺伝子と精神病態の間に介在する可能性のある因子として興味深い.ほとんどの精神科疾患の遺伝は複雑で,遺伝的影響は障害の背景と成り得る個性や認知スタイルのような特性に関与する形で作用することが考えられる.例えば,人生におけるエピソード(life events)や社会的支援(social support)は共に精神科的障害に関連しており,社会的認知(能力)における個人差によって影響を受け,遺伝的影響が証明されている環境因子である.最近の研究結果では,女性において有意に優れている社会的認知能力が,父親から受け継いだX染色体上の遺伝子座の形質発現の影響を受けていることが示唆された.

上記の所見から,社会的認知(能力)は遺伝学的研究対象として注目されるべきである.本研究は,一般集団において,社会的認知能力の多様性に遺伝および環境がどの程度影響を及ぼしているかを調べるために,双生児をサンプルとして使った.まず,我々は,男性は女性よりも社会的認知能力が低いと予想する.そして,社会的認知スコアの多様性は遺伝素因の有意な影響を受け,遺伝的影響は男性と女性で異なっているであろうと仮説する.この研究のもう一つの目的は,社会的認知能力の多様性における年齢の影響を調べることである.

(方法)
1980年から1991年間に,Mid GlamorganとSouth Glamorganで生まれた全ての双生児を,地域子供健康データベースからピックアップした.地域の国立健康サービス登録簿を使い,登録時の主治医をつきとめ,本人あるいは親に連絡した.転出してしまった例は除外し,双生児の片方が死んだり,深刻な学習障害であるような例も除外した.最終的に,5歳〜17歳の1109ペアの双生児を対象とした.

データ収集は郵便で行われた.親にその双生児に関する質問用紙を全部記入してもらった.この質問用紙に含まれている「親による社会認知能力スケール」を示す.

社会認知能力質問項目

  • 他の人々が感じていることに気づいていない
  • 他の人が興奮したり怒っても気がつかない
  • 自分の行動が家族に与える影響に気づかない
  • 家族の通常の生活をしばしば破壊する行動
  • 家族の時間を浪費する
  • 興奮している時は説得しにくい
  • 会話をじゃまするなど,社会的な作法を理解していないようだ
  • ボディーラングウィッジを理解できない
  • 許容可能な社会的行動とは何なのか知らない
  • 行動が人々に不快感を与えていることに気づかない
  • 指示に反応しない
  • わかりやすく指示しなければ,指示に従うのが困難

回答を促す手紙を3回送り,電話番号がわかっている場合は電話で回答を促した.一卵性か二卵性かは,類似度質問用紙にて評価し,この方法で,二卵性から一卵性を90%以上正確に区別することができる.

双生児研究により,心理学的形質における個人差のどの程度が遺伝に左右され,どの程度が環境に左右されるのかを知ることができる.一卵性双生児は100%遺伝子を共有しており,一方二卵性双生児は50%共有している.一卵性でも二卵性でも同じように環境を共有していると仮定し,もし一卵性一致率が二卵性一致率より高ければ,遺伝の影響が存在することが考えられる.一般的には,ある形質が遺伝性であれば,スコアの一卵性相関度は,二卵性相関度よりも高いはずである.さらに,もし遺伝的影響が純粋に付加的なものであれば,一卵性双生児は100%遺伝子を共有し,二卵性双生児は50%共有するのであるから,一卵性相関度は二卵性相関度の2倍であるはずである.共有環境の影響は,二卵性双生児の一致率を高め,二卵性相関度は一卵性相関度の半分以上になるはずである.非付加的遺伝的影響(アレル間の相互作用)は,一卵性では全てを共有しており,二卵性では25%しか共有しないので,二卵性一致率を下げるであろう.ゆえに非付加的遺伝的影響は,一卵性相関度を一卵性相関度の半分以下に低下させる.

構造的均衡モデル(structural equation modelling)によるアプローチを使い,社会的認知スケールにおける双子間の共分散観察値に最も適合する遺伝パラメーターと環境パラメーターが推定された.このアプローチは最尤法(maximum likelihood methods)に基づいている.双子間の社会的認知スコアの分散(ばらつき)は,遺伝および環境の影響で説明することができ,遺伝的影響は付加的な影響(A)と非付加的影響(D)の両者がある.非付加的影響は,同一のあるいは異なる遺伝子座における対立遺伝子(アレル)間の相互作用による影響である.環境の影響は,同居している双子に共通する環境(C)と,同居していてもそれぞれの個人によって異なる環境(E)がある.Eは,計測誤差を含む.構造的均衡モデルは,一卵性および二卵性それぞれの双生児ペアの分散マトリックスを使用する.全てのパラメーターを使ったフルモデル(ACEまたはADE)は,最初に検討され,かい二乗検定(goodness-of-fit)で評価した.遺伝的影響および環境の影響の統計的有意度は,フルモデルからそれぞれのパラメーターを除外した計算値をフルモデルでの計算値と比較し,その差をかい二乗検定(likelihood tatio)で評価した.この比較法は,フルモデルと除外モデル間のかい二乗差と同等である.Fig.1に,この解析に使われた基本的モデルを示す.

(Fig.1の説明)ACEモデル.円は潜在性のパラメーターを示す.四角は観察される測定値を示す(この場合は社会的認知能力スコアの結果).Aは,付加的遺伝影響,Cは共有する環境の影響,Eは個人的な環境の影響.円と円を結ぶ矢印は,双生児間の相関を表す.遺伝的相関は一卵性双生児の場合1.0で,二卵性双生児の場合0.5となる(図の場合は二卵性).共有環境の相関は,一卵性でも二卵性でも1.0.ADEモデルでは,Cの代わりにDが入り,Dは非付加的遺伝影響を表す.

(Fig.2の説明)社会的認知能力スコアにおける年齢効果を追加した図.潜在する年齢変数は,観察される年齢分散の原因となるだけではなく,観察される社会的認知能力スコアにおける分散にも影響する.

男女間の遺伝的影響における統計的有意差は,分散の諸成分が男女間で同等であるモデルと,性差による分散成分のみ異なるモデルを比較することにより検定される.同様に,若い双生児と年輩の双生児の間の統計的有意差も,分散成分が年齢別群で同等とするモデルと,年齢で異なるとしたモデルを比較し検定した.最後に,我々は,年齢の影響を考慮したモデルを検討した(Fig.2).そのモデルでは,潜在する年齢変数が,社会的認知能力スコアの分散に影響し,観察される年齢分散の唯一の原因とした.

遺伝解析のための記述統計値や共分散マトリックスを得るためには,SPSSソフトウエアパッケイジを使用した.男女差の検討で,双生児データの群化を考慮するために,STATAソフトウエアとHuber-Sandwich-White計算法を使った.モデル適合化にはMxソフトウエアパッケイジを使用した.

(結果)
670家系から返事を得,返答率は60%であった.双生児の年齢は5歳から17歳.女性の平均年齢は10.6歳(標準偏差:3.3).男性の平均年齢は同じく10.6歳(標準偏差:3.2).278ペアの一卵性双生児が含まれ,124は男性の一卵性双生児,残りの154ペアは女性の一卵性であった.二卵性双生児は378ペアで,その内,198ペアは男女ペア,99ペアが男性ペア,81ペアが女性ペアであった.14ペアはデータに一貫性がなく一卵性か二卵性か結論できなかった.

各選挙区の国勢調査の時の方法を応用し,Townsendスコアで返答の有無を検討した結果,返答を出す人と出さない人の両群で有意な社会的-地理的相異点はみとめられなかった.

社会認知能力スコアは,女性では0点から23点の幅があり,男性では0点から24点の幅があった(最高点は24点).どちらか一方が21点以上のペアは解析から除外した.生スコアは対数に変換し,モデリングのために下記の式で近似した.

f(x)=log(1+x)

スコアが高いと社会的認知能力が乏しいことを意味し,男性は女性よりも有意にスコアが高かった(男性:平均3.8,標準偏差4.2;女性:平均3.1,標準偏差3.8)(Mann-Whitneyテスト,Z=-3.4424,F<0.001).

遺伝解析:一卵性での相関が0.73で,二卵性での相関が0.38であり,両者の差は遺伝素因の存在を示唆する.男性に限ると,一卵性の相関が0.69で,二卵性の相関が0.47,女性に限ると,一卵性の相関が0.74,二卵性の相関が0.26で,男性の方が一卵性と二卵性の差が少ない.二卵性女性の相関は一卵性女性の相関の半分以下となっており,このことは非付加的な遺伝的影響の存在を示唆する.

第一に,付加的な遺伝的影響と環境の影響を含むフルモデル(ACEモデル)を,一卵性と,同じ性の二卵性双生児のデータを使って検討した.このモデルは,データによく適合するが,共有環境の影響は少なく(推定値0.05,95%CIは0.00-0.28),共有環境の影響は統計的には有意ではなかった.しかし,遺伝的影響は有意であった(かい二乗値=220.7,P<0.001).

片方が男性で片方が女性の双生児ペアからのデータを含むことによって,遺伝的影響の程度が男性と女性の間では有意に異なるかどうかを検討することができる.また,ひとつの特性に影響を与える異なる素因が男女に存在するかどうかも検討することができる.そのような解析の結果,共有環境の効果はほとんどゼロであり有意なものではなかった.テストされた最初のモデル(モデルI:女性における非付加的遺伝的多様性を含む男女間の差の推定)は,(女性における)非付加的遺伝的影響はゼロ(0.00-0.33)であった.モデルIIは,女性の非付加的遺伝的多様性を除外したモデルで,モデルIIIでは,男女差がない場合の推定値が求められた.これらの結果から,男性と女性の間に有意な差異はないことが示された.

年齢の効果:年齢と社会的認知スコアの相関に関する検討では,男性において有意な負の相関がみられ(r=-.011,P=0.007),女性ではr=0.14,P<0.000であった.そこで我々は年齢における多様性の原因になり社会的認知スコアに影響する潜在性の変数であるagelを想定したモデルを検討した.その結果,共有環境の影響は有意でなかったが,年齢効果は有意であった(かい二乗値=7.901,P=0.005).

さらに年齢効果を検討するために,サンプルは11歳未満の子供(142ペアの一卵性,88ペアの同性二卵性)と,11歳以上のグループ(115ペアの一卵性,69ペアの同性二卵性)に分けて検討した.前述したモデル適合法を,それぞれのグループに応用し,共有環境の影響は両グループで再び有意でなかった.両グループで推定値を同一に設定すると,モデルの適合度は減少したため,異なる推定値を想定したモデルIIが最良のモデルとして選ばれた.

(考察)
今回は,社会的認知スコアの多様性に対する遺伝的影響と環境の影響を検討するために,5歳から17歳の健常双生児サンプルを使用した.社会的認知(能力)は,男性で劣っており,遺伝性が高いことが示されたが,遺伝的影響の男女差は有意ではなかった.年齢による有意な影響が確認され,年齢と共にスコアは改善(減少)し,より若年者グループと年齢の高いグループでは,遺伝的影響と環境の影響の程度が異なっていた(若い群で付加的遺伝的影響が0.7846,環境の影響が0.2154,年齢の高い群で付加的遺伝的影響が0.6644,環境の影響が0.3356).つまり,11歳未満では多様性の78%が遺伝的影響で,11歳以上では66%が遺伝的影響で,この差はかろうじて有意であった.

今回の研究には二つの問題点が含まれている.一つは,使用された親による記述スケールは新しい方法であり,あまり検討されたことのない点である.子供の社会的認知(能力)を測定するいろいろなアプローチ法が過去において試されており,これにはインタビューや写真を使った社会的描写の解釈やいろいろな質問紙法が含まれる.しかし,今回使ったスケールは,項目間の矛盾がなく,そのスコアは最初の報告で高次皮質機能テストにより支持されている.二つめの問題は,双生児は言語関連認知機能に問題があることが多く,周産期の合併症も多いことである.このことは,双生児の検討結果で通常の健常者の社会的認知機能を述べることができるかどうかに影響する.しかし,仮に双生児の社会的認知能力に問題があるとしても,環境因子を強調することになり,遺伝的影響の推測値は減少するであろう.従って,今回の検討で双生児を対象としたことが重要な効果を及ぼすことはないであろう.

男性において社会的認知能力が低かったことは,この方法を使った以前の報告の結果と矛盾せず,また,いくつかの認知能力においては性差が存在することがコンセンサスとなっている男女間の認知能力相違に関する研究結果とも矛盾しない.社会的行動における性差は以前から知られており,幼児においてはなく,小児期に顕在化すると報告されている.

今回の結果は,社会的認知能力の遺伝性が高く,スコアの約70%は付加的遺伝的影響によることが示され,共有環境の影響は有意でなかった(〜0.28).相関のパターンは,女性においてのみ非付加的遺伝的影響の存在を示唆し,二卵性の女性の相関度は一卵性の女性の相関度の半分以下であったが,統計的には有意ではなかった.しかし,統計的な信頼区間は幅が広く,女性における非付加的遺伝的影響が軽度存在する可能性は否定できなかった.社会的認知能力の多様性における遺伝的影響と環境の影響の程度においては,有意な性差は指摘できなかったが,男女間で関連する遺伝子座が異なっている可能性は否定できない.

これまでに報告された研究は,年齢によって変化する遺伝的影響の存在を示唆している.例えば,行為障害に関する研究や,小児うつ病に関する研究では,遺伝的影響は年齢と共に増加することが示されている.全般的認知能力の研究でも,遺伝素因は一生を通してその重要性を増していくことが示唆されている.我々の今回の検討では,社会的認知能力における遺伝的影響は少年期から青年期にかけて減少することが示唆され,これまでの報告とは反対の現象である.可能性としては,社会的認知能力における環境の影響が相対的に増加するこの現象は,子供が発達に伴って経験が広がる時に,人と人との間のキュー(合図)や社会的な状況を理解する能力を獲得することで説明できるかもしれない.この年齢に関連する遺伝的差異は,サンプルを年齢で二つに分けてやっと有意差がでる程度であるが,一般的には社会的認知スコアの多様性における年齢効果は明らかに有意である.

社会的認知能力の遺伝性は約70%で,IQなどの他の認知機能の遺伝性と類似している.IQの遺伝性は50〜70%との報告もあるが,最近のメタ解析では34%と低い結果も得られている.共感能力を含む社会的認知能力に関連することが考えられる性格特性の遺伝性については54%とか72%というデータが報告されている.

自閉症や注意欠陥・多動性障害(ADHD)や行為障害のように,社会的行動に問題が生じる状態は,男性に多くみられる.もちろん健常者の検討結果を臨床的状態に一般化することはできないが,社会的認知能力が男性で低いという事実は,自閉症やADHDや行為障害が男性で多いことに関連しているであろう.今回の検討では,男性の方が有意に社会的認知能力が低かったが,この男女差は遺伝的影響の男女差では説明できなかった.

臨床的意義
  • 社会的認知(能力)は,ある種の精神科疾患への易罹患性に関連している可能性がある.新しい方法での評価により,社会的認知能力は女性に比べ男性で有意に低下していることが示された.
  • ここで示された社会的認知(能力)は,かなり遺伝性が高く,かつ年齢依存性であった.
  • 遺伝性の性差では,社会的認知能力の性差を説明できなかった.
本研究の限界
  • 今回使用した方法は新しいもので,親に対する質問紙法である.
  • ある種の認知能力においては,双生児は健常児と異なるかもしれない.
  • 回収率は60%であった.


(コメント)社会性の遺伝性に関する論文は以外と少なく,貴重な論文です.


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