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Rett症候群の原因遺伝子MECP2
:ニューロンが考えるために必要な静寂を与える遺伝子


Carter AR,Segal RA. Rett syndrome model suggests MECP2 gives neurons the quiet they need to think. Nature Neuroscience 4: 342-343, 2001.

訳者コメント:

DSM-IVで広汎性発達障害の中に含まれているRett症候群の原因遺伝子異常が1999年に報告され(論文1),最近多くの論文がこの結果を確認し再現しています.ここで紹介します論文の目的は,Rett症候群で変異しているMECP2の機能に関する考察です.非常に重要な内容と考えます.

(概訳) 神経発達障害であるRett症候群は,転写抑制因子であるMECP2の遺伝子変異を伴っている.2つの研究グループがこのMECP2が細胞分裂後のマウスニューロンにおいて役割を担うことを報告している:最近2つのミステリーに関する話題が神経系に関連して出された.一つは小児の神経疾患であるRett症候群の原因についてである.この症候群は1966年にAndreas Rettにより最初に報告され,1万人に1人から1万5千人に1人の割合で女児に起こり精神遅滞の原因となる.二つ目は,Rett症候群には一見関係がなさそうに思えることであるが,なぜ脊椎動物のDNAは広範囲に渡ってメチル化されているのかというパズルである.現在DNAメチレーションは遺伝子の転写を不活化させるための重要な現象であると理解されている.1999年に,Rett症候群がX染色体のMECP2遺伝子変異に関連することが示された(文献1).このMECP2はメチル化されたDNAに特異的に結合する蛋白をコードしており,その後の追加研究でほとんどのRett症候群患者がこの遺伝子の変異によることが明らかにされた.また,GuyらとChenらはそれぞれ,Cre-Losシステムを使ってMECP2欠損マウスを作成しNat Genetに報告している.MECP2欠損マウスは人のRett症候群類似の神経学的所見を呈しており,Rett症候群の研究モデルとして期待されている.さらに重要なことには,MECP2蛋白が成熟した神経系の正常機能に必要な蛋白であることが示された.

Rett症候群の患者は,生後6ヶ月−18ヶ月までは正常に発育する.その後頭部の成長や運動および認知能力がいつのまにか減衰する.患児はほとんど歩けなくなり,話したり目的のある運動を行うことができなくなる.その他に,たたく様な動き(clapping)や手を握り締める(hand wringing)ような反復運動が見られる.てんかん発作や呼吸不整などもよく見られる.若くで死亡するケースも存在する一方,多くは成人まで生存する.Rett症候群は女児の疾患であり,男性でこの遺伝子変異を持つ場合は出生前に死亡すると考えられている.MECP2を欠損するマウスでの以前の研究では,オスの保因は出生できないことが示唆された(MECP2-null固体の胎児死亡).

現在,MECP2のnullタイプの実験動物を生存させるために,BirdらとJaenischらの二つの研究グループはMECP2とloxPを隣接させたマウスを作り出し,このマウスとCreを偏って表出する欠損誘導動物(deleter animals)をかけ合わせた.このCre-Loxアプローチによって,空間的におよび時間的に特異的な変異体やnull型マウスを作ることができ,胎児死亡の問題を回避することもできる.驚くべきことに,null型マウス(オスで一個の変異型,メスでホモ型)は,生存することができ,初期の形質異常はみられない.しかし,生後3から8週経つと,これらのnull型マウスは運動行動に協調性を欠き,活動性が減少し呼吸が乱れてくる.そして通常10週以内に死亡する.ヘテロ型のメスもまた,失調をきたし呼吸異常がでてきて,患者の状態にかなり類似している.しかし,症候の初発は生後4ヶ月である.MECP2完全欠損マウスが生存できることは,最近の人での研究に矛盾しない.MECP2変異を持つ何人かの男性患者が報告されたのである.しかし,このような男性例ではその症候は典型的なRett症候群とは異なっており,手を握り締める反復運動はなく,女児での精神遅滞よりもより重症な精神遅滞を呈する.ゆえに,MECP2は生存に必ずしも必要というわけではなく,人同様マウスにおいても,発達のタイムコースおよび形質の重症度におけるMECP2欠損の量依存的効果が存在するのである.

Birdらはまた,MECP2変異マウスが失調と活動性の低下を示すことを明らかにした.Rett症候群の背景となる神経病理学的本質は何であろうか?人での研究は大脳皮質と小脳のボリュームの減少を指摘し,細胞のサイズ,細胞密度,樹状突起の樹枝状化,およびシナプス形成の減少があることを示した.動物モデルは研究者たちがRett症候群の進行に関連する病理変化の時期を推測することを可能にする.最初のステップとして,Jaenischらは,MECP2のnull型マウスの脳がより小さいことや,海馬や小脳や大脳皮質のニューロンの核がより小さく,より高密度に集まっていることを報告した.ニューロンの生存,形態,シナプス形成,そしてシナプス機能などの経時的変化に関する詳細な検討ができれば,Rett症候群の症候の進行に同期する病理変化を同定できるかもしれない.神経系以外では,MECP2欠損マウスでも異常はほとんどないが,Birdらはnull型マウスでの停留睾丸を,またnull型マウスでの体重変化も両グループから報告されている.

重要なことには,全ての組織でMECP2が欠損しているマウスに加え,両研究グループは中枢神経系に特異的なMECP2欠損状態を作り出している.そのために,loxed MECP2対立遺伝子を持つマウスは,nestin promoterにより誘導されたCreを持つマウスと交配された.nestinは神経前駆細胞に発現するため,これらのマウスの子孫では神経系でのみMECP2が欠損する.両グループはこのようにしてMECP2を中枢神経系で欠損させると,全身でMECP2が欠損したマウスとほぼ同じ発現形質を得ることができることを示した.この結果はマウスにおける行動上のまた神経病理学的変化が,他の組織の病変からの影響ではなく,神経系でMECP2が欠損することで起こることを示している.

Rett症候群のような神経学的症候群がMECP2の変異で起こり,発現形質異常がほぼ神経系に限定されるということは非常に興味あることである.MECP2遺伝子は全ての組織で発現するので,MECP2のnull型マウスでの神経学的発現形質はMECP2の発現が制限されていることを意味しない.MECP2はメチル化されたDNAに特異的に結合する蛋白の一つであるので,Birdらは神経症候の別の説明を検討している.それは,神経組織以外では他のメチル化-CpG-結合蛋白がMECP2の代わりを務めている可能性である.このような代替蛋白はニューロンにおいては存在しないか,あるいは機能を持たないのかもしれない.MECP2はまた,mSin3a/histone deacetylase complexとの相互作用により,転写を抑制するためにメチル化されたDNAへこの複合体を集めるのかもしれない.BirdらはMECP2とMbd2の間の遺伝子レベルでの相互作用を検討した.Mbd2はメチル化-CpG結合能を持つ別の転写抑制因子の成分のひとつである.MECP2(-/-)でMbd2(-/-)のダブル変異動物は,MECP2変異動物同様の所見を呈し,Mbd2がMECP2欠損の代償をしていないことが示された.

その他のメチル化-CpG-結合蛋白が神経組織以外で発現してMECP2の欠損を補っているという可能性は残るが,MECP2-nullマウスの神経学的発現形質からは,ニューロンがメチル化されたDNAに結合する蛋白を特異的に必要としていることがうかがえる.Jaenischらは最近,DNAのシトシンのメチル化を維持する酵素DNA mehyl-transferase 1(Dnmt1)の欠損マウスを作成した.Dnmt1-nullマウスは胎生早期に死亡する.しかし,メチル化の欠損を発達中の神経細胞のサブポピュレーションに限定すると,マウスは生存するが,低メチル化のニューロンは生存せず,変異マウスの出生後に脳から消失する.この所見は細胞分裂後のニューロンに特異的なDNAメチル化の重要性を支持する.細胞分裂後のニューロンにおけるDNAメチル化の機能にMECP2が関与しているかどうかを検討する目的で,Jaenischらは細胞分裂後のニューロンにおいて特異的にMECP2を欠損させるためにCreがCam kinase promoterにより誘導されたマウスを使った.彼らは,このマウスがMECP2の欠損マウスと同じ行動形質と神経病理所見を呈することを観察し,このことは細胞分裂後のニューロンがMECP2を継続的に必要としていることを示している.

なぜニューロンは他の細胞に比べMECP2変異に弱いのであろうか?神経機能に重要な遺伝子のサブセットが,REST/NSRFのような個々の抑制メカニズムによりすでに神経細胞以外ではスイッチオフの状態であることがひとつの可能性である.しかし,ニューロンにおいてはMECP2は,そのような神経限定遺伝子の発現をコントロールするためのプライマリーなメカニズムである可能性もある.ゆえに,MECP2における変異はニューロンにおいてコントロールできない遺伝子発現を誘導してしまい,一方神経以外の組織では,遺伝子発現は抑制されたままになる.もうひとつの仮説は,ニューロンが他の種類の細胞よりも背景となる転写ノイズに対してより寛大でないのかもしれない.メチル化依存性の転写中止状態は,ニューロンが複数の騒がしいインプットを受け入れるために必要なのかもしれない.また,メチル化依存性の転写中止状態は,ニューロンが刺激における難解な違いを区別し,新しい遺伝子転写に適切に反応するために必要なのかもしれない.つまりニューロンは考えるために静寂を必要とするのかもしれない.

BirdらとJaenischらの研究は,Rett症候群やMECP2による転写抑制の役割に関するたくさんの興味ある疑問点に答える方法を提供している.動物モデルの解析はMECP2のnull型ニューロンの早期病理変化を明らかにするであろう.また,MECP2により制御されている遺伝子を同定し,MECP2がダイナミックな遺伝子発現を制御するメカニズムが解明される可能性もある.最後に,MECP2が成熟した神経系において継続的な機能を持つことが証明され,このことはRett症候群患者における治療の可能性を広げたことになる.Rett症候群患者では診断された時には中枢神経系のニューロンは既に細胞分裂後の状態なのである.


(文献)
1. Amir RE, et al. Rett syndrome is caused by mutations in X-linked MECP2, endoding methyl-CpG-binding protein 2. Nat Genet 23: 127-8, 1999.

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