自閉症の有病率

Fombonne E, The prevalence of autism. JAMA 289: 87-89, 2003.
 
訳者コメント:

JAMAに載りましたアトランタ都市部の自閉症スペクトル有病率に関する論文(文献1)に付随したエディトリアルです.Fombonne先生は自閉症スペクトルの有病率を,この論文の結果(1万人に34人)よりも多い1万人に60人と考えておられるようです.自閉症スペクトルの増加傾向が実際に存在するかについては否定的な雰囲気です.Yeargin-Allsoppらの論文で初めてアフリカンアメリカンでの有病率が検討されたことが強調してあります.実際の論文の結果はCaucasianと全く同じで1万人あたり34人という貴重な結果です.

(概訳)

自閉症の疫学的研究の数はここ数年増加しており,この傾向は何が小児精神科研究の弱い領域であるのかという点に研究者たちの注目が集まっているアメリカにおいてもそうである.JAMAに,Yeargin-Allsoppらはある調査の所見を報告している(文献1).この調査はCDCが予算を出したもので,アトランタの都市部において3歳から10歳の子供においては,自閉症スペクトルは1万人あたり34人存在することを報告している.

この調査の強みは,複数の情報収集源を使っていることと大規模であることである(例えば,32件の過去における研究ではサンプルサイズの中央値は50であるのに比較しこの研究での自閉症スペクトル者の数は987人である).そのために推計における精度が良好で意味のあるサブグループ解析を行うことが可能になる.加えて,この研究は黒人小児における自閉症スペクトルの率に関するポピュレーションベースの粗推計値を初めて算出した.他の所見は過去に行われた自閉症スペクトルの調査結果と同じで,男児に多く,3分の2以上のケースで認知障害があり,そして比較的高率(8%)にてんかんが合併していた.約18%のサンプルは調査前に診断を受けていないか,あるいは自閉症スペクトルであると認識されていなかった.また,黒人の母親,より若い母親,または教育年数の少ない母親から生まれた自閉症スペクトル児は,唯一の症例発見ソースであった学校を通してよりしばしば同定された.これらの所見は自閉症スペクトルの疫学的研究においては複数の情報収集源に頼る必要があることを強調し,単一のサービス供給データベースを基にする所見に対し警告を発している.

しかし,1万人当たり34人という有病率は実際より少ない結果のようである.第一に著者Yeargin-Allsoppらが指摘しているように,より軽度のあるいは高機能(例えばIQが正常の)自閉症スペクトルサブタイプの児が含まれていない.第二に,3−4歳児における有病率がより低くなっており,より若い年齢層では発達障害の同定が困難であることを反映しているのかもしれない.第三に,9歳から10歳の児童において説明のできない有病率の低下が存在する.この年齢別の傾向を自閉症スペクトルの率が世間一般で増加していることを示唆する現象(つまり誕生コホートが若ければ若いほど有病率が増加する)と解釈したくなるが,そのような説明は適切ではないようでありまた,年齢が5歳から8歳の誕生コホートで率がプラトーになっているので生物学的にもおかしいことになる.むしろ,著者らはこれらの違いは自閉症の診断基準が新しくなったことと,1990年代に自閉症児に提供されるようになった発達障害サービスの普及を反映していると考えている.しかし,そう考えると5歳から8歳で得られた1万人当たり41人から45人という率がおそらくより正確な値であることを意味している.最近行われた3つの研究が1万人あたり60人という有病率推計を出していることを考えると,この率(41−45人/1万人)は実際はもっと高いはずである.

より最近の疫学調査の方が高い有病率を報告していることは,自閉症の原因に関する議論に拍車をかける.しかし,4つの独立した点に言及する必要がある.第一点は自閉症および自閉症関連状態の最近の有病率推計値の最善のものであるかに関連する.増えつつある最近の調査は一貫して,自閉症スペクトル(アスペルガー障害やPDD-NOSを含む)の有病率は1万人あたり約60人であることを示している.Yeargin-Allsoppらの研究結果はこの結論に同意している.この推計値からすると,5歳未満の114000人を含み,18歳未満約425000人の自閉症スペクトル児がアメリカにいることになる.

第二点は,自閉症スペクトルの有病率が時間が経つにつれ増加しているかどうかという点である.1960年代および1970年代の調査は,自閉症スペクトルではなく,自閉性障害だけを取り扱い,Kannerの記載のようなより狭い定義を使い,そして精神発達遅滞がない対象者に自閉症者はいないという立場であった.従って,年度ごとの経時的比較は,異なる定義を使った研究を一般に対象としており,経時的な傾向であるのかの判断を困難にしている.1970年代後半に出された最も近接した自閉症スペクトル有病率は,重度の障害をかかえた自閉症スペクトル児に限られた英国における調査での,1万人あたり20人である.自閉症スペクトルのサブタイプの率を比較することは,特に自閉症の経時推計のために,もう一つの手段を提供するが,Yeargin-Allsoppらの結果や他の調査によって示されたように,自閉症スペクトルサブタイプにおける分類は必ずしも信頼できるわけではない.にもかかわらず,最近の調査における自閉性障害の率は一貫性を持って1万人あたり10人以上であり,一方以前の有病推計値は1万人あたり4人から5人である.ゆえに,入手可能なエビデンスから,自閉症スペクトルと自閉症の最近の率は30年前に比べると3から4倍高率であると結論することができる.

第三点は,有病率におけるこの増加の可能性のある説明についてである.つまり,この増加がより包括的な診断基準を持つ自閉症スペクトルの概念が広がったことを反映しており,またポピュレーション調査における症例発見の方法が改善されたことを反映しているのであろうか?過去数十年の間に,自閉症の定義は広がったと一般に認識されており,特に自閉症スペクトルのより軽症例の境界は健常者側へシフトした.これらの主な変化は1980年のDSM-IIIから1987年のDSM-IIIRおよび1994年のDSM-IVへの分類中に起こった.Kannerの幼児自閉症は1980年に広汎性発達遅滞という概念に置き換えられた.広汎性発達障害の中で,分類不能の広汎性発達障害(PDD-NOS)は,現在最も幅広い意味で使われている自閉症スペクトル診断となった.また,Asperger障害は1990年に新しい診断カテゴリーとして出現した.また,比較が定義の変化を厳密にコントロールしていない限り,経時的な有病率の違いや調査間の有病率の違いを評価することは実際的には不可能であろう.

さらに,症例発見方法における違いは調査間の有病率推計の多様性の大部分を説明できることを示す強いエビデンスが存在する.例えば,最近発表された4つのアメリカでの研究と4つのイギリスからの研究において,14倍の多様性と6倍の多様性がそれぞれ有病率について見つかった.これらの研究はそれぞれ同じ時期に,同じ年齢グループで,そして同じ国において行われたものであるが,推計値における一貫性の欠如は著明であり,それぞれの研究のユニークな研究デザインがいかに有病率推計に影響し得るのかを明らかにしている.アメリカでもイギリスでも,症例同定のために単一の登録ソースに依存している研究は有病率の推計値が低い.一方症例発見のために積極的な方法を使っている研究,つまり,対象者の収集に複数のソースを使い,直接的な診断方法を使った研究は非常に高い有病率を得ている.言うまでもないことであるが,経時的なポピュレーション調査の比較は,コントロールを取ることが困難な因子によってかえって比較し難くならざるを得ない.

また紹介されたケースの統計は,経時的な流れを評価するために使われてきた.しかし,それらのデータは,紹介パターン,サービスの提供可能性,大衆および専門家の認知度,診断年齢,そして診断概念・診断方法などのようなファクターにおける経時的変化によって複雑化する.例えば,カリフォルニアのサクラメントの発達サービス局からの報告は,公的サービスを受けている子供の数の増加を示している.しかし,ポピュレーションサイズ,診断方法,または移住のようなキーとなるファクターを調整できないでいる.この公的サービスシステムに登録されている小児に関して広く公表したもう一つの報告書は,「観察された増加は例え全部ではなくても,いくぶんはカリフォルニアにおける自閉症ケースの真の増加を反映している」と結論した.しかし,この報告の中の前の方で,著者らは,「症例発見法が改善すると症例の数は明らかに増え・・・本研究は,症例発見法における経時的な違い地域のセンターに登録した自閉症児の数の変化の原因にどの程度なったのかを検証するものではない」と述べている.

対照的に,このカリフォルニアのデータセットの最近の解析は,1987年から1994の間,診断名の変更が起こっていることを示唆している.つまり,自閉症の有病率は1万人あたり5.8から14.9に増加している一方で,精神発達遅滞の有病率は1万人あたり28.8から19.5に減少している.このような流れは,その後消失している.著者らによると,発達障害を持つ幼児のための早期介入プログラムを各州が提供することを定めた新しいアメリカの法律(障害者教育法)が,自閉症という診断が使われることが増加したことに一役かっている.さらに,この15年の間に,自閉症の早期集中的行動介入の効果に関するエビデンスが集まり,多くの家族が公的サービス供給システム以外の早期介入に必要な高い料金を払うことができない.従って,有病率がより高いことが診断方法,同定法の進歩,サービスの入手可能性,そして同様な他のファクターにおける変化を反映していることを支持するエビデンスが存在する.

第四点は,自閉症スペクトルの発症率における増加傾向が存在するという仮説に関するものである.有病率における増加のかなりの部分が方法論的ファクターに依存していることを示すエビデンスが存在する一方,自閉症の発生率が増加している付加的可能性を除外することはできない.残念なことに,ほとんどの入手可能な疫学的データは有病率調査から得られたものであり,発症率推計値を提供する研究はほとんどなく,この仮説を検証するには適切でない.加えて,環境因子の強力な候補も報告されていない.MMRワクチン接種との関連に関する主張は,最近の研究によっては証明されておらず,例えば水銀含有ワクチンなどの他の環境暴露との因果関係を示唆するエビデンスも弱い.

既にかなりの研究努力を展開し,CCDPは最近いくつかの州を統合する調査ネットワークに研究費を拠出している.このようなそしてその他のイニシアティブは,自閉症スペクトルの発生率における一般的変化に関する仮説をより直接的に検証することを助けるにちがいない.

最後に,最近の社会的状況は,科学的な議論よりもディベートにより強い影響を及ぼすようにである.自閉症の疫学や自閉症の原因に関する主張は最も弱い経験的支持しか持っていないが,それに続く議論は自閉症を大衆の注目の的にした.最近では,自閉症児,その家族,そしてその療育や研究に携わる専門家たちは,あるべきまた正当な公的資金援助を受けている.将来これが続くかどうかは不明であるが,どのようにして,そしてなぜ,ほとんどエビデンスに基づかない主張が助成金政策におけるこのような印象的な変化の原因となったのかについてのさらなる考察が必要であろう.


(文献)
1. Yeargin-Allsopp M, et al. Prevalence of autism in a US metropolitan area. JAMA 289: 49-55, 2003.

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