「犬や馬やその他の家畜における,精神的“質”の遺伝は明らかである.特別なテストの成績や癖だけでなく,知能,勇気,気性などが確かに親から子に伝わっている.」ダーウィン |
表1 パーソナリティーの五つの成分
/積極的情緒性 | ||
/消極的情緒性 | ||
/信頼性,自制性 | ||
/友好性,愛想,非攻撃性 | ||
/教養,知性,知識,創造性,吸収性 |
1980年代の初めまでは,パーソナリティーへの遺伝的影響の証拠は,サンプルサイズも小さく評価項目も定まらない双子研究からのみ供給されていた.遺伝性(heritability)は一卵性双生児の相関係数から二卵性双生児の相関係数を引いた値を2倍した値で評価された.典型的な結果では,パーソナリティーの多様性の50%が遺伝素因によるものとされた.共有する家庭環境の影響は,二卵性双生児の相関係数から一卵性双生児の相関係数を引いて算出され,パーソナリティーへの影響は非常に小さいと結論された.このような単純な方法には次のような前提がある.(T)二卵性双生児は遺伝子の半分が同じある.(U)遺伝子は付加的な影響を及ぼす.(V)一卵性双生児も二卵性双生児も同じ程度の共有環境因子を経験する.もしこの前提が正しければ,一卵性と二卵性間の違いは検討される項目への遺伝的影響の半分に相当するのである.
パーソナリティーの多様性の50%が遺伝に由来するとするこの結論は,一般的には受け入れられなかった.多くの心理学者が,一卵性の場合も二卵性の場合も家庭環境(home environment)の共有度が同じとすることに疑問を投げかけ,二卵性よりも一卵性の場合の方が共通点の多い理由を,一卵性の方が共有する環境の影響を受けやすいためと考えた.また,同じ家庭環境で育てられることが兄弟の類似性に与える影響が微々たるものであるとした結論に賛同できなかった.その結果として,行動遺伝学以外の分野でもこれらの結論は受け入れられなかった.
近年,三つの流れが,パーソナリティーへの遺伝と環境の影響に関する我々の考え方を変えてしまった.三つの流れとは以下の三つである.@非常に大きなサンプルサイズでの双子研究が実施された.A出生後別々に生活している双子に関するデータが得られた.B得られる情報をフルに活用し,競合する仮説を統計的に検証できる強力なモデル適合法が導入された.表2に我々の行った別々に生活している双子の研究(MISTRA)の結果と,Loehlinの集めたデータ,および過去の研究結果を比較する.MISTRA研究は,別々に生活している一卵性双生児59組,別々に生活している二卵性双生児47組,いっしょに生活している一卵性双生児522組,いっしょに生活している二卵性双生児408組を対象としている.パーソナリティーの多様性の遺伝と共有環境に由来する部分以外で,半分は非共有環境による影響,残りの半分に測定誤差が含まれる.従って,計測されるパーソナリティーにおいて,信頼できる多様性の3分の2が遺伝の影響による.
表2 最近のパーソナリティーに関する双子研究(MISTRAとLoehlin)の結果
研究(者)名 | 遺伝による影響 | 非付加的遺伝による影響 | 共有環境による影響 |
MISTRA | 41% | 5成分全てでかなりある | 約7% |
Loehlin | 42% | 5成分全てでかなりある | 約7% |
過去の結果 | 51% | 考慮していない | わずか |
過去の双子研究による結果は,パーソナリティの多様性における遺伝の影響を多少過剰評価していたに過ぎないことが明らかとなった.最近の詳細な双子研究のおかげで,パーソナリティーの5成分全てにおいて,遺伝による影響に非付加的遺伝の影響が含まれることが明らかとなった.共有環境による影響は,やはり小さく(約7%),これらの新知見には再現性がある.血縁の親族の間にみられるパーソナリティーの類似性は,元来ほとんどが遺伝性なのであり,もし家族におけるパーソナリティー発達への環境の影響を研究するとしたら,我々は,同じ家族内の子供間で異なる方向性を持つ影響を探さなければならない.
しかし,家族内での扱いにおける構造的な差異(非共有環境)が存在することを単純に示しただけでは,そのような扱いがパーソナリティーの差を説明すると証明したことにはならない.まず,非共有環境がパーソナリティーに何の影響も及ぼさないかもしれない.例えば,出生の順番による社会性の差異については,一般的には存在すると信じられているのとは逆に,実際は出生の順番はパーソナリティーには影響しない.2番目に,Lyttonが示したように,子供の特異な行動は,しばしば親の特異な行動の原因となる.三番目に,パーソナリティーの形成における環境因子の重要性に関する議論は,表面的にはもっともらしくても,しばしば定量的な綿密な調査により否定される.身体的な特徴(魅力)について,以下のような見解がある.「別々に生活している双子の場合でも,身体的特徴は類似している.従って,この類似する身体的な特徴に由来する周囲の対応が似かよってしまい,パーソナリティーの類似性の重要な原因となる.」この見解の問題点は,身体的特徴とパーソナリティーとの関連は乏しいため,別々に育てられた一卵性双生児間の類似点のささいな部分しか説明できないということである.実際,非外傷的環境要素がいかにして健常成人のパーソナリティーにおける多様性のはばに影響しているのかについてはほとんど判っていない.この健常成人のパーソナリティーのバリエーションは単なるばらつき(ノイズ)のようなものである可能性もある.
最近の考えでは,個々の個人は,主として遺伝子に基づいて,いろいろな外界からの刺激やできごとの中から,特定のものをピックアップし,ユニークな一連の経験を創り上げていく.つまり,人々は自分自身の環境の創作に参加しているのである.人の成長に関するこの考え方は,不適当なマイナスの環境の存在を否定している訳でもなく,学習の意義を過小評価している訳でもない.この考えは,学習の機会や新しい環境を経験する機会が,むしろ,形質(フェノタイプ)に及ぼす遺伝素因(ゲノタイプ)の効果を増強させるような,動的な創造的生物として人をとらえている.このことは,我々に,「パーソナリティーの多様性の意味」という,パーソナリティーの遺伝に関する重要な問題を投げかける.この多様性の目的は,疑いなく,人が社会に適応してきた事実に根ざしている.人の個人差の進化における役割(意味)を解明することは,次の重要なハードルであり,解明されれば,人のパーソナリティの行動遺伝学は机上の原理から注釈的な原理に変化するであろう.