Neuron総説:自閉症スペクトル

Lord C, et al. Autism spectrum disorders. Neuron 28: 355-363, 2000.

訳者コメント:

この専門誌の読者の多くは研究者ですので,読者層(自閉症の臨床を知らない人々)に必要な情報,あるいは理解してもらいたい内容が強調された貴重な総説のひとつだと思います.一番最後の部分で,自閉症の臨床を知らない科学者が突拍子もない結果を公表することに警鐘を鳴らしています.これはセクレチン騒動やMMR疑惑のきっかけが自閉症専門医ではない消化器専門医であることを指しているようです.劇的な治療法と呼ばれる話題のほとんどが,同様な背景を持っているように思います.間違ったアイデアでも科学的に否定するのが難しいのもこの分野における特徴と言えます.また,逆に他分野からの新しい視点でのアイデアの重要性も指摘してあります.小児期崩壊性障害を自閉症スペクトルに入れるかどうかについては,コメントしていない専門家が多いですが,この論文では自閉症スペクトルに含むと記載してあります.最近の診断精度については過剰評価と思われる記載があります.制限食などについてもコメントしています.自閉症児の才能についてなどは訳者と見解が異なります.

(概訳)

(イントロ)自閉症は神経の発達における症候群であり,社会的相互性の障害,コミュニケーションの障害,および行動の逸脱した制限や反復により定義される.自閉症は幼児期に表面化し,遅くとも3歳までには気づかれる.しばしば親は言語発達の遅れで気づくが,ビデオの内容の一節を復唱したり,アルファベットは言える.早期に社会的な障害が表面化するが,多動がでてきたり,他の子供が社会的に発達すると共に自閉症児の社会性の問題点がよりめだつようになる.自閉症児はしばしばご機嫌な時に家族を探さず,興味のあるものを示したり指差したりせず,親を名前で呼ばない.小学校に入る前に,反復行動,線や車を見るために視野の端っこを使うような動作,特異的な手・指の運動などが始まる.

自閉症は非単一性の状態である.小児例であっても成人例であっても正確に同じプロフィールの自閉症者は存在しないが,中心となるドメインは共通しており,問題点の評価結果は信頼性がある.特定の行動は発達があり変化するが,通常は持続的な状態である.4歳の時に,おもちゃなどをぐるぐる回したり,視野の片隅でものを見たりすることに没頭している児は10代になるとこのような行動は見られなくなるが,その代わりにサンルーフおたくやはげ頭おたくや第一次世界大戦おたくになる.2歳の時のコミュニケーションのための要求の最初の方法が,好きなものに母親を誘導し,その上に母親の手を置き,あるいは母親の手でそれを指差すジェスチャーをさせることである児の場合,3歳か4歳までにははっきりとしつこく自分の要求を表現する方法を学び取るかもしれないが,会話のやり取りやアイコンタクトやジェスチャーは苦手である.

遺伝素因や神経系の発達に関係しており,社会的な相互関係に重度の障害をかかえるため,自閉症は人の行動の基盤となる社会的コミュニケーションスキルの神経生物学的根幹を科学者たちが研究できる機会を与えてくれている.例えば,健常発達児は幼児であっても,他人と目を合わしたり,意図的に発声を同調させたり,最も極端な感情以外は表情で伝えるなどの点では,自閉症成人例よりも上手である.自閉症は残存している能力と,健常者が普段その重要性に気づいていない社会的コミュニケーション能力の発達領域における障害の間の乖離(コントラスト)で特徴づけられる障害である.自閉症児はアルファベットを暗唱したり数を認識することは可能であっても,名前を呼ばれても振り向かなかったり,指し示すジェスチャーに反応しないのである.自閉症成人例でも完全に何もできない状態から,まれではあるが仕事に就いている例まで巾がある.しかし,ほとんど結婚はせず,まれに相互的な通常の友人ができる程度である.基本的な社会的行動の獲得あるいは,獲得できないことと神経生物学との間の関連を同定できる可能性があるため,自閉症のニューロサイエンスに対する最近の注目度は増すばかりである.

診断および表現型(phenotype)の定義に関すること
最近20年の間に,経時的研究や疫学的研究や家族研究は,自閉症関連障害のスペクトルの概念化を支持してきた.小児期崩壊性障害,アスペルガー障害,特定不能の広汎性発達障害はこのスペクトルに含まれ,社会的行動およびコミュニケーションにおける質的障害を伴っている.しかし,これらは,症候の広がり,重症度,発症時期においてそれぞれ異なっている.最も一般的な診断基準においては,広汎性発達障害という広い範疇があり,DSM-IVやICD-10などがそうである.Rett症候群は広汎性発達障害の範疇に含まれてはいるが,臨床経過が異なり(例えば目的のある手の使用が消失するなど),神経学的特徴も異なっており(例えば頭周囲長の発達の減衰),広汎性発達障害の中では特異な病態であり,通常は異なるものとして扱われる.診断基準は,言語障害や全般的認知障害の程度あるいは社会的症候や行動上の症候の程度などから明確に定義されている.アスペルガー障害は,自閉症的社会性障害に反復性で制限された興味が,流暢にしゃべれる児にみられるもので,先に述べたように,比較的障害されていないあるいは,しばしばしゃべりすぎるほどの言語能力を持ちながら,行動の面で制限がみられるというコントラストが原因となって,科学者たちの興味を集めている.アスペルガー症候群の発生率には結論が出ておらず,コントロール研究では精神発達遅滞や言語発達遅滞のない自閉症とアスペルガー症候群を確実に区別することは不可能である.区別が例外的にできるとすれば神経精神科的プロフィールによってのみ可能であろう.

一方,原因や病態生理に関連したサブカテゴリーがみつかる可能性が残っているほど,自閉症スペクトルに含まれる能力や障害のパターンには巾があることも,異なる分類が主張される一因となっている.加えて,自閉症スペクトルに共通して必要であるサービスの巾は非常に広く,特に小学校に入ってから成人までの間がそうである.例えば,高機能自閉症児やアスペルガー症候群の子供は数学で才能のある子供たちのための5年生プログラムにおいて学業では優秀であるが,社会的な活動で利益を得るためには,あるいは自分が他の子と違うと理解した時にその子を援助するためには補助の先生によるサポートが必要なのである.同じ年齢の別の子は,言語と会話の理解が1単語文か2-3のいつも使っているフレーズに限られており,彼女が一日のスケジュールを理解したり学校や家での自由時間に何をしたいかを聞き出すために絵パネルを利用したり,ボキャブラリーを増やすためのスピーチセラピーを続けたりすることが必要である.このような多様な子供たちをひとつのスペクトルとして診断するのは,彼らが異なる点と同じように類似点を持つはっきりとした障害を持っているからである.

この10年の間に,標準化された自閉症関連症候の評価法が開発され,病歴聴取と状態把握の信頼性が増した.このような方法は,言語発達障害や精神発達遅滞の合併の有無に比較的依存している.自閉性障害,小児期崩壊性障害,そして特定不能の広汎性発達障害の標準的診断は,年齢,言語レベル,非言語性能力などが異なっても可能である.社会性障害とコミュニケーションの問題の程度は,高い信頼度で定量可能である.発達認知論を基盤とした実験はますます成熟における特異的な点を明らかにしており,自閉症においては,模倣,注意の同調,社会的刺激への順応など極めて重要な行動が正常に発達できない.加えて,自閉症は社会的行動や言語に影響するのみでなく,感覚性反応,遊び,運動能力などの機能化のたくさんの側面においても影響がみられる.また,およそ30%の自閉症者はてんかんを合併している.

過去15年の間に,疫学的研究報告は自閉症スペクトルの頻度が増加していることを示している.増加している数値の多くは,おそらく診断もれが減ったことと,より軽症例を網羅するようになったことによると思われる.しかし,サンプル数が少なかったり診断が標準的な基準によるものでないものもあるが,最も高いデータは全て最近の5年間に報告されていることは注目に値する.これらの所見に加え学校や州から報告される自閉症スペクル児の数も増加しており,支援団体や科学者の興味をさらに煽っている.自閉症が増加しているのかどうかについては,結論が難しく,その理由は過去10年の間に評価法と診断システムが変化したことと,軽症者の評価のためには最近の標準化された評価法は費用がかかりすぎるからである.

全てではないが,多くの自閉症者は精神発達遅滞を持っており,ほとんど全員に言語発達遅滞の病歴がある.しかし,例えばアスペルガー障害のように,言語発達障害が全くなく,精神発達遅滞もないケースも存在する.中等度や軽度の精神発達遅滞か知能テストで正常の自閉症児の家族の中には,他の家族に比べ自閉症でない精神発達遅滞者が多いようではないようである.従って,精神発達遅滞は自閉性障害に合併し得るが,必ずしも必要なものではないのである.コミュニケーション障害の軽症例が,自閉症の他の症候を伴わずに家族内に多いのではという指摘がある.しかし,言語発達障害や軽症のコミュニケーション障害は他の多くの疾患にオーバーラップする.言語障害と自閉症の関係は重要な研究分野であり,正常発達内でのバリエーションがあり,その他の疾患との重複が多く,言語の各レベルでの特異的社会性障害の存在を評価する必要があるため,評価法や比較手段を慎重に選択する必要がある(例えば,しゃべらない児では社会的スキルの評価が難しい).自閉症の中ではマイノリティーであるが,「能力の島状残存」のある児がおり,通常は細部への注意に必要なスキルや記憶力やコンピューターなどにおいて優れた能力を示す(例えば,カレンダーボーイや絶対音感など).Baron-Cohenらは,この件に関して検討し,親がエンジニアや基礎科学などの,イマジネーションや社会的スキルがさほど必要とされず,細部への集中力を必要とするような分野に興味を持っているような家族に自閉症児が多く生まれているのではと示唆している.自閉症関連状態が何なのか,また自閉症関連状態は健常者における個人差まで広がりを持っているのかという課題は,非常に複雑な問題で,システマティックな研究が始まったばかりである.

自閉症の遺伝学
自閉症に関する遺伝は,最近注目されているテーマのひとつである.自閉症に関連する最も重要は遺伝的発見は,おそらくRett症候群の責任遺伝子の同定であろう.Rett症候群は,精神発達遅滞,コミュニケーションスキルの消失,異なる発達ステージで表面化する自閉症症候と関連した神経発達障害である.いくぶん議論があるものの,Rett症候群は広汎性発達障害に分類されており,自閉症は広汎性発達障害のプロトタイプである.Rett症候群はmethyl-CpG結合蛋白2遺伝子(MECP2)における変異により起こることが示されたのである.MECP2の表出が減少すると,メチル化により制御されている遺伝子の表出抑制ができなくなる.MECP2変異の病態生理がさらに明らかにされれば,自閉性障害の理解もさらに進むであろう.

自閉症スペクトルはまた,脆弱X遺伝子(FRAXA)であるFMR1の完全変異のかなりの患者においてみられる.自閉症においては,最近の検討ではその1%以下でFMR1変異が確認される.より重要なことは,このような単一遺伝子疾患の解析は,減少したFMR1遺伝子表出が精神発達遅滞や自閉性障害とも重複する社会性障害やコミュニケーションの問題につながるメカニズムの理解に寄与するということである.

自閉症は,糖尿病や喘息や分裂病やアルツハイマー病などと同じように,複雑な遺伝素因を背景とする理論的枠組みである.兄弟再発リスクは4.5%とされ,一般頻度が0.1%から0.5%であるので,兄弟相対危険率(ラムダS)は9-45で,複雑な遺伝性疾患の中では最も高い例のひとつである.最も説得力のあるデータでは,一卵性双生児一致率が50%で,二卵性双生児一致率は3%以下とされる.このこともまた,複数のおそらく2つ以上の遺伝子が一卵性双生児例での一致率に寄与しており,複雑な遺伝効果の存在を示唆する.

自閉症の分子遺伝学において最近注目されているのは,自閉症易罹患性に寄与する分子レベルの遺伝的多型の同定についてである.発見された興味ある候補遺伝子には,自閉性障害とセロトニントランスポータープロモーター遺伝子の挿入/欠損多型との家族内での関連および連鎖も含まれている.家族研究によるコントロール研究では,ひとつの報告がセロトニントランスポータープロモーター遺伝子の短型が有意に伝播すると報告した.2つの研究は長型が伝播すると報告し,さらに2つの研究では有意差がでなかった.遺伝的あるいは臨床的研究手法の非統一性が原因となる偽陽性が,この結果の矛盾を説明しているのかもしれない.GABA A ベータ3サブユニット遺伝子(GABRB3)のプロモーター部と最初の3つのエクソンの近くのマイクロサテライトマーカーとのあいだの関連も示唆されているが,再現性は確認されていない.

最近の自閉症者の大きなサンプルで最も多くみられる染色体異常は,母親由来の15q11-q13重複である(0−3%).この部位は,ユビキチン結合酵素3A(UBE3A)の母親由来の遺伝子表出(または変異)がAngelman症候群の原因となり,父親由来の遺伝子が表出しないことがPrader-Willi症候群の原因となる場所と同じである.これらの症候群は精神発達遅滞を呈する発達障害であるが,自閉性障害とは全く異なる表現型である.GABRB3と15q11-q13重複の関係についての連鎖不均衡所見の積み重ねがあっても,15q11-q13重複の作用がUBE3Aの過剰発現などの遠隔効果を持っており,ひとつまたは複数の標的の分解を過剰にしている可能性もある.

最近3年の間に,いくつかのゲノム全長に渡るスクリーニング検査が自閉症に関して行われ,さらに進行中のものもある.最初に報告された比較的大きなサイズの領域との連鎖(7q32-35との連鎖)を確認することにかなりの労力がさかれている.その他の注目されている部位は,2q,16p,19pなどである.

自閉症の神経生物学
自閉症の研究のための神経生物学的アプローチの基本的なゴールは,脳の中心責任部位を検出することである.中心となる責任部位がみつかり,変化の質(構造的なのか神経化学的なのか,発達の失敗なのか変性なのか)がさらに明らかになれば,予防や早期診断や治療のための戦略が可能になる.自閉症の神経生物学は,部分的には,自閉症スペクトルに本来備わっている多様性のために進まなかった.現在でも自閉症が重症度では多様であるにもかかわらず,共通する神経基盤を持つ症候群であるのか,複数の病態の寄せ集めで共通する結果になる(社会性障害,コミュニケーション障害,おきまり行動)いろいろな脳の部位が影響を受けているのかなどはっきりしていない.明らかに,自閉症研究の他の領域においてもそうであるが,今後の進歩は,生化学や遺伝学や神経画像研究や行動学的診断手法などを使った自閉症者の異なるサブセットの分類が可能になるかどうかにかかっている.

自閉症の神経生物学のひとつのアプローチ法は,神経病理学的アプローチである.これは,病理所見の解析と脳画像技術により自閉症に関連する脳の病変部位を同定するアプローチである.2番目のアプローチは,社会的認知などの基本的に自閉症で障害されている機能の正常のしくみを理解する試みである.自閉症ではこれらの一つ以上の成分が変化している可能性が高い.従って,正常の社会的行動の神経生物学は,予想される脳病変の部位をしぼりこんでくれる可能性がある.3番目は,最も遅れているアプローチであるが,動物モデルによるアプローチである.動物モデル研究は,自閉症の原因に関する知識が欠如しており,自閉症に特徴的な神経病理学的所見がほとんどないため遅々として進まない状況である.

神経病理学
1980年代初頭より,自閉症の病理解剖研究が始まり,正式には30例ほどが報告されているのみである.自閉症児の脳が健常者よりも大きいと指摘している報告が多い.例えばBaileyらは1998年の報告で,6例の剖検例の中で4例において脳が大きかったとしている.局所的な神経病理学的検討では,脳幹,小脳,辺縁系の一部(海馬体,扁桃,septal核,前帯状回など)に可能性のある変化が指摘された.海馬体,扁桃正中核,正中septal核,乳頭体核,前帯状回皮質においては,細胞はより小さい傾向があり,正常脳よりもより細胞密度が高かった.自閉症者の海馬のニューロンはまた樹状突起の複雑性が減少していた.年齢に依存した所見もみられた.例えば,ブローカの対角線帯の腹側脚の基底前脳核においては,12歳未満の自閉症児の脳においてニューロンは異常に大きくまた数が増加しており,その他の所見はなかった.18歳以上の自閉症者の脳では,逆にこの部位のニューロンは小さく数が減少していた.Baileyらは自閉症者の海馬において細胞密度がより高密度である印象を確認したが,形態測定的解析では有意な差は確認できなかった.彼らはまた,上前頭皮質と上側頭回の細胞構造学的構築における異常と神経細胞密度の異常をいくつかのケースで示したが,量的な差異は見つかっていない.

小脳の異常は共通する所見のひとつである.Ritvoらは4例の自閉症者の脳において,プルキンエ細胞の消失を記載した.KemperとBaumanは小脳プルキンエ細胞の消失を一般的に確認し,深部小脳核のニューロンの変化を報告した.Baileyらも,プルキンエ細胞の消失を観察しているが,顆粒細胞の数の変化や深部小脳核の変化は明らかでないとしている.重要なことに,プルキンエ細胞の消失はてんかん患者においてもみとめられることが知られており,てんかんのない自閉症者でプルキンエ細胞がどうなっているかが重要である.

Rodierらは,1例の剖検例で顔面神経核と上オリーブ核のほぼ完全な欠損例を報告した.Baileyらも上および下オリーブ核の脳幹異常を記載しているが,顔面神経核の構造は評価していない.KemperとBaumanは下オリーブ核の部分における変化を報告し,プルキンエ細胞が最も減っている小脳皮質へ神経繊維が伸びている部分での変化を強調している.

自閉症の神経病理学的所見においては,一貫した記載は欠如しており,これは部分的には病理解剖例が少なく,量的解析ができないためである.十分に臨床所見が記載されているドナーからの質の高い病理組織が得られることが,自閉症脳の神経病理学的評価においても自閉症の分子生物学的研究においても重要である.

MRI所見
自閉症脳において記載されているような比較的難解で多様な神経病理学的変化が存在するとしたら,MRI検査で一貫した所見が得られていないことも驚くに値しない.Courchesneらは自閉症者において小脳の虫部小葉(VIとVII)における選択的低形成を報告した.この所見に関しては議論が続いており,再現できないとしている研究グループも存在する.自閉症スペクトルの全てのサブセットが小脳低形成を呈しているわけではないと説明することもできる.例えば,Holttumらは高機能自閉症にはみられないことを報告している.SaitohとCourchesneはその後,2つのサブグループの存在を示唆し,片方は小葉VIとVIIが低形成で,もうひとつのグループは過形成であるとした.従って,対象者の中のサブグループの比率によって,低形成という結果になったり,過形成という結果になったり,あるいは変化なしという結果になるのかもしれない.

Abellらは,ボクセルレベルの全脳解析を行い,扁桃と扁桃に関連する脳領域における灰白質変化を同定した.灰白質の減少は,右の傍帯状回と左の下前頭回にみられ,一方扁桃複合体(特に扁桃辺縁皮質),中側頭回,下側頭回では,小脳の領域と同じように灰白質の増加がみられた.これらの領域の多くで見られたより小さなニューロンの細胞密度の増加と,MRI信号特性の変化がどのような関係にあるのかははっきりしていない.Aylwardらは扁桃と海馬形成体の両者のボリュームが自閉症脳で減少していると報告しているが,Pivenらも,Saitohらも海馬でこのような所見は観察していない.KemperとBaumanの神経病理学的所見に一致して,Haznedarらは自閉症者において,前帯状回における萎縮とPET活性の減少を報告している.最後に,自閉症者の基底神経核においては神経病理学的変化は報告されていない.しかし,SearsらはMRI研究により,強迫性や儀式的行動に比例して尾状核のボリュームが増加していると報告している.

社会的行動の神経生物学
自閉症スペクトル者が精神発達遅滞を伴っているか,あるいは伴っていないかにかかわらず,また自閉症者が言語障害を伴っているかまたは明らかなお決まり行動を持っているかにかかわらず,全ての自閉症者はなんらかの社会性障害を持っている.この障害は特に同胞との社会的相互性の難治性の異常から,アイコンタクトや表情や社会的モチベーションの使用におけるより明らかな障害まで様々である.次々と発表される論文は,表情の顕著な点の把握や表情の解読,または視線の角度の意味の理解などの社会的認知能力の重要な側面が自閉症者においては著明に障害されていることを示している.従って,社会的認知を司る脳システムの理解や表情の社会的側面の解釈を司る脳システムの理解から,自閉症の脳機能障害の場所が予想されるであろう.

人の研究および動物の研究の両方の証拠は,ある脳領域が社会的行動に優位に関連していることを示している.カニクイザルにおいては,それは扁桃,眼科前頭皮質,上側頭回,側頭極皮質などである.カニクイザルにおいて,このような領域の傷害は,社会的行動の重度の変化を生じせしめる.前帯状回のような皮質領域はまた,種特異的な発声法が生じることに関与している.しかし,サルにおける下側頭回や人における紡錘状回のような他の皮質領域は,顔の認知に優位に関与していることが明らかになっている.高度にかつ選択的に顔のイメージに対して反応するニューロン(顔細胞)が,カニクイザルの下側頭回において発見されている.視線の角度に感受性を持つニューロンは,上側頭回の皮質で証明されている.特定の顔の表情に同調するニューロンもカニクイザルの下および上側頭葉で見つかっている.おもしろいことに,顔や表情に反応する皮質や視線の角度に反応する皮質は,サルにおいては扁桃に神経線維を直接送っている.このような機能的および神経解剖学的事実は,扁桃が表情への注意や解釈のような社会的認知能力の成分にとって重要であるという考えを導き出した.そうであれば,扁桃は自閉症責任部位の候補の一つである.

Urbach-Wiethe症候群と呼ばれるまれな疾患は,内側側頭葉の嚢状石灰化を呈する.この患者であるSMは,この空間占拠性病変が両側の扁桃にあり,彼女は恐怖や怒りの表情を判断する能力が著しく障害されていた.SMは写真を見て個人の信頼度の判定をすることが正確にできない.健常者における機能的画像研究は,表情を判断する時に扁桃が活性化することを明らかにした.最近Baron-Cohenらは他人が何を考えたり感じたりしているかを目の表情だけから判断する課題を使い,機能的MRI実験を行っている.健常者では,この検査では,上側頭回と扁桃が前頭葉の付加的活性化と共に活動している.自閉症者においては,側頭葉と前頭皮質においては活動がみられるものの,扁桃では活動がみられなかった.このような興味ある結果は確認作業と多数の症例での検討が必要であるが,自閉症でみられる社会的認知の障害において扁桃の何らかの病態が重要な役割を担っているという予想を提示する.Schultzらは,下側頭回における電気的活動を,顔と物体の情報処理の間に,自閉症,アスペルガー障害,健常者で比較検討した.自閉症スペクトル者は健常者に比べ,顔情報処理において有意に下側頭回をより使うことが示された.右と左のどちらを使うかについては,再現性はなかった.従って,この研究では,健常成人が顔以外の物体認知に通常使っている戦略を,自閉症者は顔を区別するために使っているという結果であった.科学的厳密さと倫理的節度のバランスが保たれたさらなる研究が比較的若い均一なサンプルを使って行われることが必要である.

動物モデル
これまでのところ自閉症の最もうまくいった動物モデルは,若いカニクイザルの両側側頭葉を除去したモデルなどである.これらの動物モデルは,社会的孤立を含むいろいろな社会的情緒的変化を示し,お決まり行動のような自閉症的症候の他の側面を表す.明らかに,内側側頭葉の大病変は,自閉症脳で観察される脳病変には類似していない.もし,より難解でより局所的な制御異常を子供のサルに実験的に作成し,そのサルが自閉症的行動病態を呈するのであれば興味あることである.

他の研究者は,いろいろな催奇形性物質を使って,自閉症者の脳幹に観察された神経病理学的所見を実験的に再現しようと試みてきた.このような研究は,新生児期にサリドマイドに暴露した児が自閉症になったケースに基づいている.Rodierらは,ラットの母親にバルプロ酸を投与し,脳神経核に病理変化を起こさせる実験を行った.Rodierらが経験した自閉症児における変化は,主に顔面神経と上オリーブにおける変化であった.バルプロ酸による実験で,Rodierは第V運動神経核と第XII運動神経核に変化を認め,また遅く投与した例では第VI脳神経核と第III脳神経核に変化を報告している.顔面神経核に変化を起こす投与法は確認できず,自閉症脳の病理所見とは異なっていた.さらにRodierらは,バルプロ酸投与ラットでは小脳や海馬や扁桃には所見がないと報告している.従って,バルプロ酸モデルは自閉症のモデルとしては合わない点が多い.

予防,家族,そして将来必要なこと
自閉症の原因や生物学については得られる情報が限られていることを考えると,治療は一般的には教育的,行動学的介入が主である.自閉症において臨床的効果のある精神作用性薬剤を評価する努力が増加している.例えば,セロトニン5HT2A受容体とドーパミンD2受容体をブロックするリスペリドンの大規模多施設研究が進行中である.リスペリドンは盲検プラセボコントロール研究により1回投与で中核となる社会的およびコミュニケーション障害における独立した効果を示すことなしに異常適応行動を減ずることが報告されている.

最近では,集中的な構造的教育が多くの治療アプローチの中核を形成しており,ポジティブ志向の行動マネージメントや家族支援,および機能的コミュニケーションの強調などで補足している.自閉症児および成人例は,直接的な教えや発達に合わせた経験への暴露により明らかに恩恵を得る.しかし,自閉症児の発達の軌道(運命)を変えることができるのか,あるいは早期介入が多くの治療に反応して改善傾向を示すであろう児の発達を一義的に促進しえるのか,社会的な孤立やモチベーションが欠如していることからくる2次的な効果を軽減できるのか,などについては反論もある.これらの問題は,これまでのところデータはないものの,神経可塑性に関するより大きな疑問点に関連しており,社会的なモチベーションが基本的な認知機能にどの程度寄与しているのかにも関連している.

自閉症スペクトル者の最終的結果には多様性があり,重度の行動障害と重度精神発達遅滞から,依存性がなく年齢相応の機能があり現行の治療で自閉症症候が完全に消失してしまうようなまれなケースまである.このようなバリエーションのために,何人かの親たちは我が子の治療のために奔走することになる.このようなことで,親は例えば,コミュニケーション促進法とか,聴覚訓練,食事療法,セクレチン治療などのように,マスコミに大いに取り上げられた治療により著明な改善があったとする新しい主張に弱い.セクレチンの場合,内視鏡施行のためのセクレチン投与に引き続いて,行動が改善したという偶然の発見が,親たちによるこの「治療」への需要騒ぎにつながった.それから,いくつかの二重盲検プラセボコントロール臨床治験により,セクレチンが自閉症には何の効果ももたないことが報告されたのである.他の臨床家や親たちは,自閉症児の食事を制御する方法を宣伝してきた.最も特記すべきは,グルテンフリー,カゼインフリー食が特に自閉症児年少例で有効と言われてきたことである.そのような食事制限は,非常に限定された科学的データに基づいているが,支持者たちは否定する証拠もないと反論する.

もう一つの最近の話題は,いくつかの単語をしゃべれて社会的行動およびコミュニケーションもある程度できていた児において,予防接種に関連して2歳でそのような獲得された能力が消失して自閉症になったとされるケースの存在が提案されたことである.このような獲得された単語の消失パターンは,自閉症児の約5分の1で起こり,だんだん明らかになる社会的障害としばしば同時期に親が報告する.原因とされた特異な予防接種はいろいろあるが,最近注目されたのはMMRである.最初Wakefieldらが行った研究に基ずくこの示唆に対しては非常に議論が多い.包括的な健康記録を行っている複数の国からのたくさんの疫学的研究が発表され,MMRワクチンと自閉症の関連は支持されていない.ここで再び,意見の食い違いが存在し,公的サービスを必要とする自閉症者の数が目に見えて増加していることを,診断基準が徐々に幅広くなり診断能力が向上したことでは説明できないと主張する研究者もいる.親と何人かの臨床家や研究者がこのギャップをその他の理論で説明しようと試みたことは驚くに値しない.

親の会は,自閉症のフィールドでは従来大変貴重な役割を持っている.過去においては,アメリカやイギリスでは最初の自閉症協会の設立に貢献し,最近では研究支援や多くの団体に対して,親が資金を出したり,あるいは親が主体として参加したり,また親が支援している.このような団体は既に研究に対して影響力を持ち始めており,特に新しい研究者を援助したり,著名な科学者を他の分野から自閉症の分野に引っ張り込んだりしている.親の団体はまた,特にインターネット上での科学的情報の普及において非常に助けになる能力を有している.インターネットはたくさんの情報源が可能であり,途方もない時に圧倒的な情報量を提供してくれる.

時々突拍子もない結果が,自閉症スペクトルに見られる行動の巾や発達の過程のことを知らずに,ランダム確認,二重盲検,ケースコントロール法などの標準的臨床研究法に耐えられない科学者達によって何気なく公表される.一方,治療や予防や自閉症の病態生理に関する理解に関するいろいろな展望からの新しいアイデアが早急に求められている.次の10年の第一のゴールは,基礎科学,臨床研究者,親,自閉症スペクトル者の間のより大きなコミュニケーションであろう.それによって神経化学やその他の生物学の領域からの知識が,科学的に正当で効果的な結果が得られる方法で自閉症によりスムーズに応用することが可能となる.

 


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