Neuroliginと自閉症

Soderstrom H, et al. Mutations of the X-linked genes encoding neuroligins NLGN3 and NLGN4 are associated with autism. Nature Genetics 34: 27-29, 2003.

訳者コメント:

鹿児島大学精神科の佐野教授から教えていただいた論文です.これらの部位は自閉症QTLとして将来確認されるかもしれません.この2家系でみつかった変異は,確かにシナプス機能に影響しそうですが,この遺伝子異常があっても,解剖学的な異常にはいたらないわけです.従って,これらの変異が,シナプス機能を障害する側面だけではなく,逆にシナプス機能やシナプス発生が他のフィードバックシステムを介して加速したり暴走したり横道にそれたりする可能性も考えなければなりません.何れにしても今後のデータが待たれます.また,この変異は母親が持っており,それぞれ自閉症の息子に伝わっております.母親に自閉症の傾向がないのであれば,genetic imprintingに関しても検討する必要があります.

(概訳)

多くの研究結果が自閉症の遺伝的背景の存在を支持している.ここに我々は,自閉症スペクトルの兄弟例でみつかった,neuroligin(NLGN3とNLGN4)をコードし,X染色体上にある二つの遺伝子における変異を報告する.これらの遺伝子変異はシナプスに局在する細胞接着分子の機能に影響するため,シナプス発生の障害が自閉症の発症に関与している可能性が示唆される.

自閉症は,社会的相互関係の障害,コミュニケーションの障害,そして興味や活動の制限やお決まりパターンで特徴づけられる.アスペルガー症候群はより高度な認知能力とより言語能力が正常であることで特徴づけられる.兄弟内での自閉症再発率は,一般頻度の約45倍であり,一卵性双生児一致率は,二卵性一致率の0-6%に比べ,60-91%とより高い.男女比は自閉症で4:1,アスペルガー症候群で8:1.性染色体異常がしばしば自閉症スペクトルに関連して報告されているが,男性に多い原因はまだ不明である.少なくとも,X染色体上の二つの遺伝子座が自閉症の易罹患性に関連していることが示唆されている.一つは,Xp22.3で,3人の自閉症女性例において新しく出現した欠損が報告されている.また二つ目は,Xq13-21で,二つの異なるゲノムスキャンにおける自閉症兄弟例の解析において,マーカーDXS7132(52cM)とDXS6789(62cM)のあたりに遺伝子座共有がより大きいことが示された.

Xp22.3における欠損部位内からは,neuroliginファミリーのいちメンバーであるNLGN4に相当するKIAA1260を転写RNAとして確認している.さらに,NLGN4の相同体であるNLGN3は,X染色体上の自閉症に関連する第二の遺伝子座内のXq13(55-56cM)に位置している.これらの遺伝子はポストシナプス側に存在する細胞接着分子をコードしており,機能的なシナプスの形成のための必須因子である可能性がある.Neuroliginをコードする5つの遺伝子が人ゲノム上に同定されており,それぞれの場所は,3q26(NLGN1),17p13(NLGN2),Xp13(NLGN3),Xp22.3(NLGN4),そしてYq11.2(NLGN4Y)である.Neuroliginの蛋白進化の検討では,NLGN3が,NLGN4とNLGN4Yの共通原型であることを示唆している(データ示さず).遺伝子配列を比較すると,neuroliginに必須であると言われる全てのアミノ酸は,膜通過ドメインとPDZ結合ドメインのシステインを含み,NLGN4とNLGN4Yで温存されている.

我々は,特異的なRT-PCR法により,男性および女性成人脳組織における,NLGN遺伝子の発現パターンを同定した.我々は,全てのRT-PCR産物の遺伝子配列を検討し,それらの発現パターン(複数のRT-PCRバンド)が,スプライシングパターンの違いで作られるアイソフォームであることを発見した.我々は,NLGN1,NLGN2,そしてNLGN3からの転写RNAを,全ての脳領域において検出した.男性の脳においては,NLGN4とNLGN4Yは,同じレベルで検出され,部位による分布の有意な違いはみられなかった.NLGN4のエクソン1aの下流に,もう一つのプロモーター(693bp)があり,その中ではエクソン1aの代わりに,エクソン1bが使われていた.エクソン1bはNLGN4に特異的であり,スプライスの飛び元部位を持っている.

我々は,NLGN3,NLGN4,およびNLGN4Yにおける変異の有無を,自閉症またはアスペルガー症候群の兄弟例36ペアにおいて検討した(140人の男性と18人の女性).典型的自閉症とアスペルガー症候群の兄弟がいるスエーデン人家族において,我々はNLGN4の読み枠がずれてしまう変異を同定した.この変異は396番目の位置で終止コドンを作ってしまうため,膜通過ドメインの手前で蛋白合成が止まる.この変異は母親に存在するが,その母親の母にはなく,また二人の母親の兄弟にもなかった.母親の父は自閉症ではなく,死亡していたため遺伝子の検討はできなかった.X染色体の8つのマイクロサテライトマーカーを使って,母親の兄弟(本人を含んで3人)の父は一人であることを確認した(データ示さず).これらの結果はこの変異が母親において新しく出現したものであることを示す.この変異は,自閉症でない兄弟や,350例のコントロール(250人の女性と100人の男性)では見つからなかった.

2番目のスエーデン人家系は,同じく1人が典型的自閉症でもう1人がアスペルガー症候群の兄弟を持つ家系で,我々はNLGN3におけるCからTへの変異を同定した.この変異は母親から遺伝しており,エステラーゼドメインの高度に温存されているアルギニンがシステインに変化する変異である.この位置のアルギニンはEF-handドメインと予想される部位に位置しており,このEF-handドメインは,哺乳類,魚類,鳥類など遺伝子配列が検討された全てのneuroliginエステラーゼにおいて温存されている.EF-handドメインは構造的な完全性に必要で,またカルシウム依存性の機能的性質にも関与している.ゆえにこの部位の変異は,neuroliginのシナプス前パートナーであるneurexinへの結合性を変化させるかもしれない.なぜなら,neuroliginとneurexinの結合はカルシウムの存在下でのみ観察されるからである.この変異は200名のコントロール(100名の女性と100名の男性)で存在しなかった.これらの家系の臨床的詳細に関してはインターネット上に掲載する.

3つの独立したエビデンスが,NLGN3とNLGN4における変異が自閉症スペクトルの病態に関与していることを強力に示唆する.まず第一に,NLGN4を含むXp22.3の欠損は,何人かの自閉症者において報告されている.第二に,NLGN3とNLGN4の点変異は,予想される蛋白構造の深刻な変化の原因になる.第三に,自閉症者の母親においてNLGN4における変異のひとつが,新しく出現していることが確認された.神経ネットワークの形成に関与するいろいろな蛋白質の中で,細胞接着分子は,適切なパートナー細胞の認識や機能的なシナプス形成において重要なファクターである.ゆえに,我々は,自閉症スペクトル者において障害されているコミュニケーションプロセスのために重要な特別なシナプスの形成,安定化,または認識を,NLGN3またはNLGN4における異常が止めてしまう可能性を提案する.


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