自閉症のルーツを探して

Wong K. The search for autism's roots. Nature 411: 882-884, 2001.

訳者コメント:

Nature誌のnews featureというコラムの記事です.写真はご紹介できませんが,頭の形が似た複数の自閉症児の写真があったり,自閉症者である画家Stephen Wiltshire氏の絵が載っていたり,クレーン現象で自閉症児がバーニーとかセサミストリートとかウィニーザプーと紙に書いている写真が載っていてたいへんおもしろい記事です.それとBaron-Cohen先生の極端男性脳理論が紹介してあります.

(概訳)

発達障害児に関する活動の中では,自閉症は増加していることが知られている.不安にかられた親は子供を連れて専門医を次々と受診する.その子はしゃべらない場合もあり,服が皮膚に触っただけで叫び,自分の世界に閉じこもったようにみえる.診断は自閉症である.

1970年代では,自閉症はまれな状態と考えられており,1万人の子供に2人から4人程度とされていた.しかし,最近の研究では平均で40%増加している.ほとんどの自閉症の研究者は,報告される自閉症が増えていることの背景に自閉症の定義や診断基準の方法が変化したことがあると考えている.しかし自閉症児の親にとっては,このことはほとんど慰めにはならない.親たちは子供の心に何が起こったのかを知りたいと感じており,何か治療法がないかと考えている.

これらの疑問に対する答えがでるのではないかという期待感が,これまでになく高まっている.新しい技術は自閉症者の脳が機能する方法について深い洞察を可能にし,分子生物学の進歩は自閉症の遺伝的ルーツを解明してくれそうである.一方,教育者やテラピストは,もし早期に発見できれば,30年前には施設にしか居場所のなかったような子供たちが家族と会話し普通学校に通うことも不可能ではないことを発見した.

普通でない行動
自閉症は,逆説的障害のようである.自閉症者の4分の3は精神発達遅滞を呈するが,一部のケースでは数学または芸術の能力に優れている場合がある.疼痛を感じない児もいれば,自傷傾向のある児もいる.触られることに過敏なケースもある.自閉症の軽症例では言語能力に優れるが,重症例は一言もしゃべらない.

このような行動の背景に,社会的相互関係の問題やコミュニケーションの問題,それに特定の対象物に対する強迫的興味などが存在する.自閉症の最初の2つの側面は非常に低年齢で表面化する.自閉症のあかちゃんは,健常のあかちゃんが他の対象物よりも人の顔を好んで見るような内在する優位傾向を欠いている.彼らは,顔と顔を見合わせて行うコミュニケーションの実際的要素である表情の微妙さを理解するのに必要なスキルが発達しない.自閉症児は年長になっても世界から切り離されたかのように行動する.脳画像技術を駆使している研究者たちは,自閉症児が表情に関する視覚的情報を,物体の情報を処理する脳部位で処理していることを発見した.健常者は表情情報に特異的な脳領域を使っているのである.

加えて,自閉症児は他の人々の言動からその人々が何を知っていて何を考えているのかを想像することができないようである.「シャリー・アン」シナリオは,心理学者がこの障害を検出するために使う方法である.例えば,シャリーとアンがいっしょに遊んでいて,シャリーはバスケットの中にチョコレートを入れ,その部屋を離れた.アンはそれからそのチョコレートをバスケットから箱へ移動させた.ほとんどの自閉症児はシャリーが帰ってきた時シャリーは箱を探すと思う.これは自閉症児がシャリーの立場になって考えることができないからである.健常児は「心の理論」を持っているため,シャリーが実際どうするかを予想することができる.「心の理論」は通常4歳ごろまでに獲得されるが,自閉症児は決してそれを獲得できない.

自閉症者はまた,全体よりも細部にこだわる傾向がある.自閉症児は道具の形ではなく色に集中するかもしれない.そのため,自閉症者はフォークとスプーンの違いを学習しにくい.この細部にこだわる傾向は,まれな場合,顕著な才能につながる.自閉症者であり芸術家であるStephen Wiltshireは,複雑なビルディングの細かいスケッチを美しく仕上げるの能力で有名である.

自閉症に関連する症候には巾があることが認識されるようになり,精神科医たちはこの状態を定義する方法を変更せざるを得なくなった.1950年代に定義された,クラッシックな自閉症は,関連する状態のスペクトルの一部として認識されている.DSMの最新バージョンでは,スペクトルの一部として5つの状態が加えられており,アスペルガー症候群などがそうである.アスペルガー症候群の人々は,典型的には自閉症にみられる社会性の障害を持っているが,言語や認知スキルに関しては障害が表面化しにくい.

これらの診断上の変化で,自閉症の記録上の数が増加していることを説明できるかもしれない.日本,アメリカ,イギリス,スカンジナビア半島で行われた研究では,過去45年の間に自閉症ケース数は増加しているのである.

1960年代や1970年代の研究では,軽症例は省かれており,また最も早期の定義では精神発達遅滞がある例は除外されていた.Michael Rutterは,「診断基準の広義化以外に主な原因になりそうなものはない」と語っている.

自閉症が一般的によく知られるようになってきていることも,自閉症が明らかに増加していることに寄与したようである.親も医師もこの状態を良く知るようになってきており,可能性のあるケースを同定して専門医に紹介するケースが増えている.幼稚園に通う子供が増加していることでも,自閉症症候が見つかる機会が増えているようである.

よく知られるようになって
診断基準が変化し,一般的にもよく知られるようになってきたことが自閉症の症例記録数の増加の背景にあるという最近のコンセンサスは,予防接種プログラムの責任行政担当者の慰めになっている.1998年,ロンドン大学の消化器病専門医Andrew Wakefieldは,自閉症とMMRワクチン接種に関連があるのではという新しい恐ろしい仮説を提唱した.彼は,15ヶ月から18ヶ月の間にMMR予防接種を受けるまでは健常であった12人の子供を記載したのである.接種後すぐに炎症性腸炎症状が始まり,基本的な会話ができなくなり,また社会的スキルが失われ始めた.そして結果的にはこの12人の子供は自閉症と診断されたのである.

後に自閉症と診断された児の半数が,非常に突然に自閉症症候が出現しており,その時期はMMR注射の時期なのである.これらの児は6ヶ月の間に重度に退行し,一度獲得した社会性スキルを失った.ワクチンは1980年代に広く行われるようになり,この時期から自閉症の報告数が増えており,この事実もこの仮説を支持している.

その後の研究は,MMRと自閉症の因果関係を証明できなかった.世界中のいくつかの場所では,自閉症は実際はMMR接種が広がる前から増加していたとRutterは説明する.

しかし,MMRに関する議論がおさまりつつあった時に,自閉症の原因ではないかとされる他のワクチン成分が注目されるようになった.多くのワクチンは水銀を含んだ防腐剤を使っており,thiomersalと呼ばれている.予防接種が子供に危険なレベルの水銀を与えていないかという心配は,アメリカ医療局を動かし,来月自閉症とthiomersalの関連に関する会議が計画されている.多くの研究者たちはthiomersalが自閉症に関与するとする説を疑っており,新たな予防接種恐怖につながらないように解決されることを望んでいる.

ワクチンの安全性に関する恐怖がおさまらないでいるけれども,多くの研究者たちは自閉症を理解するための鍵は自閉症者の遺伝子にあると信じている.双生児研究は,遺伝素因の重要性を示す最も説得力のある証拠を提供してくれる.ある研究では,一卵性一致率は60%であり,関連状態まで含むと一卵性一致率は92%になるとされている.関連状態まで入れた二卵性一致率は10%である.二卵性では二人とも厳密な自閉症である例は(ある研究では)見つかっていない.

自閉症および自閉症に関連する広義の症候の遺伝性に関する研究では,3個から10個の遺伝子が関与していることが示唆されている.これらの遺伝子の閾値数を上回る数の変異がこれらの遺伝子に起こった時に自閉症になると考えている研究者もいる.こういった仮説では,社会的にシャイであることや言語スキルの発達障害などは,より少ない変異遺伝子の結果ということになる.

自閉症遺伝子の研究は有望な結果を出してきている.第7染色体や第15染色体と自閉症の連鎖は既に確立されており,多くの研究者たちが次の5年間で,自閉症遺伝子が少なくとも一つは同定されるだろうと確信している.

しかし,一卵性双生児の自閉症例で不一致例があるという事実は,環境因子も関与していることを示唆している.例えば,一つあるいは複数の自閉症遺伝子における変異が,小児早期あるいは子宮内暴露の可能性がある未知の環境トリッガーに対する抵抗性を落とすのかもしれない.

また,自閉症に関連した生理学的サインを探している研究者もいる.そのような生理学的サインのいくつかは出生前に表出するように思われる.自閉症の解剖例研究では,受精30週頃までに起こった異常が見つかっている.特に,大脳辺縁系における構造物は感情,興奮,感覚インプットと学習の中枢であるが,自閉症で発達障害があることがわかっている.

ある,技術を必要としない解析も,自閉症に関連するかもしれない発達上の因子に注目を集めさせる結果を出している.自閉症児は人差し指と同じかあるいは人差し指よりも長い薬指を持っていることが報告されている.この傾向は自閉症家族にも見られ,胎児期に高濃度のテストステロンに暴露したことに関連している可能性がある.

この発見はまた,ケンブリッジ大学の心理学者Simon Baron-Cohenらによって提案された「極端男性脳(extreme male-brain)」理論を支持する.Baron-Cohenは自閉症に関連する多くの症候は,男性と女性の間の正常の性差の誇張されたバージョンであると主張している.例えば,男性は女性に比べて空間的課題をこなすのが得意であることが知られている.自閉症者とアスペルガー症候群の人は健常者よりもこの課題の点数が高い.同じような傾向が,性に関連するとされる行動学的属性や生物学的属性において一つの巾を持ってみられる.これには脳の特定の場所の大きさから,言語スキルを獲得する年齢まで多彩である.Baron-Cohenはこの理論が自閉症研究コミュニティーの中からは注目を集めているが,十分に評価されるには新しすぎる理論であると述べている.

他の研究グループは自閉症の得意なタイプと自閉症遺伝子における変異との関連を探している.シアトルのワシントン大学の神経学者Gerard Schellenbergと,同大学の自閉症研究センター長のGeraldine Dawsonは,兄弟の中に2人以上の自閉症者がいる家系を研究している.彼らの目的は兄弟で共通する自閉症の得意なタイプが存在し,その症候がDNAに存在する異常にリンクしていることを突き止めることである.

「自閉症は複雑な状態であるにもかかわらず,研究者たちは最終的には自閉症が解明されると確信している」

新しい治療は,このような研究から結果的に生まれてくるかもしれない.それまでは,自閉症児の心がどのように機能しているかについて既に知られていることを利用して行動学的治療をデザインしているのである.

相互関係の改善
ほとんどの有効な治療法は,自閉症児が行動上の問題やコミュニケーション上の問題を克服することを援助することにポイントを置いている.一つの例は,サンタバーバラのカリフォルニア大学の教育研究者Robert Koegelが開発した「中枢スキル」プログラムである.このプログラムは子供の注意を喚起するために叫ぶのではなく質問をすることを教える.そして対象物の重要な側面に反応することを教えるのである.対象物の重要な側面とはトランプの数字とかスーツ(ダイヤ,スペードなど)であって,トランプの角にある折り目などの関係のない細かいことではないことを教える.Koegelは,それぞれの子供の興味にあったレッスン法を選択することによって,子供に興味を起こさせる.例えば動物に強迫的興味を持っている児では,動物園に行ってうさぎと象を比較して大きいと小さいの区別を教えるのである.

コントロール研究がないため,Koegelのプログラムと他の行動学的アプローチを比較することは困難であるが,逸話的な証拠はこのシステムがうまくいくことを示唆している.「例え完全に良くならないとしても,彼らは最大の問題を克服しつつある」とKoegelは述べている.彼は現在,学習しつつある自閉症児の脳で起こっている神経学的変化を研究したいと考えている.

Koegelのプログラムのような早期介入プログラムは,自閉症の原因に関する研究の進歩と共に,自閉症がいつかは治療できる状態になるのではないかという期待を抱かせる.自閉症は複雑であるが,研究者たちは最終的には自閉症が解明されると確信している.自閉症の遺伝的原因や環境的原因を探り出すことは,トリッキーな課題であるが,次の10年の間にそれぞれの研究はひとつになって解決に向かうかもしれない.

 


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