Sorry, so far only available in Japanese.
自閉症者の脳(MRI研究)
(Happe先生・Frith先生のグループ)


Abell F, et al. The neuroanatomy of autism: a voxel-based whole brain analysis of structural scans. NeuroReport 10: 1647-1651, 1999.
(概訳)

(まとめ)
15人の高機能自閉症者について,MRI検査を行った.最小解像単位ベースの全脳スキャンを行い,年齢とIQを適合させたコントロール群(15例)と比較した.扁桃核を中心としたシステムに関して,灰白質の部分に違いが検出された.この部分の前部に灰白質の減少がみられ(右傍帯状溝と左の下前頭回),後部では増加がみられた(扁桃核/扁桃核周辺の皮質,中側頭回,下側頭回).加えて,小脳でも灰白質の増加がみられた.このような有所見部位の組み合わせは,動物と人の比較研究から導き出された「社会性を司る脳」の部位に一致している.従って,この報告は,社会的認知能力の生理学的基礎に関する貴重な資料となる.

(イントロ)
自閉症は,生物学的な基盤のある障害であって,行動学的に定義される.症候は多方面にわたり,社会的コミュニケーションにおける障害が特徴的である.多くのケースで知的発達の遅れがみられ,しばしば発語がなかったり,言語を機能的に使用できない場合があるが,自閉症の認知障害に関しては高機能例が示唆的であり,そのようなケースでは一般的な知能や言語に関しては問題がみられない.高機能例はしばしばアスペルガー症候群と呼ばれ,その発達認知障害は一見わかりにくく,基盤となる「心の理論」障害は,自閉症の重症例におけるより著明な社会性障害の背景でもある.

最近,PETスキャン研究で,他人の心を推測することが必要な課題(心の理論課題)と,そうでない課題との対照検査が行われた.内側前頭葉皮質と前帯状回の外接領域は,健常者における心の理論課題では,特異的に活発であったが,アスペルガー症候群では有意に活性が低かった.しかし,このような機能的な異常と,神経解剖学的背景との間の関連については,ほとんど知られていない.

組織病理学的研究結果によると,低機能自閉症でも高機能自閉症でも辺縁系と小脳における異常が示唆されている.小脳におけるプルキンエ細胞の減少,海馬複合体や鉤状回,内鼻皮質(entorhinal cortex),扁桃核,乳頭体,内側中隔核(medial septal nucleus),前帯状回における神経細胞の小型化と細胞集合密度の増加が報告された.辺縁系における異常は,霊長類を使った動物実験で関連した結果がでており,扁桃核を除去すると,仲間行動や社会的コミュニケーションや他の動物に対する情緒的反応に問題が生じることが知られている.猿において新生児期に扁桃核や海馬を傷害した場合,自閉症の動物モデルとされる社会的退行パターンが形成される.人においては,扁桃核のダメージは,情緒異常,表情を読むことの障害,話の情緒的内容記憶の障害などの原因となる.このようなデータから直接自閉症を論ずることはできないが,左大脳半球の脳腫瘍(oligodendroglioma)の少年で,脳腫瘍摘出により自閉症の症候が改善した例が報告されている.自閉症において辺縁系の異常が存在することの間接的証拠は,自閉症を呈する結節性硬化症のケースで,側頭葉に結節が証明されていることである.

脳画像研究も,自閉症においてかなり報告されているにもかかわらず,未だに結論は得られていない.方法論的な問題点も多く,結論が制限されているのである.第一に,対象自閉症者はいろいろな程度の自閉症症候を有しており混成のグループである.二番目に,年齢,一般的IQレベル,その他の医学的状態をマッチさせたコントロール群が得られていない.三番目に,スキャン方法が量的というよりも質的なものであった.今後の一つの方針としては,関連する神経心理学的な評価を行った一定の年齢層の自閉症者を対象とし,年齢,性,健康状態およびIQをマッチさせたコントロール群と比較するべきである.さらに,推測により検討部位を制限することなく,バイアスのかかっていない量的な評価を行うことが重要であろう.本研究は,このような条件を満たしたものである.

(結果)
灰白質の相対的なボリュームに関して,たくさんの局所的差異が明らかとなった.自閉症群で灰白質ボリュームが減少していたのは,右の傍帯状回,左の頭頂-側頭皮質,左の下前頭溝であった.自閉症群ど増加していたのは,左の扁桃核/扁桃核周辺皮質,右の下側頭回,そして左の中側頭回であった.加えて,小脳において灰白質の両側性の増加がみとめられた.

(議論)
自閉症群で異常がみとめられた灰白質領域は,小脳を除き,扁桃核を中心とするサーキットの一部である.腹側側頭皮質(エリア20とエリア21)は,扁桃核に神経線維連結を持ち,扁桃核から下前前頭凸状体(inferior prefrontal convexity:エリア12/45A)と前帯状皮質(エリア24と32)に神経突起を出している.これらの神経連絡は,相互性である.側頭葉との連結は,視覚的刺激を情緒的意味に関連づけ,前頭葉(腹側および眼窩前頭皮質と前帯状皮質)との連結は感情のような精神状態がモニターされ調節されるためのパスウェイを提供する.小脳における異常は,これまでに自閉症において報告されているが,扁桃核を中心とするシステムの一部ではないので別に考えるべきである.

このようにボリュームが減少したり増加したりしている領域は,自閉症の病理解剖研究(7例)で細胞集合密度が増加していた領域と一致している(特に,扁桃核,前帯状回,小脳).前帯状領域における内側前頭部は,Happeらが心の理論課題でのPET研究で報告した部位に近接している.従って,異なる方法により同一の部位が指摘されたことになる.

社会的コミュニケーション障害および心の理論障害(自分や他人の精神状態を把握する能力の特異的障害)は,自閉症関連状態に共通してみられるので,我々は,今回の検討で問題となった神経システムは,自己および他人を認識するためには重要なものであると提言する.殊に,前帯状回は,精神状態の認識に関連し,また感情の経験を報告する際に重要であることが知られている.今回,自閉症群とコントロール群の差異として指摘できた脳の領域は,動物と人の神経心理学的比較研究によりクローズアップされた「社会性を司る脳」の領域に非常に一致している.このモデルによると,2方向性コミュニケーションに必要な社会的行動は,扁桃核を中心とする神経サーキット(眼窩前頭皮質,前帯状皮質,前側頭極皮質を含む)に依存している.

我々は,もちろん灰白質の相対的ボリュームの増減が,その部位の脳組織の増減を示しているとは断言できない.なぜなら,直接的な計測法ではないからである.細胞集合密度と灰白質ボリュームの間に想定される因果関係が何なのかは不明である.可能性の一つは,灰白質のボリューム増加は,特定の脳領域における細胞死(アポトーシス)の障害によるとする説明である.憶測ではあるが,発見された解剖学的異常は機能的異常を想定させる.扁桃核を中心としたシステムの前方成分(管理的成分)は,精神状態のモニターや制御が乏しいことに関与し,後方成分(感覚成分)は,自閉症でしばしば報告されている圧倒的な感覚情報の過剰負荷や不安障害と関連するであろう.例えば,扁桃核/扁桃核周辺皮質における異常が,自閉症において恐怖の条件付けが早く確立し,それが消去されにくいことの原因となっているかもしれない.古典的瞬目条件付けが異常に早くみられることが自閉症において報告されている.さらに,扁桃核を中心とするシステムは,オピオイド受容核に富んでおり,自閉症ではオピオイド代謝の異常も指摘されているので,自傷,高痛覚閾値,感覚情報の過剰負荷(自覚所見)などの所見も説明できるかもしれない.

(結論)
我々の結果とこれまでの研究結果は,自閉症者において構造的異常を示すシステムに関して,一致した.このシステムは,扁桃核を中心としており,情緒的および社会的学習に強く関連し,おそらく自己認識(self-awareness)においても重要な役割を果たしている.脳の可塑性に基づく理論によると,扁桃核は中心的役割を果たしており,最近の研究結果もこのことを示唆している.この理論によると,扁桃核は重要なあるいは顕著な高度処理後の知覚インプットを統合する.この統合システムは,さらに,脳全体において,上行性調節性神経伝達物質システムに対する代償的神経突起形成を介して,シナプス効率における適応変化を調節し強化するために使われる.この理論における重要な要素のひとつは,扁桃核が扁桃核へのインプットの強化作用を有するということである.この様なモデルにおいて,扁桃核(あるいは扁桃核から神経線維を受ける部位)を含む神経発達異常は,自閉症における情緒的・社会的学習障害を十分に説明することができ,扁桃核へインプットを供給している領域における形態学的異常をも解釈することができる.本研究で示された自己認識に関連した神経解剖学的所見は,これまでに自閉症において報告された神経心理学的異常や,扁桃核を中心とするシステムの機能解剖知見などと合わさって,説得力のある結論を推測させる.


表紙にもどる。


ご意見やご質問のある方はメールください。

E-mail: shinji@po.synapse.ne.jp