アスペルガー症候群のミニ円柱構造

Casanova MF, et al. Asperger's syndrome and cortical neuropathology. J Child Neurol 17: 142-145, 2002.

訳者コメント:

ミニカラム構造の変化については,これまでに読書障害におけるミニカラムの巾の増大(文献1)と,自閉症児におけるミニカラムの微細化(文献2)をご紹介しました.また,Abstract Updateにご紹介しました論文では,同じ研究グループが,自閉症ではニューロンの細胞密度が健常者と差がないことを報告しています(文献3).自閉症におけるミニカラムの微細化を報告した論文(文献2)中の自閉症児は,9例中7例が精神遅滞ありと記載されており,アスペルガー症候群に関してはデータがなかったわけですが,この論文で同じ研究グループがアスペルガー症候群の2例を検討しています.自閉症とアスペルガー症候群の異同をイントロと考察で述べていますが,的外れな文章になっています.言語発達遅滞の表面化の有無に関わらず,ミニカラムの微細化は自閉症者の脳の特徴のようです.ミニカラムの水平方向の巾は比較的小さく,そのわりに上下方向のニューロン間距離が大きい傾向があります(水平方向ではミニカラムが密に,上下方向ではニューロン間がやや疎に).大脳皮質の進化(増大)は,ミニカラム数の増加に由来するとする考えがあります.この研究者たちは考察していませんが,ミニカラム構造の微細化,ユニット数の増加が自閉症の本体であれば,この傾向は大脳進化のフライングとでも表現できるかもしれません.進化の方向性が,QTL遺伝を背景とする表現型の多様化と環境プレッシャーとの間の相互作用(必然的淘汰および偶然)で決まるとして,自閉症は過剰進化の状態であるのかもしれません.そう考えると最近の自閉症の増加傾向も納得できます.

(概訳)

概要:アスペルガー障害またはアスペルガー症候群は,社会的相互活動の障害,正常な知性,そして文法および単語数における適切な言語スキルの獲得で特徴づけられる.本質的には症候は広汎で,通常は小児期に明らかとなる.状態の重大さと慢性経過にもかかわらず,医学文献は少なく,また神経病理学的背景に関する情報は何も報告されていない.本研究はアスペルガー症候群の症例報告である(2例).神経病理学的検討では,変性性変化やグリオーシスの所見をみとめなかった.コンピューターを用いたより詳細な画像検討では,検討した3つの領域においてミニカラム構造の異常が示された(9,21,22)(P=0.032).特異的に,ミニカラムはより小さく,ミニカラムの構成細胞は正常よりより散在していた.同じような神経病理所見は最近自閉症(自閉性障害)で報告されており,この所見がアスペルガー症候群だけにみられるものではないことが示唆されている.このミニカラム変化は,アスペルガー症候群が感受性のあるフィールド(receptive field)異常に関連する可能性と,有益な臨床病理相関の存在を示唆する.

自閉症と同様に,アスペルガー症候群は小児の広汎性発達障害の中に分類される.また自閉症と同様に,男女比は男子に多く,社会性の発達が重度にまた持続性に障害され,お決まりの/反復性の行動もみられる.全体的に,アスペルガー症候群者の行動は奇妙で風変わりに思われ,しばしば複雑なテーマへのこだわりがみられる.自閉症とは対象的に中学校や高校になってから診断がつけられる場合がある.また,アスペルガー症候群者は正常の知性を持ち,言語能力もある程度発達する.これらの児は広汎な単語能力を獲得するかもしれないが,社会性を要求される状況では言語障害を露呈する.自発的な会話は通常自分のまわりで解決し(独り言?),ボイスパターンは変化が無く無感情的である.

アスペルガー症候群にみられるいかなる症候も,アスペルガー症候群だけにみられるわけではないので,(独立した)診断分類については疑問が残る.DSM-IVおよびICD-10においては,アスペルガー症候群はアスペルガー障害として独立した診断となっているが,権威者の中にはアスペルガー症候群が高機能自閉症と同等であると信じているものもいる.もしそうであれば,重症度における違いや解剖学的な違いはあるであろうが,アスペルガー症候群と自閉症の両者は同じ基礎病態を持っているかもしれない.

我々は最近自閉症者9人の脳と,同じ数のコントロール脳を検討した.我々の結果は自閉症者の脳のミニカラムは,サイズが小さくなっており,またミニカラムの総数も増加していることを示した.今回,この所見が自閉症に独特のものであるのかを,同じ発達障害であるアスペルガー症候群と比較して検討する.

対象と方法

本研究の対象は,Margaret Bauman先生とThomas Kemper先生により集められ,処理され,診断された,自閉症研究基金検体から,アスペルガー症候群2例および3例のコントロールと,Washington DCでのYakovlex-Haleemコレクションからの15例の追加コントロールである(表1).脳はセロイジンに包埋され,35マイクロの薄さの切片にし,Nissl法に従い染色した.全脳の切片が入手できた.注目される領域は,脳回の平坦面に沿ってサンプルとした.Nissl染色したスライド検体を顕微鏡で検討し,変性性変化やグリオーシスは見られなかった.

表1 研究対象
症例 コレクション 診断 年齢 皮質領域

BCH-AUT-89

BCH-AUT-93

MU-155-72

CAN-263-50

STD-IIIA-57

LOB-XVIII-49

BCH-4-80

MCL-79-1

STD-I-42

STD-V-57

LOB-XXXII-50

MU-148-69

MU-128-66

MU-19-59

SP-20-60

MU-75-64

MU-98-65

MU-157-83

MU-99-65

MU-110-66

自閉症研究基金

自閉症研究基金

自閉症研究基金

Yakovlev-Haleem

Yakovlev-Haleem

Yakovlev-Haleem

自閉症研究基金

自閉症研究基金

Yakovlev-Haleem

Yakovlev-Haleem

Yakovlev-Haleem

Yakovlev-Haleem

Yakovlev-Haleem

Yakovlev-Haleem

Yakovlev-Haleem

Yakovlev-Haleem

Yakovlev-Haleem

Yakovlev-Haleem

Yakovlev-Haleem

Yakovlev-Haleem

アスペルガー

アスペルガー

健常

健常

健常

健常

健常

健常

健常

健常

健常

健常

健常

健常

健常

健常

健常

健常

健常

健常

22

79

9

19

20

22

25

25

28

44

49

51

53

66

78

86

87

89

92

98

9,21,22

22

21,22

22

22

9,22

9,21,22

9

9,22

22

22

22

22

22

22

22

22

22

22

22

皮質領域

我々は三つの皮質領域,9,21,22(側頭頭頂部)における第III層の画像をデジタル化した.全てのデータは右半球のものである.79歳のアスペルガー症候群ケースでは,エリア22の画像だけがデジタル化された.エリア21は,大脳半球の外側表面上の中側頭回内に原則的には位置する.エリア21と境界を接する領域は,腹側のエリア20,背側のエリア22,尾側のエリア37,吻側のエリア38である.エリア20とエリア38は傍辺縁系(paralimbic)領域で,エリア22は聴覚傍感覚領域(auditory parasensory)である.エリア21は視覚的傍感覚連合野(visual parasensory association cortex)と考えられている.髄鞘構築上の検討では,有髄線維が少ないことが示されている.エリア21はよく発達した第IIIb層を有している(IIIb層は直線的に第IV層に対して位置する).

エリア9は上前頭回および中前頭回に位置する.RajkowskaとGoldman-Rakicは,彼らが検討した全例でエリア9が上前頭回を3分割した場合の中間部分に位置づけた.エリア9は,上前頭回の背側外側および背側内側面の両方をカバーしており,何例かにおいては上前頭回の深部や中前頭回の部分にまで広がっていた.上前頭回にあるエリア9の部分の第IV層ははっきりしない.

エリア22またはTpt(Wernickeの領域の一部)は,尾側傍帯状皮質(caudal parabelt cortex)後方の上側頭回の外側を,上側頭溝の土手部までカバーしている.また,上側頭平面(supratemporal plate:the planum temporale)の上面の最後部もまたカバーしている.エリアTptを区分する脳溝は存在しないので,顕微鏡では,上側頭回上の全般的な位置から同定されなければならない.Tptは上側頭回の後方領域にあり,尾側聴覚傍帯(caudal auditory parabelt)と呼ばれる傍帯状領域のすぐ後方および外側にある.また,上側頭平面の上面の最後部にもかかっている.質的には,成人のTptは6つの皮質層構造がよく発達し,第III層と第IV層の境界部が波状で,第IV層と第V層の境界がはっきりせず,第VI層に“パイプオルガン”構造(白質から不規則に上行する,はっきりとした曲線状のニューロンカラム)が見られる.

方法

我々の方法は,以前に報告したものを改良したものである.対象とする領域はコンピューター画像処理システムに選別された倍率での顕微鏡視野からデータとして取り込まれる.個々のニューロンの細胞体と層構造全体を解析するためには,100倍の倍率が選ばれた.通常,対象領域は顕微鏡視野の全域から成るが,組織切片のよじれや,血管などの余分な部分を取り除くことが必要なため,トリミングされている.

円柱構造の同定の最初のステップ(省略:文献2の概訳に紹介)

本研究において,我々は3つの計測値を報告する.円柱巾(CW),末梢神経網空間(NS),ニューロン間距離(MCS)である.円柱巾(CW)は,単一のミニ円柱の直径を意味し,また同時に隣接するミニ円柱の間の中心から中心までの距離を示す.末梢神経網空間(NS)は,ミニ円柱の両側にある細胞成分の少ない部分の巾であり,円柱巾(CW)から円柱コアの巾を減じた値である.円柱コアは,細胞体の90%を含む円柱部分として定義される.円柱の細胞の10%までは,末梢神経網空間と称される領域に存在する可能性があるので,末梢神経網空間(NS)の値は“outlier”ポイントを反映しない(?).ニューロン間距離(MCS)は,円柱内の隣のニューロンとの間の平均距離である.

結果

統計的検定は,分散の多変量解析で,固定因子として診断,つまり正常かアスペルガー症候群か,また共通変数として死亡年齢を含む.対象は全て男性であったので,性別は因子としては含まない.対象ケースは年齢のマッチングのために二つのグループに分けられた.グループ1は22歳のアスペルガー症候群ケースと40歳未満のコントロール7例を含む.グループ2は79歳のアスペルガー症候群ケースと40歳を超える11人のコントロールから成る.グループ1においては,エリア22における全体的多変量解析が有意であった(P=0.008)が,フォローアップの単変量解析では円柱巾(CW),ニューロン間距離(MCS),末梢神経網空間(NS)全てで有意差がなかった.エリア9およびエリア21では,全体的多変量解析でも有意差はなかった(エリア21ではサンプル数が少なすぎた).グループ2においては,全体的多変量解析での有意差はなかった.それぞれの変数の平均値は表2に示す.グループ1におけるエリア22の所見は,Bonferroniの補正を行った後も有意なままであった(P=0.032).

表2 皮質領域ごとの結果

グループ 皮質領域 診断 平均年齢 円柱巾(CW) ニューロン間距離(MCS) 末梢神経網空間(NS)

22

 

 

21

アスペルガー症候群

健常

アスペルガー症候群

健常

アスペルガー症候群

健常

22.0

20.5

22.0

25.0

22.0

17.0

42.0

46.7

38.0

57.2

47.7

57.0

26.9

24.3

20.7

32.6

25.6

32.9

17.6

17.6

15.0

21.5

19.0

25.0

22

アスペルガー症候群

健常

79.0

72.1

40.5

45.5

25.6

21.8

17.8

18.5

フォローアップ解析では,自閉症研究基金からのコントロールケースとYakovlev-Haleemコレクションの年齢適合したケースの間に有意差がないかも検討され,結果は有意差は無かった.

有意差が得られないのはサンプルサイズが小さいことによるようであるが,アスペルガー群とコントロール群を識別する変数の線状の組み合わせがないかが検討された.Fisherの識別関数は,そのような直線式を求める方法である.アスペルガー症候群とコントロールケースの間の差が最大になる二つのパラメーターに基づくと,円柱巾(CW)とニューロン間距離(MCS)に関するFIsherの識別関数は,y=0.2993・CW-0.3555・MCS-4.4111となる.

考察

我々の形態学的研究により,アスペルガー症候群の一例において,エリア22におけるミニカラムが有意に健常者と異なっていることが示された(P=0.008).高齢者においては,加齢による変化がミニカラム異常を不明瞭にしているかもしれない.今回の検討ではサンプルサイズの小さいことで有意差がでにくかった.しかし,線状分離解析では,それぞれの細胞円柱(ミニカラム)の間の水平方向のすきまを基盤にした違いが示唆された.特に,アスペルガー症候群者における細胞円柱(巾)の平均値はより小さく,その構成細胞は健常者よりもより散在している(円柱巾のわりに細胞間距離が大きい).ミニカラムの巾が減少しているということは,ある顕微鏡視野においては,より多くのミニカラムを一望することができるということである.変性変化やグリオーシスはないので,このミニカラム異常は発達欠質(development defect),つまりミニカラムの個体発生学的発達に関連する病理学的変化を示唆する.

発達早期には,有糸分裂後のニューロンは脳室壁を離れ,皮質プレート内の放射配列に終わる決まったルートを移動する.これらの円柱がお互いにどう関係するのか,またどのようにして成人タイプに成熟するのか,以前として研究の対象である.しかし,成人の脳においては,皮質領域におけるミニカラムは薄い放射状の構造であり,その巾は30から60マイクロメーターである.無顆粒皮質(agranular cortex)において最もめだっている.この理由は部分的には,細胞の垂直性(直線状分布)は,非錐体ニューロンの方向性よりは,錐体細胞の縦軸を研究することにより,より良く評価されるからである.

それぞれのミニカラムは求心性インプットの反復配列(固有サーキット)と,その構造に生理学的ユニットとしての推定上の役割を持たせる遠心性アウトプットを含む.驚くべきことではないが,最近の実験は脳組織の固有視覚シグナルにおけるバリエーションは,隣接するニッスル染色でのミニカラムと同じ周期性を提供していることを示した.これまでのところ,多くの研究者たちはミニカラムよりも,マクロコラム(macrocolumn or segregate)の生理に注目している.

ミニカラムの不連続性は,GABA作動性ニューロンによって提供され,Mountcastleは「強力な垂直方向の抑制ストリーム」と呼んだ.一方,錐体細胞の頂点および基底の樹状突起は水平方向にミニカラムの連結性を広げ,より大きな構成体を形成する.40から80のミニカラムがいっしょになって,より大きなsegregate(マクロカラム)を形成する.視覚皮質においては,網膜の局所解剖学的マッピングはこのような構造(マクロカラム)が,オリエンテーションと優位眼,方向と運動に関するマップ,および空間的頻度に関連していることを示した.同様な生理学的所見は非感覚皮質に関しては検討されていない.

ミニカラムの集団がマクロカラムを作り,特徴抽出特性(feature extraction properties)を伴った感受性のあるフィールドを規定する.ミニカラムの総数やサイズの変化は,アスペルガー症候群である我々の症例では,結局マクロカラムの構造および感受性フィールドの両方に影響するかもしれない.最終的な結果として,アスペルガー症候群の神経系では,感覚理解に関連する特徴抽出プロセスがゆがめられているかもしれない.このような病理学的所見は,アスペルガー症候群者が自分の回りの世界を認知する際に提示する不器用さに相関する便利な指標を提供している.

まとめると,この論文はアスペルガー症候群における神経病理学的異常に関する最初の報告である.その結果は,9例の自閉症ケースの脳において最近記載された結果に類似している.Opitzは,「同じものが明らかに異なる表現型の原因であるかもしれない」と述べたが,これは,表現性としての質的および量的多様性である.従って,臨床的な違いにかかわらず,自閉症とアスペルガー症候群の両者は関連するミニカラム病態に由来するかもしれない.アスペルガー症候群や,レット症候群および脆弱X症候群のようなその他の広汎性発達障害におけるミニカラム異常を検討するためには,より大きなサンプルサイズでさらなる研究を行う必要がある.


(文献)
1. Casanova MF, et al. Minicolumnar pathology in dyslexia. Ann Neurol 52: 108-110, 2002.

2. Casanova MF, et al. Minicolumnar pathology in autism. Neurology 58:428-432, 2002.

3. Casanova MF, et al. Neuronal density and architecture (Gray Level Index) in the brains of autsitic patients. J Child Neurol 17: 515-521, 2002.


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