Neuron総説:マインドブラインドネス

Uta Frith. Mind blindness and the brain in autism. Neuron 32: 969-979, 2001.

訳者コメント:

Frith先生の総説です.是非原文を読まれることをお勧めします.課題を負荷した状態での機能的脳画像検査については,最近のデータがコンパクトにまとめられています.原文では前前頭領域,側頭-頭頂ジャンクション,前頭極の3領域についての図があります(図5-7:この概訳では省略).

(概訳)

サマリー
実験的エビデンスは,欲望や信念のような精神状態を自己あるいは他人が持つと考えることができないことが,自閉症者の社会性障害やコミュニケーション障害の原因であると示唆している(精神状態の存在を認めることをmentalizingという).健常者ボランティアにおける脳画像研究により,mentalizingの間に活性化する限局したネットワークがあることに注目が集まり,内側前前頭領域と,後部上側頭回や側頭極との関連が強調されている.自閉症におけるmentalizingの障害の原因となる脳異常は,このシステムのコンポーネント間の連結が弱いことを含んでいるかもしれない.

このレビューでは,私は自閉症に関する生産的で完成した理論について議論するが,この理論については未だに意見が分かれている.この理論は自閉性障害の最も中心となるものである社会性障害とコミュニケーション障害の背景を説明する試みである.この障害の認知上の原因は「マインドブラインドネス」であると仮定されている.この概念は正常の個人は「マインドリード:心を読む」能力を持つことを前提としている.つまり,正常では精神状態が自己あるいは他人に属することを理解できることが前提である.このことは,「心の理論」または「mentalizing」と呼ばれている.心の理論は,この能力が,複雑な論理的推論が生み出すものではなく,専用の神経認知メカニズムに依存していると仮定する.私は,重症の自閉症でも軽症の自閉症でも,このメカニズムが障害されているエビデンスをレビューする.その想定される神経基盤は,自閉症の背景にある脳異常の解明のためのヒントとなり得る.

自閉症スペクトル

自閉症は神経発達障害であることは現在広く認められている.自閉症は一生涯続く状態である.重症度の程度は多様であり,全ての能力レベルで起こりえる.従って現在では自閉性障害のスペクトルが存在すると一般的に考えられている.アスペルガー症候群は,よりマイルドなタイプで,最近では言語発達遅滞や認知発達遅滞がないことで自閉症の他のタイプから区別されているが,しばしば小児期後半になるまであるいは成人になるまで診断されない.自閉性障害の診断はICD-10やDSM-IVのような診断ハンドブックにあるような行動基準を基盤としている.自閉症は,KannerとAspergerによって最初に同定され命名された.

自閉症の原因のかなりの部分が遺伝である.医学的な治療で有効なものは知られていないが,十分に構造化された行動療法は有効で,援助により高いレベルの学習が可能である.自閉症スペクトルの有病率は現在0.3%から0.7%とされている.診断されたケースが近年増えたことは,自閉症スペクトルの全てのタイプが認知されるようになり,より広い診断クライテリアが使われるようになったことで説明可能である.男女比は約3対1で,能力のレベルが上がると男女比はより男性の比率が上がる.

自閉症スペクトル者は,社会的な人間関係において明らかな限界を持っており,また言語および非言語性のコミュニケーション能力の障害がはっきりしている.彼らはしばしば子供たちの中に打ち解けることが出来ず,社会的な相互関係の基本的ルールを学んだ後でさえ自己中心的であり続ける.場合によっては全くしゃべらず,あるいは言語発達が非常に遅れることもある.また,例え流暢にしゃべれるようになった場合でさえ,理解力に問題がある.自閉症者はまた,限られたものへの興味,お決まり運動,強迫性などのその他の特徴を有する.彼らは優れた単純記憶能力を持つことができ,天才的なスキルを所有する場合もある.

自閉症はたくさんの認知機能に影響する状態であるが,全般的な情報処理の障害は含まれていない.自閉症の特徴は社会的なコミュニケーションの障害であるが,このことは社会的な能力の全般的な欠落ということではない.それよりもむしろ,自閉症はひとつあるいは複数の特異的なドメインの障害が原因であることが明らかで,つまり特定の認知障害が原因となっている.同時に,そのようなモジュール式の障害は,一般的な適応機能に対しても発達上の反響効果を持っているであろう.このことは,脳における限局性の基盤を伴ったドメイン特異的なメカニズムが生まれながらに存在するという最近のアイデアと同調するものである.ほぼ間違いなく,自閉症の起源としてのこれらの障害に最も関連するものは,人の社会的な洞察力における難解で破壊的な障害であり,この点にこのレビューは注目する.この考えはマインドブラインドネス仮説と呼ばれている.

マインドリーディングとマインドブラインドネス

通常の社会的相互関係の中で他の人々が持つ「マインドリード」能力を,理解できないが普遍的能力として感じていると自閉性障害者はしばしばコメントする.正常の人々は実際暗黙の前提として「心の理論」を持っているかのようにふるまい,推定した考えや感じを基に他人の行動を説明したり予想したりすることができる.例えば,私が私のオフィスでファイリングキャビネットの引出しを引っ張り出してホルダーをもどすことに熱中しているところを,あなたが見たとする.あなたはmentalizingによってこの行動に意味を設定するであろう.つまりあなたは無意識のうちに,私がホルダーのどれかにはいっていると信じている見つけ出したい論文を探そうとしていると認識する.あなたは,例えその論文がここにはないと知っていたとしてもそう思う.私の行動を説明するためには,探しているファイルがそのキャビネットの中にあるのかあるいは全く他の場所にあるのかは重要でないのである.あなたが私に「Debbieの机にあるんじゃない」と言ったとする.そして私が「そうだったっけ」と答える.mentalizingなしでは,このような日々のやりとりは完全に不合理な推論のようになってしまう.さらにmentalizingなしでは,あなたは私がしていたことにとっぴな解釈を与えるかもしれない.ひょっとしたら,背中を丸めて指を動かしていると解釈するかもしれない.この例で重要なことは,通常の行動の瞬間的な解釈のために,我々は人々の精神状態や希望や信念を無意識のうちに注意しているのである.

マインドリーディングの認知的基盤

Leslieは,精神状態を表現する能力の基盤には専用の認知メカニズムがあると提案している.このメカニズムは,「分離」と「表現表出」を含んでおり,一次表現(物理的な世界の印象)を二次表現に変換する.これらの表現はリアリティーから「分離され」,引用語句の中の表現に変更される.従って,それらは行為の主体者の意図的な立場に結びつけることが可能である.例えば,行為の主体者Aは,「xが事実である」と「信じる」とか「要求する」などである.Mentalizingは従って,行為の主体者の世界の状態に対する提案的姿勢を表現することとして把握することができる.そうすることによって,誰かの世界における状態に対する姿勢と世界の実際の状態に対する姿勢を区別している.母親がバナナを耳にあてて電話をするふりをしていても,子供がまごつかないのはこのためである.

Laslieによると,mentalize能力の最初の現れは,小児の18ヶ月ぐらいからのごっこ遊びに見られる.ごっこ遊びでは子供はまるで母親がバナナを電話にみたてて使っていることを理解しているようにふるまう.母親が特定の対象物に対して提案的姿勢を取っていることを理解しており,そのことはその子供が実際の電話や実際のバナナについて学習することの妨げにはならない.この提案の意義は重要である.神経システムは行為の主体に関連する特異な情報処理を支持し,特定の様式(modality)にとらわれないことを要求されているのである.もし,正常のケースにおいてそのようなシステムが存在すれば,このシステムに出生後機能障害があり,意図的な立場(the intentional stance)をとれなくなるのではと想定することができる.このような障害がマインドブラインドネスに帰結する.

この基本的な提案が神経認知理論として認められるようになったのは,ちょうど1970年代後半および1980年代前半に全く新しいいくつかのアイデアと実験が登場したおかげである.このような研究では,チンパンジーや小児において,例えば信念のような精神状態の理解を説明する必要性が考慮された.同じように,幼児に見られるふり遊び(ごっこ遊び)を説明する必要性も指摘された.同時期,自閉症小児は,自発的なごっこ遊びが欠如していることが指摘されたのである.新しい疑問が問いかけられた.信念やまねのような精神状態の理解はどのように発展するのであろうか?健常児においてはそれはどのように発達するのであろうか?この発達が障害されている自閉症者の脳の中は何が異なっているのであろうか?

健常児におけるmentalizingの発達

「分離」とか「表現表出」のような機能を含む専属のメカニズムがmentalizingのために存在するとすると,いつそのような機能が作動し,どのようにして学習できるのであろうか? 明らかに,新生児は充分に機能するmentalizing能力を持っていない.にもかかわらず,脳には元々スタートアップキットが備わっていることが想定されており,ある種の種特異的な社会的環境がそれを調整して作動させるであろうと考えられている.この元々備わっているスタートアップメカニズムの主な目的は,そのドメイン特性の迅速な学習誘導であり,獲得される知識の内容を形作る文化的背景を伴っている.社会的な脳の発達は同じようにたくさんの他のプロセスを含んでおり,そのようなものには,顔の理解,声の理解,同種運動(movement of conspecifics)の理解などがあり,これらはmentalizingの発達のための必要条件であるかもしれない.

行為の主体者の内部の状態に対する感受性と,それを学習することは,早期に始まり,急速に進歩する.そのような感受性の早期のサインは注意の共有現象にみることができる.1歳児は無意識に他の人の視線を追い,一見他人の興味のフォーカスに注意をはらっているようである.注意の共有にはmentalizingの他の徴候が随伴する.例えば,アプローチする前あるいは回避する前に,新しい対象に対する母親の表出姿勢を,児がチェックする関連視(referential looking)などである.他人の偶発的な行動とは対照的に,他人の複雑で,気まぐれであるが意図的な行動を模倣する能力も,mentalizing能力の着実な進歩のサインであり,2歳半頃に獲得される.

2歳から3歳の児は,色の名前を学ぶ前に,精神的状態を示す動詞(欲する,知る,ふりをするなど)を理解したり使用することを学ぶ.mentalizing能力はまた,他のドメインにおける学習の促進因子としても重要である.例えば,Bloomによると,mentalizingは,児が言葉の意味を学習できるために,不可欠な機能を有する.従って,子供は言葉の音と視野にある対象物の単純な関係だけで単語を学ぶのではない.そのような単純な関係は,しゃべる人と聞く人が異なる対象物を見ているかもしれないので,本質的に曖昧でエラーを起こし易い.その代わりに,子供はしゃべっている人の注意を追跡することで学習する.例えば,しゃべっている人の視線を考慮するなどである.子供は5歳までに(通常は8歳前までに),誤解(かんちがい)やごまかしや罪のないうそや裏はったり(うそを予期している相手の裏をかいて本当のことを言う)のような高度な概念を楽々と獲得する.

自閉症におけるmentalizingの障害に関する実験的研究

マインドブラインドネス理論では,自閉症児においては,mentalizingの正常発達のステップが,あるべき年齢で欠如していることが予想されている.特に,自閉症児は他人の視線を追うことや,興味の対象を指差したり示したりや,ごっこ遊びができない.Baron-Cohenらは,18ヶ月児の大規模前向きポピュレーション研究において,これらのサインを検討した.自閉症の診断が可能な3歳児においては,これらの早期サインは診断にかなり役立つことがが示された.mentalizingの早期発達障害を示すこれら3つのサインは,自閉症の幼児スクリーニングとして有用であることが証明された.mentalizing発達のための何らかの前段階が欠如している可能性もある.行為の主体(人)に対する注意優先や,顔や声や動きに対する注意優先などは,mentalizingメカニズムの重要なトリッガ−である可能性があるが,それらが自閉症で欠如しているのかもしれない.例えば,自閉症で幼稚園以下の児は,会話以外の刺激よりも会話刺激を優先することができない.また,自閉症児は年長児でも他の主要な刺激(帽子など)よりも顔の表情を優先することができない.顔の認識障害は,自閉症スペクトルに共通してみられ,おそらく社会的な興味の早期欠如のためであろう.神経画像研究においては,Schultzらは自閉症成人における脳活動パターンが,顔と物体の区別をしていないことを,健常成人と比較して示した.

マインドブラインドネス仮説は,Baron-Cohenらが最初に提案して検証した.その主張は,Leslieによって概念化されたようにmentalizingメカニズムの障害から自閉症における社会性障害が起こるのであれば,自閉症児は信念のような精神状態を表現することができないはずであるというものである.例え,適切なレベルまで言語や認知の発達が到達していても,他人の信念に基づく他人の行動を理解したり予想したりすることは,自閉症児にはできないはずである.テストは誤解課題で,WimmerとPernerが最初に考案し,健常児は4歳以上でこのテストに合格する.

サリーとアン課題においては,以下のようなシナリオが2つの人形か2人の役者によって演じられる.サリーはかごをもっており,アンは箱を持っている.サリーはかごの中にビー玉を入れ,それから散歩にでかける.サリーがいない間に,いたずらなアンはビー玉をかごから取り出し,自分の箱の中に入れてしまう.さて,サリーが散歩から帰ってきて,ビー玉で遊ぼうとする.サリーはどこを探すでしょうか?答えは4歳児には明らかで,サリーは自分のかごをのぞきこむ.なぜか? なぜなら,サリーはビー玉が入っていると思っている場所がかごの中だからである.実際はアンの箱の中にビー玉があるが,サリーはそのことを知らない.アンがビー玉の場所を変えたときサリーはその場にいなかったのである.自閉症児は,4歳以上でもこの課題ができない.健常児やダウン症児とは異なり,自閉症児はアンの箱の中をサリーがのぞきこむと答えるのである.

自閉症児が誤解課題を,理解できるはずの年齢で理解できないことは,結果的に多くの研究が確認している.Happeは,誤解理解がある程度できる自閉症児の言語精神年齢が,4歳までのまたはそれ以上の健常者の言語精神年齢を越えることを示した.つまり,自閉症の場合は標準誤解課題をパスするには言語精神年齢が8歳以上である必要があるが,健常児ではわずかに4歳程度の言語精神年齢で十分ということである.

誤解課題の結果が意味すること

誤解課題は一見やさしそうに見えるがその実難しい.しかし,誤解課題は多くの異なる能力を活用しており,異なる方法で解くことができる.マインドブラインドネス仮説はしばしば,自閉症児がはっきりとした心の理論を持つことがなく,決して心の理論を持つことができないというふうに誤解されている.そうではなく,心の理論仮説はmentalizingの始動メカニズムの障害についてであり,心の理論についてではない.始動メカニズムに機能障害があるにもかかわらず,高機能自閉症児や特にアスペルガー症候群児は,他人の精神状態を代償的な学習を通して理解することができる.しかし,この理解は遅いだけでなく,さらに上位のmentalizing課題に関してはゆっくりで間違い易い.

誤解課題に正解することを説明することが必ずしも簡単でないとしても,誤解課題を解けないことを説明することは可能である.mentalizing欠落仮説は,サリーとアン課題やこれに類似する課題ができないことを予想するが,課題ができない理由としては他にもたくさん考えられる.例えば,サリーとアンテストには,ワーキングメモリーや,対象物が実際に存在する場所を指差しする反応を抑制する能力が必要である.説得力を持たせるためには,精神状態を考えることを含まない以外は全ての点で同じ課題なら可能であることを示す必要がある.

そのような課題の例のひとつは,写真の被写体に関する質問をするシナリオを使っている.児にイスに座っているテディーベアを見せる.イスに座っているテディーベアの写真をポラロイドカメラで撮る(児に撮らせる).写真を隠し,テディーベアはイスからベッドに移す.質問は,隠した写真には,イスに座っているテディーベアが写っているか,それともベッドの上のテディーベアが写っているかである.答えは「イスの上」である.このシナリオをサリーとアン課題のシナリオと比較すると,サリーとアン課題では,サリーの心の中の見えない信念では,ビー玉がかごの中にあるのか箱の中にあるのかが質問になっている.信念は間違う可能性がある.一方人の心の中では真実として保持され得る.ちょうど同じように,写真は古くなっても過去のシーンを描写している.この二つの実験を比較した結果,理論から予想されるとおりに,自閉症児は,誤解の理解はできないものの,今の状態とは異なる写真の状態は十分に理解できる.健常児においては,どちらかと言えば状況は逆である.写真に関する質問よりもサリーの誤解についての質問の方がより容易に答えることができる.このことは,サリーとアンの課題が抑制能力を必要とし,4歳以下の健常児は各ドメインに一般的な制限のためにこの課題に苦しむのである.一般的な制限とは,例えば抑制障害や目立つものにとらわれることである.一方,自閉症児は「心を読む」ことにおける特異的な障害のために課題に失敗する.このような実験結果は, mentalizingが分離可能な,言い換えるとモジュール特性を有する認知メカニズムに基づくアイデアを強力に支持する.

マインドブラインドネスは自閉症における社会的コミュニケーション障害を説明する

マインドブラインドネス仮説は,発達障害の特異なモデルの一例である.このモデルに関する主張は,単一の限局性の認知障害が,いろいろな症候の原因となり得,それらの症候は表面的には無関係のようであり,その重症度に広い巾があるとするものである.従って,mentalizingの障害だけでは,自閉症スペクトルを特徴づけるコア障害(社会性の障害,コミュニケーション障害,イマジネーション障害)を説明するには心もとない.同時に,他のドメイン機能が障害されていないことを予測するに十分に特異的であり,他に付加的な認知障害がないことを予測させる.実際は,他にも障害がある.

マインドブラインドネス仮説では,自閉症における反復性の行動や狭くて強迫的に追求する興味の存在を説明することはできない.運動上の問題や,知覚処理異常,または共通して見られる単純記憶能力の卓越なども説明することはできない.これらの症候を説明するために他の説が出されている.しかし,マインドブラインドネスは,言語異常のいくつかを説明することができるかもしれない.自閉症においては,寡黙,言語遅滞,会話のオーム返し,言語の特異な使用などは高度に典型的な症候である.アスペルガー障害などのように,年齢相応または天才的な言語能力のケースにおいても,親の観察では初語は普通でなく,またボキャブラリーの獲得も健常児とは異なっている.明らかに普通でない単語学習パターンを検討するために,Baron-Cohenらは巧妙な相違検出パラダイムを使った.このパラダイムでは,しゃべる人と聞く人は異なる対象物に注意を払い,一方しゃべる人は新しい単語を言う.彼らは自閉症児がその時にたまたま見ていた対象物を,しゃべる人が言った単語が示すものとして指差してしまい誤答する.年齢を適合させたコントロール児はそのような間違いはせず,その代わりにしゃべる人が見ている対象物を単語が示すものとする.しゃべる人の優位注意によって誘導されることは,mentalizingの徴候であり,自閉症においてそれがないことは,自閉症における言語の発達が普通でないことを説明するのに都合が良い.

始動メカニズムの恩恵を受けないこれら自閉症児の何が,意識的な努力をとおして精神状態を学ぶのであろうか.行動と結果の間の関連を形成することに基ずくゆっくりとした学習は,精神状態概念を徐々に獲得することを許容するであろう.日々,多くの自閉症者は彼らが社会的慣例のルールを学んだことを示すが,彼らはそれらのルールが不適切になり,おもしろいことや皮肉によって無視される状況を区別するための直感を持っていない.しかし,mentalizeするための直感的能力がなくても,マインドブラインドネスのための適切な配慮が可能な他人との社会的な相互関係は,依然として経験と学習の豊富なソースであり得る.

自閉症における社会性障害のもうひとつの見方は,しばしば情緒的機能障害に注目してきた.HobsonとSigmanらの研究グループは,自閉症児は他人によって提示された感情に対して反応がより少ないことを示唆した.例えば,大人がけがをしたふりをして痛いと言って大声で泣いても,自閉症児はほとんど心配しない.例外的には,自閉症児が強くそのことに集中していれば心配する.一方,一般的に信じられていることとは逆に,結びつきや帰属の障害は小児において自閉症を特徴づけない.帰属はmentalizingから分離できる社会的認知能力の成分のひとつのようである.特異な感情に反応することは,その他の分離可能な社会的コンポーネントであり得る.

感情処理の障害は,マインドブラインドネスの二次的なものであるかもしれない.実験的研究は,自閉症者は単純な基本的感情よりも,顔から読み取れる複雑な社会的感情を解釈しなければならない課題が苦手なことを示唆した.自閉症スペクトルの重症な極端例では,意図的なアイコンタクトは全体にせず,ひょっとすると生物学的行為の主体者と機械的な対象を区別していないかもしれない.このような重症な状態はマインドブラインドネスの上に存在する社会的な無関心の程度によって特徴づけられる.しかし,全般的な非社会的行動は自閉症スペクトル障害におけるめやす(ルール)ではない.

機能的脳イメージングとmentalizingの神経基質(neural substrate)

これまでのところ,わずかに2−3の研究がmentalizingの神経生理学的基質について検討している.研究が未だに少ない理由は部分的には,適合させたコントロール課題を伴った適切なmentalizing課題のデザインが困難だからである.つまりコントロール課題とmentalizing課題の間の唯一の違いはmentalizingの必要性だけにすることが困難なのである.正常ボランティアを使いこれまでに行われた研究は,ストーリーやマンガや,連続絵やアニメ化した幾何学図形などを使った対比条件で行われた.これらの研究は全て,それぞれの課題の特異な需要に合わせたmentalizingの間に一致して活動する脳領域のネットワークを同定した.基本的には両側性のこのネットワークはmentalizingに特有な特徴であることが判明している.神経活動のピークは,(1)内側前前頭皮質(the medial prefrontal cortex),特に傍帯状回の最前部で前帯状皮質と内側前前頭皮質の境界領域(very medial);(2)上側頭溝のトップ部位で,側頭-頭頂ジャンクション(右でより強い);(3)扁桃体に隣接する側頭極(いくらか左でより強い)の3つである.

なぜこれらの特異な領域が共通して活動し,またこの領域に共通してあるものは何なのであろうか.明らかに,同定されたシステムは生物学的行為の主体の注意を処理するために特別に作られたものである.内側前頭領域の同じ部位が,自己認識に関する課題によって活性化されている.主に左側の上側頭溝はまた,生物学的行為の主体を検出する能力が必要な課題によっても活性化している.さらなる研究により,このことは視覚的モダリティーにおける生物学的動きに限られたものではないことが示唆されている.顔や,会話や,複数のモードからなる手がかりや,注意の文脈的手がかりなどのような複合しげきによってこの活動が起こることが示されている.その他の研究は,側頭極の特に左側が,他の行為の主体と自分に関する事実が想起された時にも活性化することを示唆している.例えば,見慣れた顔と場面や,異なるモダリティーにおける感情的に重荷を背負っている見慣れた刺激などである.

残念なことに,これまでのところ,これら3つの領域の間のリンクがどのようにしてmentalizingに関与しているかに注目した研究はない.この能力は明らかにそれぞれのパートを単純に加算したよりも優れた能力である.もし,問題の実際的状態と精神状態を別々のものとして把握するために,mentalizingが「分離」を決定的なものとして含んでいるのであれば,いかなる神経生理学的プロセスがそれを下から支えているのであろうか.この問題の鍵となるアプローチのひとつは,自閉症における脳生理の比較研究である.もしmentalizingが自閉症における機能障害であるならば,関連する脳異常は正しい方向に我々を導くはずである.

自閉症におけるmentalizingに関する機能的脳画像研究からのエビデンス

これまでのところわずかに3つの研究が系統立てて自閉症者におけるmentalizing課題を研究している.Happeらはストーリーパラダイムを使いPET研究を行った.彼らは6人の健常成人と5人のアスペルガー症候群成人例を比較した.対象者はストーリーを読み複雑な精神状態あるいは非精神的推論に関する質問に答えている間スキャンされ,関連のない文章を読み想起している間のスキャン結果をベースラインとして測定した.アスペルガー症候群も健常成人も質問に申し分なく回答したが,脳の活動には違いが見られた.アスペルガー群では,内側前前頭領域における活動がより少なく,一方その活動ピークは前頭皮質のより腹側に存在した.

fMRI研究において,Baron-Cohenらは6人の自閉症者(高機能)と12人のコントロールを比較した.対象者は写真の人物の内面を目の部分だけから判断するよう求められ,精神/情緒状態を表現するのに最も適した表現を2つの単語から選ぶ.対比課題は写真が男性か女性かを判断する課題である.コントロールグループに比較して,自閉症者は前頭領域での広汎な活動がより少なく,扁桃体には活動が見られなかった.

Castelliらは(未発表データ)10人の高機能自閉症者に音声のないアニメーションを見せ,コントロールを健常成人10人として比較した.アニメーションには2つの三角形がスクリーン上で動いている(サンプル:http://www.icn.ucl.ac.uk/groups/UF/Research/animations.html).ひとつのコンディションでは,三角形は精神状態の属性を引き出すために動く(例えば,大きな三角が小さな三角をなだめて部屋のような四角い領域から小さい三角を外へ誘導するようなアニメーションや,まねてからかうアニメーションなど).もうひとつのコンディションは,三角形が無作為に動いているアニメーションで,mentalizingシステムを目立たせるために対照として使われた.mentalizingの間,自閉症グループは,3つの以前に同定された脳領域において,コントロールグループよりもより活動が少なかった.しかし,mentalizingに関連するもうひとつの領域である後頭回においては,mentalizingの間に同等の活動が見られた.この領域の活動は,アニメーションに対するより集中的な視覚的解析に両グループが(同様に)没頭していることを示唆する.しかし,後頭領域と側頭-頭頂領域の間の連結は,コントロールグループに比べ,自閉症グループでより弱かった.この所見はマインドブラインドネスの原因を解明する手がかりを与える.このシステムでの低活動性は,より低レベルあるいはより高レベルの知覚処理領域の間の相互影響に障害(ボトルネック)があるためかもしれない.これらの所見は未だに予備的なものであるが,自閉症においてmentalizingのための特異的な神経基質が機能障害を起こしているとする考えを支持する.

自閉症脳の解剖学的研究からのエビデンス

自閉症におけるmentalizing障害は,mentalizingシステムに関与する領域のひとつあるいは複数の何らかの構造的異常にリンクし得るのであろうか.そのような可能性を示すいくつかの予備的なエビデンスが存在する.Abellらは15人の高機能自閉症者に関して構造的MRI検査を行った.ボクセルレベルの全脳解析を行い,15人の年齢とIQを適合させたコントロールに比べ灰白質に違いがあることを同定した.この相違は,おそらく扁桃体を中心として分布するシステムに同定された.灰白質の減少はこのシステムの前部に発見され,特に,傍帯状溝と下前頭回に見られた.傍帯状領域は,HappeとCastelliらの脳画像研究において自閉症者にみられたより低い活動性の領域に非常に近接している.灰白質の増加もまた,後部に見られ,つまり,扁桃体周囲皮質と中側頭回および下側頭回に見られた.小脳構造の増加もまた指摘された.他の構造的MRI研究も(Howardら),体積を検討し,自閉症者における扁桃体領域の拡大を報告した.自閉症においては扁桃体の機能障害説があるが,これまでのエビデンスはこの領域がマインドブラインドネスの原因になっているかもしれないいくつかの領域の構成要素にすぎないことを示唆している.

また,これらの特異な脳領域における異常を示唆する,数少ないエビデンスが自閉症脳の組織解剖学的研究からも得られている.例えば,BaumanとKemperは,その重要な一連の研究論文の中で,自閉症者の死後脳における細胞レベルの異常を報告している.特に,海馬複合体,subiculum,entorhinal cortex,扁桃体,乳頭体,medial septal nucleus,そして前帯状回からなる辺縁系の領域における,神経細胞のサイズの減少と細胞密度の上昇が報告されている.辺縁系以外では,小脳の後部および下部領域におけるプルキンエ細胞数の減少も見られている.

後天的脳病変からのエビデンス

傍帯状皮質の前部,側頭-頭頂ジャンクションの上側頭溝,そして側頭極が,mentalizingの神経画像研究において活性化していることが妥当とすると,我々はこれらの領域の後天的脳病変からなにを学ぶことができるであろうか.自閉症に匹敵する状態の患者は思い当たらない.ひとつには,発達途上の脳異常の影響は偶発的に後から獲得された病変とは異なるであろう.また,社会的コミュニケーション障害以上のものを自閉症は含んでいる.しかし,mentalizing機能を保つために,これらの領域の機能が障害をうけていないことが必要なのかどうかについての情報を得ることができる.

脳病変患者において,適切なコントロール課題を設定し典型的な心の理論課題を使ったいくつかの研究が存在する.Happeらは,難治性うつ病に対する定位脳手術による前頭-視床線維切断(anterior capsulotomy)を受けたひとりの患者が,手術の後mentalizing課題が特異的に障害されることを示した.この患者は日々の社会的行動における退行がみられた.また,この患者は心の理論仮説のマンガテストやストーリーテストもできなかった.前前頭部の病変をもつ患者群を使った研究でも,脳画像研究で内側前前頭領域に病変があることが想定され,いろいろな課題で心の理論課題の障害が示された.重要なことには,mentalizing障害を持つ患者から得られるエビデンスは,管理統合機能課題(executive function tasks)の成績とは無関係であることが示唆された.管理統合能力もまた,前頭葉機能に依存していると考えられている.

側頭-頭頂ジャンクション部の上側頭溝へのダメージがある患者に関する報告は,主に左側の障害で,これまでのところmentalizing課題は行われていない.しかし,右大脳半球脳卒中の患者で,言語性および非言語性mentalizing課題でHappeらが検討した結果,そのような病変を含み得るようである.これらの報告者は,自閉症ケースに典型的に見られる障害とコミュニケーション障害を報告しているが,右大脳半球の患者においてのみであり,左大脳半球の患者ではこのような障害はない.先天的な左扁桃体病変を持ち,アスペルガー症候群の診断を受けているひとりの患者に関する研究では,多彩なmentalizing課題の重度の障害が示された.側頭極に病変を有する痴呆の患者におけるmentalizing課題の成績に関する検討は興味ある研究である.

神経心理学的研究は,これまでのところ,内側前前頭皮質がmentalizingに不可欠であろうと示唆してきたが,それで十分というわけではないようである.脳画像研究でmentalizingシステムの部分として同定されたその他の領域における病変に関しては,これまでのところデータが少ない.他の病変ケースもまた有意義であり得る.少なくとも現存する数少ない研究のいくつかにおいて,mentalizingの間に活動していることが示されている小脳において特に有意義であろう.

まとめると,神経心理学的,構造的,そして機能的画像研究はこれまでのところ,自閉症脳の細胞レベルの異常所見とあわせて,マインドブラインドネスを誘導する脳異常に関する集中的なエビデンスを提供している.

マインドリーディングの進化に関する予備的考察

社会性を司る脳は複雑である.そして非常に古い.しかし,mentalizingシステムはより最近のオリジンであることが明らかである.サルは,複雑な社会的生活をおくることで知られているが,チンパンジーやボノボとは対照的にmentalizeすることができない.チンパンジーやボノボは初期のmentalizingスキルのみを有しているがだますことに関与できる.mentalizingは社会的相互関係のレパートリーに新しい側面を付け加える.mentalizingは,他人を操作することを特に複雑な方法で可能にし,他人の行動を直接的に試行錯誤的な行動で操作する能力をはるかに超えた結果を可能にする.Frithらは,精神状態の描写に必要な脳システムは,腹側の対象同定システムからとするよりはむしろ,背側の行動システムから進化したことを想定している.彼らは,社会的知能の多くは既にサルにおいて十分に発達しており,腹側のシステムから派生したと考えることができると主張した.それは,複雑で洗練された対象認知に依存している.対象認知は,情緒的表現における難解な違いを認知したり,他人を認識したり,他人の状態や関係を理解することである.対照的にmentalizingは行動を表現する能力の発達を必要とし,そのゴールと行為の主体の意図は,行為の主体によって行われる行動に潜在している.

他の行為の主体のゴールに向かった動きも,視線も,その要求に関するヒントを与えてくれる.また,そのようなヒントを検出する能力は,mentalizingのために必要な進化の最初のステップであるのかもしれない.ゴールに向かった動きを検出する能力は,mentalizingの初期の能力さえない動物において既にみられる.神経画像研究は視線の検出とmentalizingの両者において,上側頭溝の一番上の位置における側頭-頭頂ジャンクションの活動を明らかにした.皮質のこの部分における細胞については何がわかっているのであろうか.サルを使った研究において,Perrettらは上側頭溝に非生物的対象物の動きには反応しないが,手や顔の動きに反応する細胞を同定した.さらに,上側頭溝にある細胞の中には,「ミラー細胞」と呼ばれる細胞が,マカクの外側下前頭領域に存在し特異な行動を観察した時に反応する.非常におもしろいことに,前帯状皮質(mentalizing研究で活動のピークがみとめられた領域のすぐ近く)にある神経細胞は,神経外科手術中の患者において,患者がピンでちくりとされても,また検査者の指にピンをさすところを患者が見ても,両方の場合に反応することが発見された.このようなミラーメカニズムは,mentalizingに関連する早期の進化過程のように思える.憶測すると,これらのミラー細胞の機能は,行為の主体のゴールに向かう行動の無意識の計算をささえるだけでなく,(他の)行為の主体の自己に向かう注意をもささえる(捕食されるものと捕食するもの,友と敵).

しかし,代理行為の検出はmentalize能力に近いものではないように思われる.いかにそしてどこで,この課題はニューロンによって遂行されるのであろうか.内側前頭皮質,特に傍帯状皮質の最前部は,mentalizingの進化に向かう皮質の次のステップの有望な候補のひとつである.第一に,この部分は,精神状態を他人に帰する間に活性化し,また,自己の内的状態のモニターリングの間にも活性化する.第二に,この領域の病変はmentalizing障害に関連している.第三に,異常構造と同様に異常機能が,自閉症者においてこの領域でみられている.

前帯状回と隣接する内側前前頭領域にある細胞についてはほとんど知られていない.しかし,ボノボとチンパンジーと人においては,ニューロンの通常見られない樹状突起タイプと紡錘状細胞が前帯状皮質(Vb層)に同定されているが,他の霊長類や他の哺乳類では報告されていない.Nimchinskyらは,前帯状回における紡錘状細胞は,感情の付帯的な意味(overtones)を伴ったインプットを統合し,発声や顔の表情をコントロールする運動中枢に神経線維を出している特異なニューロンの一群を意味しているのかもしれないと示唆している.この紡錘状細胞の機能はこれまでのところ不明であるが,原始的mentalizingがチンパンジーやボノボにみられ,サルには見られないことと一致していることは注目に値する.

結語

マインドブラインドネスは,自閉症のコアとなる社会性障害やコミュニケーション障害に関与している.この仮説は確固たる実験的エビデンスを背景としており,自閉症に関しては自閉性障害のスペクトルを定義するコア症候を単一の説明で一本化でき,自閉症スペクトル障害に関連する非単一性を説明することも可能となり,ユニークな有意点を有する.

mentalizingは分離可能な脳システムに依存しており,後天的脳病変により選択的にダメージを受け得る.mentalizingの生理学的基盤は依然として知られておらず,複雑で本質的には両側性の皮質ネットワークを含んでいることが明らかである.画像研究では,研究間で最も一致して活動を指摘されている領域は内側前前頭領域の傍帯状溝,側頭-頭頂ジャンクション部での上側頭溝(右優位),そして側頭極の扁桃体周辺皮質(左優位)の3ヵ所である.予備的所見は,自閉症の原因となる脳異常がこのネットワークの機能的連結を危うくし,この3ヶ所全ての活動を低下させていることを示唆している.集まりつつある自閉症および後天的脳病変からのエビデンスは,mentalizingには内側前前頭領域が障害されていないことが必要であることを示唆している.

実験的エビデンスは,自閉症の典型的な社会性,コミュニケーション障害は,mentalizingメカニズムにおける障害でよく説明可能であることを示している.自閉症スペクトル障害を持っているが自立できるケースは,代償的な学習により精神状態の理解を時間をかけ実践して獲得する.健常児においては,mentalizingメカニズムは,言葉の意味を含む,社会的にまた文化的に伝えられる知識の迅速な学習を可能にする.自閉症スペクトル障害児は,非常に知的に優れている可能性があり,他の方法により学習することができるので,背景となっている脳異常は十分に特異的で限局しておらねばならず,全般的な情報処理能力に影響(低下)がないような異常でなければならない.この説は認知機能の発達のモジュール(構造)説にも関連する.


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