自閉症小脳のcDNAマイクロアレイ解析(Purrcellら)

Purcell AE, et al. Postmortem brain abnormalities of the glutamate neurotransmitter system in autism. Neurology 57: 1618-1628, 2001.

訳者コメント:

自閉症に関するcDNAマイクロアレイ解析の最初の報告です.cDNAマイクロアレイ解析は,mRNA発現レベルを表現型としてコントロールと比較して検討するもので,検体となる臓器が検体となったその時点のサンプルブロックレベルの状態が結果に反映されます.発達を厳密な意味で経時的に追うことは人では不可能ですので,病態の結果あるいは病態と無関係な二次的な変化を見ている可能性もあります.この論文でのDNAマイクロアレイ解析では,サンプル数や有意レベルの設定では説得力はいまひとつですが,グルタミン酸系の変化が注目されています.グルタミン酸のニューロトランスミッターとしてのこれまでに報告されている特徴を列記しますと以下のようになり,グルタミン酸系は自閉症との関連を検討する必要のあるファクターのひとつのようです.

・主な興奮性神経伝達物質
・受容体は大脳皮質,海馬,小脳などに分布
・受容体のクラスタリングと伝達効率,可塑性が関連
・長期増強に関与(記憶,学習),海馬ニューロンのスパイン形態とグルタミン酸感受性が相関
・グリア細胞にもグルタミン酸受容体(カルシウムをグリア内に取り込む)があり,グリア細胞の形態維持にグルタミン酸受容体が関与
・高濃度で神経毒性(興奮毒性)
・グルタミン酸トランスポーターの異常で細胞外グルタミン酸濃度が上昇
・小脳での特異構造(ベルクマングリアがプルキンエ細胞へのシナプスを取り巻き,グルタミン酸トランスポーターやグルタミン酸受容体が特異的な機能を持つ)
・グルタミン酸トランスポーターの多様性(GLT-1は主に大脳皮質や海馬のアストロサイト,GLASTは主に小脳のベルクマングリア,EAAC1は主に大脳皮質や海馬の神経細胞,EAAT4は主に小脳プルキンエ細胞,GLT-1欠損マウスはてんかん発作)

本論文では,矛盾点もいくつかあり考察が加えてあります.今後の展開が注目されます.

(概訳)

概要:(背景)自閉症者の脳を検討する研究は,小脳や海馬のような領域における解剖学的および病理的変化を発見した.しかし,自閉症の病態に関与している分子レベルの変化に関してはあるとしても何も判明していない.(目的)自閉症者の小脳において異常に発現している遺伝子を同定する.(方法)10人の自閉症者の脳サンプルと適合コントロールサンプル23例が集められ,主に小脳から検体を得た.自閉症において有意に変動している(アップレギュレートされているかダウンレギュレートされている)遺伝子を同定するために二つのcDNAマイクロアレイ法が使われた.マイクロアレイ解析で同定されたいくつかの遺伝子の異常mRNAレベルあるいは蛋白レベルは,逆転写酵素処理後のPCR(RT-PCR)とウェスタンブロット法で検討された.アルファ-Amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazoleproprionic acid(AMPA)-およびNMDA−型のグルタミン酸受容体密度は,小脳,尾状核-被殻,そして前頭前皮質において受容体オートラディオグラフィーで検討された.(結果)いくつかの遺伝子におけるmRNAレベルは,有意に自閉症で増加しており,興奮性アミノ酸トランスポーター1およびグルタミン酸受容体AMPA1が含まれていた.この両者はグルタミン酸システムに関与している.追加して行った解析により,グルタミン酸システムにおけるいくつかの分子の蛋白レベルあるいはmRNAレベルの異常も追加同定された.これにはグルタミン酸受容体結合蛋白が含まれている.自閉症者の小脳においては,AMPA-型グルタミン酸受容体密度が有意に減少していた(p<0.05).(結論)自閉症者は小脳において,AMPA-型グルタミン酸受容体とグルタミン酸トランスポーターにおける特異的な異常を持っているもかもしれない.これらの異常は自閉症の病態に直接的に関与しているのかもしれない.

イントロ:50年以上前に最初に記載されてから,自閉症は相変わらずなぞの広汎性発達障害のままである.自閉症は生涯にわたる症候群であり,3つの症候により特徴づけられる.社会性相互関係の障害,言語異常,そして行動のお決まり反復パターンである.その他の特徴は,3倍から4倍男性に多く,成人までに3分の1のケースが少なくとも2回の痙攣発作を経験すること(無刺激での発作)などである.一般的には有病率は1万人に2人から5人とされている.しかし,最近の研究は自閉症の頻度がより多いと示唆しており,有病率は1000人に一人以上と報告されている.

自閉症は行動学的に定義される状態であり,多彩な遺伝的および非遺伝的原因の結果である.従って,自閉症の重要な原因を同定することは困難であるけれども,自閉症の結果として影響を受ける共通する過程(pathways)を同定することへの関心が集まりつつある.自閉症は非進行性の脳障害を反映すると考えられているが,わずかに2−3の研究が自閉症者の死後の脳における変化を検討しただけである.神経病理学的研究は,脳幹や海馬やその他の間脳構造を含む部位での異常を指摘している.これまでのところ,最も共通している所見は,自閉症者における小脳の異常であり,我々は小脳を今回の研究のサンプルとして選んだ.正常の小脳に比較して,35%から50%のプルキンエ細胞数における減少が自閉症小脳において報告されている.いくつかのMRI研究では,自閉症者においては小脳がより小さいのではと示唆されている.脳異常の神経解剖学的証拠にもかかわらず,分子レベルでは脳の障害については,もしあるとしても,何も解明されていない.これはおそらく,自閉症者の死後の脳サンプルを得がたいことに起因していると思われる.

脳における自閉症の分子レベルの病態生理を理解するために,cDNAマイクロアレイ技術は,発現の差異に関して数千の遺伝子を一度にスクリーニングする効果的な方法を提供してくれる.このアプローチは自閉症の結果として変化した小脳経路を同定することにおいて有益であろう.cDNAマイクロアレイ法を使った,人に関する多くの研究は細胞株や腫瘍に関してのものである.しかし,高密度マイクロアレイはまた,自閉症のような神経細胞株や動物モデルがない状態などの脳組織に関しても有益な手段を提供する.多発性硬化症やアルツハイマー病などの神経疾患患者の脳サンプルにおいて発現遺伝子を評価するためには,マイクロアレイ法は既に使われ報告されている.本研究では,自閉症において病理的変化があることが知られている小脳の死後サンプルにおける遺伝子発現の全体的な変化を検討するためにcDNAマイクロアレイ法を使用する.

対象と方法

(組織サンプル)9人の自閉症者(A1からA5,A7からA10)および18人のコントロール群(C1からC9,C11からC19)の小脳皮質から得られた凍結死後脳サンプルは,ハーバード脳組織リソースセンターから自閉症研究基金とメリーランド大学脳組織バンクの協力を得て入手できた.これらのサンプルの多くは小脳であるが,いくかは前頭前皮質と尾状核‐被殻である.自閉症の診断はDSM-IVに基づき神経専門医が行い,9例中5例ではADI-Rが行われていた.もう一つの小脳皮質凍結サンプル(A6)とコントロールサンプル(C10)はメリーランド大学脳組織バンクとの関連でマイアミ大学から得られた.A6の診断は小児自閉症レーティングスケールに基づき神経専門医が評価した.さらに4つのコントロールサンプル(C20からC23)は前頭前皮質または尾状核‐被殻からであり,メリーランド脳組織バンクから提供された.本研究で検討した自閉症10例のうち,4人(A1,A2,A4,そしてA10)は,けいれん発作の既往があり,A3,A5,A7からA9はけいれん発作の既往はなく,その他のケースは情報がなかった.死因,IQ,死亡前の治療などのデータは別記.自閉症者10人の平均年齢は19歳(+-14),23例のコントロールの平均年齢は22歳(+-15)であった.自閉症およびコントロール群は,年齢,性,死後時間において適合していた.

自閉症とコントロールの小脳サンプルは(250mgまで)SHEEP緩衝液中で蛋白解析用にホモジェナイズされた.その後,2000Gで10分間遠心した(4度C).うわずみを集め,蛋白濃度を蛋白アッセイで測定した(スタンダードはBSA).ホモジェナイズされた全ての組織は,pH>6.3で,人死後脳におけるmRNA解析のためには最適と考えられる.それぞれの脳組織からのトータルRNAはTRIzolをつかい抽出した.得られたRNAは吸光度で計測した.それぞれのサンプルのA260/A280比は,1.9から2.0であることが確認され,純度の高いRNAであった.RNAが分解されていないことは,変性条件のアガロースゲル上で電気泳動しethidium bromide染色で確認した.

(cDNAアレイハイブリダイゼーションと解析)遺伝子発現は,アトラス人神経生物学的アレイを使い解析した.このアレイはナイロン膜上に2つずつ588種類の人cDNAが並べられている.自閉症はA1,A2,A4,A9の4例,コントロールはC7,C9,C10,C11の4例,トータル8例の小脳サンプルでハイブリダイゼーションを行った.それぞれのサンプルで15マイクログラムのトータルRNAからポリA構造を持つRNAを分離し,放射線ラベルされたcDNAプローブが合成された.ラベル産物のハイブリダイゼーション強度は,phosphorimagingにより評価.アトラスイメージバージョン1.0ソフトウェアで,スキャンされたアレイイメージにおけるスポット強度を計測した.それぞれのアレイで,バックグラウンド(n=357)よりも高い強度値は全体で標準化し平均1.5とした.この平均値は各アレイのオリジナルな平均強度に近いので選ばれた.それぞれの遺伝子に関して,遺伝子発現の制御状態は,自閉症群およびコントロール群の平均強度で評価した.その平均値の比でアップレギュレーション(自閉症/コントロール)とダウンレギュレーション(−[コントロール]/自閉症)を評価した.

遺伝子発現はまた,UniGEN V2アレイでも評価した.このアレイはガラススライド上に9374個のシークエンスが確認されているcDNAが固定されている.トータルRNAで100マイクログラムを9人の自閉症者(A1-A6,A8-A10)と4人のコントロール(C7-C9,C11)の小脳サンプルから抽出し,サンプル名をコード化した上で,Incyte Genmics社に送った.そこでポリA構造を持つRNAは分離されcDNAプローブを蛍光マーカーCy3(自閉症群)とCy5(コントロール群)でラベルして合成した.プローブ産生には等量のポリA構造+のRNAが使われた.ハイブリダイゼーションは9件行われ,それぞれはコントロールプールに対する1例の自閉症サンプルである.それぞれのアレイで,Incyte GenomicsはそれぞれのcDNAシグナルに関して強度を計測し,また全体的にはCy5シグナルをCy3シグナルに対して標準化した.シグナルは少なくともバックグラウンドレベルよりも2.5倍で,少なくとも定義されたシグナルエリアの40%を占める場合にアレイ解析に含まれた.ある遺伝子が,9件のアレイのうち3件以上でこの基準を満たさない場合は,その遺伝子はその後の解析から除外した.アレイ内コントロールはマイクロアレイデータの解析には含まれていない.遺伝子の制御レベルを計算するために,それぞれのアレイで,標準化されたコントロールプールのシグナル強度に対する自閉症のシグナル強度の率を計算した.この率はそれから,9件のアレイで平均化された.最後に,制御レベルは遺伝子が自閉症サンプルにおいてアップレギュレートされているか(平均率),またはダウンレギュレートされているか(−[1/平均率])を基盤に表された.

(RT-PCR)トータルRNAより,オリゴd(T)およびSuperscript II逆転写酵素を使ってcDNA(first strand)が合成された.約20ngのcDNAは,100マイクロリットルのPCR用混合液に加えられた(それぞれの特異的プライマーは0.5マイクロモル).正常の遺伝子発現のコントロールとしては,glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenaseを用いた.PCRは二段階の24サイクル.追加サイクルを1回,2回,3回加え,それぞれのPCR産物が線状に増加することを確認した(ピーク状態の手前であることを確認).各バンドはNIHイメージ解析ソフトウェアで平均密度を評価した.コントロールバンドに対するそれぞれの遺伝子のバンド密度の比が各サンプルで計算された.コントロールグループと自閉症群で遺伝子発現の差を評価するためにt検定(paired)が行われた.自閉症群とコントロールグループの間の差が年齢または死後経過時間に関連して変動していないかを評価するために,複数回帰解析を行った.

(サブトラクションハイブリダイゼーションとサザンブロッティング)Micro-FastTrack単離キットを使い,自閉症4例(A1,A2,A4,A9)およびコントロール3例(C7-C9)の小脳サンプルにおいて,ポリA構造のあるRNAを100マイクログラムのトータルRNAのプールから純化した.ポリA構造のあるRNAはcDNAに逆転写され,RsaIで処理し,PCR-Select cDNAサブトラクションキットを使いサブトラクションを行った.異なって発現しているcDNAのプールは,TAクローニングベクターでサブクローン化しシークエンスを行った.バンド4.1N(KIAA0338)が同定され,少なくとも100ベースペアの領域を基準として,塩基配列が99%を超えて一致することを,Basic Local Alignment Search Toolで確認した.サブトラクションで同定されたバンド4.1Nのシークエンスは3726ベースペアから4122ベースペアの巾があった.サブトラクションから単離されたバンド4.1Nのクローンは,[32P]deoxycytidine triphoshateを用いRediprime IIでランダムラベルした.このプローブはそれからサブトラクションハイブリダイゼーションで得られたcDNA(アップレギュレーションあるいはダウンレギュレーションの発現)のプールを含むナイロン膜にハイブリダイズした.

(ウェスタンブロッティング)それぞれの小脳サンプル20マイクログラムは,4から15%のSDSポリアクリルアミド濃度勾配ゲル上に60mA,90分で電気泳動した.リファレンスサンプルは全てのゲルに流した.蛋白質はProtranニトロセルロース膜に30mA,オーバーナイトで移された.非特異的結合部位は5%ノンファットドライミルクを含む緩衝液(室温1時間)でブロックした.免疫染色は1次抗体を反応させ(室温1時間),その後horse-radish peroxidaseが結合している2次抗体と反応させた(室温1時間).増強化学蛍光検出システムによりシグナルを検出した.バンドはNIHイメージ解析ソフトウェアーを使い平均密度を計算した.蛋白レベルを標準化するために,ブロットはアクチンに対する抗体で再反応させ,アクチンの強度分のサンプル蛋白強度の比を計算した.自閉症とコントロールサンプルの差を評価するために,t検定を行った.自閉症とコントロールグループの差が年齢や死後経過時間に関連して変動するかどうかを評価するために,複数回帰解析が行われた.

(受容体オートラディオグラフィー)グルタミン酸受容体密度は小脳(A1,A3-A7;C1-C3,C5-C10),前頭前皮質(A1,A2,A4,A9;C6,C8,C19-C23),および尾状核-被殻(A1,A2,A4;C9,C17,C18,C21-C23)において,自閉症およびコントロールの死後脳組織で検討した.凍結脳サンプルはクライオスタットで連続切片とし(20マイクロの厚さ),Superfrost Plusをコートしたスライドグラスに解凍マウントした.切片はAMPAおよびNMDA受容体に対する結合のために処理された.

受容体密度はビデオを使った画像解析システムで計測した.それぞれの切片において,問題となる部分の25箇所の小さな領域の密度の平均が算出された.バックグラウンドの平均値をこの値から減じた.4から8の別々の切片から平均密度を同じ脳サンプルから得て,その平均をだした.統計計算パッケージS-PLUS2000をt検定と複数回帰解析に使い,受容体密度の自閉症群とコントロールサンプルの差が年齢や死後経過時間による変動かどうかを検討した.

結果

(cDNAマイクロアレイを用いた発現プロフィール)二つの市販されているcDNAマイクロアレイ法が,自閉症とコントロール群で死後小脳サンプルにおける遺伝子発現の差異がないかを検討するために用いられた.4人の自閉症サンプルおよび4人の適合コントロールサンプルから放射線ラベルされたcDNAプローブは,アトラス神経生物学的アレイにそれぞれハイブリダイズされた.このアレイ上の588個のcDNAのうち,357個が全てのアレイにおいてバックグラウンドよりも高いハイブリダイゼーションシグナルを示した.UniGEM V2アレイ上には,9人の自閉症サンプルから蛍光ラベルされたプローブが,共通するコントロールプールから得られたプローブと同じ条件でそれぞれハイブリダイズされた.9374個のcDNAの中で,9アレイのうち少なくとも6アレイで,8977個からバックグラウンドより高いハイブリダイゼーションシグナルを得,方法に記載したシグナル範囲基準をも満たした.それぞれのアレイ法において,アップレギュレートされた遺伝子とダウンレギュレートされた遺伝子の上位のものは表2にまとめた.アトラス神経生物学的アレイはUniGEM V2アレイに比べると検討する遺伝子の数が少ないため,このことが結果にも反映されている.遺伝子発現に関する検討の結果は,全体的には二つのアレイ法の間で一致している.GABA A受容体アルファ5などの2−3の遺伝子は,ゲノムスキャン研究が同定した自閉症易罹患性遺伝子座の部位にあるものである.

表2 cDNAマイクロアレイ解析によりコントロールとの発現差がはっきりとしていた遺伝子

複数の自閉症ケースでアップレギュレートされていた遺伝子
アレイ 遺伝子名 GenBank ID 遺伝子座 自閉症群 コントロール群
UniGEM V2アレイ Phospholipase A2

GABA A受容体アルファ5

Chemokine receptor 1

EST

Apolipoprotein E

HLA-G抗原

Clusterin

Hevin

TU3A

MITF

M21054

L08485

D10925

AA946611

K00396

X17273

X14723

X86693

AF089853

N34462

12q23-q24.1

15q11.2-q12

3p21

15q

19q13.2

6p21.3

8p21-p12

4

3

2

1.85

1.75

1.72

1.64

1.64

1.59

1.56

1.54

1.54

1.52

1.03

 

 

 

1.35

 

 

 

 

 

神経生物学的アレイ EAAT 1

Protease nexin 1

Glutamate受容体AMPA 1

GFAP

RAP-1A

U03504

A03911

M64752

J04569

M22995

5p13

2q33-q35

5q31.1

17q21

1p13.3

1.39

 

1.37

1.47

-1.11

1.86

1.76

1.55

1.52

1.38

複数の自閉症ケースでダウンレギュレートされていた遺伝子
アレイ 遺伝子名 GenBank ID 遺伝子座 自閉症群 コントロール群
UniGEM V2アレイ KIAA0321

Ribosomal protein S29

Heat Shock 70-kd protein 1

SPS2

Cytochrome P450 3A5

LIM蛋白

DNA fragment

EST

EST

KIAA0913

AB002319

AA715449

M59828

U43286

X90579

AF061258

AI697803

AA007282

AI031686

AI200349

14

14

6p21.3

-

7

4q22

4p16.3

-

15

10

-1.57

-1.41

-1.41

-1.41

-1.40

-1.35

-1.35

-1.34

-1.33

-1.33

 
神経生物学的アレイ Somatostatin receptor 2

ALAS 1

Histidine decarboxylase

Cannabinoid receptor 1

Acetylcholinesterase

M81830

X56351

X54297

X81120

M55040

17q24

3p21.1

15q

6q

7q22

1.10

1.11

-1.09

1.05

-1.12

-1.62

-1.51

-1.47

-1.40

-1.38

二つの臨床グループ間の遺伝子発現の差異はスキャタープロット(X軸にコントロール群のシグナル強度,Y軸に自閉症群のシグナル強度を設定して,それぞれのハイブリダイゼーションデータを二次元でプロットした図)で示すことができる(本訳文では図は省略).スキャタープロット図中の1つの点はアレイ上のひとつの遺伝子を表している.多くの遺伝子は,自閉症群とコントロール群で同じ程度発現しており,従って0をとおる直線上またはその近傍にデータは集まっている.自閉症でアップレギュレートされている遺伝子は直線よりも上に位置し,ダウンレギュレートされている遺伝子は直線よりも下に位置する.表2に示すようにいくつかの遺伝子は有意にアップレギュレートあるいはダウンレギュレートされており,図では中心部の直線からずれた位置に現れる.アトラス神経生物学的アレイのスキャタープロットには,自閉症群およびコントロール群のシグナル強度の平均値が使われたが,UniGEN V2アレイにおいてはシグナル密度値そのものが使われた.これは,UniGEM V2アレイ法では,シグナル密度値の平均値を出せないからである.UniGEM V2のスキャタープロットでは,expressed sequence tag(EST)のひとつが著明にダウンレギュレートされているが,平均すると9つの実験全てでダウンレギュレートされているわけではない.本研究で注目される遺伝子のmRNAレベルに関しては,自閉症小脳において一致して増加している(コントロールに対する比では1以上,アトラス神経生物学的アレイで,EAAT 1,GFAP,GluR1,UniGEM V2アレイで,GABAR A-アルファ5,clusterin,EST).全てのアレイ実験から得られた比率のヒストグラムでは,データが正規分布していることが確認された(データは示さず).9例のUniGEM V2アレイデータから得られたコントロールに対する比率を使って計算された平均値+-標準偏差は,1.04+-0.09で,アトラス神経生物学的アレイでの4データについては1.02+-0.15であった.

(RT-PCRによる確認)cDNAマイクロアレイ解析で同定された,遺伝子の発現上の差異を確認するために,RT-PCR法が使われた.自閉症者の小脳10サンプルと,適合コントロール10サンプルが解析された.RT-PCR解析の対象として選ばれた遺伝子は,1)表2で最もアップレギュレートあるいはダウンレギュレートされている遺伝子,2)アトラス神経生物学的アレイとUniGEM V2アレイの両者で制御状態の変化が一致しているもの,3)自閉症の病態に関連して強い論理的根拠を持つ遺伝子である.自閉症において,いくつかの遺伝子のmRNAレベルの増加がRT-PCRにて確認された.EAAT 1は,アトラス神経生物学的アレイで,自閉症において最もアップレギュレートされている遺伝子である.RT-PCRはまた,このEAAT 1のmRNAが自閉症において有意に増加していることを明らかにした(p<0.05).Glial fibrillary acidic protein(GFAP)とグルタミン酸受容体AMPA 1(GluR1)もまた,アトラス神経生物学的アレイが自閉症の小脳でアップレギュレートされていることを示した遺伝子である.GFAPとGluR1のmRNAレベルも,RT-PCRで検討すると,自閉症群の小脳サンプルにおいて有意に増加していた(p<0.002,p<0.05).

GABA A受容体アルファ5とclusterinは,UniGEM V2アレイで最もアップレギュレートされていたが,これもまた,RT-PCRで検討するとmRNAの量がコントロールに比べより多いことが示された(p<0.01).コントロールサンプルのC8は,GABA A受容体のRT-PCRで,異常値を示したためこの遺伝子の統計解析からは除外された.EST(GenBank id:AA94611)は,UniGEM V2アレイにおいてアップレギュレートされていたトップ10のひとつである.この遺伝子は自閉症易罹患性遺伝子座として指摘されている15qに位置しており,興味深い遺伝子である.加えて,ESTの転写レベルは,RT-PCRでは,自閉症の小脳において有意に増加していた(p<0.005).糖蛋白M6bは制御変化がトップの遺伝子には含まれていないが,両方のアレイ法で一致して自閉症におけるmRNAの増加が示された.この増加はRT-PCRでも確認された(p<0.05).この遺伝子はまた,X染色体上に位置しており,X染色体は自閉症が男性に多いことから関与する遺伝子として考えられており,さらなる研究の必要性を示唆する.複数回帰解析では,臨床グループ間でのmRNAレベルの差異が年齢や死後経過時間に関連するものでないことを示した.

いくつかの他の遺伝子の転写レベルもまた,RT-PCRにて検討した.これらの遺伝子には,chemokine receptor 1,apoE,KIAA0321,heat shock 70-kd protein 1,protease nexin 1,5-aminolevulinate synthase 1,acetylcholinesteraseなどが含まれる.しかし,自閉症群とコントロール群間で,有意なmRNAレベルの差は同定できなかった.

(グルタミン酸関連遺伝子におけるmRNAレベル)GluR1とEAAT 1のmRNAレベルは死後の自閉症者の小脳で有意に高いことが,マイクロアレイ解析によって示され,RT-PCRによって確認された.ゆえに,いくつかのほかのグルタミン酸受容体およびグルタミン酸トランスポーターのmRNAレベルを自閉症において検討した.自閉症10例,コントロール10例から同じ小脳サンプルを使い比較した.AMPAタイプのグルタミン酸受容体であるGluR2とGluR3のmRNAレベルは,自閉症の小脳サンプルにおいて有意に増加していた(p<0.002,p<0.03).しかし,その他のグルタミン酸受容体につてては(kinate 1,metabotropic 3,NMDA 1),発現レベルに有意な差はみられなかった.グルタミン酸トランスポーター,EAAT2,は,自閉症で増加していた(p<0.02).複数回帰解析では,自閉症とコントロールグループ間の有意なmRNAの差は年齢や死後経過時間に関連するものではなかった.他のニューロトランスミッターシステムについては,同じ小脳サンプルでRT-PCR法で検討した.しかし,ドーパミン受容体2,ニューロペプチドY6受容体,purinergic受容体P2Y1,アデノシンA2b受容体,GABA A受容体アルファ2,ベータ3,ガンマ3,GABAトランスポーター,GABA合成酵素グルタミン酸脱炭酸酵素1,については自閉症とコントロールの小脳の間に有意差はなかった.

(サブトラクティブハイブリダイゼーション)マイクロアレイ解析の補足的なアプローチとして,我々は,サブトラクティブハイブリダイゼーションを行い,自閉症者の小脳において特異的に制御されているmRNA転写物を同定する試みを行った.バンド4.1N(KIAA0338)は,単離された40個のcDNAクローンの中の一つである.このバンドのシークエンス解析は別の論文を準備中である.バンド4.1Nは,神経系の蛋白であり,GluR1のC末端に結合し,アクチンのサイトスケルトン(細胞内骨格)にGluR1を連結させると考えられている.サブトラクション法では,このシークエンスが自閉症小脳においてコントロールよりも有意にアップレギュレートされているものとして同定された.サザンブロットは,この転写物がアップレギュレートされているcDNAプールの中に存在するかどうかを確認するために使われた(データは示さず).

(蛋白レベルの解析)mRNAのレベルは必ずしも蛋白レベルに相当するとは限らないけれども,自閉症においてみられたmRNAレベルの変化が蛋白レベルでもみられるかどうかを確認することは有意義である.これらの遺伝子産物の蛋白レベルはウェスタンブロッティングで検討された.9例の自閉症と11例のコントロールの性比を適合させた死後小脳サンプルが解析された.

グリアのグルタミン酸トランスポーターであるEAAT 1は,ほぼ60kdの位置に2本のバンドとして現れるが,コントロールに比較して,自閉症の小脳サンプルでは3倍増加していた(p<0.001).自閉症者の約33%にはてんかん発作がみられるため,このEAAT 1の増加は自閉症においてグルタミン酸系の興奮を減ずるために働いている補正メカニズムである可能性がある.しかし,サンプルの中でけいれん発作の既往があるのは,A1,A2,A4,A10,であり,サンプルA2とA1では他の自閉症サンプルに比べEAAT 1蛋白レベルは比較的低かった.サンプルA4は,EAAT 1蛋白レベルが高く,一方サンプルA10は検討していない.グルタミン酸受容体AMPA 1蛋白もまたグルタミン酸システムの一部であるが,平均すると自閉症小脳サンプルで2.5ビア増加していた(p<0.0001).このことは,自閉症の結果として存在するグルタミン酸システムにおける全般的な障害を反映しているのかもしれない.複数回帰解析はGluR1とEAAT 1蛋白の増加は年齢や死後経過時間に関連するものではなかった.GABA A受容体のアルファ鎖に特異的な抗体を使ったウェスタンブロッティングでは,この蛋白が増加しているが,有意ではなかった.この特異的な抗体は広範囲にアルファサブユニットを認識し,アルファ5サブユニットに特異的ではない.アルファ5サブユニットを持つ蛋白がアップレギュレートされている可能性があるが,他のサブユニットの蛋白発言でマスクされているのかもしれない.特異的にニューロンを認識するマーカーのひとつである,NSEの蛋白レベルは,自閉症とコントロール間でニューロンの数が同じかどうかを決めるために評価された.ウェスタンブロッティングによりNSE蛋白の量は両臨床グループで同じであることが示された.

自閉症においては,GluR1とEAAT 1の両方において有意な増加があるので,ウェスタンブロッティングを用い,同じ小脳サンプルにおいてその他のグルタミン酸関連遺伝子の蛋白量における差異があるかどうかを評価した.EAAT 2とNMDA受容体1の蛋白が自閉症において増加していた(p<0.04,p<0.05).逆に,グルタミン酸脱炭酸酵素1/2,metabotropic 2/3受容体,AMPA 2/3グルタミン酸受容体の蛋白レベルにおいては有意な差は検出されなかった.

サブトラクティブハイブリダイゼーションで同定されたバンド4.1Nの蛋白レベルと,他のグルタミン酸受容体結合蛋白はまた,同じ小脳サンプルで検討された.バンド4.1N蛋白は自閉症小脳で増加していた(p<0.05).AMPA受容体のC末端はGRIPと相互作用を持つことが示されている.GRIP蛋白はコントロールサンプルに比較して自閉症サンプルにおいて増加していた(p<0.04).しかし,NMDA受容体サブユニットのC末端に関連する蛋白のひとつであるPSD-95は,自閉症小脳で有意な変化はなかった.複数回帰解析では蛋白レベルの自閉症とコントロールの差異は年齢や死後経過時間に関連しないことが示された.シナプス伝達に関連するいくつかの他の遺伝子もウェスタンブロッティングで検討した.GABA A受容体ベータサブユニット,グルタミン酸脱炭酸酵素1/2,プリン受容体P2X 7,ドーパミン受容体2蛋白の量については自閉症群とコントロール群間で有意な差はなかった.

(グルタミン酸受容体オートラディオグラフィー)ウェスタンブロッティング,RT-PCR,マイクロアレイ解析などで示された,mRNAレベルの異常および蛋白レベルの異常のために,NMDA型グルタミン酸受容体とAMPA型グルタミン酸受容体の密度は受容体オートラディオグラフィーで検討された.グルタミン酸受容体密度は,自閉症6例,コントロール9例の小脳において評価された.AMPAグルタミン酸受容体密度は,顆粒細胞層でも(p<0.05),分子細胞層でも(p<0.01),自閉症小脳において減少していた.複数回帰解析ではこの受容体密度の自閉症群とコントロール群間の差異は年齢や死後経過時間に関連するものではなかった.小脳における,AMPA受容体密度とは異なり,NMDA受容体密度は,コントロール群と自閉症群の間で有意な差はなかった.前頭前皮質(自閉症4例コントロール7例)および尾状核‐被殻(自閉症3例コントロール6例)もまたAMPAまたはNMDA受容体密度に関して検討したが,有意差はなかった.

考察

いくつかの生物化学的差異が,自閉症者の生物学的サンプルにおいて報告されているが,死後の脳に関するそのような研究はもしあるとしてもごくわずかである.自閉症が神経学的発達障害であり,いくつかの脳領域において病理所見が存在することが知られており,自閉症者の脳の研究は重要である.しかし,人の死後脳の研究は独特な実験上の難点をかかえている.我々は,自閉症のオンセットから長い時間が経過した死後脳を検討することになるため,自閉症の2次的な結果を同定している可能性が高い.しかし,現時点で自閉症の発達生物学的研究に使える動物モデルはない.加えて,死後脳から得られるRNAの質はさまざまであり,死亡前の苦しみの状態(例えば,低酸素や脳外傷などの死亡直前のイベント)や死後経過時間に依存している.RNAの質は脳のpHから予想でき,今回の検討ではサンプル脳のpHはサンプルとして納得できる範囲であった.我々はまた,RNAが分解されていないことを電気泳動と吸光度で確認した.複数回帰解析では,二つの群のmRNAレベルや蛋白レベルの相違が死後経過時間に関係ないことが示された.これまでの報告で,グルタミン酸受容体は死後サンプルにおいても安定しており,安定が確認されている保存時間は我々の保存時間と同等である.

自閉症は非単一性の状態であり,ゆえにIQやけいれん発作の有無などの臨床的多様性に配慮することは重要である.グルタミン酸はけいれん発作の始まりと広がりに役割を演じているので,我々は本研究で検出されたグルタミン酸系の異常とてんかん発作の既往が関連しているかどうかを検討した.10例の自閉症者のうち4例がけいれん発作の既往を持っていたが,けいれん発作の既往とmRNA変化や蛋白変化の程度との間の有意な相関関係はなかった.しかし,オートラディオグラフィーによる検討を行った自閉症群の前頭前皮質および尾状核‐被殻サンプルの大半は,けいれん発作のあったケースで,この相関を検討するのは困難であった.サンプルの非単一性は,自閉症で異常に制御されている新しい遺伝子の同定を不明確にする.加えて,何人かのケースは内服治療を受けた既往があり,治療が脳における遺伝子の発現に影響する可能性もある.

cDNAマイクロアレイ解析は,これまでに自閉症との関連が指摘されていないような分子との関連を同定することによって,自閉症研究にいくつかの方向性を与えた.GFAP(glial fibrillary acidic protein)とclusterinのmRNAは自閉症者の小脳サンプルで有意に増加しており,このことはRT-PCRとマイクロアレイ法の両方で指摘された.clusterinのmRNAレベルの増加は,アルツハイマー病などいろいろな病気において報告されているが,その生理学的機能は知られていない.ひとつの報告は,健常コントロールに比べ,47人の自閉症者のおいて髄液中のGFAPの蛋白レベルがほぼ3倍になっていたとしている.加えて,58人のコントロールと比較し,自閉症者53人の血漿の検討では,GFAPに対する自己抗体の頻度が有意に増加していたという報告もある.GFAPは,星状膠細胞の生化学的マーカーのひとつであり,星状膠細胞の活性化に伴い増加する.我々が自閉症において示したGFAPのmRNAの増加がGFAP蛋白の増加を示しているのであれば,反応性のグリオーシス(膠細胞の増加)が自閉症の病態生理に寄与している可能性がある.死後脳の検討で,自閉症者においてグリオーシスやGFAP蛋白の増加を検討したものはほとんどないが,軽度で限局したものであるのかもしれない.症例数を増やしたり,いろいろな領域を検討した病理研究が追加されることが必要である.ゲノムスキャン研究はいくつかの自閉症易罹患性遺伝子座を同定しており,またたくさんの染色体異常が自閉症に関連して報告されている.我々の解析では,EST(AA946611),GABA A受容体アルファ5サブユニット,そして糖蛋白M6bを含むいくつかの遺伝子が自閉症でアップレギュレートされたりダウンレギュレートされていた.

cDNAマイクロアレイ解析はまた,自閉症者の小脳においてグルタミン酸系の異常も同定した.セロトニン,ドーパミン,ノルエピネフリン,オピエート,そしていくつかの他のニューロトランスミッターにおける異常がこれまでに自閉症で報告されている.グルタミン酸は脳内で最も豊富な興奮性ニューロトランスミッターであるが,グルタミン酸の病態生理学的役割の可能性はこれまではあまり議論されなかった.自閉症におけるグルタミン酸仮説を興味あるものにするいくつかの理由がある.小脳や海馬など,自閉症で繰り返し話題になっている部位において,特にグルタミン酸受容体の濃度が高い.加えて,発達においてはグルタミン酸はニューロンの成長やシナプス形成などのプロセスを制御することにより脳の細胞構造を形成するために重要な役割を演じており,自閉症は脳の発達障害であると信じられている.発達の間に,グルタミン酸の分布や電気生理学的特徴および分子レベルの特徴は著明に変化し,その結果グルタミン酸を介した神経伝達における逸脱を招来する脳のきじゃく性が形成される.成人の脳では,NMDA型のグルタミン酸受容体は,学習や記憶の背景となる生理学的プロセスである,長期増強(potentiation)に必須である.自閉症の行動異常の少なくともいくつかは,記憶障害に関連している可能性が示唆されている.さらに,ある報告はグルタミン酸が情緒的行動の獲得に重要である可能性を示唆している.従って,グルタミン酸による神経伝達の混乱で,自閉症における一連の認知障害を説明できるかもしれない.最後に,グルタミン受容体拮抗物質投与により誘発される症候は,ささいなことへの過度のこだわりや痛覚過敏または錯痛覚などを含んでおり,自閉症の症候に類似している.グルタミン受容体の遮断はまた,自閉症症候を改善することも示唆されている.

受容体オートラディオグラフィーは,AMPA受容体密度が自閉症者の小脳サンプルにおいて有意に減少していることを明らかにした.これらの受容体の発現は,シナプスにおける無効集積や固定,またはAMPA受容体を発現するタイプの細胞数の減少など,いろいろな原因で減少する可能性がある.GRIPやバンド4.1Nなどのいくつかの蛋白との相互作用は,細胞表面でAMPA受容体の局在化やシナプスでの発現において重要であろうと考えられている.例えば,GluR1とバンド4.1Nの間の相互作用が培養細胞中で妨害されると,表面のAMPA受容体レベルが減少することが示されている.本研究では,ウェスタンブロッティング法により,GRIP蛋白は死後の自閉症者小脳で有意に増加していることが示された.我々はまた,バンド4.1NのmRNAレベルおよび蛋白レベルは,自閉症で異常に高レベルに発現していることを示した.従って,バンド4.1NやGRIPのような,グルタミン酸受容体の局在化,クラスター化,固定などに重要な蛋白における異常は,AMPA型グルタミン酸受容体の発現減少の原因である可能性がある.オートラディオグラフィーでは,AMPA受容体の減少があることが示されたが,ウェスタンブロッティングでは,脳組織のトータルホモジェネートでは,AMPA 1グルタミン酸受容体の増加が示された.この矛盾の原因は不明であるが,受容体密度検討で使われたリガンドは広汎に全てのタイプのAMPA受容体を認識するものであった.グルタミン酸受容体結合の動的解析が,この問題を説明する補助となる可能性がある.

AMPA受容体において検出された異常に加え,mRNAレベルでも蛋白レベルでもEAAT 1および2は自閉症小脳において有意に増加していた.EAAT 1とEAAT 2は,星状膠細胞に主に存在し,シナプス外スペースからグルタミン酸を除去する機能を持つ.グルタミン酸トランスポーターの蛋白レベルや活性は,細胞外グルタミン酸濃度や活性依存メカニズムによってコントロールされていることが複数の研究で示されている.このことは,自閉症におけるEAAT 1および2の蛋白レベルの増加は,細胞外グルタミン酸濃度が正常よりも高いためであることを示唆する.実際,長期間にわたってグルタミン酸に暴露している培養星状膠細胞は,グルタミン酸アップテーク能力が増加し,EAAT 1蛋白の表出が増加している.小脳の多くのニューロンが神経伝達物質としてグルタミン酸を使っており,グルタミン酸トランスポーターは細胞外グルタミン酸の濃度を減ずる唯一のメカニズムであるので,その機能逸脱は興奮細胞毒性(excitotoxicity)などの重篤な病理効果を持つかもしれない.または,EAAT 1および2蛋白の増加は,グルタミン酸による神経伝達レベルの増加またはニューロンにおける脱神経によって説明できるかもしれず,この場合グルタミン酸トランスポーターの発現増加を必要とする.現在のところ,自閉症においてこの説を支持する病理学的証拠はない.

自閉症者の死後小脳の病理学的研究は,プルキンエ細胞数の多様な減少を明らかにしている.ゆえに,膠細胞などのその他の細胞上に発現した分子の役割の増加は,EAAT 1およびEAAT 2蛋白の増加の原因になるかもしれない.しかし,自閉症小脳における遺伝子発現のマイクロアレイ解析は,神経に特異的なマーカーの有意な減少を示さなかった.加えて,死後小脳ホモジェネートのウェスタンブロッティングでは,ニューロンのマーカーであるNSEは自閉症では変化していなかった.グルタミン酸システムは脳の細胞構造の発達に関連しているので,発達段階でのグルタミン酸システムの逸脱によりシナプス連結やあるタイプの細胞の形成が障害されるかもしれない.その結果,自閉症者の脳におけるグルタミン酸受容体およびグルタミン酸トランスポーターの数や分布が影響を受けるのかもしれない.プルキンエ細胞のロスを確認でき,細胞構造上の全ての異常を記載することができる病理研究の追加報告が非常に重要である.今後,死後脳組織が入手可能であれば,症例を追加して脳の他の領域の検討も追加して,AMPA受容体とグルタミン酸トランスポーターの発現を病理組織所見が得られている追加サンプルで評価することも興味深いことである.

自閉症におけるグルタミン酸システムの付加的な研究が求められており,治療戦略に結びつく可能性もある.臨床的観察では,NMDA受容体を特異的に遮断するケタミン麻酔は,自閉症児で鎮静効果や集中力増強効果があることが示唆されている.しかし,この領域での臨床的研究を行うかどうかを判断するためには,自閉症の病態におけるグルタミン酸システムの関与についてもっと研究を行う必要がある.このことは特に重要である.なぜなら,グルタミン酸は発達中の脳においてはそのレベルが増加していても減少していても有害であることが知られているからである.自閉症は現在は臨床的症候を基盤としてのみ診断されるので,さらなる神経化学的研究の追加は,自閉症の(臨床で使える)マーカーを発見したり,またはより単一なサブグループを同定することにおいて有益であろう.この種の研究のためには,質の高い死後脳サンプルを大量に獲得することが重要であり,それができればそれぞれの自閉症者においてグルタミン酸系の障害を複数の脳領域において比較検討することができる.

 


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