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行動と遺伝子

McGuffin P & Martin N. Science, medicine, and the future: behaviour and genes. BMJ 319: 37-40, 1999.

訳者コメント:

行動に関連する一般的な状態と遺伝の関係についてのレビューです.自閉症やADHDについては,双生児研究のところで触れられているだけですが,広い視野で考える場合の一例としてとらえると貴重な論文だと思います.

(概訳)

遺伝学における新しい発見が日々続いており,その中でおそらく最も注目を集めかつ議論を呼んでいるのは人の行動に関するものであろう.従って,精神科疾患に罹りやすくなる遺伝子や,攻撃性や知性や神経症性格などのような特性を支配する遺伝子について報道することへのメディアの興味が一般化している.また,センセーションを好む視点や過度に単純化してしまう傾向が大きい.ここでは,基本的な概念のいくつかを概説し,遺伝子が人の行動決定に重要な影響を持ち,環境との相互作用がほぼ常に含まれることを示している量的遺伝学(quantitative genetics)から得られた証拠を列挙する.その後,遺伝子の場所の決定や同定に使われている分子生物学に目を向け,そのようなアプローチがいかに臨床にインパクトを与えるかについて述べる.

(行動は,家系内に伝わる)

我々は,親,兄弟,およびその他の近い親戚の者に外見だけでなく行動においても類似している傾向がある.しかし,家族に伝わる,行動形質のタイプや,パターンや原因は,非常に多彩である(単一遺伝子疾患から性格まで).単一遺伝子疾患の例としては,ハンチントン病があり,成人期に劇的な行動変化がみられる.より一般的で遺伝的にはより複雑な疾患としては,分裂病やそううつ病が知られている.また,形質の正常バリエーションは,通常は量的に計測され(正規分布),性格や知性などがこの例である.これらの特性は,政治的な信念,宗教,人生の選択などをも含んでいる.

行動(あるいは他のタイプの形質)の遺伝学を研究するときに陥りやすい基本的な落とし穴のひとつは,家族集積性があれば必ず遺伝子による伝搬があると考えたり,あるいは家族集積性が強いと単一の遺伝子による効果であると考えてしまうことである.遺伝学者たちは,かなり以前から,メンデルの法則に従う遺伝パターンは,遺伝以外のメカニズムによってシュミレートすることが可能であることに気づいていた.このことを示すために,McGuffinとHuckleは,医科大学学生のコホートの家族の教育歴を研究した.その結果,医科大学学生の一親等家族は,一般集団の約80倍の高頻度で医科大学出身であることが判明した.遺伝的伝搬モードを調べるためのコンピュータ解析では,医科大学に通うという特質(trait)に関しての遺伝形式は常染色体劣性に類似していた.

複雑な特質を説明するためのさらに十分な基本モデルは,形質(phenotype)は,遺伝型(genotype)とそれが表出する環境の両者のコンビネーションの結果であるとするモデルである.環境はおおまかに二つに分類され,共有環境と非共有経験がある.共有環境(shared environment)は,全ての家族メンバーを似せる方向に働く.また,非共有経験(non-shared experiences)は個人に特異的なもので,各家族メンバーの行動における個人差の原因となると考えられている.

(遺伝素因の実験:Experiments of nature)

共有する遺伝子あるいは共有環境,あるいはその両方のコンビネーションによって,複雑な特質に家族共通性がどの程度生じるのかを推測する方法に二つのタイプの「自然実験」がある.一つは,双生児研究で,もう一つは養子研究である.

双生児研究
双生児研究の基盤は,一卵性双生児が自然発生のクローンであり,全ての遺伝子を共有していることにある.一方,2卵生双生児は,遺伝子の半分を共有している.一卵性でも二卵性でも共有している環境が同じであるとすると,一卵性双生児で二卵性双生児よりも強くみられる類似性があれば,それは遺伝子の効果を反映しているはずである.この「(一卵性と二卵性の)同一環境仮説」は,批判の余地があり,特に小児期には一卵性双生児の方がより環境類似性が高い(おそろいの衣服,共通の友達など)ことを示すいくつかの証拠が報告されている.この一卵性と二卵性の同一環境仮説は,双生児研究における環境評価や,卵性の勘違い例(実際は二卵性なのに親が一卵性と思っていた場合とその逆)から検証することができる.また,いっしょに住んでいる一卵性双生児といっしょには住んでいない一卵性双生児の類似性を比較することも可能である.実際は,これらの検証法により,同一環境仮説は一般的には正しいことが示唆されている.

一卵性双生児と二卵性双生児間では,以下のような形質において明らかな(一致率の)違いが報告されている.分裂病,そううつ病,単極性うつ,小児自閉症,注意欠陥多動障害,IQテストで測定される認知能力などであり,これらの形質における遺伝の影響が示唆される.過食行動や小児における疲労感については,家族性があることが知られているが,一卵性双生児と二卵性双生児の差はあまりなく,明らかな遺伝効果はみられない.

養子研究
双生児研究と比べると大規模に行われることがないが,分裂病などの状態を研究するためには重要な方法である.Hestonは,分裂病の母親から離されて出生後72時間以内に養子に出された47人を,家族に分裂病者のいないコントロール50人と比較した.30歳代半ばまで調査し,分裂病の母を持つ養子グループでは5人が分裂病になり,この率はだいたい,分裂病者の子供で養子に出されなかったケースと同じ率であった.一方コントロール群では一人も分裂病を発症しなかった.その後,デンマークで一連の研究が行われ,最近の結果では,産まれてすぐに養子に出された場合,分裂病者の子供は16%が分裂病を発症している(コントロールでは1.8%).

(遺伝素因と環境因子の定量化:Quantifying nature and nurture)

量的(定量的)精神遺伝学の主な進歩は,この20年間にコンピュータ解析の高速化に伴って起こった.研究者たちは遺伝性(全体の形質個人差の中で付加的遺伝効果により説明される部分の比率)を単に推測すること以上のことができるようになった.現在では,遺伝的影響も環境の影響も両方とも正確に定量化でき,フルモデルと比較して部分モデル(reduced model)がどの程度データを説明できるかを評価することもできる.部分モデルとは,例えば付加的遺伝影響がない場合を想定したり,あるいは共通環境効果がない場合を想定したりすることである.最近の分裂病に関する検討では,遺伝性は80%で,多様性の20%が非共有タイプの環境因子の影響を受けるとされている.下記の表は,遺伝素因が想定されている行動異常や特質である.

特質・疾患遺伝パターン関連遺伝子部位
ハンチントン病まれな常染色体優性同定済み(huntingtin)
家族性アルツハイマー病まれな常染色体優性3つの異なる遺伝子が同定された
(presenilins 1 & 2, amyloid precursor protein)
遅発性アルツハイマー病複雑アポリポプロテインe4対立遺伝子
でリスクが増加する
読書障害(dyslexia)複雑第6染色体と第15染色体上に関連遺伝子
分裂病複雑コンセンサスは得られていない
第6,13,22遺伝子,5-HT 2Aなど
攻撃性複雑1家系でモノアミンオキシダーゼ遺伝子変異(X染色体)
同性愛複雑兄弟重複例の検討でX染色体に候補遺伝子

多変量モデル適合解析も行われるようになり,2つ以上の疾患や特質をいっしょに検討できるようになった.例えば,ライフイベント(就職,結婚,離別など)は一般的にうつ病の原因になるとことが知られているが,最近の研究結果では,ライフイベントとうつ症候が関連して起こること自体が,部分的には遺伝素因や共有環境の影響を受けていることが報告されている.同じようなアプローチが関連して起こる精神科的症候にも応用可能であり,不安とうつ病性障害は,共に遺伝素因の影響を受けるが,環境の影響は明らかに異なることが報告されている.

そのような所見は,さらに発展性があり,ある障害がかなり遺伝性が高いことが示されたり,ある二つの疾患が共通する遺伝素因を持っており環境の影響は異なることが明らかになった場合,さらに2つのタイプの研究が可能になる.一つは,遺伝子と一緒に作用したり,遺伝子との相互作用を有する特別な環境因子を同定することであり.2つめは,それぞれの遺伝子の場所を同定する研究である.ここでは,後者について次に述べる.

(遺伝子を同定する:Finding genes)

部位決定とクローニング(Mapping and positional cloning)
目的とする疾患に罹りやすくなる遺伝子を含んでいる染色体領域は,連鎖マッピングで同定される.それから,その領域は,遺伝子自体を同定するまで,いろいろな方法で,目的遺伝子を含む部分としてより小さくされる.次に,易罹患性の原因となっている変異あるいは多型が同定される.その後,その遺伝子産物の分布,表出レベル,機能などを研究することができる.このようなクローニングのプロセスは,検査形式,正確な診断,特異的な治療法の開発などの面において臨床面に貢献することになる.

しかし,これまでの方法である連鎖解析法は,いくつかの仮説を必要としている.それは,検出すべき主な遺伝子効果が存在すること,サンプルは遺伝的には単一性を持つこと,その疾患の伝搬モードが既知のものであることなどである.早期発症型のアルツハイマー病家系においては,メンデルの法則に従う伝搬例が3種類発見され,変異が同定されている.このような例は精神科疾患では例外的で,分裂病やそううつ病では関連遺伝子の関与パターンは複雑である.連鎖研究の結果は,このような疾患では統一見解は得にくく,全く正反対の報告さえみられる.このことは,大きな遺伝効果を持つような単一の遺伝子がある場合はまれであるか,あるいはなく,これらの疾患は複数の遺伝子の影響を受けていることが示唆されている(oligogenicまたはpolygenic).

兄弟ペア解析
複数の遺伝子の影響を受けている場合に有益なアプローチの一つが,兄弟ペア解析である.人の染色体の23ペア全体に均等に配置された数百個のDNAマーカーを用い,兄弟で同じ疾患に罹っている兄弟ペアを対象として遺伝子型を検討することが可能になる.あるマーカー遺伝子座について,兄弟で対立遺伝子を一個も共有しない可能性は0.25,1個共有する率は0.5,2個共有する率は0.25となる.しかし,もしマーカー遺伝子座が疾患易罹患性遺伝子座のそばにある場合は,そのマーカー遺伝子座での対立遺伝子共有率が増加する.この方法で1型糖尿病の関連遺伝子が同定されており,また,この方法を応用した方法で,読書障害(dyslexia)の関連遺伝子が第6染色体と第15染色体上にあることが示されている.

この方法の弱点は,易罹患性遺伝子座の効果が非常に小さい場合(相対危険率が2以下)に,非常にたくさんの兄弟ペアサンプルを必要とすることである(600から800ペア).分裂病の場合は,兄弟における相対危険率は約10であり,もしいくつかの付加的遺伝子が関与しているとしたら,単独で相対危険率2を越える遺伝子はおそらく存在しないであろう.

対立遺伝子関連(Allelic association)
古典的な連鎖解析や兄弟ペア解析によって,疾患易罹患性遺伝子に関してゲノム全体をサーチすることが可能であるように,現在では,連鎖不均衡を検出するために対立遺伝子関連を使って同じことができるようになった.連鎖不均衡は,マーカー対立遺伝子と易罹患性遺伝子座が密接に連鎖し,それらの関連が何世代にもわたって保持され,再配列により分離されていない時に生じる.連鎖不均衡による遺伝子マッピングの利点は,非常に小さな効果の関連遺伝子を検出可能な点であり,複数遺伝子疾患の関連遺伝子を検出する唯一の方法である.欠点は,連鎖不均衡は非常に短い遺伝子距離でしか検出できないため,ゲノム全体をサーチするためには数千個のマーカーを必要とする点である.高い効率の新しい遺伝子型判定法は,現在開発中であり,DNAプーリング法や単一ヌクレオチド多型法などを基盤にゲノム全体のサーチが可能になりつつある.DNAプーリング法を用いた一つの染色体全体のサーチとしては最初の報告が最近発表されており,近い将来,このような方法で連鎖不均衡全ゲノムスキャンが行えるようになるであろう.

同定された遺伝子情報の臨床応用

家族性が知られている精神科疾患において,関連遺伝子が同定されれば,直ちにその病態の基礎的神経生物学的理解が進むであろう.さらに,新しいより特異的な薬物療法の開発へつながることが望まれる.大手の薬品会社が,遺伝子型判定技術や単一ヌクレオチド多型の詳細なマッピングの達成のために莫大な投資を行っており,これは科学的な利他主義(altruism)もあるかもしれないが,未来の経済性を計算しての流れである.より安全でより効果的な治療 はもちろん患者の利益につながり,抗精神薬や抗うつ剤に対する反応を予測したり,副作用が出やすい患者を予測したりするためにもDNA検査を用いることができるであろう.予報的研究結果は,これらのアプローチが可能であることを証明している.例えば,抗精神薬の効果は,セロトニン受容体5-HT 2A遺伝子の遺伝子型の影響を受けるであろうことが報告されている.

精神科疾患の発症を予測したり,それを予防したりする試みについてはどうであろうか?早期発症型のまれな痴呆症については,発病の予測は既に可能となっている.例えば,ハンチントン病や(家族性,単遺伝子型)アルツハイマー病がそうである.これらの状態の分子レベルの基礎を理解することは,効果的な治療法や予防法の開発へとつながるであろう.しかし,まだ具体例はない.いくらか逆説的であるが,うつ病や分裂病のようなより一般的な疾患に関しては,遺伝学的発病予測検査はより困難である.これらの疾患では,効果的な治療法が既に存在しているが,その遺伝的背景は複雑である.精神科における遺伝カウンセリングは,既にいくつかの専門施設で行われているが,現時点では,単にハイリスク者に対する経験的な想定を提供しているに過ぎない.例えば,親が分裂病の場合,その子供が分裂病になるリスクは通常の10倍であり,生涯危険率は1%である.親が分裂病で,さらに既に兄弟が分裂病になっていれば,危険率は通常の16倍になり,両親が分裂病であれば,子供のリスクは通常の40倍になる.

分裂病の分子遺伝学的基礎がさらに理解されるようになれば,個々の発症リスク予測はより正確にできるようになることが考えられる.しかし,一卵性双生児の分裂病一致率は,一生涯とおして,50%であるので,発症リスク予測では50%以上の正確性は得難いはずである.「遅発型のアルツハイマー病を含む複雑な精神科疾患に関するDNAスクリーニング検査は決して現実性を持たないであろうが,ハイリスクな家族を検査することに関しては現実性がある」というのが我々の見解である.分裂病の場合,大麻の使用などの危険因子を避けることを家族にアドバイスできるなどの明らかな利点がある.より議論の残ることであるが,低容量の抗精神薬の予防的投与という可能性もある.

「遺伝情報による管理化:geneticisation」は,精神科患者に烙印を押すことに寄与する可能性があるが,これまでのところ,経験的にはこのようなことはない.アルツハイマー病は,現在その分子レベルでの病態が急速に明らかにされつつある「リアル」な疾患として広く認識されている(差別などの問題に発展してはいない).我々は,アルツハイマー病の例は,今後の動向のサンプルであると予想する.そして関連する遺伝子の同定や原因の理解は,一般大衆が精神科疾患を理解することにさらに貢献し,他の精神科疾患の受容にも貢献するであろうと考える.


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