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第15染色体長腕(15q11-q13)と自閉症
(Martinら:GABA受容体サブユニット遺伝子の再検討)

Martin ER, et al. Analysis of linkage disequilibrium in gamma-aminobutyric acid receptor subunit genes in autistic disorder. Am J Med Genet 96: 43-48, 2000.
(まとめ)
最近,Cookらは自閉症易罹患性遺伝子座と,GABA受容体ベータ3サブユニット遺伝子(15q11-q13に存在)の遺伝子マーカー(GABRB3 155CA-2)との間の有意な連鎖不均衡の存在を報告した.Cookらの研究は,伝搬/不均衡テスト(TDT)で複数の対立遺伝子型を検討し,家族の中に一人だけ自閉症者がいる核家族サンプルでの検討であった.このCookらの研究の再現性を検討するために,同様な家族研究で,Cookらが使ったマーカーに3つの別のマーカーを加えて,連鎖不均衡を検討した.Cookらの結果とは異なり,GABRB3 155CA-2では連鎖不均衡は検出されず,それより約60kb離れた(3プライム側)マーカーであるBABRB3で連鎖不均衡の証拠が示唆された.今回の結果は,(位置は少しずれているものの)これまでに示唆された自閉症とのこの遺伝子領域との関連を支持するものである.

(イントロ)
15q11-q13部位は,複数の自閉症者においてこの部の重複異常が報告されており,自閉症と関連していることが示唆されている.15q11-q13は,Prader-Willi症候群とAngelman症候群の原因遺伝子部位を含む場所であり,ゲノムの安定性,遺伝子発現,および遺伝子のインプリンティング(父親由来か母親由来かで発現が異なる)などの点において複雑な遺伝情報を含む.遺伝子のインプリンティングや性特異的遺伝子発現現象に加え,この遺伝子部位では,性特異的な組み換え頻度の増加が報告されている.我々は以前,自閉症家族において15q11-q13内のマーカーに連鎖の証拠を示唆し,この領域の複数のマーカーを組み合わせて評価し(ハプロタイプの検討),自閉症者のいない家族群と比べて,非常に高率な組み換えがこの部分で起こっていることを報告した.

最近,Cookらは,自閉症易罹患性遺伝子座との連鎖不均衡を15q11-q13部位で検討するめに,いくつかのマーカーを検討してた.重要なことは,我々は連鎖不均衡という言葉を,対立遺伝子関連(allelic association),およびマーカーと疾患遺伝子座間の連鎖の両方を指す言葉として使っていることである.Cookらは伝搬/不均衡テスト(TDT)法を使い,自閉症関連遺伝子座とGABRB3 155CA-2の間の有意な連鎖不均衡を報告した.GABRB3 155CA-2は,GABA-A受容体のベータ3サブユニットの遺伝子内にあり,GABA-Aは人の脳における主要な抑制性の神経伝達物質である.この15q11-q13部位に,少なくともベータ3,アルファ5,及びガンマ3の3つの受容体サブユニットの遺伝子が存在しており,自閉症関連遺伝子部位として有力な候補である.

Cookらの結果の再現性を検討するため,GABRB3 155CA-2の他,D15S97,GABRB3,およびGABRA5に関して,123家系の自閉症家系において家系に基づく連鎖不均衡を検討した.

対象と方法

家系:Duke大学医学センターの人類遺伝学センターあるいは関連施設を通して対象家系を収集した.本人あるいは親(法的後見人)からは,施設内倫理委員会の認可の基にインフォームドコンセントを得た.

特発性自閉症を対象とし,結節性硬化症,脆弱X症候群,Angelman症候群,Prader-Willi症候群,などは除外した.自閉症の精神科的診断は,ADI-R(Autistic Diagnostic Interview-Revised Third Edition)を使用し,全員がDSM-IV/ICD10の基準を満たしている.

一人の自閉症児と両親の家系が54家系,一人の自閉症児と片親の家系が13家系,2人の自閉症兄弟と両親の家系が36家系,2人の自閉症兄弟と片親が5家系,片親違いの兄弟例が3家系,3人の自閉症兄弟と両親の家系が2家系,3人の自閉症兄弟と片親が1家系,親以外の親族(いとこなど)と複数発症兄弟が9家系を対象とした.Coucasianが主であるが,それ以外の民族の家系も含まれており,アフリカンアメリカンが14家系,アジアが1家系,ヒスパニックが1家系,Pakistani/Asian Indian家系が1家系,そして混合民族家系が5家系であった.

分子遺伝学的解析:マイクロサテライトマーカーを過去の報告から選択し,第15染色体長腕上のGABA-A受容体遺伝子のアルファ5およびベータ3サブユニット遺伝子をターゲットとしてマーカーを設定した.アルファ5サブユニット遺伝子に関してはGABRA5,ベータ3サブユニットに関しては,GABRB3 155CA-2,D15S97,GABRB3の3つを使用した.

統計解析:連鎖不均衡解析は,Martinらの統計値Tspを使って行った.統計値Tspを使うと,兄弟内に一人しか自閉症者がいない核家族のデータと複数発症家系のデータを合わせて連鎖不均衡を検討することができる.この方法は,単一の統計値で全ての対立遺伝子を評価し,複数対立遺伝子マーカーの全体的な検討を可能にする.フォローアップ解析においては,問題のマーカーのそれぞれの対立遺伝子に関して検討することができる.検討単位は個々の核家族であり,一人あるいは2人の自閉症児を含む.複数の自閉症核家族をふくむ大きな家系においては,サンプルの独立性を保つために一つの自閉症核家族(最も情報の多い:親がヘテロ)を選別した.

親のオリジン効果を評価する目的で,データは父親からの伝搬と母親からの伝搬に階層化し,それぞれの階層で検討した.マーカー対立遺伝子のオリジンが不明瞭な家族は階層化解析からは除外した.全てのデータはファミリータイプ(自閉症者一人の家族,複数自閉症発症家族)に分類し,それぞれのタイプで異なる遺伝メカニズムが存在しないか検討した.

マーカーのデータはまた,自閉症関連遺伝子座との間の連鎖の有無の検討に使われた.連鎖テストとしてTDTを使い,S.A.G.E.のSIBPALを使った重複症例解析や,SimIBDを使った重複親戚ペア解析も行った.TDTでは,一般化複数対立遺伝子統計値Tmhetを使用した.

(結果)
Tspテストを使った連鎖不均衡解析は,全データおよび階層化データ(父親由来か母親由来か)で行った.危険率はかい二乗近似法で計算した.危険率が0.05以上は有意差なしとした.全データでは,GABRB3でぎりぎりの有意差(P=0.03)がでたが,その他のマーカーでは有意差はなかった.Caucasian家系だけにしぼって検討すると,検討したマーカー全部が有意差なしであった.

階層化検討では,親のオリジン効果はみられなかった(父親由来か母親由来で分けて検討しても有意差はなかった).全体で有意であったGABRB3は,父親由来でも母親由来でも有意差はなかったが,階層化グループの中では危険率が最小であった.この結果は階層化によるサンプルサイズの縮小によるかもしれない.ファミリータイプでの検討(自閉症者一人の家族,複数自閉症発症家族)では,Tspテストを行い,どちらの場合でも有意な連鎖不均衡は証明されなかった.再び,これもサンプルサイズの縮小によるのかもしれない.両親でなく,いとこなどが含まれる9家系を除外すると,GABRB3のみ有意差があった(危険率0.0045).

GABRB3についてさらに検討するために,このマーカーのそれぞれの対立遺伝子型を解析した.それぞれの対立遺伝子型についてヘテロな親からの自閉症児への伝搬の有無をカウントし,両親と自閉症者の3人がそろったデータと自閉症兄弟家系について検討した.統計値とかい二乗値での危険率では,対立遺伝子型187が最も高い関連を示し,連鎖不均衡がない場合よりも伝搬が有意に少なかった(P=0.01).単一の対立遺伝子型がポジティブに関与している所見はなく,対立遺伝子型191と197は,両者とも高頻度に自閉症者に伝搬していたが,危険率は0.06と0.06で有意とは言えなかった.

これらのデータの連鎖解析では,TDTおよびSIBPALにおける危険率は漸近線による近似法で計算し,SimIBDでの危険率はシュミレーション法により算出した.連鎖不均衡解析の時と同様,危険率はマルチプル検定用に普遍化した.これらのマーカーと自閉症関連遺伝子座との間には,連鎖の証拠は確認されなかった.最も小さな危険率はGABRB3のP=0.09であった(TDT).関連テストとの比較のために,GABRB3におけるTDTは,Tspの計算をしたケースのみに限り評価したが,危険率は0.0083であった.

(考察)
まとめると,我々はCookらの結果である,GABRB3 155CA-2と自閉症との間の連鎖不均衡を再現することはできなかった.しかし,その近くにあるマーカーGABRB3に関する連鎖不均衡の存在が示唆される結果を得た.15q11-q13領域の他の二つのマーカーでは連鎖不均衡は検出されなかった.また,データを分割しておこなった検討(父親由来と母親由来に分けた検討,単発家系と複数発症家系に分けた検討)でも有意な結果はなかった.

マーカーGABRB3 155CA-2に関しては,Cookらは,それぞれの対立遺伝子型についても検討している.単一の遺伝子型が寄与していることが示唆され,この遺伝子型はヘテロな親から自閉症児へ50例の伝搬と21例の非伝搬が報告されている.我々のデータでは,対立遺伝子型と自閉症の間に関連はみいだされず,逆の結果を示す対立遺伝子型もみられた.

今回使用した統計検定法はCookらのものとは異なっている.重複兄弟例に適合させるために,我々は統計値Tspを使用した.Tsp値は単発例と重複兄弟例を合わせたTDT解析を可能にする.自閉症児にヘテロの両親からマーカー対立遺伝子型が伝搬することに注目している点では,Tsp値はTDTと同じであり,単発家系と重複兄弟家系のそれぞれのグループ内での検定も可能である.また,TDTと同様,統計値Tspは対立遺伝子型関連と連鎖の両方で検定でき,ここではこの両方を連鎖不均衡と呼んでいる.故に,対象の中に混在する民族差のような原因に起因する遺伝子座間の関連などは検出されない.自閉症重複兄弟からの情報を使った連鎖不均衡を検定するTDTとはこの点で異なっている.

Cookらは,TDTで複数の対立遺伝子型を検討し,自閉症重複兄弟例はサンプルには含まれていない.複数発症親族にTDTを応用した場合には,連鎖不均衡のかい二乗テストは信頼性が低下するが,連鎖の検定としては意味がある.故に,Cookらの危険率0.0014というのは,実際は連鎖の検定であって,連鎖不均衡の検定ではないのである.しかし,彼らのサンプルの自閉症重複兄弟家系の数は全体のサンプルの一部分に過ぎず,もし各家族が実際全例無関係であっても,連鎖不均衡の適切な検定のための危険率はいぜん非常に小さな値であろう.

このことが,Cookらの研究と我々の研究の重要な差異の原因となっている.差異のひとつは,データそのものである.Cookらのサンプルは基本的には1サンプルが3人(両親と自閉症児)で構成されている(125組,兄弟ペアは6例のみ).我々のサンプルでは3人組と兄弟ペアが同じぐらいである.もし,単発家系と重複兄弟家系で異なる遺伝メカニズムが存在していたら,Cookらの指摘した(遺伝的)影響は単発家系(3人組)に特異なものである可能性がある.この場合,Cookらのサンプルの中では単発家系が多いために,遺伝的影響を検出する感度が高くなっているのかもしれない.GABRB3 155CA-2における連鎖不均衡を我々が検出できなかったのは,このためかもしれない(単発家系の割合が少ないサンプルだったから).重要なことに我々は,データ全体でマーカーGABRB3においてぎりぎり有意な(遺伝的)影響を検出した.このことは同じ遺伝子領域にある遺伝子が単発家系と重複家系の両方で自閉症に関係する可能性を示唆するが,我々のデータにおける解析結果ではこのことを結論することは不可能である.

連鎖の検定としてはTDTは,連鎖不均衡のTsp検定よりも,GABRB3における感度が低かったことは,我々の予測に反し驚きである.TDTの方がより多いデータを使い,また同じデータであっても連鎖検定としてのTDTは,少なくともTsp検定と同等の感度を持っていることが予想されているのである.従って,当初危険率の結果は驚きであったが,感度は検定法の平均的な性状に過ぎないのである.

TDTでの感度が低かった他の理由として,TDT解析に追加して使われた親族データが,かえって感度を鈍らせた可能性がある.遺伝的多様性があると感度は影響を受け,このような多様性には大家系および小家系での易罹患性に影響する異なる点変異などが考えられる.また,民族的な多様性による連鎖不均衡レベルの多様性も感度に影響する.面白いことに,Tsp検定では使われなかった家族構成員をGABRB3の解析から除外すると,TDTでの危険率はP=0.0083になり有意度が上がる(Tsp検定での危険率0.03よりも小さくなる).GABRB3に関する解析から拡大家族データを除外すると,Tsp検定では危険率が0.0045に,TDT検定では危険率が0.0036となり,有意度が両者で上がる.これはおそらく,拡大家族データとより小さな家族データの間に重要な遺伝的差異が存在する可能性を示唆しているのかもしれない.

最後に,GABRB3で観察された危険率0.03という値は,複合検定に補正していないので,その解釈には注意を要する.Bonferroniの補正法では,4つのマーカーの検定で危険率0.05に匹敵するためには非補正危険率が0.0125以下にならなければならない.この方法でも異なる階層での異なる検定がそれぞれのマーカーに対して行われ比較していることに配慮していないのである(総計32の比較).分割されたデータの異なるグループにおける検定は,独立関係にはなく,従ってBonferroniの補正をすべきであろう.この補正法では,0.05の危険率に匹敵する非補正危険率は0.0015以下ということになる.我々の行った検定は,ここまで厳格には補正していないため,我々の結果は真の(遺伝的)影響ではなくて単にサンプリングバリエーションによるものである可能性もある.

しかし,今回の結果は,この遺伝部位における過去に報告された連鎖や関連の証拠を考慮することなしに解釈すべきでない.我々の結果は,この部位の関与をさらに支持するものであり,GABRB3あるいはこの領域の他の遺伝子が自閉症に関与していることを示唆している.自閉症の遺伝素因は複雑であり,その病因にはたくさんの遺伝子または遺伝メカニズムが,強力して作用したり,独立して作用すると考えられる.自閉症のような複雑な性状の形質は,独立したデータセットでの結果の再現が最も重要である.我々の結果は直接的にはCookらの結果を再現することができなかったわけであるが,否定したわけでもない.従って,第15染色体のこの部位は,自閉症関連遺伝子の魅力的な候補遺伝子部位のままであり,この部分のさらなる研究結果が待たれる.


(解説)第15染色体長腕と自閉症については: というような背景があり,以下のような報告がなされています.

著者(文献)第15染色体長腕に関する結果
Cookら(文献1)multiallelicTDT解析でマーカーGABRB3 155CA-1に連鎖不均衡(P=0.0014)
自閉症国際分子遺伝研究会議(文献2)第15染色体上には連鎖の証拠なし
Salmonら(文献3)GABRB3 155CA-1を含み15q11-q13に連鎖も連鎖不均衡も証明されず
Rischら(文献4)Salmonらの結果に50サンプル追加し連鎖なし
Philippeら(文献5)15q11-q13に関連遺伝子がある可能性あり
Barretら(文献6)第15染色体上に関連遺伝子の証拠なし(どちらとも言えない)
Mrtinら(この論文)GABRB3 155CA-1では有意差なかったが,GABRB3では連鎖不均衡あり(P=0.03)


(文献)
1. Cook EHJr, et al. Linkage-disequilibrium mapping of autistic disorder, with 15q11-13 markers. Am J Hum Genet 62: 1077-1083, 1998.
2. IMGSAC A full genome screen for autism with evidence for linkage to a region on chromosome 7q. Hum Mol Genet 7: 571-578, 1998.
3. Salmon B, et al. Absence of linkage and linkage disequilibrium to chromosome 15q11-q13 markers in 139 multiplex families with autism. Am J Med Genet 88: 551-556, 1999.
4. Risch N, et al. A genomic screen of autism: evidence for a multilocus etiology. Am J Hum Genet 65: 493-507, 1999.
5. Philippe A, et al. Genome-wide scan for aitism susceptibility genes. Hum Mol Genet 8: 805-812, 1999.
6. CLSA, Barrett S, et al. An autosomal genomic screen for autism. Am J Med Genet 88: 609-615, 1999.

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