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物を見るように顔を見る?

Schultz RT, et al. Abnormal ventral temporal cortical activity during face discrimination among individuals with autism and Asperger syndrome. Arch Gen Psychiatry 57: 331-340, 2000.

訳者コメント:

ややトリッキーな雰囲気も感じますが,非常に興味ある結果で,多方面にわたる示唆的な考察が魅力的です.

(概訳)

背景:個人の顔の識別は,対人関係と社会活動の両者に要求される統合的機能のひとつと言えよう.故に,自閉症者と自閉症関連状態の人が,顔以外の物の識別が可能で顔の識別だけ選択的にできないのかどうかは,非常に興味あるテーマである.

方法:機能的MRIを使い,顔の識別と下位(顔以外の)物体の識別を健常者と比較した.対象は高機能自閉症かアスペルガー症候群で14例(自閉症群),健常コントロール群は年齢を適合させた14例のコントロール群を2群設定した(NC1とNC2).まず,NC1で比較すべき脳部位(要検討部位)を決定し,その要検討部位に関してNC2と自閉症群を比較検討した.次に,同様にNC2において要検討部位を決定し,その要検討部位に関してNC1と自閉症群を比較した(再現性の検討のため).

結果:最初の比較検討で,右紡錘状回と右下側頭回における電気的活動におけるグループ間の有意な差異が確認された.物体の識別ではなく顔の識別課題において,自閉症群は右下側頭回においてはコントロール群よりも有意に高い活動がみられ,右紡錘状回においてはコントロール群よりも低い活動がみられた.再現性を示すための検討では,再び自閉症群での下側頭回の高活動が顔の識別課題でみられた.しかし,この時は左側の下側頭回であった.2つのコントロール群の両方において下側頭回が高活動を示したのは,物体認識課題においてであった.

結論:自閉症関連状態では,顔の識別において特異なパターンの脳活動を示し,そのパターンは健常者においては,顔以外の物体認知でより特徴的なパターンであった.

(イントロ)

自閉症関連状態の症候で,物(無生物)に対する興味や,人の顔に興味を示さないことなどは,1歳前から表面化する.自閉症やアスペルガー症候群の病態における成長に伴ったメカニズムのヒントを提供してくれる点で,顔の識別能力における異常は特に興味深い.個人の顔の認識は,個人間の相互関係を成功させるために不可欠である.対象物として顔は特異なものであり,他の対象物に比べ顔には元々備わった優位性があることが報告されている.例えば,新生児は人の顔に対して優位に反応し,この初期段階の能力はその後の発達に必要なものである.

自閉症とアスペルガー症候群は,顔の認知において異常があることを示す論文が増えつつある.例えば,Tantamらは自閉症児が顔の絵の識別能力において,年齢と非言語性IQを適合させたコントロール群よりも劣っていることを報告している(odd-person-out課題).またHauchらは,顔vs物の認知能力および記憶の両方で自閉症者が相対的に劣っていると報告した.加えて,顔の認知障害がアスペルガー症候群および広汎性発達障害で報告され,顔の認知障害が社会的障害の中核をなしている可能性が示唆されている.

しかし,自閉症における顔の認知障害は,顕著なものというわけではなく,少なくとも一つの報告はコントロール群との有意な差異がなかったとしている.使われた方法によって,また,課題刺激の性質によって,自閉症者が使っていると思われる代償的知覚コード化メカニズムが多彩であり,それらのいくつかは,健常者の物体認知の際に使われるメカニズムである.顔の認知は,健常者においては全体論的なプロセスであり,顔の主なパーツ(目,鼻,口)の空間的な相対的配置の把握に依存している.対照的に顔以外の物体の認識は,典型的には全体的な相対的配置ではなく,個々の特徴を把握することに依存している.全体的な処理過程を阻害して,断片的な戦略を強いるひとつの方法は,顔の上下をひっくり返すことである.この場合主なパーツの見慣れた相対的配置が変わり,顔の識別が困難になり,逆さま効果と呼ばれている.対象物の処理過程は,それぞれのパーツの解析により依存しているので,対象物の認知では,この逆さま効果はより少ない.しかし,例えば鳥類学者やカーマニアの人におけるそれぞれ特定の視覚刺激に関しては例外的である.このような例外的能力の獲得の過程では,パーツ依存性処理から相対的位置関係処理への移行があり,逆さま効果も増強している.

顔の認知と物体認知のこのような違いにおいて,自閉症に関する報告の中で最も興味ある発見のひとつを二つの論文が報告している.その報告では,社会性障害のある人々は,例えば顔の下部(口の周囲)だけを見せた時の顔の同定のために,全体的な相対的配置よりも顔のそれぞれのパーツにより依存した認知の方法を取っているという結果であった.これと同様に,たくさんの研究が,自閉症関連状態の人々が顔の認知における逆さま効果の程度が少ないことを報告しており,顔の認知における能力を基にした予想値よりも物体認知能力が優れているとしている.これらの結果は,自閉症者は顔を物体として処理していることを示唆している.そしておそらくその原因は,顔の認知に必要な特殊能力の欠如と(あるいは/かつ)相対的位置関係処理における特異的な認知障害であることが示唆される.

我々は,機能的MRI(fMRI)を用い,課題処理中の脳活動のパターンを検討した.自閉症かアスペルガー症候群の被検者は,顔か物体の写真をペアで見せられ,同じものであるのかを判断する課題を与えられた.顔の認知においては,紡錘状回が優位に反応することが知られている.物体特異的な脳活動については,物体の物理的特性が多彩であることも原因の一つとなって,あまり知られていないが,後下側頭回や外側後頭回や海馬傍回のような紡錘状回に隣接する脳領域が,通常の物体認知に関与しているように思われる.しかし,脳の解剖学的機能局在は,絶対的と言うよりも相対的なものであると考えられており,物体認知と顔の認知の課題でも,典型的には共通する脳部位が活性化され,正確な場所に関してはいくらか異なる脳部位の活動がそれぞれあることが知られている.このようなことが,物体認知と顔の認知の脳機能局在差の解明を遅らし,グループ間の比較を困難にしている.自閉症グループも健常者グループも外見上は健康であり,正常バリエーションとしての差異が両群の間の比較で検出されるかもしれないのである.従って,今回の検討では,まず一群の健常コントロール群で,顔の認知と物体認知の脳機能局在差を調べ,それから自閉症者と別の健常コントロール群の間でその部位を比較検討した.

(対象と方法)

対象:自閉症かアスペルガー症候群と診断されている右利きの男性を,Yale子供研究センター自閉症外来と,インターネットを通じて集めた.対象に加える前に,被検者または後見人から文書にてインフォームドコンセントを得た.Yale大学の人類研究委員会の認可も得ている.診断は親のインタビュー(ADI-R)と発端者の評価(ADOSなど)で行った.14人の対象者のうち8人はADI-RとICD-10の自閉症の診断基準を満たし,6人はICD-10のアスペルガー症候群の基準を満たした.14人全員が,社会性においては高度に障害があり,ADI-Rの社会性,運動,お決まり行動などの自閉症基準を満たしていた.アスペルガー症候群の6人は,発症時期が異なり,また運動機能はより障害されていた.自閉症の8人とアスペルガー症候群の6人は,全般IQ,言語性IQ,非言語性IQにおいて有意な差がなかったが,全体では言語性IQの方が非言語性IQよりも高かった.このパターンはアスペルガー症候群に典型的であり,全般IQが100以下であれば自閉症に典型的である.最初のfMRI検査は両者で行われたが,自閉症の8人とアスペルガー症候群の6人の間に計測値の有意差はみられなかった.そこで,14人全員を一つの自閉症グループとしその後の検討を行った.14人中4人は,毎日内服薬をのんでおり,3人がSSRIで,一人がハロペリドールであった.内服の有無でfMRIの計測値に有意差はなかった.コントロールグループとして,28人の右利きの男性が集められ,外傷による意識障害,主な精神科疾患,神経学的問題などがないことが確認された.14人ずつの2群に分け,NC1とNC2とした.年齢や全般IQは,NC1とNC2で差がなく,自閉症グループとの間にも有意な差はない.当初は29人のコントロールグループと23人の自閉症グループをfMRIで検討したが,被検者が動いたことによるアーティファクトのために9人の自閉症者と一人の健常者は除外された.最終的にも年齢,IQ,検査中の体動におけるグループ間の有意差はない.

課題:血液中の酸素レベルに依存した(BOLD)コントラストにおける変化は,認知区別課題を行う間に測定された.この課題では,ペアで左右に表示される顔,物体,およびパターンが「同じ」か「違う」かを判断し,それぞれのボタンを押して解答する.ABAデザイン(交互方式)で3ブロック(1ブロックは41秒,図が7ペア,ブロック間に8秒の休息)を4クール施行.検査室外でのパイロットデータとして,15人のコントロールと4人の自閉症者に同じ課題をしてもらい,図を見せる刺激時間が4秒,刺激と刺激の間が2秒という設定を決定した(速すぎると自閉症者と若年者は不安感を訴えた).このパイロットデータから,3つの課題の図の難易度が等しくなるように調整した.課題は,自閉症における物体認知の正確性と顔認知の正確性の差を導き出すようには至適化されていない.被検者がほとんどのアイテムで正答できるように,アイテム数は十分に減らしてあり,また,アイテム間のインターバルも十分に設定してある.むしろ,課題の各設定は,顔の区別と物体の区別に正答する間に使われる認知システムを検討するために設定された.1クールと2クールは,よく見かける物体のパターンの比較で,車,ボート,鳥,飛行機,びん,いすなどの図を2枚ずつ提示して,「同じ」か「違う」かを判断する課題である.自閉症者と健常者の間で,物体のカテゴリーの区別における能力に違いがあっても,その違いが検査の結果に影響しないために,必ず同じカテゴリーのものが比較された(いすとびんを比較することはない).3クールと4クールは,パターンと顔の区別課題である.顔の課題で,異なるペアの場合は,あまり特徴がなくめだつ部分のない写真で,同性の写真をペアにした.また,髪の毛の部分と耳と着衣は塗りつぶし,被検者が非言語性社会的コミュニケーションに関与する顔の部分(目と鼻と口)に集中できるようにした.すべてのクールに使用された意味のないパターン図は,顔の認知における紡錘状回の役割を指摘した過去の論文においてコントロール刺激として使われたものと同じように,物体の絵をおおまかにねじまげて作成した.顔の区別と同様の難易度にするために,物体とパターン図の辺縁は黒く塗りつぶした.MRI台の端近くに設置された透光性スクリーンに後ろからイメージを投光し,潜望鏡システムで頭部コイルに頭をつっこんだ被検者から課題図が見えるようにした.頭は,ビーズの入ったバキュームクッションと額のテープで固定した.矢状断のT1強調像を使って,紡錘状回を縦軸方向に含む斜め歯状断の位置を設定し,この斜め歯状断は側頭葉の腹側面の後部2/3を含むことになる.アーティファクトなどの問題がなく読解可能な部位は結局,後部側頭後頭領域だけであり,過去の報告により繰り返し指摘されている脳部位は含まれている.

イメージ処理:フィルターによるスムージング,共通空間への転写をコンピューターにより行い,顔および物体区別課題の間に測定されたピクセル強度は,それぞれベースライン課題(パターン区別)のピクセル強度と比較され,それぞれのボクセルでの統計値tを算出した.t値はそれぞれの課題ごとに平均し,ノイズによる影響を除くための最小ボクセル数(5)でフィルターをかけた.それぞれのピクセルの平均t値は,有意差検定には使用せず,課題特異的脳活動の相対的量を定量する変数として使用した.次に,最初の比較で問題となったボクセル位置は,顔の認知に特異的なマップと物体の認知に特異的なマップを得るために,お互いにサブトラクションをかけた(二重サブトラクション).t値と区別するためにこのサブトラクションしたデータは,DSデータと名付けられた.DSデータはそれぞれの被検者における要検討脳部位での脳活動のサイズを決定するために使われた.DSデータを使って合成脳活動マップを作成し,合成脳解剖イメージと重ね合わせた.Talairachシステムと同じ方法で問題となる脳部位が,脳活動マップ上に描出された.NC1グループ(最初のコントロール群)における最も高い脳活動を含むボクセルの領域を要検討脳部位とし,結果は,顔の認知に関しては右紡錘状回,物体の認知に関しては下側頭回であった.この2カ所以外の小さな脳活動については,この後の比較検討は行わなかった.多くのfMRI研究は,健常者と比較してある課題に特異的な脳活動の部位を決めることをその目的としている.しかしグループ間の脳活動パターンの比較もまた重要である.閾値を越えるピクセルの数などのアウトカム・インデックスは,何人かの被検者がカットオフ値以下となって脳活動ゼロとなってしまうので,通常は閾値が高いとその分布が正規分布でなくなってしまう.このことは統計学的にいろいろ問題であり,グループ比較のためには,持続的な分布となっていないために比較しにくくなる.ピクセルの数(脳活動のサイズ)は,脳活動の閾値がゼロの場合の,グループ間や課題間の違いを検出するために最も感度がよく,従って,DS値が0.1を越えるピクセルの数は,それぞれの要検討脳領域で計算され,全てのグループ間統計解析における脳活動のサイズの計測値として使用した.

統計解析:課題(物体 vs 顔)による差異,グループ間(自閉症 vs コントロール)の差異,および課題とグループの相互関係の効果を検定するために,脳活動および課題成績における共分散解析が使われた.しかし,課題成績にはどの解析でも有意差はなく,最終的なモデルからは除外された.紡錘状回および下側頭回における相対的脳活動量は,zスコアにより各グループで比較検討された.同様にPeason相関をzスコアから検討した.全ての有意水準は危険率0.05とした.

(結果)

課題成績に関しては,グループ間で有意な差はみられなかった.NC1グループ(最初のコントロール群)は,あとの2群(2番目のコントロール群と自閉症群)と比べて,物体認知課題の成績が有意に優れていたが,3群共に正答率は95%以上であり有意差に関しては疑問である.コントロールグループ間やNC1と自閉症群の間には,顔の認知課題に関しては正答率に有意差はみられなかったが,NC2グループは自閉症群よりも有意に顔の認知課題の成績が優れていた.

NC1グループで検出された要検討領域の解析:NC2グループと自閉症グループでは,脳の活動パターン(物体認知 vs 顔認知)が異なるかどうかを検定するために,共分散解析を使用した.その結果,課題とグループの間の有意な相関関係が右下側頭回と右紡錘状回にみられた.この相関関係は,グループ間の違いにより顔の認知課題にもたらされていることが示された.物体認知による脳活動におけるグループ差はみられなかった.自閉症グループは,顔の認知課題においては,NC2グループよりも右下側頭回の脳活動がより活発であったが,物体認知課題においてはそうではなかった.NC2グループは,顔の認知課題において,自閉症グループよりも右紡錘状回の脳活動がより活発であったが,物体認知課題においてはそうではなかった.

Talairachの標準化座標に関しては,NC1グループにおいても,NC2グループにおいても右の紡錘状回の顔認知に選択的な脳活動の中心位置は,これまでの報告の結果に一致していた.それとは対照的に,自閉症グループにおける脳活動(顔認知)の中心位置は,下側頭回で,NC1グループにおける物体認知で中心となる脳活動部位と同じである.顔の認知の際に活動がみられる部位が散在しているが(NC1グループや自閉症群における小脳虫部など),これらの部位が顔の認知に重要であるとする証拠は得られず,これらの脳活動は正常個人差か,個人差に付随する現象と考えられる.

相関解析は,顔の認知課題と物体認知課題の成績における個人差が,脳活動のサイズにより予測できるかどうかを調べるために行われた.これらの解析には,成績データの幅が制限されていることによる限界が存在する.右の紡錘状回の脳活動の程度と,顔の認知課題の成績との間には正の相関があるが,コントロール群においても自閉症群においても有意ではなかった.一方,右の紡錘状回の脳活動は,自閉症者における物体認知(成績)と有意に正相関しており,コントロール群ではこの相関はなかった.右の下側頭回の脳活動はどのグループにおいても課題成績との相関はなかったが,自閉症群においては,Benton顔認知テスト(MRIとは無関係に行ったテスト)の成績と正相関した.

共分散解析により,NC1およびNC2グループでの脳活動の再現性を検定した.右の紡錘状回と右の下側頭回についてはグループ間に有意な差異はなかった.右の下側頭回に関しては有意な課題・グループ間の関連があったが,右の紡錘状回ではなかった.右の下側頭回は,物体認知課題でNC2グループよりもNC1グループにおいてより活性化していたが,顔の認知課題ではこの差は見られなかった.

NC2グループで検出された要検討領域の解析:主な所見の信頼性は,プロセスを逆にしてNC2グループにおいて要検討領域を検出することで検定した.検出された要検討領域は,NC1グループと自閉症グループの間で比較した(片側検定).この方法で,NC2グループにおいて強い脳活動がみられた左紡錘状回,左下側頭回,そして両側の海馬傍回の要検討領域を検討した.

NC1グループと自閉症グループの間の比較では,右下側頭回に関して有意な課題・グループ間の関連が存在した.NC1グループにおいては,自閉症グループに比較して,物体認知課題の時に右の下側頭回をより使用していることが示された.自閉症グループはNC1グループよりも右下側頭回における顔の認知課題における平均脳活動レベルがより高いが,統計的有意差はなかった.しかし,左の下側頭回における,課題とグループ間の有意な関連が存在した.自閉症グループは顔の認知の際に,NC1グループに比べて左の下側頭回を有意に多く使っているが,物体認知の際にはそうでない.従って,この再現性検討により,自閉症グループは顔認知の時にコントロールグループよりもより下側頭回を使っていることが確認されたわけだが,1回目の検討と2回目の検討では左右が逆になっている(1回目の検討ではNC1グループの集計マップ上で,物体認知処理のための脳活動が強く右に偏っていたため,左の下側頭回は検討していない).

NC1グループもまた,自閉症グループと比較すると,顔の認知の際に右の紡錘状回の脳活動がより高く,物体認知の際にはより低いが,統計的な有意差はなかった.脳活動マップで検討すると,NC1グループでもNC2グループでも右紡錘状回は強く活動しており,活動の中心はNC2グループの方がより前方にあった.従って,顔の認知課題の際に自閉症グループで右下側頭回の脳活動が明らかに存在し,右の紡錘状回にはほとんど脳活動が無いにしても,右紡錘状回の要検討部位がより前方に設定されてしまっている時は(NC2グループで設定した時),NC1グループと自閉症グループを比較しても有意差はでない.

加えて,左の紡錘状回にしても右の海馬傍回にしても有意な主効果や相互関係効果は存在しなかった.左の海馬傍回では有意な主効果は存在しなかったが,課題とグループの間に有意な関連が存在した.物体認知の際にNC1グループと比較すると,自閉症グループでは左の海馬傍回に有意な強い脳活動がみとめられ,顔の認知課題ではこの差はみとめられなかった.

(考察)

2グループのコントロール群を設定し,顔の判別課題をこなしている時の脳活動パターンを比較検討した結果,自閉症およびアスペルガー症候群ではコントロール群と異なる脳活動パターンを呈していることが明らかとなった.2つの異なるコントロール群に比べ,自閉症グループでは顔の判別課題の際に下側頭回における脳活動が高い.しかし,自閉症で優位に活動する下側頭回は,最初の比較検討では左,2番目の比較検討では右という逆の結果であった.今後の検討でこの点は再検討する必要があるが,顔の認知の際に自閉症者やアスペルガー症候群の人はコントロールの人と比べると下側頭回を使っているという結果は重要である.コントロール群では,この下側頭回は物体の判別に特異的に関連する脳部位である.従って,これらの結果は自閉症関連状態の人の顔認知処理過程は,健常人の物体認知処理過程により類似していることが示唆される.

これまでの顔の認知に関する研究結果に一致して,それぞれのコントロール群は顔の判別のために右紡錘状回を局所的に使い,一方自閉症グループはそうでなかった.NC1グループとNC2グループでは,右紡錘状回の脳活動における有意な差異は存在しないが,集計マップ上ではNC1グループに比較すると,NC2グループでは相対的に脳活動の部位がより局所的でより前方に存在した.この差異はおそらく,自閉症グループが要検討部位をNC1グループで設定した場合に,顔判別の際に右紡錘状回の脳活動がより少ない事実を説明するであろう.さらに,2回目の比較検討では有意差がなく,サンプルサイズが小さいためである可能性がある.

上記の結果を説明するいつくかの可能性が考えられる.まず,自閉症関連状態の人々は健常者とは異なるやり方(マナー)で顔を認知しているのかもしれない.つまり,相対的位置関係の解析と言うよりは,よりパーツ依存性の判別方法なのかもしれない.紡錘状回は相対的位置関係処理に特異的に関与すると言われており,紡錘状回の脳活動が低く,下側頭回の脳活動が高いことは,この違いに関連しているのかもしれない.一方,パーツ依存性解析は,顔以外の物体認知の際に行われ,紡錘状回に隣接する脳部位が活動することが報告されている.自閉症者の認知スタイルにおけるそのような特徴は,顔の認知のための特別な認知処理過程が選択的に欠落していることに矛盾しないのであろう.この仮説は,Gauthierらの最近の研究により支持されている.Gauthierらの報告は,新奇な物体のための特別な認知処理過程を発達させることは,紡錘状回(健常者の顔の認知の中枢)の脳活動の増加と関連していることを示した.この仮説のためには,自閉症者において顔のために特別な認知処理過程を発達させるトレーニングプログラム前後の,脳イメージ研究を行う必要がある.

2番目に, Uta Frithの仮説がある.この仮説では,顔および物体の認知に影響するより全般的な認知-知覚障害を想定している.Frithは,自閉症における異常認知機能は「弱い中心性統合(統合的一貫性)」によるものだと提案している.この「弱い中心性統合(統合的一貫性)」とは,相対的位置関係による情報処理よりも断片的な情報処理を好む認知処理スタイルである.事実,顔の認知の背景にある障害はDSM-IVの診断基準の中でも示唆されており,「対象物の部分に対する持続的なこだわり」という項目がアスペルガー障害と自閉性障害の両方で記載されている.しかし,自閉症の研究論文は,障害は顔の認知に限定されており,顔でない物体まで障害を一般化できないことを示唆している.自閉症者に顔認知に特異的な認知障害があるのか,あるいはより全般的な認知障害が背景となっているのかを検討するためには,例えば,眼球運動を解析したり(視点のトレース),顔やその他の絵をスキャンする際のスタイルを分析する必要があるであろう.視点解析は現在ではfMRI中にも行うことができ,情報処理スタイル(相対的位置関係処理と断片的情報処理)と脳活動の部位(紡錘状回とその隣接部位)の間の関連を明らかにできるであろう.

我々のデータでは,脳活動における差異が,生物学的には無傷な認知システムにおける認知戦略の違いを反映しているかどうかは結論できない.また,この脳活動における差異が神経生物学的混乱の結果出現した特質であるのかも結論することはできない.これらの所見(脳活動における差異)は,紡錘状回あるいは紡錘状回に関連する脳構造の基本的な問題によって起こり得ることであり,隣接する脳領域による代償を余儀なくさせる.最近考えられているモデルでは,より高度な視覚次元(例えば形)のために同じ程度の選択性を持つ神経細胞の円柱構造は,まだら状に集族していることが提唱されている.顔や顔以外の物体の標準的な(canonical)側面に対して反応するまだら構造は,情報認知のためのお互いに連結した総合効果(アンサンブル)を形成する.自閉症とアスペルガー症候群が,紡錘状回における顔認知の総合効果に先天的な異常を持っている可能性も考えられる.しかし,本研究の対象者における構造的MRIスキャンでは,二人の熟練した神経放射線医が診断名をブラインドにして検討した結果,紡錘状回の部分には,形態的にも,信号強度にも異常は見られなかった.そうであっても,依然として検出し難い形態的な違いが存在して,定量的なMRI研究や病理解剖研究でのみ検出できるような所見がある可能性が残る.

また次の可能性も考えられる.(側頭葉)腹側皮質以外の部位にプライマリーな病態があり,その部位が紡錘状回の機能に連鎖しており影響を及ぼすという可能性である.この仮説は,内側側頭葉構造(特に扁桃体)に関する興味あるデータが支持している.扁桃体は,相互関係を持ついろいろな機能に関連しており,視覚的な報酬関連(情緒的)学習,物事の情緒的特徴(目立つ点)の信号化,社会的行動,顔および表情の認知などに扁桃体がかかわっていることが報告されている.さらに,病理解剖研究では扁桃体とそれに関連する辺縁系構造は,自閉症で構造的に異常があることが報告されている(アスペルガー症候群での報告はまだない).そして自閉症の理論的モデルのほとんどが,扁桃体が自閉症の鍵をにぎるとしている.顔認知能力の発達における扁桃体の役割は,顔の情緒的特徴(目立つ点)の信号化であるのかもしれない.それによって,顔の判別能力の成長が動機づけられるのかもしれない.腹側側頭葉の視覚領域は可塑性に富んでおり,早期の経験により形成され得ることが知られている.事実,これらの領域は密度の高い相互性の神経連絡を扁桃体との間に有している.大脳皮質が発達するために重要な時期の,顔に対する不適切な注意(attention)は,これらの領域の成熟に影響するのかもしれない.辺縁系と大脳皮質領域の間の相互関係を強調する発達仮説は,出生後すぐに扁桃体を傷つけた霊長類(人以外)では,なぜ自閉症類似の社会的情緒的変化が起こらないのかを説明できるかもしれない.さらに,猿の内側側頭葉における新生児期の障害では,成人期に前頭葉皮質に神経末梢変化が生じることが報告されている.このことは特に扁桃体と密接に神経線維の連結をもつ他の脳領域(例えば側頭葉の視覚領域)においても,同じ様な神経末梢変化が起こり得ることを示唆している.

今回の研究では,自閉症グループにおける,右の紡錘状回の顔認知に関連する脳活動の低下と,顔認知に関連する下側頭回の脳活動の増加が示された.しかし,物体認知プロセスにおいては自閉症者とコントロール間の違いには一貫性または再現性がなかった(例外的にNC1グループにおいて,自閉症と比較してもNC2と比較しても,右下側頭回の脳活動がより強い結果がでた).今回のこの物体認知に関する脳活動の非再現性は,非典型的なものではなく,使われた物体の写真セットの多様性に関連しているかもしれない.異なる物理的な特性と機能的属性を有する物体は,より高次な認知のためには,異なる神経細胞群(ニューロンのアンサンブル)を利用している可能性があり,その場合はより広範にちらばった脳活動が起こることになる.健常者において腹側側頭葉領域における脳活動が物体により違うのかを明らかにするには,物体の特性や属性に関して,さらにシステマティックな研究が必要であろう.それによって,自閉症における認知の特異性を検討するための研究デザインの道も開けてくる.

今回の研究にはいくつかの限界が存在する.まず,全ての自閉症者の4分の3は精神遅滞であるが,今回のサンプルでの平均IQは109で,IQの低いケースは除外してある.今回の結果が,IQの低い自閉症ケースに一般化できるかどうかは不明である.2番目に,自閉症グループは,自閉症とアスペルガー症候群の両者から成っている.自閉症とアスペルガー症候群間で,脳活動には有意差はなかったが,よりサンプルサイズの大きい研究が必要であろう.3番目に,合成脳活動マップのために使われた脳画像をゆがめる手法の正確さに影響するような神経解剖学的な異常が,自閉症関連状態において存在する可能性がある.今後の研究は,最初に別個の測定を行い,顔に選択的な,および物体に選択的な要検討部位を決定するアプローチを行った後に,関連する脳解剖を細かくトレースすることにより,脳活動の部位を個々に検出することに配慮すべきであろう.4つ目は,我々が使った課題のデザインと一連の脳画像化は,改良の余地がある.今回は,自閉症者が管理的能力に問題を持つことを考慮して,課題内容が変わると自閉症者の課題処理能力に何らかの問題が生じることを懸念した.そのため,一つのクールは,物体画像か顔画像かに統一して行った.しかし,後で考えてみると,一クールの中で課題が次々と変更されることよりも,各クール間の動き(変化)の方をより懸念すべきかもしれない.今回の結果でも(各クール間の変化は)ノイズの原因となっており,また,課題が変更されることが成績に影響するような場合には,いかなる場合の変更でもさしさわりが生じるであろう.最後に,下側頭葉皮質は(特に前外側領域と前正中領域),fMRI解析で強いシグナルを得るには,骨の折れる領域である.これらの領域は,(後部領域もそうであるが)影響を受けやすい傾向が強い.このことは,扁桃体でも同様であり,そのために,今回の検討では扁桃体の役割については検討することができなかった.


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