学習障害児(learning-disabled)の80%にみられる.知性・意欲などに問題がなく,読書障害(reading disability)の存在が全く予期できない場合もある.
疫学
読書障害がある人とない人の間に境界線を引くことはできない.読書能力を横軸にして分布図を描いた場合の低能力側に位置する群を読書障害者と呼ぶが境界部は連続している.頻度は5〜17.5%で,おそらく神経行動学的障害の中では最も多い障害である.以前は男性の障害として知られていたが,最近のデータでは頻度に明らかな男女差はない.読書能力は,一般には終生変わることはなく,その障害は持続性である.
神経生物学的側面
(遺伝性)親が読書障害である子どもの23%〜65%が読書障害と診断される.読書障害者の兄弟の約40%,親の27〜49%が読書障害と診断される.第6遺伝子と第15遺伝子に関連遺伝子が示唆されている.
(神経生物学的研究)側頭葉-頭頂葉-後頭葉領域に異常が示唆されている.線状体または外線状体皮質の異常や,角回の障害に関連する後天的読書障害も報告されている.
認知能力に関して
「読む」ということは,視覚と言語理解のプロセスの両者を含んでいる.読書障害の病態に関しては,視覚の問題,言語システムの問題,両者の間の刺激の受け渡しの問題(側頭葉)など多説があるが,「読書障害の中心的障害は言語システムの中の構成要素である音韻(音声)機能(phonologic module)にある」という共通理解が得られつつある.音韻機能とは,会話の音声を処理する過程である.学習障害の音韻機能障害説によると,読書障害者は書かれた単語も会話中の単語もより小さな単位(音素)に分解できることを認識できずに,書かれた単語の文字と会話中の単語の音韻を対応させることができない.
音韻機能障害説
言語システムは,階層性の一連の構成要素としてとらえることができる.高位レベルは,意味/構文/内容の理解や応用などの処理(processing)を司る神経システムである.低位のレベルは,音韻機能(phonologic module)で,言語を構成する音韻を区別するプロセスを司っている.音韻機能の機能単位は,会話で判別可能な最小の単位である音素(phoneme)であり,“bat”は三つの音素(bとaとt:buh, aah, tuh)から成り立っている.単語をしゃべる時,まず音素の中からその単語に必要なものを選び出し,それから単語を口に出して言う.逆に,単語を読みとるためには,最初にその単語を音素に分解しなければならない.単語は音素に分解することができるということを認識しているかいないかで,健常者と読書障害者を分けることができ,読書能力は,単語は音素に分解することができるということを認識させることによって向上する.単語は音素に分解することができるという認識の欠如は遺伝性であり,その傾向は,通常は終生不変である.
音韻モデルの読書障害への応用
基本的には,読むことは「解読」と「理解」という二つの段階から成り立っている.読書障害においては,音韻機能(phonologic module)の欠落のために,書かれた単語を音素に分解する能力が障害されている.従って,「解読」においても,また「単語の同定」においても障害が生ずる.この音韻障害は,非音韻機能とは独立しており,より上位の「理解」のプロセスである認知/言語機能(知性,論理,語彙,構文理解)は通常は障害されていない.書かれた単語は,まず「解読」され「同定」されなければ,その単語の意味にたどり着くためのプロセスへは進めないのである.
評価
(読書能力の評価)「解読」能と「理解」力の両者を評価する.長文を読む場合は,前後の文脈から単語の意味が解ってしまう場合があるため,特に学童期では,一つの単語をいかに正確に「解読」できるかを評価しなければならない.読書障害児の場合は,しばしば「理解」力は良好で,単語の「解読」能が劣る.読書障害児は,読解のために文脈を利用する習慣があるため,マルチプルチョイス式で文脈を利用できないような問題は非常に苦手である.
(知性の評価)以前は,読書障害は,IQから想定される読書能力の到達点と実際の到達点の解離として把握されていた.しかし,IQを考慮して診断された読書障害とIQを検査せずに読書能力だけで診断された読書障害とは,基本的には同じものであるので,IQ検査は特に知的能力の高いケースで読書障害を把握する際に重要となる.IQと読書能力の間に明らかな解離がある場合の75%が読書障害を呈するが,残りの25%のほとんどは解離があるにもかかわらず成績が優秀なために読書能力の到達点は正常と判定されてしまう.従って,読書能力の評価のみでは,この群を見落としてしまい,読書障害を持つ優秀な人材が適切な援助を受ける機会を逃してしまうため,学童期には,IQと読書能力の解離と読書能力の両者を評価する必要がある.
(若年成人例の評価)読書障害は治ることはなく,音素の「解読」は終生努力性であるが,年齢と共に正確にはなる.若年成人における読書障害の診断のためには,単語理解の正確性検査だけでは不的確であり,検査に要する時間の測定が不可欠になってくる.
(読書障害をきたす疾患)
対処(治療)
小児の療育と中高生に対する特別の配慮(読解に時間がかかることに対する便宜)など,効果的な対処法を臨床医は知っておかねばならない.健常児は,小学校1年生の終わりには「アルファベットの原則(音素の認識)」を自然にマスターしてしまうが,読書障害児はそうでないので,押韻の同定/韻の異なる単語の同定/複数の音韻の結合による単語の合成/単語の音素への分解,など,計画的で細分化された療育メニューを立てる必要がある.また,音素の認識と音素が特定の文字にリンクしていること(phonics)に加え,実際にストーリーを読む練習も重要である.中高生や大学生においては,最も一般的な配慮は読む際に時間的な余裕を与えてやることである.また,スペリングのチェックのためのラップトップコンピューターの使用や教室でのテープレコーダーの使用などの許可,音声による書物や講義/講演の要旨の提供,議論したり文書情報をレビューしてくれる家庭教師,マルチプルチョイス式の試験の代わりにレポート提出や口頭試問を選択できる権利,試験のための静かな別部屋の提供,などいろいろな適切な配慮がある.