キメリズムとモザイシズム

Pearson H. Dual identities.Nature 417: 10-11, 2002.

訳者コメント:

重要な内容です.自閉症の頻度に民族差がない事実や,子孫を残すのが苦手な自閉症者が多いのに自閉症の率が減らない(淘汰されない)ことを説明する一つの可能性として,受精卵や胚の遺伝子変異の可能性も検討する必要があります.体細胞モザイシズムは以前からひっかかっていた可能性です.現時点で自閉症とモザイシズムに関する論文はまだ公表されておりません.

(概訳)

二者同一性(Dual identities)

−−−血液中に兄弟に由来する細胞を含んでいる人がいる.また,2つの個体(two individuals)が1つに合体している者もいる.さらに,体の一部のみに異なる変異(mutation)を持っている人もいる.Helen Pearsonがキメリズム(chimaerism)とモザイシズム(mosaicism)について探る−−−

8年前にイギリスで,一人の少年が生まれた.彼は遺伝的には二人の人間であった.彼は,それぞれ異なる二つの精子によって受精が成立した二つの卵子が融合して,母親の子宮内で一つの胚(embryo)となった時に創られたのである.

彼は目立たない赤ちゃんであった.しかし,よちよち歩きの頃,担当医は彼が男女両性者(hermaphrodite)であることに気づいた.男女両性とは元々,停留睾丸と思われていたものが卵巣と卵管と子宮の一部であることが判明した場合に診断される.さらに行われた検査により,彼の体のいくつかの部分は遺伝的には女性であり,その残りの部分は,親の遺伝子の異なる組み合わせを有する男性であった.

その少年は,性に関すること以外は健康であり,少ししか知られていない真のヒトキメラ(chimaeras)の一人である.キメラは二つの異なる胚に由来する組織を体内に有している.キメラよりよく見かけるのは,モザイク(mosaics)であり,モザイクの人は,体の他の部分とは遺伝的に異なる組織をパッチ状に持っており,この状態は胚の発達の過程の早期に起こった変異または染色体異常に由来する.

キメリズムとモザイシズムの頻度は不明であるが,両者の理解が進むことは医師にとって有益であろう.最近,遺伝的に異なる細胞が同居することは不妊,自閉症,そしてアルツハイマー病に共通している状態に貢献しているという魅力的なヒントが出現した.「モザイシズムは疾患の背景となる原因として無視されてきた」とHuntington Poterは言う.Potterはタンパの南フロリダ大学でアルツハイマー病の遺伝学を研究している.

そしてもし,キメラとモザイクが我々が認識しているよりもっと頻度の高いものであれば,人々の個々の遺伝的構成に対する薬物治療を作り出すための未来の努力を複雑なものにしてしまうであろう.一つの肉体の中の二つの遺伝的に異なる組織は,薬物に対する予期できない反応の原因となるかもしれないと,Roland Wolfは予想する.彼はイギリスのDundee大学で薬理遺伝学の研究をしている.彼は「それは全く未知の世界である」と述べた.

1人の中の双生児

ヒトのキメリズムは最初,血液型が検査できるようになった時に注目された.複数の血液グループ(型)を持つ人々が存在することが明らかになったのである.多くは“血液キメラ”で,子宮内での血液供給を共有していた非一卵性双生児であった.双生児として生まれなかったケースは,双生児の一方が妊娠早期に死亡し自然に吸収され,その遺残が生存している方の体内でキメラを生じていると考えられている.例えば,あるイギリスの女性は,1980年代早期の妊娠中のルーチン血液検査で染色体が男性である血液細胞を持っていることが明らかになるまで,かつて自分が双生児であったことを知らなかった.

双生児の胚はしばしば胎盤における血液供給を共有している.その結果血液幹細胞は片方の胚からもう一方の胚へ移動可能で,骨髄に定着する.その結果,持続的に血液細胞を供給するようになる.結果として,二卵性双生児ペアの8%ほどで血液がキメラ状態である.そして,生存児を生み出す多くの多胎妊娠が,妊娠早期に双生児の片方が死んで失われると仮定すると,双生児でない場合にも有意な数の血液キメラ症例が存在するかもしれない.

さらに多くの人々が“マイクロキメリズム”を持っている.この状態は,例えば胎盤を介して母親と胎児の間でやり取りしたり,あるいは輸血に由来する細胞が生き残って,より少ない数の他人の血液細胞を有する.何人かの研究者たちは,免疫システムが自分の組織に対して反応している自己免疫疾患の病態説明のためにこのような他人の白血球の存在に意義があると主張している.

真のキメラは,多くの組織が関連しており,非常にまれと考えられている.この状態は受精直後に二卵性の双生児胚が融合した時形成され得る.「二つの胚が存在すれば,融合して一つになるチャンスがある」と臨床遺伝学者であるDavid Bonthronは述べている.彼はイギリスのEdinburgh大学で指揮をとり,前述の男女両性の少年を報告した.

いろいろな組織に影響しているキメリズムはまた他のイベントに由来する可能性もある.例えば,1995年,Bonthronは部分的単性生殖の(parthenogenetic)少年を記載した.彼の血液や特定のほかの組織から取り出した細胞は父親の染色体を全く含んでおらず,母親の染色体の半分を重複してもっていたのである.一個の卵子が受精することなしに分裂し始めたのかどうかは判らないが,完全な単性生殖のヒト胚は出生まで成長できない.Bonthronは現在イギリスのLeeds大学におり,この部分的な単性生殖の少年の普通でない遺伝子構成は,自発的に2つの細胞に分裂(減数分裂)した一個の卵子に由来すると信じている.分裂後にその片方に受精が起こり,受精していない方の細胞が母親の染色体をコピーし,生命力のある胚を形成するキメラを生じせしめたのである.

見つけるのが困難

Bonthronのチームが同定した両方のケースを含み,真のキメラは一般的にそれらが男性の細胞と女性の細胞の両方を含んでいる場合に表面化する.その場合,血液テストで明らかになるのであるが,男女両性または生殖器官と染色体の性の間のミスマッチの原因となる.従って,我々が認識している以上にこのような状態は一般的であるのであろうか?「私は,ロンドンでもハンブルグでも,検出されていないキメラがたくさん通りを歩いていると確信している」とRudlf Happleは言う.彼はドイツのMarburg大学の皮膚科医で,長くモザイシズムとキメリズムに興味をいだいている.

体外授精(in vitro fertilization)の増加が世界中でキメラの数を増やしたことは,ほぼ確かなことである.成功率を上げるために,2個以上の胚が子宮内に置かれ,このことが体外授精を受けた女性が通常よりも25%多い双生児妊娠を経験する理由である.双生児の率がより高いということは,キメラも多いことを意味するとBonthronは述べる.彼は,前述のイギリスの男女両性少年が体外受精で生まれたことを記載している.

モザイシズムは,キメリズムよりもっと頻度が高く,またより研究されている.早期の胚における細胞分裂の間のミステークが,それぞれの細胞への染色体の正確な数の分配を止めてしまうか,あるいは単一遺伝子における変異が起こった時に,ヒトのモザイクが生じる.受精後の最初の時期の細胞分裂の一つにおいてこれが起こると,細胞の大半がこの遺伝子異常を有することになる.

つぎはぎ状態の病気は組織の部分のみが影響を受ける状態であるが,その原因はモザイシズムであろう.この状態のもう一つの証拠は,Blaschkoの線状と呼ばれている皮膚のパターンの原因となる皮膚色素沈着における特徴的多様である.この皮膚状態は,しばしば紫外線を当てた時だけに見える背中のV字型の複数の平行線状を含む.

しかし,モザイク病において特定の変異を突き止めることは,なかなか難しい場合があり得る.メリーランド州Bethesdaの国立ヒトゲノム研究施設のLeslie Bieseckerは,Proteusu症候群の原因遺伝子変異を同定しようと試みている.この概観を損ねる状態は,ビクトリア時代に「エレファントマン」と言われたJoseph Merrickの病気と考えられている.この症候群の症候はつぎはぎ状の組織過剰成長で,研究者たちはモザイク変異によるものと想定している.

糸とつぎはぎ(Threads and patches)

Bieseckerは,DNAマイクロアレイ法を使って,組織の罹患部分において活性化している遺伝子を非罹患部分と比較することで結果を得られると期待している.しかし,Proteus症候群の患者100人ほどからの組織サンプルを世界中から集めることは困難であり,組織間の遺伝的違いはわずかかもしれない.

他の研究者たちはモザイシズムがもっと頻度の高い疾患に関連しえると想定している.例えば,バンクーバーのBritish Columbia大学のWendy Robinsonは,妊娠の約2%で胎盤がモザイクになるという観察結果に注目している.しばしば,これらのモザイク胎盤はトリソミーと呼ばれる状態である過剰染色体を有する細胞の一群(パッチ)を含む.胎児と胎盤の両方は同じ細胞に由来するので,Robinsonは成人期まで持続するトリソミーを持つ組織の一部(パッチ)を潜在的にたくさんの胎児が持っている可能性があると考えている.「後で病気の原因になるトリソミー細胞のポケットを体内にほんのわずか持っている可能性がある」と彼女は示唆する.おもしろいことに,彼女の研究グループは,習慣性流産を経験したことのある女性の一部がトリソミー細胞を持っていることを発見している.

他の研究者は,第21染色体の過剰コピーを有する脳細胞のパッチが潜在していて,アルツハイマー病の一部で病態に関連し得ると想定している.このアイデアは全ての細胞に過剰第21染色体を持っているDown症候群の人々が早期からアルツハイマー病の症候を呈するという長年の観察事実に基づいている.最近,Potter率いる南フロリダの研究チームを含む2つの研究グループがアルツハイマー病の多くの患者においてもまた,血液細胞の中に第21染色体の過剰コピーを持つ少数の細胞が存在することを発見した.

また,自閉症もモザイシズムとのリンクが検討されつつある.未発表の研究において,ボストンのTufts医科大学のSusan Folsteinは,自閉症児を紫外線で検査し,その10%が前述のBlaschkoの線状を持つことを発見した.彼女は脳細胞のモザイクパッチが,移動できずにあるいは隣の神経細胞とコミュニケートできずに,自閉症の一部のケースの原因になっているのではと推察している.しかし,背景となる変異はまだ発見さえれておらず,発見されるまではこのアイデアは証明されない.

現れ始めた興味ある結果から,キメリズムとモザイシズムを研究してきた研究者たちは,この状態の臨床的意義にもっと注意が払われるようさかんに主張している.現時点では,多くの医師と臨床遺伝学者が単に注目していないだけであると彼らは述べている.


www.iegt.org


ご意見やご質問のある方はメールください。

E-mail: jyajya@po.synapse.ne.jp